ダンジョン攻略、その十四
「なぁ」
項垂れていたプライが顔を伏せたまま口を開いた。
「何だい?」
プライはゆっくりと顔を上げる。その目には何かを決意したような光が宿っていた。
「『願いを叶えられるのは、此処に最初に到達した者』だったな」
「そうだよ」
「二番目以降に此処に辿り付いた者の願いは叶えられない。そうだな」
「ああ、そうだよ」
「……じゃあ、二番目以降に此処に辿り付いた者は、どうなるんだ?」
最初に到達した者のだけが、最下層のクリア条件を満たすことが出来る。しかしそれでは、二番目以降に最下層に到達した者は永遠にクリア条件を満たすことが出来なくなってしまう。
願いを叶えることが出来ない者は、一体どうなってしまうのか?
「答えろ、どうなるんだ!?」
ドット=エンバはゆっくりと口を開く。
「……俺はね。ダンジョンで生まれたんだ」
ドット=エンバは唐突に自分のことを語りだした。
「ダンジョンで生まれて、気が付いたら此処にいた。生まれた時からこの姿で、その以降歳をとることもなく生きてきた」
ドット=エンバは自嘲地味に笑う。
「お前の話など、どうでもいい!俺の質問に……」
「俺はね。『クローン』なんだ」
ドット=エンバは、じっとプライを見る。
「俺は、このダンジョンを造った男のクローンなんだ」
かつて、天才的な魔法使いがいた。
千年に一度の天才と呼ばれていた彼は、若くしてあらゆる魔術を極め、富と名声をほしいままにしていた。だが、そんな彼をある日不幸が襲う。彼はその不幸を消し去るため、ある魔術を開発し始める。富を使い、あらゆる人脈を駆使して、新しい魔術の研究に勤しんだ。
だが、五年、十年経っても求める魔術を開発することは出来なかった。
豊かだった富は見る見る内に減っていき、それと比例するように彼の元から人が去って行った。しかし、彼は諦めなかった。来る日も来る日も、その魔術を開発するために研究を続けた。
そして、求める魔術を完成させるには、あるものが必要だという結論に至る。
彼は、目的の魔術を完成させるため、誰の力も借りず地下に巨大な建造物を造り始める。
建造物は極秘に造られ、完成するのに二十年、魔物を集めるのに二十年、合計四十年の歳月が費やされた。
建造物を造り終えた彼はその後、誰にも看取られることなく最後を迎える。
彼の死後、しばらくして彼が造った建造物の入り口が発見された。その建造物はいつしか『ダンジョン』呼ばれるようになる。同時に、何処からか妙な噂が立ち始めた。
『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』
「男は、死ぬ前に自分のクローンを造った。そして、ある『役割』を与えて、ダンジョンの最下層に住まわせたのさ」
「……『役割』?」
「そう、『役割』」
ドット=エンバは椅子から立ち上がると、真っ直ぐプライを見る。
「質問に答えよう。『ダンジョンに二番目以降に入った者はどうなるのか?』。答えは、これだ!」
ドット=エンバは、手を高く上げる。プライを真っ直ぐに見つめるその目は、ガラス玉のように何の感情も映していなかった。ゾクリとプライの背筋を悪寒が走る。プライは折れた剣を握りしめ、ドット=エンバに斬り掛かかる。だが、それより早く、ドット=エンバがパチンと指を鳴らした。
「くっ!?」
ドット=エンバが指を鳴らした瞬間、プライの動きがピタリと止まる。
(何の魔法だ!?)
何らかの魔法が発動したのは間違いない。長年の戦闘経験がプライに緊急事態を告げていた。だが、何の魔法にせよ、術者を倒してしまえば、魔法の発動が止まるかの可能性が高い。プライは剣を振り下ろそうと力を込める。
「ぐおおおおおお!」
だが、プライの体はピクリとも動かない。剣はドット=エンバまで、あと数ミリの所で止まっている。
(まさか、さっきの黒い霧が?)
