始まり
『クーデター!?』
ニクスが放った衝撃的な言葉に、ガリウムは目を白黒させる。
クーデター。
政権内部で行われる武力による政権奪取。成功すれば、それまでの旧支配者を排除し、一気に政治的実権を握ることが出来る。
『貴殿、正気か?』
『無論、正気だ』
ニクスは即答する。彼の目は何かのスイッチが入ったかのように、真剣なものに変わっていた。
『クーデターなど、馬鹿げている!』
ガリウムの発言は至極まっとうなものだ。倫理的に反するのは当然のこと、もし失敗すれば逮捕、下手をすれば処刑も十分に考えられる。
『まずは、話を聞いてくれ』
ニクスは落ち着いた様子で、ガリウムを諭す。
『通常の方法で『特別災害生物指定法』を廃案にするのは現実的に考えて、不可能だということは貴殿にも分かるな?』
ガリウムは頷く。ペルム国では一度制定された法を廃案にするには、廃案に賛成する議員の数が八割を超えることが条件だ。だが、『特別災害生物指定法』は九割以上の議員の賛成によって制定された法律。賛成した者がそのまま反対に反転でもしない限り、『特別災害生物指定法』を廃案にすることは出来ない。
『だが、それを可能にする方法がある』
ガリウムは眉根を上げる。
『もしや、中央議会を制圧して議員達に無理やり廃案を賛成させるというのか?』
『いや、違う』
ニクスは首を横に振る。
『中央円卓議会そのものを解散するのだ』
『解散!?』
ガリウムは思わず大声を上げる。中央円卓議会の解散。それは事実上、現政権の崩壊を意味する。
『中央円卓議会を解散させてどうしようというのだ?』
『中央円卓議会を解散させたその後は……』
ニクスはそこで言葉を区切り、深く息を吸った。そして、ゆっくりと口を開く。
『ペルム国の政治を民主主義に切り替える』
『貴殿、正気か?』
『無論、正気だ』
ニクスは即答する。
『私は、何も特別災害生物指定法だけが気に入らぬから、クーデターを起こそうというのではない。私は、以前よりこの国の有り方は間違っていると思っていた』
ガリウムは全神経を耳に集中してニクスの話を聞く。
『民から搾り取った税を己が私利私欲に使う者、保身しか考えぬ者、そんな連中がこの国を腐らせてしまった』
ガリウムは深く頷く。
『何故、そんなことになるのか?決まっている。議員を議員が選ぶという方法が諸悪の原因なのだ』
ペルム国では民衆によって議員は選ばれない。
もし、五十人の議員に欠員が出れば、新しい議員を選出することになる。しかし、それを選ぶのは民衆ではなく。残った他の議員達だ。
議員が議員を選ぶとなれば当然、選ばれるのは自分達によって都合のよい人物ばかりとなる。
時々、民衆に対するアピールのためにガリウムのような議員も選ばれるが、ほとんどの場合自分達の血族などを選ぶ。誰かが不正を冒しても、誰もそれを咎めようとせず、ひどい時には不正を合法とするためだけに法律を改正してしまう。
腐敗が腐敗を呼ぶ、まさに負のスパイラルだ。
『国のトップである議員は民衆が選ぶべきなのだ。私は、かねてよりそう思っていた』
ガリウムは何度も頷く。彼も全く同じことを思っていた。
『だが、この国を民主主義にしようと活動しても、それは必ず潰されるだろう』
この国を民主主義にしようなどと叫んだ所で、既得権益にしがみつきたい議員達は当然、猛反対するだろう。そんなことは火を見るより明らかだ。
『この国を民主主義にするには最早、革命かクーデターを起こして政権そのものを壊すしかない』
『……』
『とはいえ、これまでは私も迷っていた。武力による政権破壊が本当に正しいのか?もう少し待てば、この国も変わるのではないのか?と、いつも悩んでいたよ』
『ニクス殿……』
『だが、今回の特別災害生物指定法の制定で、私は心底この国に嫌気がさした。最早、迷っている場合ではない。ガリウム殿!』
ニクスは真っ直ぐガリウムを見る。
『貴殿の力を貸して欲しい!』
ガリウムは戸惑う。
『何故、私なのだ?』
『貴殿でなくてはならんのだ!私と志を同じくする貴殿しか!そして、民衆に支持されている貴殿しか!』
