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奇襲

 ナノは落とし穴から飛び出してきたティラノサウルスを見てほほ笑む。

(やはり、先程の鳴き声は……)

 ナノは自分の考えが間違っていなかったことを確信した。


 ダンジョン第十五階層:「樋嘴の間」。

確かにあの時、ティラノサウルスはその場にいた魔物達を咆哮だけで全滅させた。その咆哮はナノが使える最高の防御魔法『オリルバリア』を破壊しかける程の威力だった。

 だが、あれは音が反響するあの場所だからこそできたことだ。だが、外では音が四方に散ってしまい威力は著しく低下してしまう。事実、外にいる人間達はダメージを受けてはいるが死には至っていない。

 しかし、落とし穴の中は別だ。落とし穴の中であれは、音は反響し、咆哮の威力も増す。つまり、最初からティラノサウルスの狙いは……。


「最初から、落とし穴の魔法陣が狙いだったのか!」

 人間達が受けたダメージは、あくまで落とし穴の中に反響した音が漏れたことによるもの。つまり、あの咆哮は、初めから人間に向けた攻撃ではなかったのだ。

「確かに、「音」は転移魔法でも転移することはできない」

 例えば、転移魔法専用の魔法陣に向かって話しかけても、転移先にその声が届くことは出来ない。人間が使う転移魔法では、空気の振動まで転移させることは出来ないのだ。

「例え、どんなに巨大な転移魔法専用の魔法陣を描いたとしても物を壊すほどの空気の振動がぶつけられれば、魔法陣を描いている物体の方が壊れる。そうなれば魔法陣は崩壊して、転移魔法は発動できなくなる」

 ガリウムの考えを聞いたホリエスは目を丸くする。

「しかし、奴はどこでそれを知ったんだ?」

「知っていたんじゃない。思いついたんだ」

 落とし穴に落ちた直後から、巨大トカゲは尾を叩きつけたり、壁面に触れたりしていた。咆哮もし、咆哮によって転移魔法を解除できなければ別の方法を試そうとしていたに違いない。

「まさか、そんな……」

「くそ!」

 咆哮による圧倒的なパワーもそうだが、知能も思っていたよりも高い。圧倒的な力にばかり目を奪われていた。


 落とし穴から抜け出した巨大トカゲは、キョロキョロと周りを見ると、一歩前に踏み出した。ドシンという足音が地面を伝わる。

「ひ、ひいいいいい!」

 歩き出そうとする巨大トカゲを見て、魔法使い達は一斉に逃げ出そうとする。

『動くな!』

 逃げ出そうとした魔法使い達の頭に声が響く。それは、総指揮官であるガリウムの声だった。

『下手に逃げれば相手を刺激する。そのまま、じっとしているんだ!』

 ガリウムの声は巨大トカゲには聞こえない。しかし、魔法使い達に頭の中にはしっかりと響いた。魔法使い達の心の中にあった恐怖心が軽くなる。魔法使い達はガリウムの言う通り、その場にじっとして動かなくなった。

 その判断が正しかったのか、巨大トカゲも歩みを止めた。


「ホリエス、『ラージヒール』を発動させろ」

「わ、分かった」

『ラージヒール!』とホリエスが叫ぶ。広域回復魔法がホリエスを中心に円状に広がっていく。すると、ラージヒールの効果範囲にいた者達の体が回復し始める。

「う……うん」

 巨大トカゲの咆哮に鼓膜を破られた者達が回復し、立ち上がる。それを見てガリウムは叫んだ。


『今から言う通りにしろ』


 万が一、巨大トカゲが落とし穴から脱出してしまった場合の対処法は考えある。ガリウムはある指令を飛ばした。

『今から合図を送る。合図と同時に檻を開き、中の動物を全て放て』

 巨大トカゲをおびき寄せるため血を撒くために連れて来られた牛や豚、ユニコーン達だが、全部が首を刎ねられたわけではなかった。

『檻の中の動物を全て放てば、必ず巨大トカゲはその後を追う。その隙に我々は此処を離脱する』

 ガリウムの考えはテレパシーによって全員に伝わった。

『よし、檻を開け!』

 ガリウムの合図と共に檻の鍵が開く。中にいた牛の一頭が外の様子を伺う様に顔を出す。牛は「モー」と一声鳴いた。


 牛の声が巨大トカゲの耳に入る。巨大トカゲはバッと鳴き声がした方を見た。その目に牛の姿が映る。次の瞬間、巨大トカゲは空高く跳んだ。

「えっ?」

 檻を開けた人間が驚き、声を上げる。その声の真上に巨大トカゲは降ってきた。檻を開けた人間と檻そのものがペシャリと潰れる。

「何!?」

 ガリウムが驚きの声を上げる。巨大トカゲはその驚きなど無視して、潰れて檻の残骸を投げ捨てると、潰れた動物とかろうじて生きている動物達を腹の中に入れた。

 その間、僅か十数秒。とてもではないが逃げられる時間ではなかった。


『美味しかった』

 巨大トカゲはペロリと舌を出して、口の周りを舐める。そして、もう一度人間の方を見た。

「ど、どうする?ガリウム?」

 横にいるホリエスが訪ねる。ガリウムは考える。巨大トカゲが逃げ出した際の対策の一つ目は失敗に終わった。残るは第二案。しかし、この第二案をガリウムは使いたくなかった。

