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空中戦

 エルフの眼はかなり遠くまで見ることが出来る。普通に生活している時は視力をセーブしているが、その気になれば十キロ以上先の物も見ることが出来る。

 ティラノサウルスが走り出した時、ナノは視力のセーブを解除して、主の後を追った。すると、ティラノサウルスが落とし穴に落とされる場面が目に入ってきた。

 だが、ナノはさほど心配していなかった。主は以前にも落とし穴に落ちたが、いとも簡単に脱出している。今度も直ぐに、主は落とし穴から飛び出してくる。ナノはそう思っていた。

 しかし、いくら見続けていても主は出てこない。落とし穴の周りは人間達が大勢取り囲んでいる。しかも、ただ取り囲んでいる訳ではない。よく見ると、何かの魔法を発動している。

(人間達が何かしているのか?)

 ナノは急いで主の元に向かった。


 現場に到着したナノを待ち受けていたのは、凄まじい数の攻撃魔法と弓矢だった。


「くっ!」

 ナノは向かってくる攻撃魔法と弓矢を紙一重で全て躱した。

「なんと!」

「防御魔法を使わずに全て躱した!」

 兵士と冒険者達からは驚きの声が上がる。中にはナノの動きを称賛する者もいた。だが、そんな人間達とは対照的に、ナノの表情は怒りに満ちている。

「ジョリチラ!マルスユニヲシテ!(お前ら!主に何をした!)」

 ナノは両手を下にいる人間達に向けると、呪文を唱えた。

「ファイアボール!」

 ナノの両手に巨大な炎の玉が現れる。ナノはその火球を下にいる人間に向かって放った。

「で、でかい!」

 その火球は、この辺り一面を吹き飛ばす程の威力がある。あまりの大きさに一部の兵士達が腰を抜かした。しかし、その怯えを打ち砕く様にガリウムが叫ぶ。

「防御魔法展開!」

『インヴァリィドウォール!!』

 ガリウムの叫びを聞いた魔法使い達が一斉に同じ防御魔法を発動する。

 その防御魔法にナノが放った魔法が当たる。その瞬間、ナノが放った火球はかき消された。

「マフラインバマフラカ(魔法無効化魔法か)」

 ナノは顔をしかめる。ナノの魔法は通常の魔法使いが使う魔法無効化魔法程度ではかき消すことは出来ない。だが、二百五十人分の魔法無効化魔法の前には、マッチの炎のように簡単にかき消されてしまう。

(私の遠距離魔法では、あの魔法無効化魔法を打ち破ることは出来ない……ならば!)

「シャインソード!」

 ナノが呪文を唱える。すると、ナノの腕から光の剣が伸びた。ナノは、そのまま一切の躊躇を見せず、人間の大群に向かって急降下した。


「撃て、撃てえええ!」

 地上から再びナノに対する攻撃が再開される。ナノはまたしてもそれらの攻撃を紙一重で躱しながら落ちてくる。

「撃ち方やめ!迎撃準備!」

 これ以上撃っても当たらないと考えたガリウムは一旦攻撃を中断させ、迎撃態勢を取らせた。兵や剣士の冒険者達が一斉に剣を構える。

 急降下してくるナノ、それを迎え撃とうとする人間。


 だが、急降下して来たナノは、人間と衝突するギリギリで降下をやめ、方向転換した。ナノは迎え撃とうと身構えていた人間達の頭上を凄まじい速さで飛ぶ。

 その先には、ティラノサウルスが落ちた落とし穴がある。


「やはり、陽動か」

 戦うと見せかけて、そのまま巨大トカゲを助け出すつもりに違いない。

「そうは、させるか!」

 ガリウムはホリエスの肩に手を置く。

『ランフォリン、そちら向かったエルフを排除せよ!』

 ガリウムの指示がホリエスのライトテレパシーによって、相手に届けられる。

『了解!』

 ガリウムの頭の中に複数の声が響く。同時に、人間の大群の中から五つの影が飛び出した。


(マルス!今、お助けします!)

 ナノは、最高速度で落とし穴に向かう。落とし穴の周りにいる人間達を倒せば、きっと主を助け出せるはずだ。

 その時、ナノに向かって猛スピードで何かが突っ込んで来る。ナノの視力はそれを正確にとらえる。こちらに飛んで来るものの正体、それは生きた人間だった。

「シャインソード!」

 飛んで来る人間の腕から光の剣が伸びる。人間は腕から伸びた光の剣でナノに斬り掛った。

(何!?)

 ナノは急ブレーキを掛け、光の剣で人間の剣を受け止める。空中でカキンという金属音が響く。

「おおおおお!」

「くっ!」

(飛行魔法!?)

