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手負い

  吸血鬼は、ティラノサウルスの血をペロリと舐める。


「グオアアアアアアアアアアアア!」

 ティラノサウルスが大きく吠えた。それは、威嚇のためでも自らを鼓舞するためでも、攻撃のためでもない。傷つけられた痛みによる叫びだった。

 その痛みは、やがて怒りに変わる。

「グルオアアア!」

 ティラノサウルスは口を大きく開け、吸血鬼に迫る。

「あはっ!」

 ティラノサウルスが迫ってきていても、吸血鬼は全く怯まない。それどころか嬉しそうに笑った。

「よいしょっと」

 吸血鬼は近くにいた人間の首をガッシリと掴む。

「おりゃ!」

 そして、そのままティラノサウルスの口目掛けて放り投げた。投げられた人間は吸血鬼の狙い通り、ティラノサウルスの口の中に入る。

 歯に人間が触れた瞬間、ティラノサウルスは反射的に口を閉じた。口の中に放り込まれた人間がグシュッと口の中で潰れる。不味い味が口の中に広がった。

『ペッ!』

 ティラノサウルスは潰れた肉塊を吐き出すと、再び吸血に襲い掛かろうとした。しかし、もうそこに吸血鬼はいない。ティラノサウルスが肉塊を吐き出すために、視線を逸らした一瞬で吸血鬼は消えていた。

 ティラノサウルスは、周りを見渡す。すると人ごみの中、背を低くしながら移動する吸血鬼を見付けた。

「グオオオオ!」

 ティラノサウルスは、吸血鬼を追おうとする。しかし、その行く手に人間達が立ちはだかった。

「彼女を守れ!」

「彼女を守れ!」

 人間達は吸血鬼を守ろうと、ティラノサウルスの行く手を阻む。『魅了』、意思の弱い人間や魔物を自分の虜にしてしまう吸血鬼の特性。魔法ではないので、魔力を必要としない。そのため、吸血鬼が傍に居る限り永続的に効果は持続する。

 姿を現した吸血鬼を見た瞬間、殿隊の半数以上の人間が吸血鬼の『魅了』に掛かってしまった。『魅了』に掛かってしまった者は、仲間ではなく吸血鬼の為だけに戦う。

『邪魔だ!』

 ティラノサウルスは、立ちはだかる人間達を容赦なく薙ぎ払っていく。だが、人間の壁はティラノサウルスを二秒、足止めした。

「『黒転移』」

 呪文を唱えると、吸血鬼の体を黒い球体が覆っていった。吸血鬼は、ヒラヒラとティラノサウルスに向かって手を振る。

「じゃあ、またね♪」

「グオラアアアアアアアアア!」

 人間達を蹴散らしたティラノサウルスは猛スピードで吸血鬼に向かう。あっという間にティラノサウルスは吸血鬼の目の前まで迫った。

「グガァ!」

 ティラノサウルスは、再び大きく口を開く。吸血鬼を覆った黒い球体ごと喰う勢いで吸血鬼にその牙を突き刺そうとした。


 ガチン。


 ティラノサウルスが口を閉じた時、そこにもう吸血鬼の姿はなかった。ティラノサウルスは首を左右に振り、吸血鬼を探す。しかし、何処にも吸血鬼はいない。

 先程のように、人の中に紛れたのではない。完全にこの場から姿を消していた。


『黒転移』

 吸血鬼が使う転移魔法。人間が魔法陣の力を借り、数人掛かりでやっと使うことが出来る転移魔法を吸血鬼は一体で、あっさりと発動することが出来る。 


 逃げられた!


 以前もティラノサウルスは吸血鬼と対峙し、逃げられている。しかし、あの時ティラノサウルスは一時的に吸血鬼の傍から離れていた。吸血鬼は、その間に逃げたため、ティラノサウルスに取り逃がしたという意識はあまりなかった。だが、今回は違う。目の前にいたのに逃げられた。

