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ダンジョン攻略、その十一

「はぁ、はぁ」

 プライは重い体を引きずりながら、次の階層に辿りつく。

「あと、二つ」

 残すは此処と、次の階層のみ。

「待ってろよ……皆、待ってろ」

 プライは、うわ言のように繰り返し呟く。

「必ず……生き返らせてやる」

 プライは、懐からケースを取り出す。ケースの中には薬が入っていた。プライは、薬を取り出すと口の中に入れ、ゴクリと飲み込んだ。

「必ず……皆を」

 プライは、カッと目を見開くと階層の扉を開いた。


 ダンジョン四十九階層:「有翼蜥蜴の間」

 クリア条件:「有翼蜥蜴を倒すこと」


 四十九階層は、他の階層に比べて二倍ほどの広さがあった。その中央に、この階層の主である魔物が横たわっていた。

(やはり、此奴だったか)

 そこにいた魔物は、プライの予想通りだった。しかし、その予想は当たって欲しくなかった。


 翼の有るトカゲ。しかし、そこにいた魔物はトカゲと呼ぶにはあまりに巨大だった。体には口には鋭い牙がそろい、体からは翼が生えている。


 ドラゴン。伝説級の魔物だ。


 ドラゴンを倒した英雄伝は様々な物語で描かれている。一人の英雄が、剣を振るい。ドラゴンの首を捕る。読者はその物語に興奮し、英雄に憧れる。

 しかし、実際にドラゴンを倒すのは並大抵のことではない。

 ドラゴンを倒すには、高レベルの冒険者が最低でも六十人以上必要となる。その冒険者達を数チームに分けて、交代でドラゴンに攻撃を仕掛ける。不眠不休で攻撃し続けてやっとドラゴンを倒すことが出来るのだ。一匹倒すのに三日以上掛かることも珍しくなく、倒すまでに一カ月以上費やしたという記録もある。


 一人の人間がドラゴンを倒したという記録はない。


「ふぅ」

 プライは呼吸を整え、静かに剣をドラゴンに向けた。プライは ドラゴンがすぐに襲い掛かってくるものと思ったが、ドラゴンはプライをチラリと見ただけで、また横になってしまった。

(完全になめられているな……)

 ドラゴンを討ち取ることで名誉を上げようとする冒険者なら憤慨する者もいるだろう。だが、プライは違う。ドラゴンが自分を舐めているというのなら、それで構わない。いや、むしろ油断してくれている方が有難い。名誉など、どうでもいい。プライの目的はただ一つ。仲間を蘇らせることだけだ。

 プライはドラゴンに、ゆっくりと近づく。ゆっくりと、ゆっくりと音を立てずに静かに近付く。ドラゴンは相変わらず、横になっている。

「ふぅ、ふぅ」

 プライは近づく。もう少しで、ドラゴンはプライの攻撃射程内に入る。その時、ピクリとドラゴンの耳が動いた。そして、ゆっくりと首を上げ始める。

(……もう、行くしかない!)

 プライは一気にドラゴンとの距離を縮めた。狙うは、ドラゴンの首。

「はぁあああ!」

 プライは跳び上がると、ドラゴンの首目がけて一気に剣を振り下ろした。


 キン。


 プライの剣はドラゴンの首に正確に振り下ろされた。だが、プライの剣はドラゴンに傷一つ付けることなく、弾き返された。ドラゴンの目がスッとプライを見る。その瞳は空虚でプライに対して何の興味も持っていなかった。

