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ダンジョン攻略、その十

『ようこそ、いらっしゃいました。勇敢なる者たちよ』


 四十八階層には何もなく、ただ広い空間が広がっていた。その中心には巨大な砂時計がポツンと置いてある。


 四十八階層に入ると、どこからか聞こえきた。まるで近くで話しているかのように耳元でクスクスと笑う声がする。

 

『会えて光栄ですエルフ族のお方。そして、未知なるお方』


(一体どこから?)

 ナノは周囲を警戒する。だが、声の主は見当たらない。探知魔法を使ってみたが、声の主がどこにいるのかは分からなかった。


『それでは、早速この階層の説明をさせて頂きます。これより皆様にはゲームをしていただきます。そのゲームとは……』


『たった今、皆様それぞれにタブーとなる感情が設定されました』


『説明は以上となります。それでは皆様、時間を測りながらクリアを目指してください』


『只今よりゲームを開始いたします。勇敢なる者達に幸あれ』


 説明が終わると、階層の中心にあった巨大な砂時計がグルリと反転した。砂時計の砂がサラサラと落ち始める。


(感情を抱いてはならないゲーム……)

 ゲームの内容を聞くと直ぐにナノは考えを巡らせた。

(十五個の感情。『怒り、憎しみ、軽蔑、恐怖、嫉妬、愉悦、不快、罪悪感、諦め、孤独、慢心、後悔、悲しみ、歓喜、安心』。その内、自分に設定された感情を抱いたら罰を受ける。しかし、どの感情を抱いた罰となるのかは分からない。ということは、一時間の間どんな感情も抱かないようにするのが一番良い。一時間程度なら可能かもしれない……しかし……)

 ナノは主をチラリと見る。

(主は、先程の言葉を理解できてはいないだろう。もし、理解していたとしても一時間の間、何も感情を抱かないことが主に可能だろうか?)

 主は、感情の起伏が激しい。

 もし、主に設定されたタブーの感情が『怒り』、『憎しみ』、『不快』、『慢心』なのだとしたら、とても危険だ。主がそれらの感情を抑え込むことはないだろう。

(逆に、主に設定された感情が『恐怖』、『後悔』、『孤独』、『悲しみ』だとしたら、ひとまず安心だ)

 主とは無縁の感情。主がそれらの感情を抱くことはないはずだ。以前の主を知らないナノがそう確信していると、主が大きく口を開けた。

「ファア」 

 とても大きな欠伸をすると、主はその場に寝転んでしまった。

「グーグー」

 寝転んで数秒で主は眠ってしまう。

 ナノは驚くと同時に、なるほどと思った。確かに眠ってしまえば、余計な感情を抱かずに済む。

(主は、あの声の意味が分かったのか?)

 それとも、意味は分からなかったが、そうしなければならないと思ったのか?だとしたら、凄まじい勘の良さだ。もしくは、ナノの考え過ぎで、ただ眠くなったから寝ただけなのだろうか?ナノには判断が付かない。

 だが、寝てしまうという対処法は強大な力を持ち、自分に絶対の自信を持つ主だからこそできることだ。ナノにそこまでの自信はない。眠っている間に何かされるかもしれないからだ。

(何かあった時のために、私は起きておこう)

 ナノは出来るだけ、感情を沈めて時が過ぎるのを待った。


「ノ~~」


 砂時計の砂が三分の一ほど落ちた頃、何処からか声が聞こえた。先程の女の声とは違う。男の声だ。

(来たか)

 先程の声の主が何か仕掛けてきたのだろう。

「シャインソード!」

 腕から光の剣を伸ばしたナノは、そのまま周囲を警戒する。


「ナ~~」


 男の声は聞こえる。だが、どこにも姿が見えない。

(どこだ?)


「ノ~~」


 声はどんどん大きくなる。まるで、こちらに近づいて来ているかのようだ。ナノの緊張が高まる。


「ナノ」


 ナノの耳元、すぐ背後から声がした。

「―――ッ!」

 ナノは振り向くと同時に、腕から伸びた光の剣を背後にいる者に突き刺した。ブスリと光の剣が相手の体を貫通する感触が、ナノの腕に伝わる。

(捕った!)

 確かな手ごたえ、致命傷を与えたのは間違いない。だが、次の瞬間、ナノの顔が驚愕に歪んだ。

「ナ~~ノ~~」

 相手は、光の剣に貫かれたままニタリと笑った。

「どうして?」


 ナノが驚愕に顔を歪めたのは、刺した相手が死んでいないことにではない。ナノが驚いた理由。それは刺した相手の顔が良く知っている顔だったからだ。


「久しぶりだなぁぁぁぁぁあああ。ナノオオオオ!」

 その男はニヤリと、歪んだ笑顔を見せる。嗜虐的でどこまでも利己的な表情。


 ナノを奴隷として長年苦しめていた奴隷商人の男がそこに立っていた。


(ありえない。絶対にありえない)

 ナノは、奴隷商人の男から大きく距離を取ると何度も頭を振った。

(アイツは私が殺した!)

