特別災害生物指定法
外来生物。
その土地にいなかった生物が何らかの理由で、その地に住みついたもの。外来生物は、その地の生態系に重大な害を及ぼすことがある。
外来生物が生態系に及ぼす害は大きく分けて三つある。
一つ目の害は、外来生物自身がもたらす害。
外来生物は住み着いた地に、敵がいなければ爆発的に繁殖する。
その結果、その地に元々いた在来種を喰い尽くしてしまう。草食の外来生物によって緑豊だった土地が荒野に代わり、肉食の外来生物のよって、その地に住んでいる虫や魚、動物が食べられ、壊滅的な打撃を受けることも珍しくない。
仮に、その地にいる在来生物と直接的に捕食者と被食者の関係にならなくとも、外来生物と在来生物の餌や生息域が重なってしまう場合がある。
そのような場合、外来生物の繁殖力や餌をとる能力が在来種を上回ってしまえば、競合によって外来種が在来種を駆逐してしまう。
二つ目の害は、外来生物によって持ち込まれた疫病による害。
外来生物によって、今までその地になかった疫病が蔓延することがある。
細菌、ウイルス、寄生虫、カビ……。外来生物に感染、あるいは体に付着していたものが外来生物と共にその地に侵入したことによって、未知なる疫病が猛烈な勢いで流行する。
その疫病を元々持っていた外来生物には、その疫病に対する免疫がある。そのため、外来種がその疫病で死ぬことはない。だが、その地に住んでいる在来種は、その疫病に対する免疫を持たない。そのため、外来生物にとっては何でもない疫病でも、在来種にとって死をもたらす病となる。
たった一匹の外来生物が運んできた疫病によって、その地の生物が絶滅に追いやられることもあるのだ。
そして、外来生物によって引き起こされる三つ目の害は……。
シュプラの家系は代々、牧場を営んでいる。親も祖父母も曾祖父母もそれで食べてきた。 彼が扱っている動物は、牛と豚、そして鶏だ。朝は早く起きなければならないし、重労働でとても厳しい仕事だが、シュプラはこの仕事に誇りを持っている。
彼の息子は今年で七歳となる。シュプラはそろそろ息子に仕事を覚えさせようかと考えていた。息子もいずれ、この家業を継ぐことになる。今から仕事を覚えさせた方が良いだろう。先祖から受け継がれた飼育方法によって、彼の扱っている動物の肉や卵はとても評判が良い。この味をこれからも守っていかなければならない。
だが、彼の育てた動物達を美味いと思うのは人間だけではなかった。
「やめろおおお、やめてくれえええええええ!」
シュプラは、絶望の声を上げていた。
シュプラの目の前で、見たこともない巨大な魔物が、バキバキと牛舎小屋を壊していく。巨大な魔物は牛舎小屋を壊すと、中にいる牛を一頭一頭丸呑みしていった。
先祖代々の仕事が、誇りある仕事が、息子に継がせる仕事が、無残に喰われていく。
「やめろおおおお、頼む、やめてくれえええええ」
シュプラは、叫ことしかできなかった。だが、巨大な魔物はシュプラの叫びなど意に返すことなく、牛を喰らっていく。既に、豚と鶏は全て喰い尽くされた。
このまま、牛までも喰い尽くされてしまったら、シュプラは破産してしまう。
牛や豚を狙って、魔物が襲ってくることはこれまでにもあった。しかし、シュプラの牧場を襲った魔物は全て返り討ちに遭っている。
彼の牧場にはジョニーという心強いボディーガードがいたからだ。
ジョニーはホーン・ドックという角の生えた大きな犬だった。ジョニーはとても賢くシュプラの言うことをよく聞いた。ジョニーの主な仕事は牛や豚を魔物から守ることだ。普段は大人しく、心優し犬だが、魔物と戦う時は性格が一変する。
その強さは確かなもので、ジョニーがこれまでに返り討ちにした魔物は、大小合わせて百匹を超える。
そのジョニーは今、巨大な魔物の腹の中だ。
巨大な魔物が襲ってきた時、ジョニーはいつものように侵入者を廃除しようと巨大な魔物に襲い掛った。そして、そのままあっけなく喰われてしまった。
ジョニーを喰らい、豚や鶏を喰らい、今、牛を喰らっている魔物。
その魔物は、二本足で歩く巨大なトカゲだった。
『美味い、美味い』
ティラノサウルスは、満足そうに牛を平らげていく。丸々と太り、上質の餌を食べている牛はとても美味だった。
牛舎に繋がれている牛達は、逃げることも出来ず、ただ喰われるのを待つだけだ。
『さてと……』
ティラノサウルスは、次の牛を食べようとする。その時、パァンという音が聞こえた。ティラノサウルスは音がした方向をチラリと見る。
そこには、猟銃を構えるシュプラがいた。
「これ以上、好きにさせてたまるか!」
シュプラはその手に古い猟銃を持っている。昔は、家畜を襲う魔物を仕留めるのに使っていたが、ジョニーを飼うようになってからは必要なくなったため、蔵の中に放置していたものだ。古い猟銃は、長い間整備していなかったため、暴発の危険性も高い。しかし、シュプラに、そんなことを考える余裕はなかった。
(さっきは外したが、今度は当ててやる!)
