命令
『攻撃開始!』
ガリウムの叫び声が兵士達の頭の中に響く。攻撃は再開され、大量の魔法と弓矢が巨大トカゲに向かう。魔法が巨大トカゲに命中した瞬間、爆炎が舞い上がる。
なおも、攻撃は続く。爆発は大きくなり、凄まじい煙が舞い上がった。
『攻撃止め!』
弓兵達の弓矢がなくなり掛けた時、ガリウムは一旦、攻撃を止めた。巨大トカゲは煙の中に紛れ、どうなっているのかはっきりしない。
『魔法使い達は、ロングストームを発動。煙を吹き飛ばせ!』
『ロングストーム!』
魔法使い達は一斉に風魔法を発動させる。まるで、台風の様な風が巻き起こり、爆発の煙を吹き飛ばした。
そこには、体の半分が真っ赤に染まった巨大トカゲが立っていた。その姿はどう見ても重傷を負っているように見える。
しかし、ガリウムは驚きに目を見開いた。
「馬鹿な……」
巨大トカゲの傷が塞がっている。
数多の魔物と戦ってきたガリウムは、その魔物の傷の状態が分かる。
巨大トカゲの体に付着している血は今まで流れ出たものであり、既に固まっている。だが、それ以上の血は流れていない。
「馬鹿な……」
エルフが回復魔法を使ったのか?しかし、その暇は、なかったはず……。ガリウムは、さらに目を凝らして巨大トカゲの傷があった箇所を見る。すると、巨大トカゲの傷があった箇所の周りの筋肉が盛り上がっているのに気付いた。
巨大トカゲは傷の周りに力を込めることで、筋肉を盛り上げ、強引に傷を塞いだのだ。
(くっ、どうする?)
最早、傷口を攻撃するという方法は使えない。ならば、どうするか?ガリウムは、次の作戦を考える。
「ん?」
ガリウムは、ふと気づく。
「エルフはどこだ?」
巨大トカゲに目を奪われ気付かなかったが、エルフがどこにもいない。巨大トカゲに喰われたか?
(いや、違う!)
どこからかエルフの気配を感じる。ガリウムは辺りを見回した。
(上か!)
ガリウムは上空に目を向ける。巨大トカゲのはるか真上にエルフが浮いていた。
(喰われてはいなかったか)
ガリウムは軽い舌打ちをする。これで、巨大トカゲとエルフの二匹を相手にしなくてはならなくなってしまった。
「ブルーケージ!」
上空に浮かぶエルフが突如、呪文を唱えた。すると、ドーム状の青い壁が辺り一帯に広がった。オリルバリアの様な防御魔法は外からの攻撃を防ぐ魔法だ。だが、ブルーケージはその反対、中にいる者を逃がさない魔法だ。
ナノは以前にもペガサスを閉じ込めるため、似たような魔法『ドームゲージ』という魔法を発動したことがある。しかし、今回、ナノが発動した『ブルーケージ』の規模は、『ドームゲージ』よりも桁違いだった。
『ブルーケージ』は、巨大トカゲを食い止めるガリウム達、殿隊だけではなく。撤退していた者達までもスッポリと覆った。
「そんな!」
「嘘だろ……」
兵士達が呆然とする。無理もない。指揮を執っていたガリウムでさえもあまりの光景に指示が出せずにいた。
人間達が固まっている間、巨大トカゲとエルフは視線を合わせた。それはほんの二、三秒のことだったが、ガリウムにはまるで何か会話をしている様に見えた。
その予想が当たっていると言わんばかりに、エルフが動いた。エルフはもうスピードで、ガリウム達、殿隊ではなく、撤退する者達に向かって行った。
「何!?」
エルフの予想外の行動にガリウムは慌てた。直ぐに『ランフォリン』に指示を飛ばす。
『エルフを行かせるな!絶対に止めろ!』
『はっ!』
ガリウムの指示を受け、『ランフォリン』はエルフを追って行った。
「ホリエス、お前、このブルーケージを破壊できるか?」
ガリウムの問いにホリエスは申し訳なさそうに首を横に振った。
「済まない、恐らく無理だ……あまりに、強力過ぎる」
「そうか……」
「ガリウム……」
ホリエスが心配そうにガリウムを見る。
「エルフは『ランフォリン』に任せよう。俺達は巨大トカゲに集中する」
「……分かった」
ガリウムとホリエスは、巨大トカゲ視線を戻す。
(エルフさえ倒せば、ブルーケージは消える。そうすれば皆が撤退できる)
その時、ガリウムの視界の端にエルフと『ランフォリン』が交戦する様子が見えた。相も変わらず『ランフォリン』は見事な連携でエルフに向かっていく。
エルフは、そんな『ランフォリン』のメンバー五人を瞬殺した。
「え?」
首を斬られた『ランフォリン』の一人がキョトンとした表情で地面に落ちていく。
(やられた?いつ?)
