制圧
『特別災害生物指定法』が制定されると、司会進行役の議員が、議題を次に進める。
次の議題は、『吸血鬼』についてだ。
「今から一カ月ほど前、吸血鬼らしき魔物がスタテリアン火山で目撃されました。現地での調査の結果、吸血鬼とみてほぼ間違いありません」
吸血鬼が現れたとの報告に会議氏がざわめく。すると、一人の議員が、ボソリと呟いた。
「ダンジョンで起きた爆発に巻き込まれ、死んだかもと少しは期待したが……やはり、生きていたのか」
吸血鬼がスタテリアン火山で目撃されるよりも以前のことだ。吸血鬼はなんの前触れもなくダンジョンの前に現れ、そのまま中に入ってしまった。
吸血鬼がダンジョンに入って数時間後、爆発と共に突然、ダンジョンが崩壊した。
爆発の威力は凄まじく、ダンジョンから周囲五キロは完全に消し飛んだ。爆発はダンジョンの内部から起きており、ダンジョンにいた魔物達も地上まで吹き飛ばされ、消し炭と化した状態で発見されている。
吸血鬼とダンジョンで起きた爆発との因果関係は不明。引き続き調査が続けられている。
「吸血鬼は何故、スタテリアン火山に?」
「分かりません。ただ……」
「ただ?」
「スタテリアン火山には、多くのレッド・ドラゴンが生息しています」
レッド・ドラゴン。
ドラゴンの亜種で、活火山の周辺に多く生息している。炎を吸い、マグマを喰うと伝えられているレッド・ドラゴンは、その名の通り、真っ赤な姿をしている。
「その中でも特に大きく、群れのリーダーをしていたメスのレッド・ドラゴンが行方不明となっています」
「それに吸血鬼が関連していると?」
「確証があるわけではありませんが、偶然と考えるには……」
「吸血鬼が現れるのとほぼ同時に、そこにいたレッド・ドラゴンのリーダーが消える。確かに、偶然とは思えんな」
「吸血鬼がレッド・ドラゴンを連れ去ったと考えるのが自然か……」
「一体何のために?」
「最も自然なのは、喰う為だろうが……」
「吸血鬼は他の魔物も襲うということか?」
「さぁ、どうだろうな……」
「ダンジョンに入った目的は不明、スタテリアン火山に現れた目的も不明か……」
「不気味だな……」
「そもそも、今までが静かすぎたのだ。吸血鬼が復活してやった事と言えば、いくつかの村を襲ったぐらいだ。それ以来、ずっとなりを潜めている」
「確かに、かつて人間を滅ぼしかけた魔物とは思えないぐらいの大人しさだ」
「だが、その吸血鬼が最近、動き出した」
「もしや、何かを始めようとしているのだろうか?」
「何かとは?」
「さぁ、それは分からぬが……私には、吸血鬼が何かとんでもないことを始めようとしているような気がしてならないのだ」
会議室がシンと静まり返る。
最も怖いのは、巨大な力を持っている相手ではなく『何を考えているのか分からない相手』だ。不気味な行動を繰り返す吸血鬼は、ある意味巨大トカゲよりも恐ろしかった。
「くそが!」
会議が終わり、自分の屋敷に戻ったガリウムは自分の部屋に入や否や、ドンと机を蹴り飛ばした。ガリウムの一撃で机は原型も留めない程、粉砕される。
「ど、どうかしました?」
その音を聞いた住み込みのメイド達が慌てた様子で部屋に飛び込んでくる。
「いや、なんでもない」
「し、しかし……」
「本当に、大丈夫だ」
ガリウムはニカッと笑って見せる。
「驚かして済まなかったな。皆、ゆっくり休んでくれ」
主人の様子は普段とは明らかに違っていたが、主人が何でもないと言っている以上、メイド達は主人の命に従うしかない。
主人の部屋から出るとメイド達がヒソヒソと話し始めた。
「ご主人様、どうされたのかしら?随分苛立ったご様子だったわ」