あの魔法は体を再生させるだけではなく、相手の動きを止める効果もあるというのか?
完全に動きが止まったプライ。そんなプライを見て、ドット=エンバはゆっくりと口を開いた。
「『サクリファイス』」
プライが聞いたこともない呪文をドット=エンバが唱えた。瞬間、壁に飾られている金の像の一体、ドラゴンの形をした像の目が紅く光った。
「ぐっ!?」
突然、プライの呪縛が解けた。プライは剣を振り下ろそうとする。だが、その前にプライはバタリと倒れた。拘束は解けたというのに、今度は足に力が全く入らない。
(一体、何が?)
プライは慌てて、自分の足を見る。
「何!?」
自分の足に起きている事態を見て、プライは思わず叫び声を上げる。プライの足は、まるで、スパゲッティのように伸びていた。足だけではない、腰、腹、胸と下半身から上半身に向かって、プライの体はどんどん伸びていく。
(何だ?これは?)
異常な光景にプライは目を見開く。プライの体は凄まじい勢いで伸び続ける。そして、細く伸びた足の先端が、どこかに向かっていく。
プライの足が向かう先。そこにあるのはドラゴン型の金の像だった。
ドラゴン型の金の像の口が、ガパッと開く。プライの足はその中に吸い込まれた。
まるで、スパゲティを啜るかのように、プライの体はドラゴン型の金の像の中に吸い込まれていく。痛みはない、それが逆に恐怖だった。
ドット=エンバは無表情にその光景を見ている。
「きっ、キサマアアアアアアアアア!!」
プライは怒りに満ちた表情でドット=エンバに向かって叫ぶ。だが、いくら怒ろうともどうしようもなかった。プライの怒りなど無視するようにドット=エンバは、話を続ける。
「俺の元となった男が開発したかった魔法はね、完全な『蘇生魔法』なんだ」
ドット=エンバはプライに話しているが、その目は遠くを見ており、最早プライを見ていなかった。
「だけど、どんなに研究しても『蘇生魔法』を完成させることは出来なかった。失敗して、やり直して、失敗して、やり直して、失敗して、やり直して、失敗して、やり直して……その繰り返しさ」
自分の失敗を自嘲するかのように、ドット=エンバはフッと笑う。
「でもね。ある日、男は思いつくんだ。『蘇生魔法』を作る方法を……」
ドット=エンバは嬉しそうにニヤリと笑う。
「『蘇生魔法』を完成させるには、大量の生贄が必要だということが分かった」
ドット=エンバはフウと溜息を吐く。
「それも体も魂も強い生贄がね。いかに天才と言われた男でも、自力でそんな生贄を大量に集めることは出来なかったんだ」
男は考えた。そして、ある妙案を思いつく。
『自分で集められないのなら、生贄の方から来てもらえばよい』
だから、男はダンジョンを造った。自分が死んだ後も、目的が果たされるように。
男はダンジョンを高い身体能力と頭脳、そして強い心(魂)を持つものでないとクリアできないように造った。そして、ダンジョンをクリアした者を金の像の中に閉じ込めて、数がそろった所で生贄とする。
男は、『蘇生魔法』を開発する過程でできた死んだ生物を『動く屍人形とする』魔法を使い、死んだ魔物をダンジョンの各階層に配置、幻覚や罠などの仕掛けも施した。
最下層には、自分のクローンを配置した。最初は魔人となり、生き続けることも考えた。魔人の寿命は人間よりも遥かに長い。しかし、いくら人間より遥かに長い魔人とはいえ、寿命は確実に来る。
そこで男は、自分のクローンを新たに造り出した。最初、クローンを死体として生みした上で屍人形化させた。動く屍人形と化した者はダンジョンの中にいる限り、いくらでも再生し、寿命を迎えることもない。
彼はクローンに自分の記憶をコピーした。これで、クローンは彼自身となり不老不死(ダンジョンの中にいる限り)となった。
男はクローンに命じた『自分の代わりに、蘇生魔法を完成させよ』
「『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』という伝説も男が流したものだよ。多くの人間がダンジョンに集めるようにね」