エルフを追っていたら、急にエルフが方向転換してこちらに向かってきた。『ランフォリン』はエルフを迎え撃つために空中で停止した。そして、いつもと同じように連携してエルフを攻撃した。
その瞬間、エルフが白い閃光に変わった。そして、気が付いたら首を斬られていた。周りを見渡すと、他の仲間も全員やられている。
(一体、何が?)
エルフの動きは、さっきまでと全く異なっている。まるで、別の魔物を相手にしているようだった。
(……母……さん)
残してきた母親を想い、彼は地面に落ちた。
『ランフォリン』を瞬殺したエルフは、そのまま撤退する者達の中心に舞い降りた。
「うああああ」
「エ、エルフ?」
エルフの突然の飛来に撤退していた者達は混乱する。そんな彼らにエルフは高らかに宣言した。
「主の命により、貴方達を全員始末します」
「ウオッオオ!」
剣士がナノに向かって剣を振るう。次の瞬間、その剣士は首を斬られていた。
「ははっ」
ナノは人間の間を縫うように走る。人間の目にはナノの姿は正しく映っていない。ただ、白い閃光が駆け抜けている様に見えた。
「ぐあぁ!」
「うあ!」
白い閃光は次々と人間を斬っていく。逃げようとする者、向かってくる者、どうしていいのか分からない者。どんな人間も白い閃光は無差別に斬り伏せていく。
「ははは」
ナノは笑う。
「はははははははは!」
嬉しそうに、楽しそうに。
「あははははははははははははははは!」
自分の内から、あふれ出る歓喜に突き動かされ、ナノは走る。
オリルバリアが消える前、ティラノサウルスがナノに顔を近づけた時、ナノはこのまま喰われるだろうと思った。しかし、ティラノサウルスがナノを喰うことはなかった。口は開いたが、ただ「ウー」という低いうなり声を上げただけだった。
ティラノサウルスは、ただ、じっとナノの目を見つめた。
他の者がその光景を見れば、ティラノサウルスがナノを見ているだけに見えただろう。しかし、ナノには違った。ナノの頭の中には、はっきりと声が聞こえていた。
『此処にいる二本足の動物を全部……』
『殺せ!』
ティラノサウルスは魔法を使えない。もちろんテレパシーを使うことも出来ない。だから、聞こえた声はナノの妄想かもしれない。しかし、ナノは確信していた。その声は紛れもなく主の意思だということを。今までは、主の考えていることは何となくしかわからなかった。
だが、今回は違う。あんなにもはっきりと主の声が聞こえたのは初めてのことだった。
ナノは歓喜に身を震わせた。なぜならそれは、主の声を聞いた初めての瞬間であると同時に、主が初めて自分に下した命令だったからだ。
(王が、やっと自分を認めてくれた!)