 ドラゴンがプライに太く巨大な腕を振るう。それは、人間が目の前の虫を軽く払う動作に似ていた。

「ガッ!」

 プライは吹き飛ばされ、地面を転がる。ドラゴンは軽く振り払ったつもりでも、人間にとっては、死に至る程の致命傷となる。

「おおあああ!」

 だが、プライは雄叫びを上げて直ぐに立ち上がる。ドラゴンが腕を振るう刹那、辛うじて剣で防御することができたのだ。

 プライは、ドラゴンに再び剣を向ける。横になっていたドラゴンは、面倒くさそうに立ち上がった。その目は、相変わらず空虚だ。

 ドラゴンがまたゆっくりと腕を上げる。そして、凄まじい速さで腕が振るわれる。その動きをプライは捕えられなかった。また、プライは吹き飛ばされる。

「うろおおおお!」

 今度は、地面を転がることなくプライは立ち上がった。

 ドラゴンの腕の振るう動きは見えなかった。しかし、数多の経験を積んでいたプライの体は反射的にドラゴンの攻撃を剣で防いでいた。

 そんなプライを見て、ドラゴンの様子が少し変わる。

 普通の人間なら、最初の一撃で勝負は決まっていた。少なくとも二撃目で死ぬはずだ。しかし、目の前にいる人間は死なずに、こちらを見ている。その闘志は全く衰えていない。

 ドラゴンは認識を改めた。ほんの少しだけ、本気になる。

 

 次の瞬間、プライの目の前からドラゴンが消えた。


 どこだ?とプライは思わなかった。思う前に体が自動的に動いていた。

 プライは背後を振り向く。やはり、ドラゴンはそこにいた。空間転移などではない。文字通り、目にもとまらぬ早さで、プライの背後に回っただけだ。しかも、何の物音を立てることなく。

 プライが、その動きに対応できたのも、これまでの経験のおかげだ。

『目の前にいた魔物がもし消えたのなら、何も考えずに後ろを振り返る』

 その動きは既にプライの体に染み付いており、考えることなく体が勝手に動く。これまでにプライの命を何度も救ってきた動き。そして今、この瞬間もプライの命を救った。


 命だけは。


「グゥ」

 壁に叩きつけられたプライは、背中に大きなダメージを受けた。背中だけではない、腕の筋肉は断裂し、骨にはヒビが入った。

 プライの背後に回ったドラゴンが、やったことは先程と同じくプライに腕を振るっただけだ。ただ、先程より少しだけ力を込めて腕を振るっただけだ。

 プライはギリギリではあったが、ドラゴンの攻撃を剣で受け止めることはできた。だが、一撃目、二撃目とは違い、防御越しにドラゴンの攻撃はプライに伝わった。

 ドラゴンは倒れているプライを見る。

 プライは動かない。それを見たドラゴンは階層の中央に戻ろうとした。


 ピクリとプライの腕が動いた。


 ドラゴンは何かを感じ、歩みを止めた。後ろを振り返り、もう一度プライを見る。


 ドクン、ドクン、ドクン、ドクン、ドクン。


 プライの心臓の鼓動が早まる。それと同時にプライの体から水蒸気のような煙が上がり始めた。プライの手が動き、剣をしっかりと掴む。

 そして、ゆっくりとプライは立ち上がると、ドラゴンに剣を向けた。立ち上がるプライを見たドラゴンの口がニイイイイと耳まで裂ける。


 それは、まるで笑っているかのようだった。

 



 ダンジョンに入る数日前のこと。プライは、ある男から薬を手に入れていた。

『これがそうか?』

『ああ、アビリティ・ドーピング。身体能力を一時的に上昇させる薬だ』

 プライは手渡された薬を見る。見た目は普通の風邪薬の様だ。

『効果は、どれぐらいで出るんだ?』

『飲んでから、数分程で効果は現れる。それから約十五分程、身体能力が数倍から数十倍になる』

『数十倍!それは凄いな』

『ああ、だがその分。薬が切れた時の反動も凄い』

 身体能力を一時的に上げる薬は冒険者の間で度々使用される。人間の体は自身に負担を掛けないため、普段はリミッターを掛けている。身体能力を一時的に上げる薬を飲むと、このリミッターを一時的に外して、いわゆる『火事場の馬鹿力』を出すことが出来るようになる。

