新種誕生
ペルム国中央議会会場。
その下には、巨大な地下空間が設けられてある。有事の際、ペルム国中央議員や裕福層が逃げ込むために造られたものだ。地下空間には、有力者とその従者のための水と食料が三十年分保存されており、有力者のためのプライベートルームや娯楽施設まで完備されている。
「バルアティ、準備できました」
「了解、システメジャルを青に」
「ノリカルはどうしますか?」
「五十八……いや、五十九に」
「了解しました」
地下空間では、白衣を着た人間が巨大な機械を調整している。その一番手前に人間程もある巨大フラスコが取り付けられてある。フラスコの中は甘い匂いがする液体で満たされていた。
そして、機械の中心にはドラゴン等、様々な魔物の心臓と特殊なタンパク質で作られた人工筋肉を合成したものがあった。
それは、ダンジョンと呼ばれる遺跡の最下層にあった『ダンジョンの心臓』だった。
「やぁ、皆ご苦労様」
忙しく働く人間達に背後から声が掛けられる。いつの間にかそこには黒いドレスを身に纏った吸血鬼が立っていた。その後ろには暫定政権のリーダーの一人、ニクスの姿もある。人間達は片膝を地面につけて、深く頭を下げた。
「うん、頭を上げて」
吸血鬼の言葉を聞いて、人間達は頭上げる。
「仕事に戻っていいよ」
「「はっ!」」
人間達は、それぞれ作業に戻っていく。吸血鬼は一人の女性に声を掛けた。
「準備は大丈夫?」
「はい、全ての準備は整っています。いつでも始められます」
「流石だね」
吸血鬼が女性を褒めると、女性は満面の笑みを浮かべた。
その女性はかつて魔物調査班という場所に在籍おり、そこで様々な魔物を研究していた。何人もの犠牲を出した魔物、ヨーティ、ヌメールケン、アシナガガーイルなどの弱点発見し、ハガネカイコなど人間にとって有益となる魔物の発見にも成功している。
女性は突然現れた魔物、巨大トカゲの解析のために創設された組織『巨大トカゲ解析班』の責任者に抜擢され、日々巨大トカゲの調査、研究をしていた。しかし、研究は思ったように進まず、他の者から避難の目で見られていた。そして彼女は突如、消息不明となった。
誘拐されたとも、自暴自棄となり自殺したとも言われていたが、その行方誰も掴めてずにいた。
ロロフス=パラサ。中央円卓議会議員の内の一人だった女性だ。
『はぁ』
馬車の中で、ロロフス=パサラは誰にも聞こえないような小さな溜息を吐く。この日、中央円卓議会では巨大トカゲが復活させてしまった吸血鬼のことが話し合われた。
会議は十時間以上も続いたが、結局、吸血鬼に対する具体的な対策案は出てこなかった。その会議の中でロロフスは、巨大トカゲの解析が進んでいないことを非難されたのだ。
『はぁ』
ロロフスは、また小さな溜息を吐く。毎日不眠不休で働いても、結果を出さなければ非難される。それは当然のことかもしれない。しかし、結果ばかりを見られ、その間の過程を見られないというのは精神的にかなりきつい。
『はぁ』
ロロフスが三度目の溜息を吐いた時だ。突然馬車が停止した。ロロフスは同乗していた護衛の者に尋ねる。
『どうかしたのですか?』
『分かりません、様子を見てきます。ロロフス様はこちらで待機を』
馬車の中の護衛は全部で、三人。護衛を一人だけ馬車に残し、残りの二人は確認のため外に出た。ロロフスは馬車の窓を開け、外の様子を見る。
暗くてよく見えないが、何者かが道を塞いでいた。護衛の二人は、道を塞いでいる者近くに歩み寄って行く。
『ぐあああああ!』
『ぎゃいいああ!』
護衛二人が夜を引き裂くような悲鳴を上げ、倒れる。そして、道を塞いでいた者がゆっくりとこちらに向かって歩き出した。
『出せ!』
馬車に残っていた護衛の一人が御者に向かって叫ぶ。だが、馬車は動かない。
『どうした!?早く出せ!』
『だ、駄目だ。う、馬が動かねぇ!』
御者は必死に手綱を引くが、馬は石像のように全く動かない。