男の狙い通り、大量の冒険者が甘い蜜に誘われた虫のようにダンジョンに潜ってきた。だが、皆途中で命を落とし、最下層まで辿りつける者はいなかった。
「どの人間も途中で死んで、ここまで来られなかった。でも、これでようやく念願だった材料が手に入る」
ドット=エンバはニヤリと笑う。
プライの体は既に三分の二以上、ドラゴンの像の中に吸い込まれている。体は動かない。それでもプライはなんとか口を動かした。
「や……は……り……嘘……だったのか……願い……を……叶え……」
プライのたどたどしい言葉を聞いたドット=エンバは首を横に振る。
「さっきも言ったけど、『願いを叶える』と言うのは本当だよ」
ドット=エンバは、プライの耳に顔を近づけて、そっと囁く。
「……で、だけどね」
その言葉を聞いたプライから表情が消える。ドット=エンバは、愉快そうにニヤリと笑う。
「おおおおおおおあああああああああああああ!」
プライの体が頭まで伸びる。そして、ドラゴンの形をした金の像に吸い込まれた。プライの全身を吸い込むと、ドラゴンの形をした金の像の目の紅い光が消え、口がガチンと閉じられた。
「ごめん……ごめん……」
暗い、暗い闇の中、光りなど全くない空間で、プライは頭を抱えていた。
「ごめん……ごめん……ごめんなさい」
仲まを蘇らせることができなかった。最しょからそんなことできなかったのだ。希ぼうなどなかった。じぶんのせいで皆がしんだ。たすけられなかった。ダンジョンになんて、はいらなければよかった。
「ごめんなさ……ごめんなさい……ごめんなさい」
おれ……の、ぼくのせいでみんなしんだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
むりょくでごめん、むのうでごめん。やくたたずでごめん。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
プライはガシガシと子供のように親指の爪を噛み続ける。溶けそうな意識の中で、プライの謝罪が終わることはなかった。
ドット=エンバは、ドラゴンの形をした金の像を手に取ると、そっと耳を澄ます。中から「ごめんなさい……ごめんなさい」と謝罪の声が繰り返し聞こえた。
ドット=エンバはそっと金の像から耳を離す。
金の像には、生物を吸い込む魔法が掛けられている。吸い込むことが出来る生物は金の像一つにつき一匹。中は魔法で作られた異空間が広がっており、一度吸い込まれたら、外から解除の魔法を唱えない限り出ることは出来ない。
中に吸い込まれた者は、傷つくことも歳をとることも死ぬこともない。ただ、吸い込まれた直後の感情を繰り返し、繰り返し抱き続ける。
吸い込まれる直前に『恐怖』を感じた者は『恐怖』を『絶望』を感じた者は絶望を、そして、『後悔』を感じた者は、『後悔』し続ける。外に出るまで、永久に……。
「安心していいよ。君が死ぬのは、ずっと、ずっと先だから……」
もしかして、死ぬことはないかもしれないけどね。そう言い掛けて、ドット=エンバは口を閉じた。
金の像はいわば、貯蔵庫だ。
『蘇生魔法』に必要な生物が集まるまで、生かし続けるための貯蔵庫。必要な数が揃えば、瞬時に『蘇生魔法』を発動させる。そうなれば、金の像の中にいる生物は生贄にされ、命を失う。
ドット=エンバは金の像を元の場所に戻す。そして、五十階層全体を見渡した。五十階層の壁には魔物の形をした金の像が飾られている。その数は、三千を超えていた。
『蘇生魔法』を発動させるには、この階層全ての金の像に生物を入れなければならない。
ダンジョンが発見され、最下層まで辿りつく生物が現れるまで三百年以上。全ての金の像に生物を入れなければならないとなると、後……。
ドット=エンバは溜息を吐くと、乱暴に椅子に座った。
「次に此処まで生物が来るのは、いつになるのやら……」
ポツリと呟いた独り言に、答える者は誰もいなかった。