 ただし、リミッターを外すがゆえに、使用後は凄まじい筋肉と骨の痛みに苦しめられることになる。

 薬を使って敵を倒しても、後に来る副作用で動けない所に別の敵が現れれば、命を落とすことにも繋がりかねない。ゆえに、身体能力を上げる薬は余程のことがない限り、使われることはない。

 アビリティ・ドーピングも身体能力を一時的に上げる薬だ。だが、その効果は通常の物よりも遥かに強い。

『アビリティ・ドーピングは他の身体能力上昇薬と大きく違う点がある。アビリティ・ドーピングは、ただ単に体のリミッターを外すだけじゃなく、体に貯めてあるエネルギーを強制的に細胞に送るという作用がある。これによって、他の身体能力上昇薬よりも大きな力を得られるが、使用後は体全体が急速に衰弱する。簡単に言うと使用した後“餓死”する危険性が大きい』

『餓死……』

『どうする?正直お勧めは出来ない。得られる力は大きいが、代償が大きすぎる』

『いや、買おう』

 プライは迷わなかった。

『……分かった』

 男はプライに薬を渡して、代金を受け取る。

『仲間の分はいらないのか?』

『仲間には使わせないよ』

『そうか……』

 何かあれば、自分が犠牲になるということなのだろう。プライの性格をよく知る男は今さら驚かない。

『しかし、お前がこの薬を欲しいと言ってきた時は驚いたよ』

『ダンジョンの中では何が起きるか分からないからな。念には念を、だよ』

『そうか……』

 男はふっと息を吐く。前人未到のダンジョンを攻略。その肩に掛かる重圧は想像を遥かに超えるのだろう。

『お前が、その薬を使わざるを得ない事態にならないことを祈っているよ』

 プライは、ふっと笑う。

『大丈夫だ。俺達ならきっとやれる。この薬を使うことにはならないさ』

 仲間を信じて、常に前に進むプライ。そんなプライを男は少し羨ましいと思った。



 立ち上がったプライが、ゆらりと揺れた。次の瞬間、プライがドラゴンの視界から消えた。


 ドラゴンは、咄嗟に右に跳ぶ。着地したドラゴンは、ズササササササと地面を滑った。着地したドラゴンは、首に鋭い痛みを感じた。ドラゴンは痛む首を触る。

 ドラゴンの手には、真っ赤な血が付いていた。


「おしい」

 プライは思わず呟く。確実に首を跳ね飛ばしたと思ったのに。再び、プライはドラゴンに剣を向けた。

「次は捕る!」


「クガ」

ドラゴンが鳴いた。

「グガ、グガ、グガガガガガ」

 ドラゴンの鳴き声は大きくなる。まるで笑っているような鳴き声が階層中に響いた。

「グアア!!」

 ドラゴンの目がカッと見開く。その目は真っ直ぐプライだけを見る。


 ドラゴンが消える。同時にプライも消えた。


 キン、キン、キン、キンと剣と、あらゆるものを引き裂く爪が交差する音が四十九階層に響く。プライもドラゴンも白い閃光となって、階層中を駆け巡った。


「うおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!」

「グオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!」


 ドラゴンが鋭い爪を振るう。プライはそれを剣で受け止め、斬撃を返す。ドラゴンはその巨体からは信じられない素早い動きで、プライの斬撃を躱す。斬撃を躱したドラゴンは、今度は巨大な口を大きく開けプライに襲い掛かる。プライはその攻撃を躱して、ドラゴンの首に剣を振るおうとする。しかし、プライが剣を振るおうとする前にドラゴンの尾がプライに迫ってきた。まるで、鞭のようにドラゴンの尾は動く。

「おおおおおお!!」

 雄叫びと共にプライはドラゴンの尾を剣で弾き飛ばす。隙あり、と言わんばかりにドラゴンはプライに爪を振るう。ドラゴンの動きをプライは読んでいた。素早く背を屈める。ドラゴンの爪が、プライの頭上数センチ上を通り過ぎた。


