ダンジョン攻略、その十三
「なんだ、これは?」
プライは壁に映し出された映像を見て、絶句する。魔法によって映し出された今から三カ月前の映像には、エルフ族の女とドット=エンバが話している光景が映し出されていた。プライは、混乱する。エルフが人間の言葉を話していることにも、多少の驚きはある。
だが、それよりも驚いたのは、エルフの後ろにいる巨大な魔物の存在だ。
「きょ……巨大トカゲ?」
巨大トカゲ。突如として現れ、いきなり十億の懸賞金を掛けられた正体不明の魔物。
多くの冒険者が懸賞金目当てに巨大トカゲを狩ろうとして、逆に返り討ちにあった。そのあまりの強さに最近では、巨大トカゲを狩ろうとする者は急速に減っている。
「何で、巨大トカゲがこんな所に?」
「偶然、迷い込んだらしいよ」
独り言のように呟いたプライの言葉にドット=エンバが返す。
「偶然……?」
「うん、偶然」
「そんなはずはない!ダンジョンの入り口には、常に門番が立っている。巨大トカゲがダンジョンに入ったのなら、分かるはずだ!」
巨大トカゲがダンジョンに入ったなどという大変なことが起きたのなら、その情報は直ぐに広まるはず。しかし、新聞はおろか噂にすらなっていない。
「知ってる?実はダンジョンには近道があるんだ」
ダンジョンへの近道。地図にも描かれており、ダンジョン攻略を目指す者なら誰でも知っている。
「それが、どうした!」
「彼らは、そこから入ってきたんだよ」
「……馬鹿な」
ダンジョンの地図には、『近道』について書かれているページもある。それによると近道のルートを使えば、ダンジョン攻略を一気に十階層から始めることができる。
そのページには、奇妙な銅像の絵と共に、このような言葉が書かれている。
『我に魔物の血を捧げ、我を壊す力を示せ。さすれば栄光への近道が開く』
多くの冒険者がその銅像を探したが、見付けた者はいない。プライ達もその銅像を探したが見付けることは出来なかった。
「彼らは、あの銅像を見付け出し偶然ダンジョンへの近道を開けてしまった。だから誰にも気付かれなかったんだろうね」
「そんなことがあるのか……?」
プライは頭を抱える。自分達があんなに探したものを偶然見付けて入ってきたというのか?
「だが、一体どうやって?ここまで来たんだ?」
「君達と同じように、階層をひとつずつクリアして、此処まで来たよ」
プライはウ再び言葉を失う。階層をひとつずつ普通にクリアして、此処まで来た?
「信じられないって、顔をしているね。じゃあ、特別にこれも見せてあげよう」
ドット=エンバは手元の石をトントンと指で叩く。すると、先程の映像が別の映像に切り替わった。この石は外の世界にはない特別な『魔法石』をさらに加工したもので、各階層の過去の映像を記録、再生することが出来る。
そこに映し出された映像を見たプライの体から力が抜ける。足が勝手に動き、後退していく。足が椅子に当たると、プライはそのまま椅子に座った。
プライが見た映像。そこには各階層を次々に突破していく、ティラノサウルスの映像が映し出されていた。仲間と力を合わせ、知恵を絞ってプライ達はダンジョンをクリアしていった。
それをティラノサウルスは、まるで遊戯のようにクリアしてゆく。
スフィンクスを粉砕し、キメラをねじ伏せ、ハーピーを潰し、ドラゴンの首を一瞬でへし折った。決して勝てないと諦め、戦闘を避けた相手や仲間の多くを失った階層をあっさりと進んでいく。自分達との圧倒的な力の差。
もし、自分にキメラと戦う力があったのなら、もし、ハーピーが砂時計に化けているのを見抜くことが出来たのなら……。少なくとも多くの仲間達を失うことはなかった。
力なく項垂れるプライをドット=エンバは暫く見ていたが、やがて、壁に映し出されている映像に視線を戻す。プライがショックを受けている間にも映像は進み、ティラノサウルスとナノが五十階層に入ってきた直後のものとなっていた。
「ダンジョンクリア、おめでとう!」
ドット=エンバはティラノサウルスとナノに盛大な拍手を送った。
「クリア?ここで終わりということですか?」
「そういうこと。おめでとう!」
ドット=エンバは再び拍手を送る。そんなドッド=エンバをナノは冷ややかな目で見る。
「では、出口はどこですか?」
「まぁ、まぁ、慌てないで。その前に説明しなければいけないことがある」
「……何ですか?」
「実はダンジョンを最初にクリアした者には、ある褒美が与えられるんだ」
「……」
「褒美?」
「そう、実は此処に最初に到達した者は……何でも一つ願いが叶うんだ!」
「……」
五十階層がシーンと静まり返る。ナノの顔が「此奴は何を言っているんだ?」という表情になる。
「まぁ、信じられないのも無理はないか……でもね、願いが叶うというのは『本当』のことなんだよ」
「……」
ナノは、なおも懐疑的な視線をドット=エンバに向ける。そんなナノの視線を受けてもドット=エバンは笑顔を崩さない。