『くっ、ロロフス様、馬車を降ります。私に付いてきてください!』
『は、はい!』
護衛は、ロロフスの手を引き馬車のドアを開く。
『やあ』
いつの間にか、ドアを開けた先に少女が立っていた。その少女は、夜と同化する程の漆黒のドレスを身に纏い、優雅に微笑んでいた。
ロロフスの手を引き馬車を降りようとしていた護衛は、とっさにロロフスを馬車に押し戻すと腰から剣を引き抜き、少女に切り掛かった。
『邪魔』
少女が横に軽く手を振ると、護衛の体が半分に分かれ地面に転がった。少女は半分に分かれた護衛を見ることもなく、馬車の中のロロフスに向かってもう一度、微笑んだ。
『降りてきてもらってもいいかな?』
少女は優しい声でロロフスに囁く。その声を聞いたロロフスの体から恐怖心がなくなってゆく。ロロフスは少女に言われた通り、馬車を降りた。
地面には、半分に分かれた護衛と干からびた御者の死体が横たわっているがロロフスの目には、少女しか入っていない。
『ロロフス=パラサ君だね?』
『……はい』
少女の問いにロロフスはどこか夢見がちに答える。名前を聞いた少女は、ロロフスに手を差し出した。雲に切れ目が入り、月明かりが少女を照らす。ロロフスの目に少女の姿がはっきりと見えた。
(なんて……綺麗なのだろう)
ロロフスは頬を赤らめ少女を見つめる。
『僕の名前は、ノワール』
よろしくね。そう言って少女は笑った。
吸血鬼は、巨大フラスコの前に立つと囁くように呪文を唱えた。すると、吸血鬼の右手の人差し指の先に小さな傷が入る。そこから、真っ赤な血があふれ出た。その血は地面に落ちることなく空中に浮かび、ビー玉程の大きさの塊となる。その血は吸血鬼のものではない。
真っ赤な血は、ティラノサウルスのものだ。
吸血鬼が再び何かを唱えると今度は、左手の人差し指の先に傷が入った。そこから、真っ黒な血があふれ出る。その血は地面に落ちることなく空中に浮かび、ビー玉程の大きさの塊となった。その血は、ティラノサウルスのものではない。
真っ黒な血は、吸血鬼自身のものだ。
ティラノサウルスの血の塊と吸血鬼の血の塊が、まるで磁石のように引き付け合い、混ざり合う。そして、飛び込むかのようにフラスコの中にポトリと落ちた。
『これが、巨大トカゲに関する資料の全てです』
『ありがと』
ロロフスは、吸血鬼に調査した巨大トカゲに関する記録を全て渡す。ロロフスに背徳感はみじんもない。ただ、吸血鬼の役に立ちたいという感情しかなかった。
吸血鬼は、まとめられた資料をパラパラと高速でめくる。とても読んでいる様には見えないが、吸血鬼の頭の中に資料の文字が一字一句正確に刻まれていく。巨大トカゲに関する資料は膨大な量になるが、吸血鬼は三十分もしない内に全ての資料を読み終えてしまった。
『なるほど、そういうことか』
吸血鬼は、愉快そうに何度も頷く。
『……な、何か分かったのですか?』
『うん』
ロロフスは目を見開く。自分達は資料をまとめても巨大トカゲの弱点どころか、正体すら掴むことが出来なかった。それなのに、吸血鬼には何かが分かったのだという。
研究者としての好奇心から、ロロフスは吸血鬼に恐る恐る尋ねた。
『何が分かったのでしょう?』
『これだけ調査して、何も分からなかったの?』
吸血鬼はクスリと笑う。
『も、申し訳ありません。何が分かったのか、是非お教え願えませんでしょうか?』
ロロフスは頭を下げる。どうしても、巨大トカゲについて知りたかった。
『いいよ。教えて上げる』
吸血鬼は資料から巨大トカゲの写真を取り出し、顔の前に掲げた。
『彼は“外来生物”だよ』
吸血鬼の言葉にロロフスは、首をかしげる。
『外来生物……ですか?』
『そう、外来生物』
『巨大トカゲはペルム国ではなく、別の国からやって来たということでしょうか?』
『ううん。違うよ』
ロロフスには、吸血鬼の言葉の意味が分からなかった。他の国から来たのではないとすると巨大トカゲは一体どこからやって来たというのか?