 攻撃、回避、反撃、防御。プライとドラゴンとの攻防は既に千を超えようとしていた。


 両者の実力は完全に拮抗している。こうなると、後はどちらが先に体力の限界を迎えるか、どちらが先に心が折れるかの勝負となる。


 攻撃、回避、反撃、防御。攻撃、回避、反撃、防御。攻撃、回避、反撃、防御。攻撃、回避、反撃、防御。攻撃、回避、反撃、防御。攻撃、回避、反撃、防御。

 攻防が二千を超えても、戦いは終わらなかった。 


「ぐっ」

 先に体制を崩したのはプライだった。薬の効果が現れてから十二分が経過。もうそろそろ、切れる頃だ。

 そのプライの体力が尽きかけていることに、ドラゴンも気付いた。


 プライがガクッと体勢を崩す。ドラゴンは腕に渾身の力を込め、フライ目がけて振り下ろした。

「うあおおおおおお!」

 プライは剣で、ドラゴンの一撃を防ぐ。しかし、この一撃は今までとは段違いの威力だった。

「ぐおおおおおおお!」

 プライは必死に耐えた。しかし、剣の方がドラゴンの一撃に耐えられなかった。


 パキン。とプライの剣は真っ二つに折れた。


 プライの剣を折ったドラゴンは、ニヤリと笑ったような顔になる。だが、その笑みは直ぐに消えた。プライが鋭い眼でドラゴンを睨んだのだ。その闘志は全く衰えていない。


 ドラゴンは口を大きく開けた。鋭い牙がプライに襲い掛かる。


「うりああああ!」

 プライは腕を前に突き出す。ガキンとドラゴンの口が閉じた。プライの腕が喰い千切られる

「ぐああああああ!」

 気絶しそうな痛みがプライを襲う。喰い千切られた腕から大量の血が流れる。ドラゴンがプライを見た。今攻撃されたら防ぎようがない。ドラゴンは再び口を大きく開いた。


「グハッアアア!!」


 そして、大量の血を吐き出した。


 ドラゴンの首の後ろ。うなじに当たる部分から。光る刃が飛び出ている。光の刃はドラゴンが喰い千切ったプライの腕から伸びていた。


シャインソード

 腕から光の剣を伸ばす魔法。

 

 ドラゴンに腕を食い千切られる刹那。プライは腕から光の剣を伸ばした。光の剣はドラゴンの喉を突き破り、うなじから飛び出した。


 アビリティ・ドーピングは、身体能力を一時的に上昇させる効果とは別に、薬の効果が続いている間、単純な魔法なら発動することが出来ようになるという効果がある。


 あらゆる攻撃を通さないドラゴンの外皮。だが、口の中は別だ。プライは自らの腕と引き換えに大きなダメージをドラゴンに与えた。


「ゴバッ」

 ドラゴンが光の剣が伸びた腕を吐き出す。だが、それによって傷口からの出血が増した。ドラゴンの口とうなじから血がドバドバ流れ落ちる。

「グルル」

 だが、ドラゴンは倒れない。ドラゴンは唸り声を上げると、そのままプライと距離を取った。逃げたのではない。最大の攻撃を喰らわせるために、ドラゴンは距離を取ったのだ。

 ドラゴンが口を大きく開く。ドラゴンの口からメラメラと炎が漏れた。

「ガアアアアアア」

 ドラゴンの口の中から巨大な炎が噴き出された。


 ドラゴンの吐く炎は、炎魔法最強の中で最強を誇る。

 防具、水、岩、鉄、魔法、魂……。物質、非物質問わず。ドラゴンの炎は、ありとあらゆる物を燃やす。一度その炎に焼かれれば、消し炭になるまで炎が消えることはない。

 ドラゴンの炎を防御することは不可能。ドラゴンの炎から逃れる方法は、避けることしかない。だが、ドラゴンの炎は放射状に上下左右に広範囲に広がる。しかも、此処はダンジョンの中。他の階層よりも広いとはいえ、一度ドラゴンが炎を吐けば、炎は階層中に広がる。逃れるには、地面に穴を掘って潜るか、空を飛ぶしかない。