「このダンジョンには今まで多くの人間が入ってきた。彼らの目的の多くが、此処に辿り付いて『願いを叶えてもらう』ことだ」
「……」
「君達は、最初に此処に辿り付いた。まさか、最初に辿りつくのが人間以外だとは、思わなかったけどね。でも、願いを叶えられるのは人間だけだと別に決まっている訳じゃない。例え魔物でも最初に此処に辿り付いた者の願いは叶えられる」
「……」
ナノは顎に手を当て、少し考える。
「……『何でも』と言いましたね」
「ああ、言った」
「では、もし『世界を征服したい』と願えば、それは叶うのですか?」
「ああ、『叶う』」
ドット=エンバは即答した。ナノはじっと、彼を観察する。
(嘘を付いている様には見えない)
目線、動作、声の様子から、ナノはドット=エンバが嘘を付いていないと判断する。
だが、ドット=エンバが嘘を付いていないからといって、それが真実であるとは限らない。嘘を本当のことだと信じ込んでいるだけかもしれないのだから。
ドット=エンバはニコリと笑う。
「さぁ教えてくれ、君は何を願う?」
演出じみた動作で両手を広げるドット=エンバ。それに対して、ナノは首を振る。
「仮に……もし、仮にその話が本当だとしても……。此処に最初に到達したのは私ではありません」
ナノは自分の主をチラリと見る。主は壁の窪みに飾られている金の像をどんどん地面に落としていき、クンクンと臭いを嗅いでいた。
「此処に最初に到達したのはマルスです。私ではありません」
ナノがそう言うと、今度はドット=エンバが首を横に振った。
「いや、違うよ。此処に最初に到着したのは……君だ」
「……私?」
「そう、君」
ドット=エンバはニコリと笑う
「『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』この『最初に到達できた者』という判断基準なんだけど、体の一部が入っただけでは到達扱いにならないんだ。体全体が入って初めて、『到達』扱いになる」
最下層に入ってきた時、ティラノサウルスの方がナノより先に入ってきたが、体は半分しか入っていなかった。ティラノサウルスの体が完全に入りきる前にナノがドット=エンバに斬り掛かったため、体全体が五十階層に入ったのはナノの方が先となった。
つまり、願いを叶える権利があるのはティラノサウルスではなく、ナノということになる。
「というわけで、願いを叶える権利は君にある」
「……私に」
目線を少し下に向けたナノを見て、ドット=エンバは口の端を少し上げた。
「その様子だと、願い……ありそうだね」
「……!」
確かにナノには、願いはある。その願いは、あまりに素朴で多くの者が願うことだ。ドット=エンバに心の内を見透かされ、ナノは僅かに動揺する。その動揺をドット=エンバは見逃さなかった。一気に畳み掛ける。
「ああ、そうそう。最初に言っておくべきだったけれど、『願いを言う』までは、此処から出られないんだ」
「!」
ナノの顔に再び殺気が灯る。それを見てドット=エンバは再び手を上げた。
「そう怖い顔をしないでよ。本当に『願いを言う』ただそれだけでいいんだから」
ドット=エンバはナノを安心させるように、フッとほほ笑んだ。
(『願いを言う』まで此処からは出られない)
なら、言ってしまってもいいのではないのだろうか?ナノの願いは相手に聞かれて困るものではない。
(それに、万が一彼の言っていることが本当だとしたら……)
ナノの中に好奇心が生まれる。『どんな願いも叶える』そんなことは、あり得ないと思いながらも、ひょっとして?という想いが生まれる。そして、それは次第に大きくなり始めた。それに、ナノが願いを言わないとティラノサウルスも此処から出ることが出来ない。
ナノは首を振る。自分のせいで主に迷惑を掛けることなどあってはならない。ナノは自分の願いを言おうと、口を開きかける。
「グアァア」
背後で大きな鳴き声がしたがした。振り向くと、ティラノサウルスが、大きな欠伸をしている。さっきまで金の像を興味津々に見ていたティラノサウルスだったが、どうやら飽きてしまったらしい。床一面に散乱した金の像をもう見てもいない。
その中にとある魔物をかたどった金の像があった。それは、東の国に生息しているとされる魔物だ。
その魔物の像を見た瞬間、ナノの脳裏にある魔法道具を思い出した。それは、東の国に生息しているとされる魔物が持っているとされている魔法道具。それを思い出した時、ナノは、ほぼ全てを理解した。
(なるほど、『どんな願いも叶える』というのは、そういうことか)
ナノの判断は間違っていなかった。やはり、ドット=エンバは嘘を付いていない。『どんな願いも叶う』という言葉も嘘ではなかった。
ナノは自分の主を見る。偶然だが、ティラノサウルスの行動がナノに気付かせるきっかけとなった。ナノは心の中で主に深く感謝をする。
ナノはドット=エンバに向き直ると、ニコリとほほ笑み、口を開いた。
「私の願いは……」