 ティラノサウルスは、ドクドクと自分の体から流れる血を見る。

 傷付けられるのも、目の前にいた獲物に逃げられるのも、この世界に来てから初めて経験だった。


 敗北感。


 そんな感情が、ティラノサウルスの胸の中に渦巻く。


「グアアアアアアアア!」

 ティラノサウルスはダンと足踏みをする。まるでティラノサウルスの怒りが、刻まれたかのように、地面は大きく割れた。


「……え?なんだ?」

「俺は、今まで何を?」

 吸血鬼の『魅了』が解けた冒険者や兵士達が意識を取り戻し始める。


 ティラノサウルスは、そんな人間達をギロリと睨んだ。



「今のは、吸血鬼か?」

 離れた場所で戦いを指揮していたガリウムだったが、全く状況を飲み込めずにいた。

「さっきのは、一体!?」

 突然、吸血鬼が現れ巨大トカゲに切り掛かかり、傷を負わせたと思ったら、そのまま姿を消した。あっという間の出来事だった。

「吸血鬼が持っていた剣。あれは、何だ?」

 遠目で、しかも一瞬だったので確証はないが、冒険者が使っているものとも、兵士が使っているものとも違っている様に見えた。あの剣は何だ?

(いや、それよりも吸血鬼は、いつから紛れこんでいた?)

 もしや、最初から?だとすると、吸血鬼は人間を利用したのか?巨大トカゲを切り裂いた後、逃げるために?人間が巨大トカゲ討伐を行おうとしていることを知って、それを利用しようと、『変わりゆく時代』の人間に扮していたのか?

 そもそも、吸血鬼は何故、胴体を斬った?

 巨大トカゲを殺すのが目的だとしたら、何故、首を斬らなかった?巨大トカゲの出血の量から見て傷は相当深い。首を斬れば仕留められたかもしれないのに……。


(巨大トカゲを殺すのが目的ではなかったのか?では、奴の目的は一体?)


「ぎゃあああああ!」

 ガリウムの思考は、悲鳴によって中断した。ガリウムの目に巨大トカゲによって引き裂かれる人間の姿が映る。

「グオオオオオアアアア」

 巨大トカゲは、近くにいる人間を手当たり次第に攻撃している。相変わらず、凄まじい力だ。だが、最初とは違い。その攻撃は大雑把で雑だ。

「ガリウム、指示を!」

 ホリエスの言葉で、ガリウムは完全に「今」に集中する。

(吸血鬼の目的も、持っていた剣のことも何も分からん。だが、これはチャンスだ!)

 巨大トカゲは明らかに痛みで我を忘れている上に、傷を負っている。ガリウムは、全員に指示を出す。

『近接戦闘中止、距離を取れ!魔法使い及び、弓兵は遠距離より巨大トカゲの傷に向けて攻撃せよ!』

「「オオオ!」」

 ガリウムと同じく、何が起きたのか分からない冒険者や兵士達だったが、ガリウムの指示の意図を理解し、直ぐに行動に移した。

 魔法使いと弓兵が巨大トカゲの傷を狙う。巻き添えにならないように、剣士達は巨大トカゲから距離を取った。

「「ファイアボール!」」

 魔法使い達が一斉に魔法を放つ。

「射て!」

 弓兵も一斉に矢を放った。火球と弓矢が一斉に巨大トカゲの傷に向かって飛んで行く。


「オリルバリア!」


 呪文の詠唱と共に、空からエルフが下りてきた。

 降り立ったエルフと巨大トカゲをドーム状のバリアが包み込む。放たれた魔法と弓矢はバリアによって弾かれた。

『申し訳ありません!』

 ライトテレパシーによる通信。ガリウムの頭の中に声が謝罪の声がした。声の主は『ランフォリン』のリーダーだった。

 ガリウムは殿隊に巨大トカゲの攻撃を命じるのと同時に、回復した『ランフォリン』の五人には、再びエルフを攻撃する様に命じていた。どうやらエルフは『ランフォリン』の包囲を突破したらしい。

 ガリウムは思わず舌打ちをする。

(エルフめ、邪魔を!)