「円卓会議で何かあったのかしら?」
ガリウムの屋敷に住み込みで働いている者達のほとんどが、元奴隷だ。ガリウムは得た収入のほとんどを奴隷の購入に充てている。そして、買った奴隷は一人残らず開放している。
ただし、奴隷の中には満足に教育を受けておらず、解放されてもどうやって金を稼げば良いのか分からない者達も大勢いる。そのような者達は、自分の屋敷に住み込みの使用人として働かせていた。ただ、働かせいるだけではない。ガリウムは、教育を受けていない者のために教師を雇い、読み書きや算数といった勉強を受けさせた。
屋敷で働く者達は、当然いつでも辞めることが出来る
ガリウムの屋敷で働いていた者達の中には、会社を興して大成功した者やガリウムと同じ冒険者となり、活躍している者もいる。
もちろん、屋敷に残って働き続けることもできる。ガリウムの屋敷で働き続ける理由は人によって様々だ。待遇が良いという意見や他の場所で働くのが怖いという理由もある。
だが、最も多い理由はガリウムへの感謝だ。『恩を返したい』、『恩人のために働きたい』という想いで、彼等は自由になってもなお、屋敷で働き続けている。
「心配だわ」
一人のメイドがポツリと漏らした言葉に、その場にいたメイド全員が頷いた。
(どうすればいい?)
巨大トカゲをあのまま放っておいてよい訳がない。ラプタの言う通り、巨大トカゲの研究を進めれば、行動をある程度は予測することが出来るかもしれない。
だが、それも確実ではない。いくら研究を重ねたとしても、相手は生物だ。予想外の行動をとることもあるだろう。そうなれば、また人々が犠牲になる。
巨大トカゲを殺さなければ、何の解決もしないのだ。
だが、『特別災害生物指定法』は制定されてしまった。最早、ガリウムがいくら悩んだ所で手遅れだ。ガリウムは自分の無力さに怒りを覚える。
その時、ガリウムの部屋のドアがコンコンとノックされた。
「ご主人様、少しよろしいでしょうか?」
「どうした?」
「お客様がいらっしゃいました」
「客?」
ガリウムは時計を見た。時刻は既に深夜二時を過ぎている。
(こんな時間に……誰だ?)
ガリウムは首を捻ねる。
「もう遅いですし、お帰り願いましょうか?」
部屋の外にいるメイドの声には、ガリウムを心配する気持ちが混じっていた。ガリウムはそんなメイドに感謝する。
「いや、こんな時間に来たんだ。急ぎの用事かもしれない。会おう」
「かしこまりました。お客様は応接室でお待ちです」
「分かった」
ガリウムは自分の顔をバチンと叩く。客と会うというのにいつまでも暗い顔をしてはいられない。ガリウムは無理やり表情を作り、部屋を出た。
「ニクス殿?」
そこにいた人物を見て、ガリウムは驚く。
デノ=ニクス。
中央議員円卓会議のメンバー五十人の内の一人。頭の回転が早く、狡猾で常に二手先を読む頭脳派議員。ガリウムとは仕事以外の交流はほとんどない。しかし、その有能さには一目置いていた。
応接室に入り、ガリウムは扉を閉める。メイドは既に下がらせているので、応接室にいるはガリウムとニクスの二人だけだ。
「どうしたのだ?こんな時間に」
ガリウムは、ニクスの向かいに座る。ニクスがガリウムの屋敷を訪れたことは、これまで一度もない。何か重要な要件に違いないとガリウムは思った。
「もしや、『特別災害生物指定法』のことか?」
ガリウムは、とりあえず思いついたことを口にする。ガリウムとニクスに共通することといったら、それぐらいしかない。
賛成四十七。反対二、欠席による棄権一で『特別災害生物指定法』は制定された。
賛成はラプタとその他の議員、そして反対したのはガリウムとニクスの二人だった。