 ナノは目を見開く。空を自在に飛ぶ飛行魔法は、エルフが得意とする魔法だ。人間で飛行魔法を使える者をナノは今まで見たことない。


 ナノと人間は、そのまま光の剣を交差させる。すると、ナノの左右から、さらに二つの影が現れた。

(新手!?)

「ふっ!」

「やっ!」

 新手の二人の腕からも光の剣が伸びている。ナノは目の前の人間を蹴り飛ばし、後ろに下がった。だが、さらに二つの影がナノの真上から降って来る。

(また!?)

「くおお!」

「はぁあ!」

 カキン、カキンと金属音が二度鳴る。ナノは上から降ってきた影の剣も防ぐ。しかし、追撃は止まない。後ろにいる三人も戦いに加わる。

(飛行魔法を使える者が五人も?)

 ナノの意識が一瞬、思考に捕らわれる。その隙を見逃さす、五人の剣がナノに襲い掛かる。

「くっ!」

 剣が前後左右真上から振るわれる。どこにも逃げ場はないと思われた。

(((((もらった!))))

 五人全員がそう思った。だが、ナノは予想外の行動をとる。

「何!?」

 今度は人間の方が驚く。五人全員の剣が空を振るったからだ。五人の視線が下に向く。視線の先には下に落ちていくナノいた。

 ナノは、剣が当たる直前に飛行魔法を解除した。飛行魔法を解除したナノの体は重力に引っ張られて落ちていく。

(飛行魔法発動!)

 人間の群れに落ちる寸前、ナノは再び飛行魔法を発動させる。人間の頭上ギリギリを飛んでナノは急上昇する。これで、振り切れたはずだ。

 今は、人間の相手をしている暇はない。一刻も早く主の元へとナノは急ごうとする。

「行かせるか!」

 ナノの目の前に飛行魔法を使う人間が先回りをして、再び立ちふさがる。

「ハリンテ!(しつこい!)」

 ナノは目の前の人間達に、光の剣を向けた。


「上手くいっているな」

「ああ」

 ナノと五人の人間達の戦闘を見ながら、ガリウムとホリエスはニヤリ笑う。

 巨大トカゲを落とし穴に落とすことが出来た時点で作戦は七割方成功している。残り三割の懸念の内一割は、不測の事態の発生。どんな綿密な作戦を立てても、その通りに事態が動くことはまずない。必ず、何か予期していないことが起きる。その懸念が一割。そして、残り二割の懸念はあのエルフだ。

 ガリウムが対策を立てていたのは、巨大トカゲに対してだけではない。

 巨大トカゲを落とし穴に落とせば、必ずあのエルフが邪魔しにくるということは分かっていた。当然、エルフに対しての対策も立ててある。

 それが、今エルフと戦っている者達だ。彼らのチーム名は『ランフォリン』。

『ランフォリン』は空中魔法を使うことが出来る五人で構成された異色の冒険者達だ。彼らは空を飛ぶ魔物を中心に狩っており、空中戦で彼らに敵う魔物はほとんどいない。

 エルフは飛行魔法を使う。そこで、ガリウムは空中戦を得意とする彼らにエルフ討伐に任命した。

 ナノと『ランフォリン』の戦闘を見ながらガリウムは呟く。

「あとは、彼らに任せればいい」

 今、下から攻撃してもエルフに当てるのは難しい。下手をすれば、ランフォリンに当ってしまう可能性もある。『ランフォリン』に対する援護は、逆に彼らを邪魔する結果となってしまうかもしれないのだ。

(そもそも、援護などいるまい)

 ランフォリンとナノの戦闘を見て、ガリウムはもう一度笑った。


 空中戦を繰り広げているナノは苦戦を強いられていた。

「ファイアボ……」

「はぁ!」

 ナノが魔法を放とうとした瞬間、側面から人間か斬り掛かって来た。

「くっ!」

 ナノは魔法を放つのを止め、回避する。

「ファイアボール!」

「アイスピック!」

 今度は人間二人から、魔法攻撃が放たれる。巨大な火球と巨大な氷の槍がナノに向かって飛んで来る。

「リフレクションバリア!」 

 ナノが呪文を唱えた。すると、ナノの周りにドーム状のバリアが現れる。バリアに当たった魔法は反射され、魔法を放った人間達に向かう。

 しかし、人間達は難なくそれを躱した。

「はぁ、はぁ」

 ナノの息が僅かに上がる。人間一人一人の力は、ナノを下回っている。しかし、彼等は絶妙なコミュニケーションでナノの攻撃を防ぎながら、自分達の攻撃を繰り出してくる。そのコミュニケーションにより、ナノの体力は少しずつ削られていった。

(早く、マルスの所に行かなければいけないのに!)