猟銃の中に入っているのは通常の弾ではない。純銀で作られた『銀の弾丸』だ。
普通の銃弾よりかなり高価だが、通常の弾丸の何倍ものダメージを魔物に与えることが出来る。
(相手は見たこともない魔物だが、銀の弾丸が効かない魔物などいるはずがない!)
シュプラは、しっかりとティラノサウルスに狙いを定める。
「死ね!」
シュプラが引き金を引くと、猟銃から銀の弾丸が発射された。銀の弾丸はまっすぐ進み、ティラノサウルスの頭部に命中する。
『?』
ティラノサウルスは首を捻る。何かが頭に当たったような気がしたからだ。だが、それ以上は特に何も感じない。
『まっ、いいか』
それよりも食事だ。ティラノサウルスは牛舎に残った牛達を再び喰らい始める。
「馬鹿な、何で効かない?」
確かに、当たったはずだ。いや、当たった様に見えたが、実は外してしまったのか?そうだ。きっと、そうに違いない。シュプラはもう一度ティラノサウルスに銃口向ける。
ドス。
胸に鈍い痛みを覚えたシュプラは、ゆっくりと視線を落とす。胸から光る何かが突き出していた。
「お静かに」
背後から女の声が聞こえた。
「マルスが、お食事中です」
ズッと光の剣が抜かれる。シュプラは、声の主の顔を見ることも出来ず、その場に倒れた。
「アア、イトコロポテムラジャトメフロテミ!(ああ、いつみても素晴らしいお食事です!)」
食事を続けるティラノサウルスをナノは、幸せそうに眺め続けた。
「また、巨大トカゲが民家を襲いました」
司会役の男の言葉から、会議はスタートした。
ペルム国中央円卓議会。予算、防衛、法律など、ペルム国の重要な政策はここで決められる。ペルム国中央円卓議会のメンバーは五十人。この五十人が実質的にペルム国を支配していた。
「襲われたのは、また牧場か?」
「はい、被害に遭ったのはシュプラ=ラコアの牧場です。牧場では牛や豚、鶏が飼育されていましたが、家畜は一匹残らず喰い尽くされていました。また、牧場主であるはシュプラ=ラコアも牛小屋の近くで死体となって、発見されています」
「死因は?」
「刺殺です。刃物のようなもので背後から一突きされていました。刃物は胴体を貫通し、胸から突き出したようです」
背後から刺したにも関わらず、刃物は正確に心臓を貫通していた。シュプラ=ラコアは何をされたかも分からぬまま、命を落としたに違いない。
「なお、傷跡の形状から、刃物は魔法で作られたものである可能性が高いとのことです」
「魔法……とういことは牧場主を殺したのは、例のエルフか?」
「間違いないと思われます」
会議室がざわつく。最近、巨大トカゲの傍にいつも一匹のエルフがいるとの報告が上がった。このエルフは何故か、巨大トカゲに襲われることもなく常に行動を共にしている。
最初は、このエルフが巨大トカゲを使役していると思われたが、どうやら違うらしい。遠くから観察をしいていたが、エルフが巨大トカゲを使役している様子はなかった。
それどころか、エルフの方が巨大トカゲに従う素振りを見せており、ペルム国中央円卓議会のメンバーを混乱させている。
「全く、なんなんだ。そのエルフは?」
「もしや、巨大トカゲは他の魔物を操る魔法でも使えるのか?」
一人の議員の発言に、再び会議室がざわつく。
「いや、それだったら、もっと多くの魔物を操っていているはずでは?」
「複数には使えない魔法かもしれん」
「一匹にしか使えない『洗脳』魔法ということか……」
「いやいや、まだそうだと決まったわけではないだろう」
「では、何故エルフは巨大トカゲに従っている?貴殿、説明できるか?」
「そんなもの、私に分かるわけがないだろう」
それから、会議は巨大トカゲが『洗脳』魔法を使えるか、否かで堂々巡りする。そんな流れを一人の議員が止めた。
