ダンジョン攻略、その十五
「私の願いは……」
ナノは、ほほ笑みながら、ゆっくりと口を開く。
「教えません」
ドット=エンバはピクリと眉を上げる。
「……教えない?」
「はい」
「どうして?」
「言いたくないからです」
「……願いを言うだけで『どんな願いも叶う』んだよ?」
「はい、分かっています」
「だったら……」
「それでも言いたくありません」
数秒の沈黙の後、ドット=エンバが口を開く。
「……君が願いを言わなければ、此処から出られないんだよ?」
それは、脅しとも取れる低い声だった。だが、ナノから笑みが消えることはない。
「はい、言いたくありません」
「……君が願いを言わなければ、君の主も外に出られないんだよ。それでもいいの?」
「はい、かまいません」
ドット=エンバは顎に手を当て、何かを言いかける。しかし、それよりも先に、ナノが口を開いた。
「こちらからも、質問してよいでしょうか?」
ナノの思わぬ言葉にドット=エンバは一瞬、警戒したような表情になる。だが、その表情も直ぐに消えた。
「……なんだい?」
ドット=エンバはあくまで、冷静に話を進めようとする。しかし、次のナノの言葉で、その態度が崩れた。
「何故、そうまでして願いを聞き出そうとしているのですか?」
ドット=エンバの目が見開かれる。それは、ごくごく小さな変化だったが、ナノはそれを見逃さなかった。そして、自分の考えが正しいことを確信した。
ナノは再び問う。
「どうしてですか?」
ドット=エンバは、一瞬黙ったものの直ぐに返す。
「……もちろん、君の願いを叶えるためだ」
「何故、願いを叶えてくれようとするのですか?」
「それが、ダンジョンをクリアした者の権利だからだ」
「権利ですか……それならば、おかしいですよね」
「……何がだい?」
「権利なら捨てられるはずです。しかし、此処ではその権利を捨てることが出来ない。何故ですか?」
「……」
ドット=エンバが初めて言葉に詰まる。『願いを言わなければ、此処から出られない』それは願いを言うことを強制されているのと同じだ。ナノは言葉に詰まったドット=エンバをさらに追い詰める。
「まるで、相手が願いを言わなければ困る事でもあるみたいですね」
「……」
ドット=エンバは沈黙する。冷静を装ってはいるが、瞬きの回数がわずかに増え、目線がほんの少し泳いでいる。会話の主導権はドット=エンバからナノへと逆転していた。
「ベニヒサゴ」
「!」
ナノは東の国の魔物が持っているという魔法道具の名前を言った。ドット=エンバは驚いたように目を丸めたが、やがて、苦笑気味にフッと笑った。
「なるほど、どうやら全部分かっているみたいだね」
負けを認めたかのように、ドット=エンバは両手を上げた。
ベニヒサゴ。
シルバーホーンという東の国の魔物が持っているとされる瓢箪型の魔法武器。相手の名を呼び、相手がそれに返事をすると、中に吸い込んでしまう。
ナノは、五十階層の壁にびっしりと置かれている魔物の形をした金の像を見る。
「ここにある金の像はベニヒサゴを元にして作られていますね」
「ああ、そうだよ。ベニヒサゴの仕組みを真似て作った。金にしたのはその方が魔力の流れがスムーズになるからだ」
本物よりも相手を吸い込む力は何倍も強いよとドット=エンアは笑う。
「ベニヒサゴは『名前を呼ばれて返事をした者』を吸い込みますが、此処にある金の像は『願いを言った者』を吸い込むのですね?」
「ああ、そうだよ」
ドット=エンバは隠しもせず、正直に答える。
「正確には『願い事を言う』だけではダメだけどね。相手が願いを言って(何かに書くだけでもいい)しばらく待った後にある呪文を唱えて初めて、相手を吸い込むことができる。相手を吸い込む力はオリジナルの何倍も強くできたけど、直ぐに相手を吸い込むようには調整できなかった」
ドット=エンバは肩をすくめる。彼がどこでベニヒサゴを手に入れたのかは分からないが、その仕組みを全て解明できたわけではないのだろう。
「吸い込む条件を『名前を呼ばれて返事をする』から『願いを言う』に変えたのは?」
「その方が条件を達成しやすいからだよ。ベニヒサゴを使うなら、まず相手の名前を知らなければいけない。でも、強者ほど知らない者に自分の名前を不用意にを明かさない。だけど、発動条件が『願いを言う』なら、簡単に言わせることが出来る。何故ならダンジョンを攻略しようとする者は、大なり小なり『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』と言う話を信じてここまで来るからね。五十階層に到達した者に『君の願いは何?』と聞いても不自然じゃない」
