ダンジョンを喰う
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!」
いきなり上から降ってきたティラノサウルスは、興奮した様子で破壊した床の破片を投げ始めた。投げられた破片が壁に当たり、金の像が下に落ちる。
何故、ティラノサウルスが突然動いたのか、ドット=エンバにもナノには分からかない。だが、実はティラノサウルスが動いたのはナノが原因だった。
ナノが放った火球が床に当たった時、五十階層中に張り巡らせたあった防御魔法が発動した。その時、床の下から何かが激しく動く音が聞こえた。それと同時に強烈な匂いがティラノサウルスの鼻に届く。次の瞬間、ティラノサウルスは動いていた。
ティラノサウルスは口で破片を退かし、足を使い地面を掘る。その勢いは凄まじく、大量の土が五十階層中に舞う。
「スカイ・ホール!」
ドット=エンバが今までにない程の大声で呪文を叫んだ。ドット=エンバが呪文と唱えるとダンジョンの天井に巨大な穴が開く。
天井に開いた穴は、真っ暗で中が見えない。
「アンチ・グラビティ!」
ドット=エンバはさらに、別の呪文を叫ぶ。するとナノは体がフワリと浮き上がった。そして、凄まじい勢いで、上に落ちていく。
アンチ。・グラビティ。
対象の重力を反転させる魔法。この魔法を受けた者は術者が魔法を解くまで、何処までも上に落ち続ける。
「くっ!」
ナノは浮遊魔法を発動させ、何とか体勢を立て直そうとする。だが、体はグルグルと回転するだけで、その場に留まることが出来ない。
「マルス!」
ナノはティラノサウルスに手を伸ばすが、その手は最早届かない。ナノはそのまま、天井に開いた穴に落ちていった。
「くそ!」
ナノが天井の穴に落ちた後も、ドット=エンバはアンチ・グラビティを発動させ続けていた。何故なら、其処にまだ排除するべき敵がいるからだ。
「グオオオオオオオオ!!」
雄叫びを上げながら、ティラノサウルスは地面を掘り続けていた。
ドット=エンバが発動したアンチ・グラビティはナノを排除することには成功した。だが、ティラノサウルスには全く効果がない。ティラノサウルスは普段と変わらず、太く巨大な足でしっかりと地面に立っている。
「やはり、効かないか!」
ドット=エンバは軽く舌打ちをする。ティラノサウルスとナノがダンジョンを攻略する様子を彼は全て見ている。ダンジョンには、あらゆる種類の魔物がいる。その魔物達が、どんなに殴っても、噛みついてもティラノサウルスに傷一つ負わせることは出来なかった。
それだけではない。ティラノサウルスには、どんな魔法も通用しなかった。
炎魔法、雷魔法、氷魔法、風魔法、重力魔法、闇魔法、幻覚魔法……。タイプの違う様々な魔法をまともに受けても、ティラノサウルスは平然としていた。防御魔法でガードしている訳でも、威力が同じ魔法で相殺している訳でも、魔法を無効化している訳でもない。
理屈は分からないが、ティラノサウルスには魔法が通じないのだ。
何故、物理攻撃が通じないのか?何故、魔法が通じなのか?
興味を引き付けられるが、 残念ながら研究をしている時間はない。ドット=エンバはティラノサウルスに対して発動していたアンチ・グラビティを一旦、解除した。そして、再びアンチ・グラビティを発動させる。ただし、今度はティラノサウルスに対してではない。彼の足元の地面に対して魔法を発動させた。
「グオオ?」
ティラノサウルスの足元の地面が宙に浮き始めた。その上に乗っているティラノサウルスも一緒に空中に浮かぶ。
「よし!」
ティラノサウルス自身に魔法が効かなくても、地面には魔法が効く。そして、地面が浮けば、その上に立っているティラノサウルスも一緒に浮かぶ。
「ぐおおおおお!」
ドット=エンバはさらに魔力を強めた。地面は急激に上昇し、天井に開いた穴に向う。
上昇する地面の上に乗っているティラノサウルスが下を覗いた。ティラノサウルスによって大量に掘り起こされ、ドット=エンバのアンチ・グラビティを受けた五十階層の地面は大きく抉られている。そのせいで、地面の下に埋められていたものが露わとなった。
それは多くの管に繋がれ、ドクン、ドクン、ドクンと一定のリズムで鼓動している。
ダンジョンには壁や床を伝って常に大量の魔力が循環している。
魔力の循環は五十階層から始まり、一階層まで行くと再び五十階層にまで戻ってくる。もし、ダンジョンにいる魔物が傷を負ったり、階層のどこかが破損すれば、循環している魔力が瞬時に元の状態に再生させる。
まるで血液のようにダンジョンを循環している魔力。その魔力をポンプのように送り出す役割をしているのが、ダンジョン最下層の地面奥深くに埋められていたこの物体だ。
それは、まさしくダンジョンの心臓だった。
「クッ!」