 しかし、プライは地面に穴を掘って潜ることも、空を飛ぶことも出来ない。


「うおおおおおおおお」

 プライは真っ直ぐ突っ込むことを選択した。それしか、選択肢がないとはいえ、傍目から見れば、無謀な突撃に見えるだろう。

 だが、プライは決して何の勝機もなく突撃したわけではない。プライには、ある確信があった。


 ドラゴンが炎を吐き出す。その炎は放射状に広がり、階層中を焼き尽くすはずだった。


 だが、そうはならなかった。

 ドラゴンのうなじから大量の炎が噴き出している。先程、プライが光の剣を突き刺し開けた穴。そこから、大量の炎が漏れている。

 ドラゴンにとっては予想外。プライにとっては予想通りの事態。

 もうドラゴンは、炎で攻撃できない。今が最大の好機!

「うおおおおおおおおお!!」

 プライは、そのままドラゴンに向かって走る。ドラゴンは、炎を吐くのをやめて、爪での攻撃に切り替える。プライは、そう思っていた。


 だが、今度はドラゴンがプライの予想を裏切る。


「グオオオオオオ」

 ドラゴンのうなじから出る炎の量が急速に増えた。やがて、うなじからだけではなく口からも炎が漏れ始める。うなじから炎が漏れているのなら、炎の量を増やせばいい。炎の量を増やせば、うなじからだけではなく、口からも炎を出すことが出来る。

「うおおおおおおおおお!!」

 ドラゴンの口から炎が漏れてもプライは、止まらなかった。此処で、止まるわけには行かない。もう、行くしかない。


 進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!進め!


「グオオオオオオ!!」

 ドラゴンの口から、真っ赤な炎がプライ目がけて吐き出された。プライは迷わずに炎に向かる。


「うおおおおオオオオオオオオ!!!」


 炎がプライを飲み込むほんの数歩手前でプライは右に大きく跳んだ。炎はプライの横を紙一重で通り過ぎる。

 ドラゴンの吐く炎の範囲は通常と比べると、遥かに狭まっていた。だから、プライは避けることが出来た。

「オオオオオオオオオオオ!!」

 雄叫びを上げて、プライが迫る。

「グオオオオオオ!!」

 ドラゴンは、迫りくるプライに爪を振るおうと、腕を高く上げた。

「ウオアアアアア!」

 

 プライは折れた剣をドラゴンに投げつけた。

 

 まさか、剣を投げるとは思っていなかったドラゴンは不意を突かれる。剣が目のまで迫っていてもドラゴンは反応できなかった。


「グア!!」

 折れた剣はドラゴンの右目に突き刺さった。鈍い痛みにドラゴンは思わず顔を伏せるが、直ぐに顔を上げる。

「ガア!?」

 ドラゴンが顔を上げると、そこにプライはいなかった。ドラゴンはプライを探す。

「あああああ!」

 叫び声と同時にドラゴンの右目にズブリとさらに剣が埋め込まれた。ドラゴンの目に新たな痛みが走る。

「グアアア!!」

 プライは死角となったドラゴンの右側から、ドラゴンの顔に張り付くと、右目に刺さった剣を頭突きで、さらに深く突き刺した。

「ウガアアアアアア」

 ドラゴンは、頭を振ってプライを落とす。だが、落ちる寸前。プライは呪文を唱えた。


「シャインソード!」

 