確かに、ガリウムは民衆からの支持が高い。
特に冒険者からの支持が圧倒的に高い。クーデターの成功は民衆の支持を得られるどうかが、大きなカギとなる。彼が立ち上がれば、多くの民衆から支持が得られ、クーデターが成功する可能性も高くなる。
『……もし、クーデターが成功したとして、民主主義に移るまでの間の政権運営はどうするつもりだ?』
『暫定政権を樹立する。しばしの間は暫定政権が政治を取り仕切るが、あくまでも一時的なこと。法案など民主主義に移行する準備が整った段階で、暫定政権は解散。新たな議員を選出する選挙を行う』
『選挙に出馬できる者の規定は?』
『細かい規定はこれから、考える。だが、職業、身分に関係なく立候補が出来る様にするつもりだ』
『選挙権は?』
『選挙権は老若男女、誰であっても、どんな職業であっても投票できるようにする』
『それは、辺境の村に住む者や奴隷も含めてか?』
『もちろんだ。どんな場所に住んでいる者でも、どんな身分の者でも、どんな職業の者でもペルム国の住民なら選挙に投票することが出来るようにする』
『ううむ』
ガリウムは腕を組む。どんな身分の者でも政治に参加できる。それは、まるで夢物語のような話だ。
『巨大トカゲは、どうするつもりだ?いや、巨大トカゲだけではない。吸血鬼やその他の魔物に対する対策はどうするつもりだ?』
家畜を襲い、人に害をなす巨大トカゲ。人類を滅ぼしかねない吸血鬼。さらに人々を襲うその他の魔物。それらをどうにかしなければ、人々に平和は訪れない。
人々の不安が大きくなれば大きくなる程、民主主義は崩壊しやすくなる。
『現在消息がつかめない吸血鬼やその他の魔物については後ほど、対策を立てるつもりだ。だが……』
ニクスの目に強い光が灯る。
『巨大トカゲを倒す方法なら、既に考えてある』
『何!?』
ガリウムは思わず立ち上がる。
『巨大トカゲを倒す方法があるのか!?』
『ああ、この方法ならきっと巨大トカゲを倒せると私は思う』
『教えてくれ!どんな方法だ!?』
『まず、最初に……』
『何とも、ぶっ飛んだ方法だな』
あまりに奇想天外な作戦に、ガリウムの体から力が抜ける。
『貴殿は元冒険者だ。その貴殿から見て、この作戦をどう思う?』
『そうだな……』
ガリウムは頭を抱える。ガリウムは冒険者として、様々な魔物と戦ってきた。正面から戦うこともあったし、罠を張ることもあった。だが、そんなガリウムでもニクスが説明した方法で魔物を倒したことなど一度もない。
しかし、確かにその方法なら……
『いけるかもしれない』
ガリウムの言葉にニクスは笑みを浮かべる。
『さようか!』
『ただし!』
ガリウムは手を上げる。
『貴殿の言う策を実行するとなると、多くの兵と多くの資金がいる』
特に大勢の魔法使いが必要となるだろう。正規兵、傭兵、冒険者……恐らく、国中の魔法使いを動員せねばならなくなる。
作戦実行に必要となる資金も、最終的にいくらになるのか予想がつかない。
しかし、ニクスはガリウムの言葉を予想していたかのように笑う。
『ああ、それは分かっている。なので、中央円卓議会を制圧した後、国民に暫定政権樹立を発表するのと同時に作戦を発表し、多くの協力者を得ようと考えている。資金については、個人や企業から寄付を募り、それでも足りなければ国債を発行するつもりだ』
『なるほど、しかし協力してくれる者達がどれほど集まるか……』
『それは、大丈夫だ。恐らく、貴殿が呼びかければ多くの協力者が集まる』
『私に、そこまでの力は……』
『ある!貴殿が思っている以上に、貴殿から支持されておる』
『ううむ……』
『なにとぞ頼む、ガリウム殿!』
ニクスは両膝に手を付いて、深々と頭を下げた。
『私と共に新しい国を造ろうではないか!』
『……』
ガリウムは口を堅く閉じて、暫く考える。
『……しばし考えさせて欲しい』
だが、その場ですぐに答えを出すことは出来なかった。
ガリウムとニクスの話し合いは、時間にすると一時間程だった。しかし、それはガリウムの人生で最も長い一時間だった。
(どうする?)