 一切の攻撃を受け付けない巨大トカゲとはいえ、怪我を負っている箇所に攻撃を当てれば倒せたかもしれないのに。

 ガリウムは、ギシリと歯ぎしりをするが直ぐに冷静さを取り戻す

『攻撃中止!』

 ガリウムは魔法使いと弓兵に攻撃を中止するように命令を下す。オリルバリアは、最高レベルの防御魔法だ。いくら、攻撃しても無意味だろう。いたずらに魔力と弓を無駄にするだけだ。

 だが、オリルバリアは強力な魔法ゆえに長く発動することが出来ない。

『全員、攻撃態勢を維持したまま待機。バリアが消えた瞬間を狙う』

 ガリウムはオリルバリアの中にいる巨大トカゲとエルフの二匹に目を向けた。

(最も、攻撃する前にエルフは死ぬかもしれないがな)


 エルフは、何故か巨大トカゲと行動を共にしている。そして、巨大トカゲもエルフを攻撃しようとはしない。巨大トカゲが『洗脳』の魔法をエルフに使っているのか、それとも何か別の理由があるのかは分からない。

(兎に角、巨大トカゲとエルフは現在『共生関係』にあるのは確かだ)


 共生。

 別の種類の生物同士が同じ場所に住んだり、行動を共にすること。共生には互いが利益を得る『相利共生』と片方だけが利益を得る『片利共生』がある。


 だが、それはあくまで巨大トカゲが普通の状態であるからだ。今、巨大トカゲは深い傷を負っている。手負いの獣は普段とは比べ物にならない程凶暴だ。傷を負った巨大トカゲが体力回復のためにエルフを捕食したとしても、何ら不思議はない。

 邪魔なエルフを巨大トカゲ自身が排除してくれるのを期待しながら、ガリウムは二匹の様子を注意深く観察する。



「マルス、ジョミトエイ!?(王、大丈夫ですか!?)」

 オリルバリアの中ではナノが心配そうにティラノサウルスに声を掛ける。オリルバリア発動させ続けるには、広げた両手を前に突き出したままの体勢でいなければならない。その間、動くことは出来ない。

 ナノは首だけを動かして、ティラノサウルスの傷を見た。

「キキ、ワタル!(ああ、そんな)!」

 ナノの顔が真っ青になる。ティラノサウルスの傷からは大量の血が流れていた。ボタボタと地面に落ちる血の量が傷の深さを物語っている。

 ティラノサウルスは、痛々しい傷をペロペロと舐める。

(直ぐに、回復魔法を……しかし、オリルバリアを発動していては……)

 低レベルの防御魔法なら、発動中でも他の魔法を使うことは出来る。しかし、最高レベルの防御魔法であるオリルバリアを発動中には、他の魔法を使うことは出来ない。

 オリルバリアを解除すれば、回復魔法を使うことが出来る。

 しかし今、人間が攻撃を止めているのは、オリルバリアを発動しているためだろう。オリルバリアを解除してしまえば、人間の攻撃が再開されてしまう。回復魔法を使う前に、人間の攻撃が主に命中する。

(普段の主なら問題はなくとも、深い傷を負った今の主ではどうなるか分からない)

 ナノは頭を回転させ、打開策を模索する。しかし、良い案は浮かばない。


 ズシン。


 ナノが悩んでいると、ティラノサウルスが一歩、ナノに近づいていた。


 ズシン、ズシン。


 ティラノサウルスはさらに歩を進め、ナノの目と鼻の先まで近づいた。


「マルス?」

 ティラノサウルスはナノに顔をグンと近づける。鼻息が掛かる程、ティラノサウルスがナノに顔を近づけたのは、ナノの腕を喰った時以来だった。


 ナノは、主は自分を食べようとしているのではないかと思った。


 主の傷からは未だに血が流れている。失った血を取り戻すために、本能的に血肉を求めているのではないのかと考えたのだ。

(王は私の右腕を食べた後、私を食べようとはしない)

 もしかしたら、私は美味しくないのかもしれない。とナノは常々は思っていた。だが、味などどうでも良いと思える程、主は飢えているかもしれない。


 それなら構わない。むしろ、それは喜ばしいことだ。主の傷の回復のために役に立てる上に、主の血肉となることが出来るのだから。

 ティラノサウルスに比べて、かなり小さいナノの体がどれほどティラノサウルスの栄養になるのかは分からない。

 だが、どの道オリルバリアは後、数十秒で消えてしまう。回復魔法を使うのが間に合わない以上、ナノがいても意味はない。

(ならば、私は主の体力回復のために少しでも役に立つべきだ)


 ナノは微笑む。それは、いつでも私を食べてくださいという意思表示だった。

 

「グルルルル」

 ティラノサウルスは低いうなり声を上げた。その口がゆっくりと開いていく。


 オリルバリアが消えたのは、ティラノサウルスが口を開くのとほぼ同時だった。



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