地面に開いた大穴からナノが勢いよく飛び出す、地面を転がったナノは、素早く起き上がると、大穴を覗いた。穴の中は真っ暗で何も見えない。
「マルス!」
ナノは、穴の中に向かって叫ぶが返事はない。
そもそも、ナノが呼びかけた所でティラノサウルスが応えるはずがない。ナノはそのまま真っ暗な穴の中を覗き続けた。
「マルス!マルス!」
返事がないと分かっていても、ナノは呼び続けた。だが、一向にティラノサウルスが出てくる気配はない
「くっ!」
ナノは迷わなかった。低く身を屈めて、穴に飛び込もうとする。
「ウウ……ウウ……ウウ」
その時、穴の中から何かが聞こえた。
「ウウ……ウウウ……ウウウウウウウウ」
その音は、どんどん大きくなっていく。
「ウウウウウウ……ウウウ……オウウウウ……オウウウウウウオ……ウウウウウウウウ」
その音の正体に気付いた時、ナノは心の底から安堵した。だが、直ぐにはっとなり、その場を離れた。
「グウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ!!!!!」
閉じかけた穴からナノの主、ティラノサウルスが勢いよく飛び出してきた。穴は既にティラノサウルスの体より小さくなっていたが、ティラノサウルスは穴と周りの地面を吹き飛ばして出てきた。
周囲に破片がまき散る。あのまま、あそこにいたらナノも一緒に吹き飛んでいただろう。ナノは再び安堵をする。今度の安堵は自分の身が助かったことに対してだ。
周囲の地面を吹き飛ばして出てきたティラノサウルスは、そのまま地面がある場所で着地した。地響きと土煙が周囲に広がる。ナノは素早く、ティラノサウルスの元に駆け寄った。
「マルス!ポイウトトリメテア……(王!よくぞ、御無事で……)」
主の無事を喜ぶナノだったが、ティラノサウルスの口元を見て、首を傾げた。
「マルス、オスウマロモナ?(王、御口のものは?)」
ティラノサウルスは口に人間程の大きさの肉の塊を咥えていた。肉の塊からはポタポタと血の様な液体が流れている。先程、穴の中から聞こえた声。その声がいつもティラノサウルスの鳴き声と違っていたのは、この肉の塊を咥えたまま叫んでいたからなのだろう。
『~♪』
ティラノサウルスは味を確かめる様に肉の塊を噛み潰すと、美味しそうにゴクンと飲み込んだ。
ダンジョンの心臓はドラゴン等、様々な魔物の心臓を合成し、さらに特殊なタンパク質で作られた人工筋肉を混ぜていた。その心臓が放つ芳醇で濃厚な香りはティラノサウルスを大きく刺激した。
「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
雄叫びと共にティラノサウルスは、自分を乗せて浮き上がる地面に向かって頭突きをした。
ピシピシと地面に亀裂が入り、バラバラとなる。破壊されたことによって、ドット=エンバが地面に掛けていたアンチ・グラビティの効果が消える。ティラノサウルスは大量の破片と共に落下した。
ティラノサウルスが落下する先に、ダンジョンの心臓があった。ティラノサウルスは口を大きく開け、ダンジョンの心臓目がけて落下する。
このままでは、心臓が喰われる。
『カット!』
ドット=エンバが呪文を唱えた。すると、ダンジョンの心臓に繋がれていた大量の管がブチブチと音を立てて、心臓から離れた。
『ハート・コントロール!』
ドット=エンバは素早く次の呪文を繰り出す。管から切り離されたダンジョンの心臓がフワリと浮き上がる。そして、そのまま上に向かって登り始めた。その先には、大口を開けながら落ちてくるティラノサウルスがいる。
「ハッア!」
ドット=エンバが指を大きく振る。ダンジョンの心臓はティラノサウルスの横をスルリと避け、そのまま天井の穴に向かって登り続ける。
ティラノサウルスはダンジョンの心臓に繋がれていた管の上に落ちる。そのまま管を引きちぎりながら、穴の一番深い所まで落ちた。だが、次の瞬間にはティラノサウルスは穴から跳び出していた。
ティラノサウルスは体を垂直に伸ばすと、再び大口を開けてダンジョンの心臓を追った。
「速い!」
方向転換をしている時間はない。ドット=エンバはそのままダンジョンの心臓を上に押し上げる。
バクッ。
ティラノサウルスはダンジョンの心臓に追いつくと勢いよく噛みついた。そして、ティラノサウルスは、そのまま天井に開いた穴の中に消える。
ティラノサウルスが消えた直後、天井に開いた穴は閉じた
「ふう」
ドット=エンバはその場に腰を下ろす。全く、恐ろしい化物がいたものだ。
「心臓、食べられてしまったな」
ダンジョンの心臓は魔力を循環させるために必要不可欠なものだ。もし、心臓がなければ、魔力は循環せずに散ってしまう。魔力が循環しなければ、階層中にいる魔物達は死体に戻ってしまい、壊れてしまった壁や床も元には戻らなくなってしまう。
そうなれば、ダンジョンはただの古い建造物に成り果ててしまう。