 プライの腕から光の剣が伸びる。光の剣はドラゴンの残った左目に突き刺さった。


「ガアアアア!」

 ドラゴンはさらに激しく頭を振る。プライは振り落とされ、地面に落ちた。

「ぐっ!」

 地面に落ちたプライだが、直ぐに立ち上がり、構える。

「ガアアアアアア、ガアアアアアア!!!!!」

 両目を潰されたドラゴンは、滅茶苦茶に腕を振る。プライがどこにいるか分からず、ただ腕を振っているだけだが、いつかプライに当たるかもしれない。

「ぐはっ」

 だが、プライは動けない。プライも、もう限界だった。このままでは、やられる。プライは覚悟を決めた。その時だ。


「ガアアア……アアア……アア」


 ドラゴンの動きが止まった。巨体がグラリとふら付く。ドオンという轟音と共にドラゴンが倒れる。


 そして、それっきり動かなくなった。


 プライが最後に放った魔法『シャインソード』。プライの腕から伸びた光の剣はドラゴンの眼球だけではなく、頭蓋骨を貫いて、脳に傷を与えていた。

 さしものドラゴンも、脳を傷付けられては生きていけない。


 プライはたった一人でドラゴンを倒すという偉業を成し遂げた。しかし、それを称える見物人も、共に喜びを分かち合う仲間達も此処にはいなかった。



 プライがドラゴンに勝つことが出来た理由は二つある。

一つ目は、薬による身体能力の増強。そして、もう一つはドラゴンの慢心したような戦い方だ。もし最初からドラゴンが本気で攻撃していたら、薬の効果が出る前にプライは殺されていた。薬の効果が出た後でも、ドラゴンが万全の状態で炎魔法を使っていたら、プライは炎魔法を避けきれずに負けていただろう。


 だが、ドラゴンが慢心したような戦いをしたのは偶然ではない。


 ダンジョンにいる魔物は、四十八階層のハーピーを除いて、感情を失っている。一見、感情あるように見える魔物達も、あくまでそのような行動をとるように設定されているに過ぎない。

 この階層のドラゴンも設定によって行動している。

 もし、侵入者が自分より格下である場合、最初から全力を出さない。自分より同格だと判断した場合、全力で戦うが、ダメージを負うまで炎魔法を使わない。そして、相手が自分より各上だと判断した場合、速効で全力の炎魔法を相手に叩きこむ。


 つまり、ドラゴンより弱い相手でも勝つチャンスは与えられていた。


 しかし、例え本気でなかったとしても、ほとんどの人間はドラゴンに勝つことは出来ない。プライも薬によって身体能力を限界まで高めることで、ようやくドラゴンを倒すことが出来た。

「はぁ、はぁ……ぐ、ぐあああああ!」

 そして、今、薬を使った代償がプライを襲う。限界まで高めた筋肉と骨に激しい痛みが走る。体に蓄えられたエネルギーを使ったことによる栄養失調によって、体が動かなくなる。さらに、喰い千切られた腕からは出血が止まらない。

「がは……はぁ……はぁ……」

 プライは動きの鈍くなっている残った腕を懸命に動かして、持っていた袋から回復薬を取り出すと、それを一気飲みした。

「はぁ……はぁ……っ、」

 動きの鈍くなっていた体が先程よりは動くようになる。筋肉と骨の痛みも少しだけ和らいだ。プライは持っていた全ての回復薬を飲み干す。仲間が持っていた分も含めて。

「はぁ……はぁ……、よ……し」

 プライは、よろめきながらも立ち上がる。体は何とか動く。筋肉と骨の痛みも大分マシになった。しかし、今度は喰い千切られた腕から凄まじい痛みが走る。

「が、ぐうう」

 喰いちぎられた腕からは、出血が続いている。回復薬では、なくなった腕までは再生しない。なんとか、出血を止めなければならない。

「ふう……ふう……はぁ」

 プライは倒れているドラゴンに近寄る。死んだドラゴンの口からは、わずかに炎が吐かれていた。

 