 ガリウムは迷う。その間に巨大トカゲは一歩前に踏み出した。しかし、皆先程のガリウムの指示を守り、じっと動かないでいる。

(どうする?第二案でいくか?しかし、多くの犠牲が……)

 このまま動かなければ巨大トカゲは、襲ってこず立ち去るかもしれない。わざわざ、刺激する必要はないのではないか?ガリウムは未だに迷っていた。

そうしている間に、巨大トカゲが動いた。


 ガブリ。


 巨大トカゲは一番近くにいた人間に噛みついた。噛みつかれた人間は何をされたか気付く暇もなく絶命する。巨大トカゲは咥えた人間をブンブンと振りまわすと遠くに投げた。そして、次の人間を見る。見られた人間は「ヒィ」と悲鳴を上げた。

 それを見て、ガリウムは決心した。


『「殿隊」は、直ちに巨大トカゲに向けて攻撃を開始!他の者達は三のルートを使って撤退を開始せよ!』


「殿隊」は、巨大トカゲ討伐作戦が失敗し、巨大トカゲが落とし穴から抜け出した場合、自分達に注意を向けさせ、他の者達を逃がすために作られた部隊だ。

「殿隊」は、あらかじめ有志の者達を募っており、そこから選ばれた者達で構成されている。もちろん、巨大トカゲ討伐成功の暁には「殿隊」には通常の者達よりも多くの報奨金が支払われる。しかし、作戦が失敗した場合には命を懸けて巨大トカゲと戦わなければならない。


 殿隊に希望した者は、全体の十分の一に当たる三千五百人。戦闘能力が高い者達はほぼ全員、殿隊を希望してくれた。その中でも『変わりゆく時代』に所属している魔法使い五百人は全員殿隊に所属してくれた。


 ガリウムの声が全員に伝わる。

「うおおおおおおおおおおおおおお!」

 殿隊に選ばれた三千五百人が巨大トカゲに攻撃を仕掛ける。そして、残りの者達は事前に決めたあったルートを使って撤退を始めた。


「ファイアボール!」

「レスマジック!」

「クリアミラー!」

 魔法使い達が遠距離から攻撃を開始し始める。だが、その攻撃はどれもティラノサウルスを傷付けることは出来ない。しかし、構わない。この攻撃は相手を倒すためのではなく、注意をこちらに向けるためのものだからだ。

『怯むな!攻撃を続けろ!』

 攻撃の指揮は、ガリウムがテレパシーに執り行う。皆、ガリウムの指示に従い、見事な連携を見せる。


 巨大トカゲに攻撃する人間達。皆、必死だった。

 彼らは勝つために戦っているのではない。他の者を逃がすため、時間を稼ぐために戦っている。自分の命を顧みず、死に物狂いで巨大トカゲに向かっていく。


 だが……。


「ぐぁ!」

「ぎゃああああ!」

 その命は無残に散っていく。ある者は噛み殺され、ある者は踏み潰され、ある者は尾で全身の骨を砕かれる。死体の数はどんどん増え続けてゆく。

(くっ!想定していたことだが……)

 多くの者達が死んでいく。その中にはガリウムの年の半分もいっていない若者もいた。

(済まない!)

 ガリウムは、心の中で謝罪を続ける。だが、攻撃を止めることは出来ない。他の者を逃がすには最低でも後、一時間以上は、こちらに注意を向けなければならない。どんなに怪我人が出ようと、どんなに死人が出ようと、ここで攻撃の手を緩めるわけにはいかない。


「皆、頑張るんだ!」

 テレパシーではなく、ガリウムは直接皆に向かって叫んだ。






 大勢の者が必死にティラノサウルス向かっていく中、ティラノサウルスを全く恐れていない異質な者がいた。


「変わりゆく時代」の白い衣装を身に纏ったその者は多くの人間に混じり、ティラノサウルスに近づいていく。

「手を休めるな!」

「ひるむな!攻撃を続けろ!」

 人間達の怒号が飛び交う中、その者は他の人間と何も変わらない動きでティラノサウルスに近づいていく。


 その者の匂いは、ティラノサウルスをおびき寄せるために撒かれた牛や馬、さらにティラノサウルス自身が葬った人間の血の匂いに混じり、気付かれない。


「……ション」


 その者が何かを呟く。すると何もない空間に黒い球体が現れた。その者は黒い球体の中に手を入れると、ズズズと黒い影の球体から何かを取り出す。


 それは、剣だった。しかし、兵や冒険者達が使う剣とは形状が違っている。ティラノサウルスへの攻撃に精一杯で、誰もその者の行動に気付く者はいない。

 