「巨大トカゲが『洗脳』魔法を使えるのかどうかは、今は置いておこう。それよりも、これから巨大トカゲをどうするかが問題であろう」
発言した議員の名はガリウム。元冒険者で、その功績を湛えられ、中央円卓議会のメンバー選ばれた男だ。民衆の支持も高く、引退したとはいえ、冒険者としての腕も未だ衰えていない。
「どうするかと言われてもなぁ」
ウウムと腕を組んで唸っているのは、発言した議員だけではない。議会全体が渋い顔をしていた。巨大トカゲに懸賞金を掛けて以来、多くの冒険者が巨大トカゲを狩ろうとしたが、全員返り討ちに遭ってしまっている。今では、巨大トカゲを狩ろうとする者はほとんどいなくなってしまった。
「懸賞金をもっと引き上げるか?そうすれば……」
「誰かが討ち取るとでも?死者が増えるだけだ」
会議室はシンと静まり返る。巨大トカゲに関する議題は会議で何度も上がった。しかし、有効な対策は全く立てられていない。皆が押し黙る中、一人の議員が口を開いた。
「もう、放置しても良いのではないか?」
会議室にいる全員の視線が、発言した議員に集まる。
発言した議員の名はラプタ。巨大トカゲが現れた時、彼は巨大トカゲを他の魔物に対する切り札にしようと考えた。しかし、巨大トカゲが吸血鬼の封印を解いてしまったことで、議会での彼の立場は悪くなる。特に、最初から『巨大トカゲは殺すべき』と主張していたガリウムとは一気に険悪となってしまった。
「ラプタ殿、今なんと言った?」
「もう、放置しても良いのではないか?と言った」
「貴殿、正気で言っているのか?」
ガリウムはガタッと椅子から立ち上がる。
「お、落ち着かれよ。ガリウム殿!」
慌てて、他の議員がガリウムを宥める。だが、ガリウムの怒りが収まることはない。
「放っておけとは、一体どういうことだ?」
ガリウムが、円卓をドンと叩いた。元冒険者の拳を受けた円卓が大きく凹む。
「放っておけば被害はどんどん広がるぞ!分かっているのか!?」
耳を塞ぎたくなる程の大声で、ガリウムは叫ぶ。
「貴殿は、民衆を見捨てる気か?」
「何もそんなことは言っていない」
怒鳴るガリウムに対してラプタは冷静に返す。
「私は思うのだ。最早、巨大トカゲは魔物ではないと」
ラプタの言葉に、その場にいる全員が疑問符を浮かべた。
「どういうことかな?ラプタ殿」
「つまり、巨大トカゲは魔物ではなく『災害』とするべきなのだ」
『災害』。それは、人間が決して勝てない自然の驚異。
「どんなに魔法が発展しようとも『災害』は、決して防ぐことも消滅させることも出来ぬ。諦めるしかないのだ」
ガリウムが叫ぼうと口を開ける。だが、その前にラプタが叫んだ。
「だが、『対策』をすることによって、被害を減らすことは出来る!」
ザワザワとした話し声が会議室に広がる。
「被害を減らすとは、具体的にどうするのだ?」
「まず、巨大トカゲを研究する」
「もう、それはやって……」
「いや、今までの研究は、『巨大トカゲの正体』と『弱点』を探ることに重点を置いていた。それを一旦止め、これからは『巨大トカゲ』の『行動』を徹底的に研究するのだ。そして、それを元に今後の巨大トカゲがとるであろう行動を予測する」
「な、なるほど。そうすれば……」
「巨大トカゲの行動が予測できれば、巨大トカゲの向かう先の民家の住民を避難させることが出来る。財産は失うかもしれないが、少なくとも命は助かる」
「馬鹿なことを言うな!」
激昂したガリウムが再び円卓を叩く。円卓はさらに大きく凹んだ。
「その巨大トカゲの行動を予測できるまで、どれだけ時間が掛かる?一カ月か?半年か?一年か?十年か?その間、巨大トカゲに襲われる者はどうするのだ?」
ラプタは目を閉じて暫く沈黙する。そして、決意して様に目を開けた。