 ナノの心に焦りが広がっていく。焦りは攻撃を単調にさせ、微かな隙を産む。その隙を『ランフォリン』は見逃さなかった。

「はっ!」

 一人の人間がナノに斬り掛かる。その攻撃をナノは紙一重で躱した。

「ファイアボール!」

 攻撃を躱したナノに、魔法攻撃が放たれる。火球はナノにまっすぐ向かっていく。明らかに、躱す方向を読まれていた。

(しまっ……!)

 急いで、防御魔法を発動させようとした。

「リフレクションバ……」

 しかし、呪文の詠唱はコンマ数秒、間に合わなかった。火球はナノの左腕に命中し、爆発する。

「がっ!」

 爆発の衝撃で、ナノの左腕が大きく抉られる。

「インジュリィヒー……」

「させるか!」

 回復魔法を使おうとしたナノに、人間が再び斬り掛かる。ランフォリンの五人は見事な連携でナノに回復魔法を使う隙を与えない。

 そうしている間にもナノの腕から血が流れ落ち続ける。出血と激しい動き、さらに魔法を連続で使ったことによって体力の低下し、意識が朦朧とする。

(駄目だ!)

 もし、一瞬でも意識を失えば相手に致命的な隙を与えることになる。ナノは、気力を振り絞り何とか意識を保つ。しかし、それも長くは持たないだろう。


 ナノの気力が尽きた時、それがナノの命が消える時だ。

(勝てる!)

 下で見ているガリウム達も、戦っているランフォリンの五人も自分達の勝利を確信した。


 異変が起きたのは、その時だ。


 最初にその異変に気が付いたのは、落とし穴の近くにいた魔法使いだった。


 フュオオオオオオオオ。


 落とし穴の中から、何か音が聞こえる。それはとても不気味な音だった。

「なんだ?」

 異変を感じた魔法使いは、落とし穴を注意深く見る。そして気付いた。


 周辺に生えている草が全て、落とし穴の方向に傾いているということに。


「風が落とし穴に向かって吹いている?」

 それは、自然ではありえないことだった。円状に開いた落とし穴。その周辺に生えてある草が落とし穴の方に傾いている。つまりそれは、落とし穴の中に向かって空気が流れているということだ。

「まさか、巨大トカゲが何かしているのか?」

 その魔法使いは、ガリウムに緊急の連絡を入れる。


 魔法使いがガリウムに緊急連絡をするほんの少し前、ナノも落とし穴に起きている異変を察知した。エルフの鋭い聴覚が、落とし穴から洩れる不気味な音を捕える。

 ナノは落とし穴の方を見る。周辺に生えている草が全て、落とし穴の方向に傾いている異様な光景がナノの目にも入ってきた。


 ナノとガリウム達を分けたものは、経験だ。


 此処にいるほとんどの者は、実際に巨大トカゲを見たとこがない。資料で見ただけだったり、人から聞いただけの者が大半を占める。

 それは、ガリウムも同じだ。巨大トカゲ討伐に執念を燃やしていたガリウムでさえも、実際に巨大トカゲを直接その目で見るのは初めてだった。


 しかし、ナノは違う。無視されようとも、どんな危険な目に遭ってもティラノサウルスの傍にいた。その目でティラノサウルスを見続けていた。だから、ナノにはティラノサウルスが何をしようとしているのか直ぐに分かった。

 

 フオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ……。


 落とし穴に向かって吹いていた風と不気味な音が、ピタリと止まった。静寂が辺りに漂う。


 次の瞬間、ナノは自分の長い耳を両手で塞いでいだ。

(なんだ?)

『ランフォリン』の五人は、ナノの行動の意味が分からず首を傾げる。

(防御魔法?いや、違う。何の魔法も発動していない。何だ?何をしている?)

 怯えて縮こまっている訳でもあるまい。一体何をしているのか?まさか、罠か?

 経験豊富故に、『ランフォリン』の五人はナノへの攻撃を一瞬躊躇する。だが、どう見ても罠の気配はない。どう見てもただ耳を塞いでいるだけだ。

(チャンスだ!)

 ナノの背後から一人の人間が迫る。耳を塞ぎ、飛ぶ時に発生する風切音を聞くことが出来ないナノは気が付かない。

(もらった!)

 ナノの背中目がけて、人間は腕から伸ばした剣を大きく振り上げる。



「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!!」


 ナノに攻撃が当たろうとする瞬間、落とし穴の中から巨大な咆哮が辺りに響いた。


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