ダンジョン攻略、その十二
「待ってろよ……待ってろよ……」
プライはよろめく足に力を入れて、懸命に歩き続ける。何度も意識を失い掛けるが、その度に仲間のことを思い出して、自分に喝を入れた。
「着いた……」
プライはこれまでの三倍以上の時間を掛けて、階層と階層の道を歩いた。そして、ようやく次の階層に辿りつく。
第五十階層、ダンジョンの最終階層だ。
「……これで……」
仲間を蘇らせることが出来る。プライは扉に手を掛ける。そして、全体重を乗せて扉を開けた。
ダンジョン第五十階層:「??の間」
クリア条件:「?????????」
扉を開けて、最初に飛び込んできたのは眩い黄金の光だった。
五十階層は円状になっており、他の階層とは違ってプライが入ってきた扉以外の出入り口はなかった。壁には多数のくぼみがあり、そこに三十センチ程の魔物の形をした像がびっしりと置かれていた。ドラゴン、ハーピー、スフィンクス……。ダンジョンにいた魔物は勿論のこと、マーメイドやクラーケンなどダンジョンにはいなかった魔物の像も多数ある。
魔物の像は、全て黄金色に輝いていた。メッキなどではない。全ての像が純金で作られている。普通の人間なら目もくらむような光景だろう。
しかし、プライは黄金の像に見向きもしなかった。プライの視線はただ一か所、階層の中心に向いている。そこには、男が一人立っていた。魔物には見えない。どう見ても人間だった。
プライは男に剣を向ける。しかし、剣を向けられた男が慌てる様子はない。それどころか、満面の笑顔でこう言った。
「ようこそ、最下層へ!」
「いやぁ、よく辿りついたね。おめでとう」
男はパチパチと拍手をする。そんな、男にプライは剣を向けた。
「お前……は……誰だ?」
プライには、余裕がない。体は満身創痍で、いつ意識を失ってもおかしくない。回復薬は、もうない。今倒れたら、きっと二度と起き上がれないだろう。
だが、死ぬ前にプライはやらなければならないことがある。
(皆……待ってろよ)
仲間を蘇らせる。それまでは、死ぬ訳にはいかない。
プライの目に光が灯る。
「答えろ……お前は敵か?」
五十階層のクリア条件は、地図にも載っていない。目の前の男が敵かどうかは分からいが、力づくでもクリア条件を聞き出す。
「これは、これは。随分、凶暴な雄だな。いや、人間なのだから『男』と言うべきかな?知識はあるんだけど、あまり実物を見たことがないものでね」
男は、ニヤリと笑う。プライは剣を構えたまま一歩、男に近づく。男は、フゥと息を吐く。
「まぁ、まぁ。落ち着けよ。せっかく、ここまで来たんだからもっと余裕も持って……」
男が言葉を聞き終わらぬ内に、プライは半分折れた剣で男に切り掛かった。無駄話をしている時間はない。男を死なない程度に痛めつける。
「せっかちだね~」
男はプライの攻撃をヒラリと躱した。プライは驚く。
プライは大きなダメージを負っている上、手加減している。だが、今のプライの攻撃は常人が見切れるものではない。それにも関わらず、男はいとも簡単にプライの攻撃を躱した。目の前の男は、相当の手練れだということだ。
死なない程度に痛めつけるという考えは、甘かった。プライは男に向き直ると、低級の魔物なら気絶する程の凄まじい殺気を放った。
そんなプライを見て、男は降参するように両手を上げる。
「分かった、分かった。答えるよ」
男は面倒くさそうに、息を吐いた。
「と、その前に」
男は指をパチンと鳴らした。するとプライの周りに黒い霧が巻き起こる。黒い霧はあっという間にプライの全身を包み込んだ。
(しまっ……!)
プライは己の愚かさを悔いる。降参するような態度をとった男を見て、一瞬油断してしまった。
「ぐああああああああ!!!」
黒い霧がプライの体の中に入ってくる。発狂しそうな程の凄まじい痛み。自分が壊されていく感覚。このまま死ぬのか?此処まで来たのに?もう少しだというのに?
「ぐああああああああ」
痛みで意識が遠くなっていく。
(皆……すまない……)
最早、これまでかとプライは諦めかける。その時だった。
「ああ、ごめん、ごめん。痛かった?」
男が再び指をパチンと鳴らした。すると、プライを覆っていた黒い霧が消える。
「がはっ」
プライはその場に倒れこんだ。しばらく動けなかったが、徐々に失いかけていた意識が戻ってくる。
「はぁ、はぁ……?」
意識が戻ってくると共にプライは違和感を覚えた。
(痛みが……ない……?)