そして、『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』という話は『嘘』ではない。
「『どんな願いでも叶う』。それは普通に考えれば不可能です。しかし、それが叶う場所がある」
「それは、どこだい?」
答え合わせを楽しむかのように、ドット=エンバは尋ねる。
「それは『夢の中』です」
夢の中ならどんなことを可能だ。魔法を使わず空を飛ぶことも、若返ることも、金持ちになることも、王様になることだって何でもできる。
「『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』。ただし、それは金の像の中で、自分が望む願いを見続けるということですね?」
ドット=エンバはパチパチと拍手する。
「いやぁ、まさかそこまで気づかれるとは思わなかったよ」
ドット=エンバはポリポリと頭を掻く。
「『願いを叶えられる』という噂は、此処に獲物をおびき寄せるためと、此処で相手を金の像に吸い込むための条件を相手から引き出しやすくするためだった。だけど、一番早く此処に到達できた者には、御祝いとして本当に願いを叶えてあげるって決めていたんだ」
「夢の中で?」
「そう、夢の中で。でないと、『どんな願い』も叶えられないだろ?」
「……」
ドット=エンバはまるで、良いことをしたかのような表情をしている。ナノには理解できない考えだ。
「何故、ここまでして人を集めようとしているのですか?」
ナノの何気ない問いにドット=エンバの顔がわずかに歪んだ。だが、それもすぐに消える。
「どうしても完成させたい魔法があってね。そのためには大量の生贄がいるんだ。それも肉体も魂も両方強い生贄がね」
ドット=エンバの声に微かに熱がこもる。
「完成させたい魔法?それは、なんですか?」
ドット=エンバは真っ直ぐナノを見る。
「『蘇生魔法』だよ」
蘇生魔法。
死者を蘇らせる魔法。世の理を冒涜しているとされ、研究すること自体禁じている国もある禁断の魔法。
先程ドット=エンバは、金の像に相手を吸い込む条件を『名前を呼ばれて返事をする』から『願いを言う』に変えた理由を言ったが、実はもう一つ理由がある。このダンジョン自体が、製作者の願いを叶えるために造られたものだ。五十階層まで到達した者が、どんな願いを叶えたいと思っているのか?それを聞きたいという感傷的な理由もあった。
「俺には、正確には俺のオリジナルには、どうしても蘇らせたい人間がいる」
「オリジナル?貴方は『クローン』なのですか?」
「そうだよ、俺は『クローン』だ。蘇生魔法を完成させるためだけに存在する」
それが、ドット=エンバがオリジナルから受けたの最初で最後の指示だ。どれだけの年月が経とうとも、ドット=エンバは必ず『蘇生魔法』を完成させなければならない
「それで、君はどうする?願い事を言う気にはならない?」
ドット=エンバは、詐欺師の様な笑顔をナノに向ける。
「夢の中でとはいえ、君の願いは叶う。幸せになれるんだよ?」
「金の像の中に吸い込まれた者は、いつか生贄にされるのでは?」
ドット=エンバは首を横に振る。
「直ぐにと言う訳じゃない。必要な量がそろうまでは、像の中にいる者は誰も殺さないよ。それまで、君は願いの叶った幸せな夢を見続けることが出来る。何十年、何百年、もしかしたら、もっと長い間幸せな夢を見れるかもしれない」
ドット=エンバは甘い言葉を囁く。確かに、現実で生きるより幸せな夢を見続ける方が良いという者もいるだろう。以前のナノだったら、夢の中で生きることを選んだかもしれない。だが、今は違う。
「お断りします」
ナノはドット=エンバの誘いをきっぱりと断る。
「どうしても?」
「はい、それに私が願いを言ったら、マルスも金の像の中に吸い込まれるのでしょう?」
「……それもお見通しか」
金の像が吸い込めるのは一体に付き、一人だけだ。
だが、五十階層に来たもの全員が『願いを言う』必要はない。誰か一人でも願い事を言えば、ドット=エンバ以外の五十階層にいる全ての生物が、別々の金の像の中に吸い込まれるようになっている。もし、ナノが願い事を言えば、ナノだけでなくティラノサウルスも金の像に吸い込まれることになるのだ。
「さて、困ったな……」
ドット=エンバは、頭をポリポリと掻く。
「俺には、君に願いを言わせることは出来そうにない。だけど、君が願いを言わなければ目的を達成できない」
ドット=エンバは腕を組む。どことなく、演技臭い動きだった。