「危なかった」
ドット=エンバは額を拭う。ドット=エンバは右側の壁を見る。壁の中にはドクン、ドクンと鼓動している物体があった。それは、ティラノサウルスが喰った物と全く同じ形をしている。
ダンジョンの心臓は二つあった。
一つは五十階層の床の下に、もう一つは壁に埋め込まれている。
何らかの理由で心臓の一つが機能しなくなったり、壊れたりした場合でも、もう一つの心臓さえあれば魔力はダンジョン全体に巡らせることが出来る。
もし、ティラノサウルスが床の下にあった心臓を喰ってしまったら、他にもないか五十階層中を壊しまくる可能性が高い。そうなれば、壁に埋め込まれている心臓が見付かるのも時間の問題だ。そう判断したドット=エンバは床の下にあった心臓を切り離し、それを囮としてティラノサウルスをダンジョンから追い出した。
「全く、まさか願いを言わずに此処から出るなんてね」
獲物を逃がさなければならなかったことを悔しがるドット=エンバ。だが、同時に仕方がないとも思う。あのままでは、ダンジョンの存続そのものが危なかった。
ドット=エンバは指をパチンと鳴らす。五十階層中にまき散らされた大量の土が地面に開いた大穴に戻る。数分で地面が塞がり、床が元に戻る。地面に落ちた金の像も元の位置に戻っていく。
「やはり、遅いな……」
ドット=エンバはポツリと呟いた。
普段なら、もっと早く元に戻るのだが、今はいつもの半分程度のスピードでしか元に戻らない。ダンジョンの心臓が一つしかなくなったため、循環している魔力の流れが遅くなり、再生のスピードが落ちているのだ。
「もう一つの心臓が再生するまで待つしかないな」
失われたダンジョンの心臓はもう一つの心臓が無事なら、時間が経てば、元に戻る。だが、その間ダンジョンの再生スピードは遅くなる。
そして、ダンジョンの各階層にいる魔物達の力も半減する。
「もう一つの心臓が再生するまで、一年って所か……」
ダンジョンの心臓は簡単には再生しない。
それまでの間に、弱った魔物を倒してここまで来る者がいるかもしれない。だが、まぁそれはそれで構わない。強い魂は強運を引き寄せる。その者は強い魂を持っているということだ。
「だが、まぁ……」
ドット=エンバは溜息を付く。
「あの魔物達はもう来ないで欲しいな」
強い者が来ることを願って造られたダンジョンだったが、あれは強過ぎだ。
「やれやれ」
やがて、五十階層はいつもの姿に戻る。ドット=エンバはその中央の椅子に座り、次の獲物を待ち構える。
『ああ、美味しかった』
美味い肉を食べたティラノサウルスは、とても満足していた。
『それに、あの肉があった場所。あそこも、色々な動物がいて面白かった』
どの動物も不味かったのが唯一の不満だったけれど、最後にとても美味い肉を食べられたのだから、まぁ良しとしよう。
『また、行ってみたいな』とティラノサウルスは思う。
人間や魔物にとっては、危険なダンジョンもティラノサウルスにとっては、遊園地か動物園、お化け屋敷程度の感覚でしかなかった。
グウウウウウウウウ。
ティラノサウルスの腹が鳴る。少し、運動したせいで腹が減ったようだ。ティラノサウルスは辺りを見渡すが、食べられそうな動物は見当たらない。
ティラノサウルスの周りには血と白い羽が散乱している。それらは、全てペガサスのものだ。ティラノサウルスが今いる所はダンジョンに入る前にいた場所、つまり、元の場所に戻ってきていた。
『仕方ない。移動するか……』
ティラノサウルスが溜息を吐いていると、何かがこちらに向かって飛んで来る。最近、ティラノサウルスの周にいる空を飛ぶ二本足の動物だ。
地下から出ると、空を飛ぶ二本足の動物はどこかへ飛んで行ってしまった。逃げたのかとも思ったが、そうではないらしい。
「マルス!」
空を飛ぶ二本足の動物は、ティラノサウルスの傍に降りると片足を付いた。そして、何かを話すが、ティラノサウルスにその意味は分からない。
空を飛ぶ二本足の動物は再び浮き上がると、どこかを指差し、口を動かした。言葉の意味は分からないが、何となく「付いて来い」と言っているような気がした。
ティラノサウルスが空を飛ぶ二本足の動物の指示に従う理由はない。だが、ダンジョンに入る前に、たくさんの獲物を喰えたのは、この動物のおかげだ。
それに、今のティラノサウルスは空腹だが、とても機嫌が良かった。
『まぁ、いいか。付いて行っても』
ティラノサウルスは空を飛ぶ二本足の動物が指差す方向に歩き出す。その姿を見て空を飛ぶ二本足の動物は嬉しそうに笑った。
まるで、ティラノサウルスの役に立ち、ずっと傍に居続けることが、自分の願いだと言わんばかりの笑顔だった。
『いい天気だ』
雲一つない空を見上げ、ティラノサウルスは、ふとそう思った。
『次は、どんな動物を食べられるかな?』
ティラノサウルスはワクワクしながら、歩き続ける。