プライは、はっとなり自分の体を見る。体から、ドラゴンとの戦いで負った傷が消えている。傷だけではない。ドラゴンに喰い千切られた腕さえも、元に戻っていた。
(……まさか……)
プライは驚愕に目を見開く。千切れたばかりの腕なら、回復魔法で元通りくっつけることも出来る。しかし、プライは喰い千切れた腕を前の階層に置いてきた。それにも関わらず、プライの腕には千切れたはずの腕が存在している。
プライは、腕を動かしてみる。何の痺れも麻痺もなく、今まで通りに腕を動かすことが出来た。まるで、最初から千切れてなどいなかったかの様だ。
「これで、ゆっくり話せるね」
男は驚いているプライを見て、ニヤリと笑った。
「どういう……つもりだ?」
プライは半ば混乱して、半分折れた剣を再び男に向ける。体が軽い。疲労も消え、体力も通常の状態に戻っているようだ。
「あのままだったら、話し辛いだろう?君、今にも死にそうだったし」
「……」
「まっ、立ち話もなんだ。座りなよ」
男が再び指を鳴らすと、椅子が二つ現れた。対面する形で現れた椅子の一つに、男はドサッと座る。
「君も座りなよ」
「……」
「聞きたいことがあるんだろ?色々と説明するから、座りなよ」
「……」
プライは、未だに警戒を解かない。だが、話をしないことには先には進まないことも確かだ。
「……分かった」
プライは半分折れた剣をゆっくり降ろし、もう一つの椅子に静かに腰かけた。椅子に座るプライを見て、男は満足そうに頷く。
「さてと、まず何から話そうかな……と、まだ自己紹介してなかったね」
男は、胸に当てると自分の名前をプライに告げた。
「俺の名前はドッド=エンバ」
短い間だけど、よろしく。そう言って、ドッド=エンバはニヤリと笑った。
「いやぁ、緊張するね。何しろ、人間と話すのは三百年ぶりだからね」
「三百年?」
三百年と言えば、ダンジョンが発見されてから今日までの年数だ。ということは、この男はダンジョンが少なくとも発見されてから、今日まで生きているということになる。
ドッド=エンバの見た目は、二十代前半といった所だ。とても、三百年生きているとは思えない。
「お前は、魔人なのか……?」
魔人。力を求めた結果、人間を捨てて魔物になった者。魔人になれば、若い姿のままで数百年生きることも可能だ。
だが、ドッド=エンバは首を横に振った。
「違うけど……まぁ、人間ではないね。ないのかな?いや、どうだろう……」
「……?」
男の態度にプライは不振の目を向ける。
(まぁ、この男が魔物だろうが、魔人だろうが、人間だろうが、どうでも良い)
プライの目が再び鋭くする。
「この階層のクリア条件は何だ?」
プライにとって一番大事なことは、一刻も早く仲間を蘇らせることだ。
「クリア条件……ね。聞いても意味がないと思うけど?」
ドット=エンバの言葉に、プライは眉根を上げる。
「……どういう意味だ?」
「う~ん」
「早く言え!」
プライは、ドット=エンバに折れた剣を向ける。
「分かった。分かったよ」
本当に、せっかちだなとドッド=エンバは小さく呟く。
「じゃあ、言うよ」
ドッド=エンバはオホンとワザとらしく咳払いをして、ゆっくりと口を開いた。
「五十階層のクリア条件は、この階層に『最初に到達すること』だよ」
その言葉を聞いたプライは暫く、その意味が分からなかった。
「……最初に到達すること?」
「うん」
「……他に条件は?」
「ないよ」
ドット=エンバはあっさりと答える。
「……」
最終階層。どんな魔物が出てくるのか、どんな無理難題が出てくるのか。決死の覚悟で此処まで来たプライ。だが、これで終わり?
「疑っているね。でも、本当だよ。この階層のクリア条件は『最初に到達すること』だ」
「……」
信じられなかった。大切な仲間を失い、プライ自身も何度も死に掛けたダンジョン攻略。
それが、こうもあっさり終わるものなのか?