賛成多数で『特別災害生物指定法』が制定されるだろうことはガリウムにも予想は付いていたので、特に驚きはなかった。むしろ、驚いたのはニクスが反対に回った事だ。
驚いていたのはガリウムだけではない。ラプタも動揺に目を見開いていた。ラプタもまさかニクスが反対に回るとは、思っていなかったらしい。他の議員達もラプタと同じ顔をしていた。
結局、『特別災害生物指定法』は九割以上の賛成で制定されたが、ニクスが反対に回ったことは軽い衝撃として議員達の記憶に残った。
「そう、だな……『特別災害生物指定法』について、話し合いたい」
ニクスは口を開くが、どこかいつもの彼らしくなかった。まるで言いたくないことを無理して言おうとしている。そんな印象を受けた。
「ガリウム殿、貴殿『特別災害生物指定法』をどう思う?」
ニクスの問いにガリウムは即答する。
「答えるまでもない。最悪な法案だ」
ガリウムは、苦々しげに吐き捨てる。
「私も……同感だ」
ニクスは深く頷く。
「あれは、最悪な法だ。巨大トカゲを殺しもしないで放っておくなど、愚作の極みでしかない。あれでは、民に犠牲になれと言っているようなものだ」
ニクスに驚かされるのは、これで何度目だろうかとガリウムは、心の中で呟く。彼が思っていることは、ガリウムと全く同じものだった。
「『特別災害生物指定法』などあってはならぬ法律だ」
「わ、私も貴殿と同じことを考えていた!」
ガリウムはずっと、ニクスのことを他の議員と同じように考えていた。プライドだけが高く、民よりも自分の保身に走る者だと。
しかし、その評価は今夜覆された。
「『特別災害生物指定法』は今からでも廃止されるべきだ!」
「そうだ!」
ガリウムは興奮した様子で叫ぶ。自分と同じ想いの者がいてくれて、とても嬉しかった。が、その熱も直ぐに冷める。
「だが……な」
ガリウムは、深い溜息を吐いた。
「法案はもう制定されてしまった。今さら、どうしようもない」
どこか疲れた様子でガリウムは、項垂れる。だが、そんなガリウムにニクスは囁くように語り掛けた。
「実は、私に考えがあるのだ。上手くいけば、『特別災害生物指定法』を廃止できる」
「何!?」
ガリウムは思わず、前に乗り出す
「ど、どんな方法だ!?」
「それは……」
ペルム国中央円卓議会は朝九時より開始される。会議には、最低でも始まる十五分前には着席しておかなければならない。だが、その日は開始時刻になっても全員が揃っていなかった。
「ガリウム殿とニクス殿は、今日は欠席か?」
ラプタが司会役の男に話し掛ける。
「いえ、私は何も聞いておりません」
この場にいるのは四十七人。三人足りない。いないのは、ガリウムとニクス。そして、現在行方不明となっている元魔物調査班所属のロロフス=パラサ。
ロロフス=パラサは、行方衣不明となって既に数か月が経過している。
通常、議員が死亡した場合、直ぐに代役の議員が選ばれることになっている。しかし、行方不明の場合は本人が生きている可能性を考慮し、半年間は代役を立てることが出来ない(行方不明となった議員が五人を超えた場合を除く。五人を超えた場合は、その議員達は解任となり、即刻新たな議員が選ばれる)。
ロロフス=パラサは行方不明となって、まだ半年を経過していない。そのため、ペルム国中央円卓議会では、ここ数か月、四十九人で運営を行っていた。
そして、今日はガリウムとニクスがまだ来ていない。
「まさか、二人も消息不明となったわけではあるまいな?」
議会全体がざわめく。行方不明となった議員が一人だけなら、失踪したという可能性もある。