 奴隷商人の男はナノが自身の手で殺した。主が投げ飛ばした樹の下敷きなっていた奴隷商人の男をナノは魔法で燃やしたのだ。

(生きているはずがない。ましてやこんな所にいるはずがない!)

 ナノは、目の前にいる奴隷商人の男を鋭い目で睨む。

(これは、幻覚だ)

 目の前に本当は誰もいない。恐らく、魔法で幻覚を見せられているのだ。

(私の感情を揺さぶるためか!)

「ナ~~ノ~~」

 奴隷商人の男はニヤニヤしながら、ナノに近づいて来る。その歪んだ笑顔はナノの記憶にある顔と全く同じだ。

 二度と見なくて済むと思っていたその顔に、ナノはひどい不快感を覚える。

(駄目だ!)

 ナノは頭を振る。こんな幻覚に心を惑わされてはいけない。ナノは既に『不快』な感情を抱いてしまった。幸い、ナノの体に異変はない。ナノに設定されたタブーの感情は『不快』ではなかったようだ。

「ナ~~ノ~~。ド~シタ~?御主人様にちゃんと挨拶しろよ」

「黙れ!」

 ナノは奴隷商人の男に掌を向ける。

「ファイアボール!」

 ナノが呪文を唱えると、奴隷商人の男に向けていた掌から火球が放たれた。放たれた火球は真っ直ぐ奴隷商人の男に向かっていく。

 しかし、火球は奴隷商人の体を通り抜けると、背後の壁に命中して爆発した。

「やはり、お前は幻覚だ!」

 今度は、ナノが奴隷商人に向かって、ニヤリと笑う。

「幻覚だと分かった以上、何も恐れることはない!」

 ナノはチラリと横目で主を見る。主は気持ちよさそうにグーグーとイビキを上げて眠っている。

「今の私には、マルスがいる。お前は、もう私の主ではない!」

 奴隷商人の歩みが止まった。その顔には先程までの気味の悪い笑顔はない。面を被ったような無表情となっている

「とっとと、消えろ!」

 ナノは奴隷商人に叫ぶ。ナノの叫びを聞いた奴隷商人は上を見上げた。そのまま奴隷商人は消えてしまうかと思われた。


 だが、奴隷商人は消えなかった。

「くくく」

 奴隷商人から小さな、笑い声が聞こえる。

「くくくくく、くふふふふうふふ」

 笑い声は少しずつ大きくなる。奴隷商人の肩が震えだした。

「ふふふふふふふふ、ふふふふふふ、ああああああはっははははははははははは!」

 奴隷商人は遂に大声で笑い出した。子供のように腹を抱えて笑っている。


「何がおかしい!」

 大声で怒鳴ってしまった後、ナノは『後悔』してしまった。つい『怒り』を感じてしまったからだ。しかし、何かが起きる気配はない。『怒り』も『後悔』もナノに設定されていたタブーの感情ではなかった。

 ナノは、ほっと息を吐く。

「あああああはっは……あはは……はっははっはは……ははは……はは……」

 奴隷商人は笑うのを止めた。だが、気味悪い笑みはそのままだ。

「もう俺が主人じゃないだと?違うな。お前はまだ、俺の所有物だ」

 奴隷商人の言葉にナノは、眉根を上げる。

「……何を言って……」

 奴隷商人の男はナノを指差す。正確にはナノの首を指差した。


「首にはめてあるソレがある限りはな!」


 ナノは、はっとして自分の首を触る。ナノの首には彼女を縛り続けていた首輪がはめられていた。


(違う、これは幻覚だ)

(本当に、幻覚か?本物なんじゃないのか?)

(いや、どう考えても幻覚だ)

(いや、もしかして、幻覚に気を取られている内に本物を首に付けられたのではないのか?)

(馬鹿な、ありえない。そんな隙などなかった。これは幻覚だ)

(幻覚だとしたら、何故、触った感触がある?本物だからではないのか?)

(先程もあの男を貫いた感触があった。感触も再現できる強力な幻覚だ)

(見えるし、触れる。それは、本物とどう違う?)

(本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?本物?幻覚?) 