 プライは、未だに炎を吐き出しているドラゴンの口に喰い千切られた腕の断面を押し当てた。


「ぐああああああああああああ!!!」

 肉を焼かれる痛み。ジューという音と、肉の焼ける臭いが鼻にツンとくる。あまりの痛みに意識が何度も飛び掛ける。

「はぁ……はぁ、ぐあああああ」

 暫くの間、腕の傷口を焼いた後、プライは、熱でドラゴンの口に張り付いてしまった腕を強引に引きはがした。ベリベリと肉がはがれる度に、また痛みが走る。

「ガハ……はぁ……はは……はぁ」

 プライは傷口を見る。腕の断面からの出血は止まっていた。


 焼灼止血。傷口を焼き、タンパク質の凝固作用で出血を止める方法。プライは、ドラゴンの炎で傷口を焼くことで、強引に止血した。


「はぁ……はぁ」

 プライは、ヨロヨロと歩き出す。頬は痩せこけ、腰は曲がり、足取りは重い。此処での戦いによって、まるで数十年も経ってしまったかのように、プライは老人のような姿に変わり果てていた。

「はぁ……はぁ……待って……ろよ」

 虚ろな目でプライは歩き出す。

「スロウ……ラスト……ヴィー……トニー……アリス……ジェラス……」

 仲間の名前を呟きながら、プライは歩く。最早、正気であるかどうかも疑わしい。

「……待ってろよ……待ってろ」

 それでも、プライは歩き続ける。大切な仲間を蘇らせる為に。


「必ず……必ず……俺が!」


 狂気とも思える強い意志を胸に抱き、プライは四十九階層を後にした。



 剣士プライ=テノン。第四十九階層クリア。




 ナノは目の前にいた魔物を見て、驚愕に目を丸める。

「ドラゴン!?」

 伝説級の魔物が何故、こんな所にいるのか?


「グルルルルルルルルルル」


 ティラノサウルスは、目の前のドラゴンに敵意を剥き出しにして、うなり声を上げる。


 ドラゴンは、ティラノサウルスがこの世界に来て、まだ間もない頃に戦った相手だ。臆病な性格だったティラノサウルス。だが、ドラゴンとの戦いの中で感じた死の恐怖が彼を暴君として覚醒させた。

 ドラゴンはティラノサウルスにとって、因縁の相手だ。

 目の前のドラゴンは勿論、あの時戦ったドラゴンではない。ティラノサウルスもそれは分かっている。しかし、彼は最大の警戒を持ってドラゴンを睨む。


 対するドラゴンは、じっとティラノサウルスを見る。このドラゴンにとっては、ティラノサウルスは初めて見る生物だ。当然、相手の強さは分かるはずがない。


 だが、ドラゴンは目の前の魔物が自分より各上だと瞬時に判断した。


「ガアアアアアアアアアアアア」

 ドラゴンは雄叫びを上げる。その咆哮は凄まじく、ナノを一瞬、硬直させた。ドラゴンが大きく口を上げる。口からメラメラと炎が燃え上がった。

「ガァ!!!」

 ドラゴンの口の中から巨大な炎が噴き出された。巨大な炎が階層中を放射状に広がりながら凄まじい速さで、ティラノサウルスとナノに迫る。

(しまった!!)

 ドラゴンの咆哮に委縮してしまったナノは反応が遅れた。ドラゴンの吐く炎は、炎魔法の中で最強を誇る。魔法で防御したとしても防御魔法ごと焼き尽くしてしまう。

(避け……駄目だ。間に合わない!!)

 空を飛んで避ける時間はもうない。ナノは咄嗟にティラノサウルスの前に出ようとした。彼女の体で、ティラノサウルスの体を覆えるはずはない。しかし、それでもナノはティラノサウルスを炎魔法から庇おうと前に出た。


 次の瞬間、巻き起こった突風によってナノは吹き飛ばされた。


(一体、何が?)