ロロフス=パラサは巨大トカゲ解析班の責任者だったが、成果を上げることが出来なかった。行方不明なる前日、彼女はそのことを他の議員に責められていた。
ロロフス=パラサはそのことにショックを受けて、失踪したのでは?と考えられていた。
しかし、さらに二人の議員が行方不明となれば、話は変わってくる。ロロフス=パラサの行方不明も失踪ではない可能性が出てくる。
「もしや、テロではないか?」
ペルム国の国民の中には、一部の権力者だけが富を握っている現状に、不満を持つ者は少なくない。いつテロが起きても不思議ではない状態だった。
「皆様、落ち着いてください。ガリウム殿とニクス殿の所在は、こちらで確認し次第、皆様にご連絡いたします。今は会議に集中して頂きたい」
司会役の言葉を聞いて、議員達の動揺は一応収まる。議員達が静かになったのを見計らって、司会役の男は話を進めた。
「では、開始時間を過ぎましたのでこれより会議を始めたいと思います。最初の議題は……」
「た、大変です!」
今まさに会議が始められようとしていた瞬間、会議室のドアが勢いよく開いた。会議室に勢いよく入ってきたのは、年の若い衛兵だった。
ペルム国中央円卓議会の会議は国の行く末を左右する重要な会議だ。当然、議員以外の入室は厳禁。最悪死刑になってもおかしくはない。だが、その衛兵のあまりに切迫した様子に議員達は何も言えなかった。
「い、今すぐお逃げください!」
慌てふためいている衛兵にラプタが怒鳴る。
「一体、何事だ?きちんと説明せよ!」
「そ、それが……」
衛兵が口を開きかける。その時、ドドドドドドドドドドと複数の足音が聞こえた。
「き、来た!」
若い衛兵が、さらに取り乱す。すると、別の衛兵達が会議室に入ってきた。
「次から次へと何事だ?説明を……」
「動くな!」
突然、後から入ってきた衛兵の一人が若い衛兵に剣を向けた。
「ひぃいぃいいいい」
若い衛兵は両手を上げて、降伏の意思を示す。
「此奴を縛り上げろ」
「はっ」
さらに二人の衛兵が入って来る。後から入ってきた衛兵達は、あっという間に若い衛兵を縛り上げた。
「突入!」
一人の衛兵の号令で、衛兵達がドッと会議室になだれ込む。その数およそ五十。彼らは円卓を円状に囲むと、椅子に座っている議員達に向かって、剣を向けた。
「こ、これは、どういうことだ!」
「お、愚か者!お前達、誰に向かって……」
「お静かに」
椅子から立ち上がり、騒ぐ議員の首に剣が押し当てられた。衛兵が剣を素早く横にずらすだけで、会議室は血に染まるだろう。
「あひいいいいいい」
情けない悲鳴を上げて、議員は再び椅子に腰を下ろした。
「皆様もどうか、お静かにお願いします。騒がなければ皆様を傷付けるようなことは決していたしません」
司会役の男の後ろに立った衛兵が大声で叫ぶ。議員達の声とは違う。正真正銘軍人の声だ。その迫力に議員達が息を飲む。
「おい、お呼びしろ」
「はっ!」
命令を受けた衛兵が部屋を出ていく。衛兵は十分もしない内に二人の男を連れて戻ってきた。二人の男を見た議員達は目を丸くする。
ラプタは、ギリッと歯ぎしりすると大声で叫んだ。
「ガリウム殿!ニクス殿!これは、どういうことだ!?」
ガリウムとニクスはラプタの言葉には反応せずに、司会役の男の傍によった。
「どいて、頂けるかな?」
「は、はい!」
司会役の男はコクコクと頷き、ガリウムにそこを退く。ガリウムは円卓に両手を付いて叫んだ。
「この建物は、我らが完全に掌握した!」
ガリウムはダンと円卓を叩く。
「本日、今、この瞬間をもって……」
ガリウムはカッと目を見開くと、高らかに宣言した。
「ペルム国中央円卓議会は解散とする!」