「その者達には気の毒だが、諦めてもらうしかあるま……」
「ふざけるな!」
ガリウムが三度、円卓を叩く。民衆の平均年収の数倍はする円卓の一部が、粉々に砕けた。
「諦めろだと?民衆を見捨てるとは、貴様、それでも議員か!?」
ガリウムの殺気に、殆どの議員が縮み上がる。だが、ラプタはキッとガリウムを睨んだ。
「では、貴殿にはあるのだろうな?巨大トカゲを倒す案が!?」
「……くっ」
ガリウムは歯をぐっと噛みしめる。
「何も案がないのなら、黙っておれ!」
今度はラプタが机を叩く。ガリウムのように机が凹むことも壊れることはなかったが、その音は会議室中に響いた。
「……黙って折れる訳がなかろう。民衆の命を……」
「ガ、ガリウム殿」
ガリウムの向かいにいた議員が恐る恐るといった様子で発言する。
「私は、ラプタ殿の案に……賛成しても良いと思っている」
ガリウムは目を丸くして、驚く。
「しょ、正気か?貴殿!」
「わ、私も……賛成してもいいかなと……」
「き、貴殿が賛成するなら私も……」
「わ、私も賛成しても良いと思っている!」
それから、堰を切ったかのように「私も」「私も」と手が上がる。気付けば、議員のほとんどが手を上げていた。
「賛成多数だな」
「ば、馬鹿な!」
ガリウムはガタッと椅子から立ち上がる。
「き、貴殿ら正気か?国が民衆を見捨てるなど……」
「見捨てているのではない。あくまで多数の民衆を救うためだ!」
ガリウムは手を上げている議員を見渡す。どの議員もガリウムと目が合うと、パッと目を逸らした。そこで、ガリウムは気付く。
「貴殿、最初から……」
ラプタはフッと笑う。今、手を上げている議員は、最初からラプタと裏で繋がっていたに違いない。
(巨大トカゲが吸血鬼の封印を解いてしまってから、すっかりおとなしくなったと思ったら、しっかりと裏工作をしていたのか)
元冒険者と二世議員。単純な力ではガリウムの方が圧倒的に上。だが、こうした政治的謀略では、真っ直ぐなガリウムよりも、ラプタの方が数段上だった。
三日後。ラプタはある法案を議会に提出した。
法案の名は『特別災害生物指定法』。
人間に対処できない生物を『災害』と同等の存在と定義し、積極的な狩りや駆除を取り止め、対象生物による被害拡大を防ぐのを第一とする法案。
ペルム国中央円卓議会で提出された法案は、まず長時間の審議に掛けられた後、多数決によって可決か否決かが決められる。
六割以上の議員が賛成すれば可決。六割以上に達しなければ否決される。
ペルム国中央円卓議会のメンバーは全部で五十人いるため、三十人以上の議員が賛成すれば可決されることになる。だが、ここで可決されたとしても直ぐに法になるわけではない。
その後、さらに二度の議論を重ね、それでもまだ六割以上の議員が賛成して初めて、新たな法律となる。法案が提出されて、可決されるまで最短でも三カ月以上は掛かる。
ただし、一つだけ例外がある。
最初に掛けられた審議で九割以上の議員が賛成すれば、その法案は即時可決され、新たな法律となる。だが、ペルム国の歴史の中でそのようなことが起きたことは一度もない。
どんなに優れた法案でも、最初は六割から七割程度の賛成になるように、議員達は周りの様子を見ながら、挙手をするかどうかを決める。それが、ペルム国中央円卓議会での暗黙のルールだった。
「それでは、『特別災害生物指定法』の制定に賛成の方は挙手をお願いします」
司会進行役の男の言葉を聞き、議員達が手を上げ始める。
賛成四十七。反対二、欠席による棄権一。異例の速さで、『特別災害生物指定法』は正式に法として制定された。
そして、法律の制定と同時に『特別災害生物指定法』第一号に巨大トカゲが指定された。