 ナノの頭の中がグチャグチャになる。思考が空回りして、動くことが出来ない。

 奴隷商人は気味の悪い笑みを浮かべたまま、ゆっくりと口を開く。そして、悪魔の呪文を口にした。


「『ロック』」


 その言葉を耳にした瞬間、ナノの脳裏に今までの記憶がフラッシュバックする。まるで、昔に戻ったかのように、奴隷として苦しんだ過去が鮮明に蘇る。

 心臓を鷲掴みされたかのように胸が苦しい。

 四十一階層でナノは過去の自分と対峙した。ナノは首輪をはめている過去の自分をなんて弱いのだろうと思った。情けないと思った。

 だが、再び首輪をはめたナノは、あの時の自分に戻ってしまった。弱かった自分に戻ってしまった。

「マ、マルス……」

 ナノは縋りつくように主を見る。だが、ティラノサウルスはグーグーと眠っていた。

 当然だ。ナノはティラノサウルスに勝手に付いて来ているに過ぎない。ナノの苦しみなどティラノサウルスには何の関係もないのだ。

「あ、あああああ」

 昔に戻ってしまったナノをある感情が襲う。昔のナノは何時もその感情に苦しめられていた。


「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」


 女の声が階層に響き渡る。


「その方に設定されていたタブーの感情は『恐怖』。只今より、その方には罰を受けていただきます」


「くっ!」

 ナノの腕に鋭い痛みが走る。 ナノが腕を見ると、そこにあるはずの腕の一部が消失していた。

「!?」

 ナノ腕は、まるでそこだけ消しゴムで消しているかのように消えていた。残った部分の腕は空中に浮いており、指なども自由に動かすことが出来る。

「モシトレ、フライテル?(一体、これは?)」

 今度は足に痛みが走る。足を見ると、腕と同様に一部だけが消失していた。

(これも幻覚か?いや、違う!)

 ナノは消失した部分に手を当ててみるが、その部分に触れることは出来ない。やはり、幻覚ではない。

「グッ、ウッ!」

 ナノの体中に痛みが走る。体中の至る所が消失し始めていた。

(これは、魔法なのか?)

 こんな魔法は、見たことがない。体の消失は加速し始め、痛みもどんどん大きくなる。

「うああああああああ!」

 叫び声を上げるナノ。このままでは、いずれ体全体が消失してしまう。

「はははははは、あははははっははは!」

 奴隷商人の男は消えていくナノを見て、愉快そうに笑い続けた。


 

『うるさいな』

 フウァと大きな欠伸をして、ティラノサウルスは目を覚ました。ムニャムニャとまだ覚醒していない頭で、周りを見渡す。

「ああああああああああああああ!!」

 いつも、自分に付いて来る空を飛ぶ二本足の動物が、叫び声を上げていた。

 よく見ると、体の所々が消えている。そして、消えている範囲はどんどん広がっていく。空を飛ぶ二本足の動物の傍には、別の二本足の動物が笑っていた。

「ああああああああああああああ!」

 空を飛ぶ二本足の動物の叫びが大きくなる。その声は、とても耳障だ。


「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」


 女の声が階層に響く。


「その方に設定されていたタブーの感情は『怒り』。只今より、その方には罰を受けていただきます」


「あああああああああああ!」


 叫び声と、何処からか聞こえてくる声。うるさくて眠れない。

「あ、あああああああああ!」

『ああ、もう!うるさい!』

 ティラノサウルスは大きく口を開けると、そのまま魔物の少女に襲い掛かった。


「な、何故?」


 魔物の少女は苦痛と恐怖、そして驚愕に顔を歪める。その体には何本もの牙が突き刺さっていた。


「ど、どうして……ですか?」

 

 牙から逃れようと、魔物の少女はもがく。しかし、牙はピクリとも動かない。魔物の少女は絞り出すように、声を出した。


 

「どうして、私の居場所が分かったのですか?」

 

 体の消失に苦しむナノと奴隷商人の幻覚を無視して、ティラノサウルスは部屋にあった巨大な砂時計に牙を突き立てた。


 ティラノサウルスの牙が突き刺さった瞬間、砂時計はグニャリと歪んだ。そして、魔物の少女へと姿を変えた。


 ティラノサウルスが咥えている少女。その顔はとても美しい。その顔を見ただけで多くの者が恋に落ちるだろう。しかし、少女の首から下を見た者は、驚きに目を丸めることだろう。

 少女の首から下は、その美しい顔とはかけ離れた姿をしていた。首から下は羽毛で覆われ、腕の代わりに巨大な翼が生えている。三本指の足には猛禽類のような鋭い爪が備わっている。