 ナノは起き上がり、前を見る。目の前に飛び込んできた光景をナノは、瞬時に理解できなかった。

(炎が、避けている?)

 ドラゴンの炎はまるで、ドンネルのようにナノを避けて階層中に広がっていた。その後すぐに、ドラゴンの炎が消える。何故、炎がそのような動きをしたのか?階層の中心の光景を見ることで、ナノはようやく理解した。


 ティラノサウルスの牙が、ドラゴンの喉元にガッチリと食い込んでいた。


 

 炎が迫る中、ティラノサウルスは炎の中を突っ切って、ドラゴンに襲い掛かった。ティラノサウルスが動いたことで、起きた衝撃波がナノを吹き飛ばしたのだ。

 さらに、ティラノサウルスの体そのものと衝撃波によって、炎はまるでナノを避ける様に一部がトンネル状となって階層に広がった。


 それは、ティラノサウルスにドラゴンの炎が全く効いていないことを示していた。


 ドラゴンの喉元に噛み付いたティラノサウルスは、そのまま顎の力を強める。ドラゴンの首は締まり、息が出来なくなる。

 ドラゴンは、そんな馬鹿な!という顔をしている。それは、ティラノサウルスが前に戦ったドラゴンと全く同じ顔をしていた。


「ガア……アアアア……アアアア」


 ドラゴンから苦しそうな声が漏れる。しかし、その声も直ぐに聞こえなくなった。


 ゴキ。


 何かが折れる音が階層中に響いた。ティラノサウルスはドラゴンを離す。ドラゴンの体は糸が切れた人形のようにドサリと地面に落ちた。




『なぁんだ』

 ティラノサウルスは、はぁと溜息をつく。こんな相手を警戒していたとは、全くもって馬鹿らしい。緊張して損した。

『弱すぎる』

 あの時戦った翼の生えたトカゲと同じ動物。だが、あの時の動物とは比べものにならない程弱い。相手に噛みついた瞬間、ティラノサウルスには、その理由に見当が付いていた。



『まだ、赤ん坊だ』


 首の骨を折られ、地面に倒れているドラゴンを見て、ティラノサウルスはそう思った。


 ドラゴンは長寿の魔物で数百年以上生きる。だが、ドラゴンは僅か半年ほどで大きくなる。ティラノサウルスの足元に倒れているドラゴンは、生後三か月の時に捕えられて、ダンジョンに連れて来られた。


 ダンジョンにいる魔物は成長しない。このドラゴンも生後三か月のままだ。


 見た目は成体のドラゴンと全く変わらないが、中身はまだ赤ん坊。成体のドラゴンと比べて、力、スピード、防御力、知能、全てが弱い。


『ふぁあ』

 ドラゴンは大きな欠伸をすると、ゴゴゴゴゴゴと次の階層への扉が開いた。


 ティラノサウルスは歩き出す。倒れているドラゴンを踏みつけて、扉の中に入った。


 ドラゴンの凄まじい強さ、それを上回るティラノサウルスの圧倒的な強さ。目の前で起きた光景に唖然としながらも、ナノはティラノサウルスの後を追った。



「大型獣脚類ティラノサウルス及びエルフ族ナノ」、第四十九階層クリア。










 ダンジョン最下層。

 

 そこにいた男は、迷っていた。

「やっぱり『ようこそ、最下層へ!』か?それとも『よくここまで、辿りついたな!』かな?」

 うーんと男は迷う。何せ、ここに来る者はダンジョンが出来てから初めてのこと、最初の一声が大事だ。

「さて、どうするかな?」

 そうこうしている内に、ゴゴゴゴゴゴゴと扉が開いた。

(うーん、やっぱりこっちだな!)

 男は決める。最下層入ってきた男に向かって、満面の笑顔を作るとこう言った。


「ようこそ、最下層へ!」



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