『外来生物といっても、別の“国”から来たと言う訳ではない。この“世界”の外から来たという意味だ』
『この世界の……外から?』
『そう』
吸血鬼が持っていた巨大トカゲの写真を黒い球体が覆う。それが、弾けると巨大トカゲの写真は消えていた。
『彼は、この世界の外にある“別の世界”からやって来た。“外来生物”だ』
ティラノサウルスと吸血鬼の血をフラスコに入れると、吸血鬼はフラスコに触れ、呪文を唱えた。
「ミクス」
吸血鬼が呪文を唱えた瞬間、機械が歯車を立てて動き出した。そして、ダンジョンの心臓がドクン、ドクンと脈打ちだす。
吸血鬼は、頭を押さえるとガクンと崩れる様に片膝をついた。
「ノワール様!」
「大丈夫ですか?」
ニクスやロロフス、他の人間達が心配そうに吸血鬼に駆け寄る。
「ああ、大丈夫だよ。少し、魔力を放出し過ぎただけさ」
吸血鬼は頭を押さえながらも、フラリと立ち上がり、稼働する機械を見る。
「うん、ちゃんと動いているね」
吸血鬼の魔力はフラスコから機械を伝わり、ダンジョンの心臓に届く。そして、また機械を通して、フラスコに戻る。これを繰り返していた。
「うん、これなら上手くいきそうだ」
吸血鬼は、満足そうに笑った。
それから、約三時間後。
「フラスコの内部に生命反応を確認!」
研究者の一人が叫ぶと地下室にいた全員が巨大フラスコの前に集合した。
「ノワール様、フラスコの内部に生命反応です!」
「うん」
吸血鬼は、巨大フラスコに手をかざす。小さく、肉眼では分からないが確かにそこに生命が存在しているのを吸血鬼は感じた。
「どうやら、成功したみたいだね」
吸血鬼の言葉に、周辺の人間達が「おお」と叫ぶ。パチパチと、どこからか拍手の音が聞こえてきた。やがて、一人また一人と拍手をし始める。遂には全員が拍手を始めた。
「おめでとうございます」
「おめでとうございます」
人間達は吸血鬼を称える。しかし、吸血鬼はそれを静かに制した。
「まだ、終わってないよ。むしろ、これからが本番さ」
地下は、まるでアリの巣のように複雑に分岐している。吸血鬼は、大勢の人間を引き連れて、機械がある場所とは別の場所に移動する。鋼鉄の扉を開くと、そこにも広大な空間が広がっていた。
その空間の中央に、赤いドラゴンがいた。
赤いドラゴンは立ったままの状態で、全身を鎖で縛られている。吸血鬼の魔法によって生み出されたその鎖は、鋼鉄の何百倍もの強度がある上に、繋がれているだけで力と魔力が強制的に抑制されてしまう。いかにドラゴンであろうとこの鎖から逃れることは出来ない。赤いドラゴンは目を閉じている。どうやら寝ているようだ。
「やぁ、調子はどうだい?」
吸血鬼がドラゴンに話し掛けると、声に反応したドラゴンの目がゆっくり開く。吸血鬼を見た瞬間、ドラゴンは暴れ出した。ジャラジャラとドラゴンを縛る鎖が鳴る。しかし、鎖は千切れない。
「グッ……グガアア」
鎖はドラゴンの口にも巻き付いている。ドラゴンは炎を吐くことはおろか、鳴くことすらできない。
「うん、うん。元気そうでよかった」
吸血鬼は宙に浮かぶ。そして、ドラゴンの腹に手を突っ込んだ。
「ンンンンン!」
地獄の痛みにドラゴンは、先程よりも凶暴に暴れる。しかし吸血鬼は意に返すこともなく、ドラゴンの腹の中で何かをし終えた。吸血鬼はドラゴンの腹から手を引き抜くが、ドラゴンの腹には傷一つ付いていない。
ドラゴンは気を失ったらしく、ガックリと項垂れた。
「これで良しっと」
やるべきことは終わった。後は待つだけだ。
「大体、三日って所かな?それじゃあ皆、後はよろしく。何かあったらすぐに連絡してね」
「「かしこまりました。ノワール様」」
人間達が傅くと、吸血鬼を黒い球体が覆い始めた。
「ウグ……ンンンンンンン」
その時、気絶していたはずのドラゴンが再び暴れ出した。全員の視線がドラゴンに向く。その腹を見た人間達は目を見開いた。ドラゴンの腹が異常なほど膨らんでいる。
「へぇ」
吸血鬼は、嬉しそうに笑う。
「早いな」
ドラゴンの腹がまるで、風船のように急激に膨らんでいく。そして、それが限界に達するとドラゴンの腹が内側から破裂した。周囲に飛び散った血と肉が人間達を赤く染める。
しかし、誰もドラゴンから目を逸らすことはなかった。いや、逸らすことが出来なかった。
何故なら、破裂したドラゴンの腹から漆黒の生物が飛び出していたからだ。
その黒い生物は目を開けると、周りの状況を確かめる様に首を左右に動かした。そして、口を大きく開く。
「オギャアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!」
断末魔のごとき産声が地下室中に響き渡った。
黒い生物は、大きな産声を上げるとドラゴンの腹からズルリと這い出し、地面に落ちる。そして、よろめくことなく立ち上がった。
黒い生物は二本足で直立していた。
その体高は、人間とほぼ同程度。背は前傾姿勢で、頭がとても大きく、尻尾も長く太い。全身を支える二本の足はガッシリとしている。そして、巨大な口の中には多くの牙が並んでいた。
その姿は、ティラノサウルスそのものだった。
外来生物。
その土地に元々いなかった生物が何らかの理由で、その地に住みついたもの。外来生物が、その地の生態系に及ぼす害は大きく分けて三つある。
一つ目の害は、外来生物自身がもたらす害。
二つ目の害は、外来生物によって持ち込まれる疫病による害。
そして、三つ目の害は……。
外来生物と現地生物が交雑して生まれる『雑種』がもたらす害である。
「地下室」→「地下空間」に修正しました