 少女の首から下。それは、巨大な鳥の形をしていた。


 ハーピー。

 首から上が人間で、首から下が鳥の形をしている魔物。知能がとても高く。多くの魔法を操ることが出来る。数百年前から目撃例が途絶えており、野生のハーピーは絶滅したとされている。


 ハーピーは、複数の魔法を同時に使用できるという特技を持っている。

『姿を消す魔法』と『攻撃魔法』同時に使えば、姿を消しながら相手に攻撃することが出来る。また、『姿を消す魔法』と『火を操る魔法』を同時に使うことで、『見えない火』を生み出すことも可能となる。

 通常のハーピーが使える魔法は百種類から三百種類。同時に使える魔法は、平均して五個から六個。だが、この階層にいるハーピーが使える魔法は千種類を超え、最大、十一個の魔法を同時に使用できる。


 この階層にいるハーピーが使用していた魔法は、以下の三つ。


 相手に幻覚を見せる『幻覚魔法』。

 相手に特定の事象に対する疑惑の気持ちを抱かせない『不疑惑魔法』。

 禁止した行動をとった相手に回避不可の魔法が襲い掛かる『禁忌魔法』。


 この三つの魔法の中で、特に恐ろしいのが『禁忌魔法』だ。


 まず、ハーピーは相手に『この行動をとってはいけない』タブーとなる行動を告げる。もし、相手がタブーと設定した行動をとった場合、相手には回避不可の強力な魔法攻撃が襲い掛かる。

 ハーピーが設定できるタブーに制限はない。

『目を開けてはならない』『動いてはいけない』『眠ってはいけない』など、相手がやろうと思えばできることばかりではなく、『息をしてはいけない』『心臓を動かしてはいけない』など、タブーとされれば生きていけないことでもタブーとして設定することができる。


『禁忌魔法』と『不疑惑魔法』はハーピーの中でもごく少数の者しか知らない秘術である。他の魔物はおろか、人間でさえ、その存在を知る者はいない。


 この階層のハーピーは『幻覚魔法』で自分の姿を巨大な砂時計に見せる。次に『不疑惑魔法』で“巨大砂時計が魔物である”という疑惑を相手から消し去る。最後に十五個の感情の中から一つをランダムにタブーに設定した『禁忌魔法』を階層に侵入者に掛けていた。

 

『不疑惑魔法』を使っている限り、砂時計の正体が魔物だと思うことすらできない。故に絶対にハーピーが見つかることはない。


 はずだった。


「ギャア…アアアアアアアア!」

 ティラノサウルスが顎に力を込めると、鋭い歯がさらにハーピーに食い込む。

「がはっ!」

 ハーピーの体から大量の血が地面に落ちる。ハーピーの顔が更なる苦痛と恐怖に歪む。

 ダンジョンにいる魔物はもう既に死んでいる。彼等は動く屍人形と化しており、淡々と階層への侵入者を倒すように設定されている。

 一見、感情あるように見える魔物達も、あくまでそのような行動をとるように設定されているに過ぎない。ティラノサウルスに噛み潰されかけているハーピーも通常なら痛みは感じても恐怖は感じないはずだった。


 だが、このハーピーには一部感情が残ってしまっている。


 この階層のハーピーは相手を操る『操作魔法』を無効化する魔法を習得している。この階層のハーピーは死ぬ直前に自身に『操作魔法無効化』の魔法を掛けていた。『操作魔法無効化』の魔法は死後も幽かに残る。その影響で、このハーピーには僅かながらの感情が残っていた。

 このハーピーに僅かに残った感情は『喜び』と『恐怖』、そして『驚愕』。『退屈』や『不満』といった感情は残っていないため、何百年も階層に閉じ込められても、発狂することはなかった。

 だが、今回はその残った感情が仇となり、彼女を苦しめる。


「ど、どうして……何故……貴方は……死なない……のですか?」

 

 この巨大なトカゲは、タブーとして設定されていた『怒り』の感情を確実に抱いた。『怒り』の感情を抱いた者は魔法の炎に飲まれて焼け死ぬ。そう、設定されていた。

「あり……え……ない」

『禁忌魔法』に設定されているタブーを破った者に襲い掛かる魔法は回避することも防御することも出来ない。

 それなのに、この巨大なトカゲの体からは炎どころか煙すら出ていない。

 ハーピー言葉の意味が理解できなから、魔法が発動しないのか?違う。『禁忌魔法』の発動条件は、確かに『相手にタブーとなる行動を告げる』ことだ。だが、相手がハーピーの言葉を理解している必要はない。ただ、ハーピーがタブーとなる行動を相手に告げるだけで『禁忌魔法』の発動条件は揃う。