それが嬉しくてたまらない。先程までは主の傷が心配でたまらなかった。しかし、主はそれを自力で塞いだ。自分の心配など主には、全く無用だったのだ。
主への心配も消えた今、ナノは全力で命令に従う。
「あはははっははははははは!」
白い閃光の死神は不気味な笑い声を上げながら、命を刈っていった。
「くそ!」
ガリウムは頭を抱える。巨大トカゲが落とし穴から抜け出したことには驚いた。だが、その可能性も万が一あるかもしれないと考えていた。そのために、「殿隊」などの対策も用意していた。
だが、今、目の前で起きている事態は全く想定していなかった。
「何なんだ?あのエルフは……!?」
ガリウムは過去にもエルフ族と戦ったことはある。エルフは確かに強い。しかし、倒せない魔物ではなかった。先程までのエルフは、ガリウムが戦ったことのあるエルフ達と比べてもその強さに遜色はない。
「しかし、あのエルフは!?」
あのエルフの速さは、明らかにエルフの範疇から超えている。『ランフォリン』でさえもあっさりとやられてしまった。あのスピードと魔力は異常だ。
ガリウム達は巨大トカゲしか見ていなかった。エルフのことは巨大トカゲ討伐を邪魔する障害ぐらいにしか考えていなかった。
だが、それは間違っていた。
(最初に潰さなければいけなかったのは、あのエルフの方だった!)
初めにエルフを排除して、それから巨大トカゲを排除しなければならなかったのだ。
(どうすればいい?)
ガリウムは撤退していた者達に連絡を取ろうとテレパシーを飛ばす。
『うぎゃああ』
『助けてくれええええ』
しかし、返ってくる返事はどれも悲鳴ばかりで状況が掴めない。
救援を送る?いや、こちらも巨大トカゲの相手で精一杯だ。周囲を覆うブルーゲージを破壊するように命じるか?いや、ホリエスでも破壊できないのだ。例え破壊できたとしても相当時間が掛かる。その間にやられてしまう。
ガリウムは考える。今まで、どんな困難も切り抜けてきたのだ。今回もきっと切り抜けられる。ガリウムは諦めず、考え続ける。
ベチャ。
考え込むガリウムの目の前に下半身のない死体が落ちてきた。ガリウムは、エルフから巨大トカゲの方に目を向ける。
巨大トカゲの周りには無残に潰された肉塊が転がっている。気が付けば、巨大トカゲを取り囲む人間は、もうほとんど残っていなかった。
「う、うあああああああ!」
一人の人間が、巨大トカゲから逃げ出そうと背を向ける。次の瞬間、その人間は巨大トカゲに口の中に納まっていた。
巨大トカゲが口の力を弱めると、さっきまで生きた人間だったものがボトリと落ちた。
「あ、ああああ」
「ひっひいいいい!」
戦っても無駄。逃げようとしても無駄。勇敢な殿隊達の心が折れていく。一人、また一人と剣を落とし、その場に座りこむ。
本来なら、ガリウムはその者達を鼓舞しなければならない。『立て!』、『戦え!』、『諦めるな!』と声を掛けなければならなかった。だが、ガリウムにはそれが出来なかった。その者達の気持ちがよく分かるからだ。
ギロリ。周囲の人間を排除した巨大トカゲがガリウムを睨む。大きな足音を立てながら、巨大トカゲはガリウムに近づいてきた。
「……」
自分に近づく巨大トカゲを見て、ガリウムは静かに剣を抜いた。
「ホリエス、お前は逃げろ」
ガリウムは、ホリエスに逃げるように指示を出す。だが、ホリエスは首を左右に振った。ホリエスは、巨大トカゲに両手を向ける。
「“どんな時も仲間を見捨てることなかれ”だろ?」
それは、かつてガリウムが冒険者だった頃、仲間との間で決めた掛け声だ。どんな時でも、例え命を落としそうな状況でも仲間は消して見捨てない。
今思えば、青臭いセリフだが、あの時はこの言葉が全てだった
「そうだったな」
ガリウムはフッと笑う。歳を経て、肉体は衰えたかもしれない。しかし、ガリウムの心は冒険者だった頃に戻った。誰よりも我武者羅だったあの頃に。
「ホリエス」
「なんだ?」
「死ぬなよ」
「お前こそな」
ガリウムは剣を巨大トカゲに向ける。ホリエスは両手を巨大トカゲに向ける。その手には黒い闇が渦巻いている。
「行くぞ!」
「おお!」
ガリウムとホリエスは巨大トカゲに向かおうと、一歩踏み出した。
ガリッと鈍い音をホリエスは聞いた。
ホリエスは隣を見る。
そこには、ガリウムを咥えた巨大トカゲがいた。