ニクスに言い分はよく分かる。それに、彼の言う通りにすれば巨大トカゲを倒すことも出来るかもしれない。今後、巨大トカゲの被害に遭うであろう多くの民衆を救うことが出来る。
(しかし……)
もし、失敗すれば命がないかもしれない。何より、屋敷に住む使用人達に迷惑が掛かる。悩むガリウムは、その日一睡もすることが出来なかった。
次の日の朝、ガリウムは使用人全員を集めた。
『ご主人様、いかがなさいました?』
思いつめた様子の主人を見て、使用人達は不安そうな顔をする。
『皆に集まってもらったのは他でもない』
ガリウムは使用人全員の耳に届く様に大声で話す。
『詳細は言えないが私は近々、大きなことをやるかもしれない。それは、国を揺るがしかねないことだ』
使用人達がかすかにざわめくが、ガリウムはそのまま話を続ける。
『だが、失敗すれば、皆に多大な迷惑を掛けることになる。牢獄に入れられることになるかもしれない』
『『……』』
『だから、もし皆が……此処にいる者が一人でも反対するのなら、私は今やろうとしていることを止めようと思う。皆に迷惑を掛けたくないのでな』
『『……』』
『本来なら、もっと時間を掛けて考えて欲しいのだが、あいにくと時間がない。本当にすまないと思うが、十五分だけ、時間を与える。それまでに決めて欲しい』
使用人達は何も言わない。ただ、真剣な目でガリウムを見ている。そして、そのまま十五分が経過した。
『では、止めてほしいと思う者は……。いや、まずは皆目を閉じてくれ』
このままでは、他の者に気兼ねをして言い出せなくなる者がいるかもしれない。そう思ったガリウムは皆に目を閉じさせた。
『私や他の者に気兼ねをする必要はない。どうか自分の心に従ってくれ』
ガリウムは大きく息を吸い込むと、口を開いた。
『では、止めて欲しいと思う者は手を上げてくれ!』
一分待つ。手は上がらない。三分待つ。手は上がらない。五分待つ。
誰一人として、手を上げなかった。
『皆、目を開けてくれ』
ガリウムの指示で皆が目を開ける。ガリウムは静かに頭を下げた。
『皆、ありがとう』
頭を下げるガリウムに、メイドの一人が声を掛ける。
『頭をお上げください。ご主人様』
ガリウムは、ゆっくり頭を上げる。そこには優しく微笑むメイドの顔があった。
『ここにいる者達は皆、ご主人様に救われた者達ばかりです。地獄のような環境から、ご主人様は私達を救い上げてくださいました。温かいスープを飲ませて頂き、フカフカのベッドで眠らせて頂き、さらには、教育まで受けさせていただきました。感謝してもしきれません』
メイドは、優雅な動作で片膝をついた。すると、他の使用人も次々に片膝をつく。
『ご主人様が何をなさろうとしているのか、私達には分かりません。ですが、私達の命はご主人様のもの。私達に気兼ねすることなく、どうか、ご自身が望まれるようになさってください』
ガリウムは、深く頷く。今度は、笑顔で皆に礼を言う。
『皆、ありがとう!』
その言葉を聞いた使用人達も皆、笑顔で頷いた。
「本日、今この瞬間をもって……」
ガリウムは覚悟を決める。人々を幸せにするため、何より、何も聞かず背中を押してくれた使用人達のために。
ガリウムはカッと目を見開と、高らかに宣言した。
「ペルム国中央円卓議会を解散とする!」
歴史には分岐点がある。
もし、あの時彼がこうしていたなら。もし、あの時、彼女が逃げていたら。もし、あの時、あいつが裏切らなければ。もし、あの時、雨が降っていなければ。もし、あの時、もう少し早く手紙が届いていたなら……。
もし、あの時、使用人が一人でも反対していたなら……。
もしかして、別の結果になっていたかもしれない。後世の者は、そう言うだろう。
だが、それは間違っている。
何故なら、この事件が起きることは既に『決定』していたからだ。
一国で起きたクーデター。
この事件が、後に起きる大惨事のきっかけになると、誰が思うだろうか?
知っているのは、邪悪な計画を立てた者だけだ。
大惨事は、やがて世界中の人間や魔物を直接的、または間接的に巻き込んでいくことになる。
それは、ティラノサウルスですら、例外ではない。
これから始まる大惨事は、ティラノサウルスの運命を大きく変えることになる。