「だが、まぁ、時間はたっぷりある。君が願いを言いたくなるまでいつまでも待つとするよ」
ドット=エンバはニコリとほほ笑む。ドット=エンバはダンジョンにいる限り、不老不死といってもよい存在だ。だが、ナノとティラノサウルスは違う。
彼らは生きている。生きている限り、水を飲まなければならないし、何かを食べなければならない。だが、此処には水も食べ物もない。
いくら強かろうと、長い間此処にいたら死んでしまう。
それを避けるには、金の像の中に入るしかない。金の像の中に入れば、とりあえず死ぬことはないからだ。
ナノは今、願いを言うことを拒否している。だが、時間が経てば、きっとその考えは変わる。自分だけではなく、主の命を守るために。
ナノは振り返り、入ってきた扉を見た。入ってきた扉は、ナノとティラノサウルスが入った時点で固く閉じられている。
「ちなみに、入ってきた扉を壊して戻ろうとしても無駄だよ」
一度ダンジョンに入ったら、戻ることはできない。入ってきた扉から戻ろうとしても、元の階層に戻ってしまう。これは壁や床を壊しても同じことだ。壊した床や壁から出ようとしても、元の場所に戻ってしまう。
「君達が助かるには、君が願いを言うしかないんだよ」
ドット=エンバは勝ち誇るように笑う。最早、打つ手はないように見えた。
だが、その笑顔を見ても、ナノが絶望することはなかった。
ドット=エンバにナノは掌を向けた。ドット=エンバは肩をすくめる。
「残念だけど、それも無駄だ。俺を殺すことは出来ないよ。ダンジョンにいる限り、俺は不死身だ。たとえ、君の主でも俺を殺すことは出来ない」
ドット=エンバはチラリとティラノサウルスを見る。ティラノサウルスは、ナノとドット=エンバを無視して、ウトウトとまどろんでいた。
「もし、仮に俺を殺すことが出来たとしても、君達がここから出ることはでき……」
「先程、私が魔法を放とうとした時、貴方は両手を上げて降参しましたよね?」
ナノは、ドット=エンバの言葉を遮る。ドット=エンバは、面倒くさそうに、はぁと溜息を吐いた。
「人の話は最後まで聞かないと駄目だよ?」
ドット=エンバは呆れたように頭を掻く。
「……うん、したけど。それが?」
「何故、降参したのですか?」
「……」
ドット=エンバの表情は変わらない。だが、ほんの少しだけ目線が泳いだのをナノは見逃さなかった。
「貴方が不死身だとしたら、あの時降参する必要はなかったですよね?私がいくら攻撃しても無駄なわけですから」
「……単に、争うのが面倒くさかっただけだよ。あのままだったら、話も出来ないしね」
「本当にそれだけでしょうか?」
ナノは掌を向けたまま、問い続ける。
「貴方は私に魔法を放って欲しくなかったのではないのですか?」
「……」
ドット=エンバは口を閉じる。それは肯定しているのと同じことだった。ナノが魔法を放てば、ドット=エンバは避けるか、防御するしかない。だが、魔法を避ければ必ず五十階層のどこかに当たる。防御したとしても、飛び散った魔法の一部が五十階層のどこかに当たるかもしれない。
ドット=エンバはそれを避けようとした。
「……」
「……」
ナノとドット=エンバは顔を見合わせたまま動かない。しばしの間沈黙が流れる。ドット=エンバの目が一瞬下を向いた。
「ファイア・ボール!」
ナノが呪文を唱えると掌から火球が現れる。ナノはその火球を床に放った。
火球は通常なら、床を割る程の威力はある。だが、火球が当たっても床は割れるどころか、焦げ跡すら付かなかった。
「くっ!」
ナノは悔しそうに歯を噛み締める。
床には、防御魔法が発動していた。ナノが放った火球は防御魔法によって、完全に無効化されていた。防御魔法は今、発動させたものではない。最初から床に発動されていたものだ。
ナノは確信する。床の下に、ダンジョンにとって、重要なものがある。
「……残念だったね」
ドット=エンバはふぅと息を吐く。床の下にあるダンジョンに関わる重要なもの。これを壊せば、ダンジョンから脱出できるかもしれない。しかし、ナノの魔法では床に張り巡らせてある防御魔法を打ち破れない。
(私にもっと、力があれば……。)
ナノは自分の非力を嘆く。
その時、ナノとドット=エンバに影が落ちた。ナノとドット=エンバは同時に上を向き、同時に目を見開いた。
ティラノサウルスが上から降ってきた。
「なっ?」
「!?」
ナノとドット=エンバは同時にその場から離れた。ティラノサウルスがナノとドット=エンバがいた場所に落ちる。ドンという音と共に共に五十階層の床が砕けた。