 その者は取り出した剣を手にして、他の人間達と一緒のティラノサウルスに切り掛かった。

 

 ズキン。


 ティラノサウルスが鈍い痛みを感じる。それは、久しぶりに感じる痛みだった。


『?』

 チラリと自分の左側の胴体を見る。多くの人間がティラノサウルスに剣を振りかざしていた。だが、その剣はティラノサウスの皮膚に当たった瞬間に弾かれたり、折れたりしている。


 その中で一人だけ、珍しい形をした剣を握っている者がいた。


 その者も他の人間と同じように、異質な剣をティラノサウルスに振りかざしている。しかし、その異質な剣は他の人間達が持っている剣とは違い欠けてもいなければ、折れてもいなかった。


 ティラノサウルスの目と異質な剣を持っている者の目が合う。


 その者は、かぶっていた白い頭巾と顔を覆っていた白い布とる。その者は、美しい少女の顔をしていた。


 ティラノサウルスは、その顔を知っている。この動物の一部をティラノサウルスは以前に喰ったことがある。


 その少女は人間ではなく魔物だった。その魔物は人間や他の魔物から『吸血鬼』と呼ばれていた。


「久しぶりだね」


 吸血鬼はニコリとほほ笑む。

 その瞬間、ティラノサウルスの肉が深く裂けた。そこから勢いよく血が噴き出す。


 吸血鬼は、その血を愛おしそうにペロリと舐めた。

 




「ちょっと、出てくる。ヒビキ、しっかり店番しとけよ!」

 そう言うと、店長はご機嫌で出掛けて行った。

「また、魔物賭博かよ」

 ヒビキは、「はぁ」と溜息を吐く。

「まぁ、最近すごく忙しかったからな」

 普段なら、仕事を全てヒビキに任せて魔物賭博に出かける店長に腹を立てている所だが、今日はさほど怒りも感じない。少し前まで、忙しすぎていつも遊んでいる店長ですら一日中店に立っていなければならない程だった。久しぶりだし、いいだろうという気持ちになる。


 ここは、ペルム国中央の裏路地でひっそりと営業している武器屋「マクガフィン」。


 普段は表にある他の武器屋に客を取られ、殆ど客がいない。店員であるヒビキは潰れるのも時間の問題だなぁといつも思っていた。

 ところが、クーデターが発生し、政権が交代して以降、状況が一変した。

 武器を買い求める者が急増のだ。新政府は魔物対策のための武器購入や冒険者を雇うのに補助金を出すことを決めた。そのため、多くの人間が武器を買い求めるようになったのだ。

 中には投資目的や転売のために武器を購入する者もおり、武器の値段は高騰。どこの武器屋からも武器が消えている状態だ。裏路地にあり、滅多に人が来ない「マクガフィン」にも、どっと客が押し寄せた。

 ホコリを被っているような武器まで飛ぶように売れ、武器屋なのに今、マクガフィンには武器が一つもない。

 次の武器が新しく入荷するまで、開店休業状態だ。

 ここ数日のヒビキの仕事といったら、やって来た客に武器がないことを伝えることだけだ。

「全く……」

 ヒビキは机の引き出しを開ける。中にはたくさんの名刺が入っていた。どれも武器が入荷したら真っ先に教えてくれと言って客が置いていったものだ。

「ブームになったら、こういうことが起きるのは、何処でも変わらないんだな」

 ヒビキは自分の故郷のことを思い出す。ヒビキがいた故郷でも何らかのブームが起き、品薄になった時には、転売のために大量購入する者がいた。そのせいで、品薄がますます加速する。

「しかし、客来ないな……まぁ、当たり前と言えば当たり前だけど」

 今日は、ある魔物を討伐するために多くの冒険者がペルム国中央から出て行っている。そのため、朝から客が一人も来ない。

 ヒビキは新聞を見る。そこには、強力な魔物を討伐するために出発する兵士や冒険者達の姿が描かれていた。

「それにしても、こんなに人数を集めなければいけないなんて、よっぽど強い魔物なんだな。まぁ、そんな魔物と会ったら俺なんて直ぐに喰われてしまうのだろうけど」

 ははは、とヒビキは自嘲気味に笑う。

「それにしても、この魔物の姿……」

 ヒビキは昔を思い出す。彼は昔、その生物が大好きだった。






「まるで、ティラノサウルスだな」




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