 では何故、『禁忌魔法』が発動しないのか?高い頭脳を誇るハーピーでも答えを出すことはできなかった。

「ガ……ハ、ガ……グハ!」

 ハーピーの体がメキメキと音を立てて潰れていく。痛みは限界を迎え、恐怖心はどんどん大きくなっていく。

 ハーピーは痛みを堪えながら、魔法を放つ。

「『エレキ・ドレイク!』、『パープル・ドレイン!』、『パラサイト・インセクト!』、『ダーク・マータ!』、『ファイアー・レスサイト!』、『サイレント・モール!』、『アイス・エイジ』、『サンド・クイック!』、『サイン・グラビティ!』『スモール・ワールド!』、『ブラッド・プール!』」

 ハーピーは使える千の魔法の内、攻撃性の高い十一個の魔法を同時に繰り出した。


 メキメキメキメキ。


「な……ん……で」

 ハーピーが使った魔法は一つとしてティラノサウルスには通用しなかった。

傷つけることも、操ることも、燃やすことも、消すことも、小さくすることもできなかった。ハーピーの表情が恐怖から驚愕に変わる。

「ガ……アアア……アアアアアアアア!」

 ハーピーの体はさらに潰れていく。そして、メチャという音と共に完全に潰された。

「ペッ!」

 ティラノサウルスは、ハーピーを地面に吐き捨てる。潰れたハーピーの体はベチャリと地面にへばり付き、血が周りに飛び散った。


 ティラノサウルスがハーピーを噛み潰すと、ナノの体の消失が止まった。

 そして、消失した部分が急速に元に戻り始める。一分程でナノの体は完全に元に戻った。全身に走っていた痛みも、すっかり消えている。

 ナノは、はっとして周りを見るが、奴隷商人の男はもうどこにもいなかった。


 ダンジョンにいる魔物は、どんな傷を負っても再生する。ティラノサウルスに噛み潰されたハーピーの体も再生し始めた。

 ハーピーの体が半分程回復した時、ティラノサウルスはハーピーを踏み潰した。グチャと肉が潰れる音がする。

『よっこいしょ』

 さらにティラノサウルスは、そのままハーピーの上に寝転んでしまった。数トンもするティラノサウルスに上に乗られたハーピーの体は、再生することが出来ない。

「グーグー」

 ティラノサウルスは、そのままハーピーの上でイビキを立てる。ようやく静かになった。ティラノサウルスは、満足して再び眠りについた。


 一時間後、ティラノサウルスが目を覚ます。


『どっこいしょ』

 ティラノサウルスが立ち上がると、下敷きとなっていたハーピーの体が再生を始める。

「一時間……が……経過しました」

 頭部のみ再生したハーピーが口を開く。ゲームが開始してから一時間経過すると自動的に話す様に設定されたセリフだ。

「これ……にて、ゲームは……終了です。生き……残っている……方はクリアと……なります。お疲れ……様でした」


 ゴゴゴゴゴゴと次の階層への扉が開く。


 その瞬間、ティラノサウルスの鼻にある匂いが届いた。


「クリア……おめで……とうございます。勇敢なる者に幸あ……」


 バン。


 『うるさい』と言わんばかりに、ティラノサウルスの巨大な尾がハーピーの頭を叩き潰した。


 ナノがティラノサウルスにゆっくりと近く。恥ずかしそうに、申し訳なさそうに、ナノは目を伏せている。

 ティラノサウルスにナノを助ける意思があったのかどうかは分からない。だが、ティラノサウルスがハーピーを倒さなければ、確実にナノは死んでいた。

「マルス、トロウレイクルトイクロモタ……(王、なんとお礼を言ってよいか……)」

 ナノは意を決したように顔を上げる。

「アモコロテイゴザモア……(ありがとうござい……)」

 

「グルルルルルルルルルルルルル」


 ティラノサウルスを見上げたナノは思わず息を飲む。ティラノサウルスは、開いた扉を見て唸っていた。鋭い歯をむき出しにし、目は殺気を放っている。

 こんな主を見るのは初めてだ。そのあまりの迫力に驚いたナノは、最後まで礼を言うことが出来なかった。


 嫌な匂い。扉が開いた瞬間、ティラノサウルスの鼻にその匂いが届いた。匂って来たのは、この先の階層にいる魔物の匂い。


 ティラノサウルスは、その魔物を知っている。


「グルルルルルルルル」


 低いうなり声を上げながら、ティラノサウルスは扉を通る。ナノは、その後を恐る恐る追った。



「大型獣脚類ティラノサウルス及びエルフ族ナノ」、第四十八階層クリア。



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