「これで『終わり』?」
「うん、これで君のダンジョン攻略は『終わり』だよ」
お疲れ様。ドット=エンバはプライをねぎらう様に、頭を下げた。
『終わり』
心の中で、何度も繰り返される。
まだ、信じられない。だが……。プライはダンジョンでの出来事を思い返す。ダンジョンには、様々な罠が張り巡らせてあった。
だが、クリア条件に関してだけは偽りがなかった。地図に書いてある階層ごとのクリア条件。その条件を満たせば、必ずクリアできるようになっていた。
「本当に……これで『終わり』なのか?」
何度も確認するプライに、ドット=エンバは薄い笑顔を向ける。
「君は、こういう話を聞いたことはないかい?」
「話?」
「『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』」
「!!」
それは、ダンジョンにまつわる古くからの伝説。多くの者がその伝説を信じて、ダンジョン攻略を目指した。プライはてっきり、その伝説の意味を最下層のクリア条件を満たした者の願いが一つ叶えられることだと解釈していた。だが、それは間違いだったようだ。
確かに、伝説には『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者』とある。つまり、伝説そのものが最下層のクリア条件を示してたのだ。
(本当に、これで……『終わった』のか?)
プライの心に安堵と喜びが広がる。だが、プライは直ぐに気持ちを切り替えた。喜ぶのは、まだ早い。
プライはドット=エンバに問う。
「あの伝説は本当のことなんだな?」
「もちろん、本当のことだよ。君もそれを信じてここまで来たんだろ?」
そうだ。プライはあの伝説を心の支えにして、ここまで来た。しかし、伝説が本当だという確証もなかった。
「……なら、『一つだけ願い事を叶えられる』という箇所も本当だな?」
ドット=エンバはニヤリと笑って頷く。
「ああ、本当だ」
ドット=エンバの言葉を聞いて、プライの目から涙が零れ落ちた。両手で顔を覆い、喜びに体を振るわす。
(やった!やったぞ!皆!)
仲間を、命より大切な仲間を、蘇らせることが出来る。
(アリス、ヴィー、ジェラス、トニー、ラスト、スロウ。待ってろよ。今……)
プライは涙を拭う。
(蘇らせてやるからな!)
「『終わった』というのなら……」
プライは、自分の胸をドンと叩く。
「俺の願いを叶えてもらおう!」
プライは、真っ直ぐドット=エンバを見る。
「聞こう!君の願いはなんだ?」
ドット=エンバも真っ直ぐプライを見る。
「『俺の仲間達を蘇らせてくれ』」
階層中に、いや、ダンジョン中に響き渡る声でプライは叫んだ
「ダメだね」
ドット=エンバはプライの願いをバッサリと斬り捨てた。その言葉をプライは直ぐに理解できなかった。
「ダ……メ……?」
「うん、ダメ」
ドッド=エンバは首を横に振る。プライは頭の中が真っ白になる。そして、次の瞬間、凄まじい怒りが湧いてきた。
「どういうことだ!?」
プライは椅子から立ち上がり、ドット=エンバの胸ぐらを掴んだ。
「『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』じゃないのか!?」
「ああ、確かに『ダンジョンの最下層に最初に到達できた者は、一つだけ願い事を叶えられる』よ」
「だったら……」
「だから、ダメなんだよ。君はクリア条件を満たしていない」
ドット=エンバは、くっくっくと笑う。
「クリア条件を……満たしていない?」
どういうことだ?とプライは口を開きかける。しかし、プライは気付く。気付いてしまった。
「まさか……」
五十階層のクリア条件は、『最初に到達すること』そのクリア条件が満たされていない。
考えられるのは二つ。
一つ目は、今いる五十階層が最終階層ではなく、まだ下があるという可能性。だが、その可能性はない。何故なら、プライが五十階層に入った時、ドット=エンバは『ようこそ、最下層へ!』と言った。プライがいる五十階層が最終階層と考えて間違いない。
ならば、答えは一つしかない。
「あ、ああ!」
プライはドット=エンバの胸ぐらから手を離す。そして、頭を抱えながらヨロヨロと後ずさった。
「気付いたようだな。そう、残念だけど……」
ドット=エンバは愉快そうな目で、プライを見る。
「君より早く、クリアした者がいるんだよ」
ドッド=エンバは入ってきた男に向かって、満面の笑顔を作り、こう言った。
「ようこそ、最下層へ!」
ドシン。ドシンと地面が揺れる。階層中に飾ってある純金の像もカタカタと震えだした。
扉から入ってきた男は、キョロキョロと階層中を見渡す。初めてみる光り輝く像に興味を持っているようだ。
その男は、一見トカゲのように見える。だが、トカゲとは違い二本足で立っていた。手は小さいが、巨大な頭と太く長い尾を持っており、体の大きさはドラゴンに匹敵している。
「これは、これは。随分大きな男だな。いや……」
ドット=エンバはニヤリと笑う。
「人間ではないのだから『雄』と言うべきかな?」
ティラノサウルス。
ダンジョンの魔物達を蹴散らし、ねじ伏せ、傷一つ負うことなく、此処まで辿り付いた魔物。
ティラノサウルスがゆっくりと、中に入ってくる。その巨体が半分程入った時、別の魔物が入ってきた。
「凄い……」
その魔物もティラノサウルスと同じように純金の像を見渡しながら入ってくる。
ティラノサウルスと一緒に入ってきた魔物はエルフ。名前はナノ。多種多様な魔法を使うことが出来る。
純金の像を見ていたナノは、不意にドット=エンバの存在に気付く。
「シャイン・ソード!」
ドット=エンバに気付いた瞬間、ナノは腕から光の剣を伸ばし、斬り掛かった。
「おっと!」
ドット=エンバはナノの攻撃を紙一重で躱す。
「あ、ぶ、な、い、な!」
ナノはさらに追撃をくわえる。だが、ナノの攻撃をドット=エンバは躱し続ける。
「よっ!」
ドット=エンバは地面を蹴り、跳躍してナノから距離を取る。ナノは距離が離れたドット=エンバに掌を向けた。
「ファイア・ボー……」
「タイム!タイム!」
ドット=エンバは両手を上げ、降参の意思を示す。
「俺は敵じゃないよ!」
ドット=エンバの言葉に、ナノは思わず魔法を放つのを止めた。
「血の気の多いお嬢さんだ」
ドット=エンバは、フゥと息を吐く。その態度には余裕が感じられる。
「話がしたいんだ。いいかな?」
「……」
ナノは魔法を放たないが、掌も降ろさない。このまま攻撃するか?それとも話に応じるのか?
(私の攻撃を躱したあの動き、全く無駄がなかった。相手はかなりの実力者。このまま戦っても勝てるかどうか分からない。それよりも、話を聞いた方がいいのか?いや、こちらを油断させる罠かもしれない)
ナノが考えていると、ドット=エンバは再び口を開く。
「俺に戦う意思はないよ」
「……」
「そちらの彼は、俺に敵意がないことは分かっているみたいだよ」
「!」
ナノはチラリとティラノサウルスを見る。
『おお、綺麗だな!』
ティラノサウルスはナノとドット=エンバの戦いを無視して、黄金の像をじっと見ていた。
「ほら、彼は俺に敵意がないことが分かっているから、俺達を無視しているんだよ」
断じて違うとナノは思う。ただ単に、黄金の像に興味があるだけだろう。ティラノサウルスがナノのことを無視するのはいつものことだ。というか、いつも無視している。
とはいえ、いつまでもこうしていても仕方がないのも事実だ。戦うか、話を聞くか選ばなければならない。数秒考える。
「いいでしょう」
ナノは、掌を降ろし、腕から伸びた光の剣を消した。
「話を聞きましょう」
「まずは、自己紹介をしようかな。俺の名はドット……」
「名前など、どうでも良いです」
ナノは冷たい声で言い放つ。ドット=エンバはヤレヤレとばかりに肩をすくめた。
「それよりも、聞きたいことがあります」
「……なんだい?」
「ここは、一体何なのですか……?」
ナノの言葉にドット=エンバは目を丸くした。
「何なのって……ダンジョンだけど……」
「ダンジョン?」
聞いたこともない言葉にナノは眉根を上げる。その様子にドット=エンバはさらに目を見開く
「もしかして……知らないでここに来たの?」
「……?」
首を傾げるナノを見て、ドット=エンバは思わず吹き出した。
「ぷっ、はははははははははは!」
愉快そうに笑うドット=エンバを見て、ナノの機嫌は急速に悪くなる。
「何なのですか……?」
「いや、ごめん。ごめん」
腹を抱えながらドット=エンバは謝罪する。しかし、完全に笑いは収まらず、まだ微かに肩が震えている。
「最初にクリアしたのが、人間じゃないってことだけでも驚きなのに、まさか、ダンジョンのことを知らないで入ったなんてね……」
「クリア?」
ドット=エンバは、ウウンと咳払いをした後、両手を広げた。そして、ダンジョン中に響くような声で叫ぶ。
「ダンジョンクリア、おめでとう!」
ドット=エンバはティラノサウルスとナノに盛大な拍手を送った。
それは、「シン」のメンバーがダンジョンに入る三カ月前のことだった。




