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ダンジョン攻略、その九

「うあああああああああああああああああああああ!」

 

 絶叫が聞こえた。その声に驚いたプライ達が振り向くと、信じられない光景が目に飛び込んできた。


 プライ達が見たもの。それは、床に沈んでゆくジェラスの姿だった。


「ウアアアああ……あああああああ、ああああああああああ、た、助けて!」

 まるで、底なし沼に落ちたかのように、ジェラスの体は沈んでいく。ジェラスは必死にもがく。しかし、もがけばもがくほど、体はどんどん沈んでいく。


「ジェラス!」


 プライ、アリス、ヴィー、トニーがジェラスの手を掴み必死に引っ張る。だが、ジェラスを引き抜くことが出来ない。

「何だよ、これ!?」

「これも幻覚か!?」

「いいえ、違います。これは……幻覚じゃない!」

 ジェラスの体は既に胸まで沈んでいる。このままでは、あと三十秒もしない内に全身が沈んでしまう。

「アリス、床を凍らせてくれ!」

「分かりました!皆、離れてください!」

 プライ達がジェラスから離れる。同時にアリスが呪文を唱えた。

「フリーズ・アイス!」

 アリスが呪文を唱えると、床がピキピキと凍り始めた。氷はジェラスの体をギリギリで避け、彼の周りの床だけを凍らせていく。

 床が液状になっているのなら、これでジェラスが沈むのを止められるはずだった。

「うああああわあああああ!」

 床は確かに凍った。だが、ジェラスの体は沈み続けてゆく。このまま、床を凍らせていても意味がないと判断したプライは、アリスに命じる。

「アリス、魔法を解除!」

「はい!」

「ヴィー!床を壊してくれ!」

「分かった!」

「私も、まだやれます!」

 ヴィーもアリスも消耗している。しかし、ジェラスを助けるため、二人は気力を振り絞り、魔法を放つ。

「ストーン・デスト!」

「シャイン・デド!」

 ヴィーから石の弾幕が、アリスからは光の弾幕が放たれる。だが、ヴィーとアリスが放った魔法は、まるで水に落ちたかのように全て床に吸い込まれてしまった。

「くそ!」

「ああ……あああ……ああ……」

 遂にジェラスの体は口まで沈んでしまった。床を破壊することは出来ない。プライ達は

再び、ジェラスの腕を掴んだ。

「ジェラス!頑張れ、ジェラス!」

 必死に呼びかけるプライ達。しかし、無情にもジェラスは頭まで沈んでしまった。プライ達が掴んでいる右腕だけが、床から出ている。最早、プライ達にできるのは、その腕を引っ張る事だけだった。その腕も床に沈んでゆき、見えるのは指のみとなる。

 プライ達は諦めず、指を掴み引っ張るが無駄だった。床はズズズズズとジェラスの指だけを飲み込んでいく。


 やがて、ジェラスの指はプライ達の手を残し、完全に沈んでしまった。


「ジェラス!ジェラス!」

 プライ達は何度も床を叩く。だが、床はビクともしない。どんなに叩いても、どんなに魔法を撃ち込んでも、決して壊れることはなかった。

「くっそおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 憎しみと悲しみに塗れたヴィーの叫び声が階層中に木霊した。


 ジェラスは優秀な魔法使いだった。しかし、口数が少なく人付き合いが苦手だった。人との人の輪に入ることが出来ず、いつも一人で魔物を狩っていた。

 そんな、ジェラスをプライが仲間に誘った。

 プライ達と出会い、初めて彼にも仲間が出来た。チームでの戦闘は、一人でやる戦闘と全く違う。チームでの戦闘は仲間と足並みを揃えねばならず、魔物を討伐しても報奨金は仲間と山分けしなければならない。

 その代わり、一人では狩ることのできなかった魔物も狩ることが出来るようなった。何より、成功を仲間と一緒に喜ぶことが出来る。こんな自分でも仲間の役に立てる。一人だけでは、決して味わうことのできない感覚。それを感じることが出来たのがジェラスには一番嬉しかった。

 だが、口数が少なく仲間と上手く話せないジェラスは、次第に孤独を感じるようになった。自分は本当に、このメンバーの一員でいいのだろうか?そう思うようになっていった。

 ジェラスが、最も孤独感を感じたのは、プライが皆を鼓舞する時だった。

『頑張ろう!』

『俺達ならやれる!』

 プライが仲間を鼓舞する時、他の皆は仲間意識が高まる。しかし、ジェラスだけは逆だった。仲間になじめない自分は、此処にいてもいいのだろうか?皆の仲間と言えるのだろうか?という想いがプライの鼓舞を聞くと、ますます強くなった。

 ジェラスが、そんなことを考えていたことに仲間達は誰も気付けなかった。ヴィー、トニー、アリス、ラストは、もちろんのこと、リーダーのプライもメンバーの悩みを聞いていたスロウですら、彼の苦しみに気付けなかった。


「ジェラス!ああ、そんな……、そんな!」

「ちょくしょう!誰だ!誰がやった!?姿を見せろ!!」

「助け……られなかった。ごめん、ジェラス……ごめん」

 ジェラスを失い悲しむ者、ジェラスを殺した犯人を憎む者、ジェラスを助けられなかったことに罪悪感を抱く者。ジェラスは確実に仲間達から大切に思われていた。しかし、彼がそれに気付くことは、最後までなかった


 泣き叫ぶ仲間達。その中で唯一、頭を回らせていたのは、リーダーのプライだけだった。


(馬鹿な!何故?……もう終わったはず……)

 プライは考える。そして、思い至る。

(まさか、まだ終わっていない?)

 プライは考える。そして、疑問に思う。

(何故だ?何故まだ終わっていない?)

 プライは考える。そして、さらなる疑問が湧く。

(確かに、砂時計の砂は全て落ちた。なのに……)

 プライは考える。そして、気付く。

(……砂時計?……)

 プライは思い出す。あの声はゲームの説明をする時、何と言っていた?


『それでは皆様、時間を測りながらクリアを目指してください』


(時間を測りながら?……しまった!)

 先入観。てっきり、あの砂時計の砂が全て落ちれば一時間経つものだと思い込んでいた。しかし、あの声はそんなこと一言も言っていない。

『時間を測りながら』

 プライ達は砂時計ではなく、自分達で時間を測らなければならなかったのだ。

(何てことだ……)

 プライは頭を押さえる。もっと早く気づいていれば、プライに『後悔』の感情が芽生えかける。しかし、そこでプライは、はっとした。ゲームは、まだ終わっていない。ということは……。


「皆!何も考え……」


 プライの指示は遅かった。

 いや、例え間に合ったとしても、その指示を守れた者はいなかっただろう。仲間を目の前で失って何も感じずにいられる者など「シン」のメンバーの中にはいないのだから。


 悪魔の声が、また聞こえた。


「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」

「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」

「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」


 悪魔の声は全く同じセリフを続けて三度言った。それは、最悪の事態が起きてしまったことを示している。


(しまっ……)


「その方に設定されていたタブーの感情は『憎しみ』。只今より、その方には罰を受けてもらいます」

「その方に設定されていたタブーの感情は『悲しみ』。只今より、その方には罰を受けてもらいます」

「その方に設定されていたタブーの感情は『罪悪感』。只今より、その方には罰を受けてもらいます」




「ぎゃああああああああああああああああああああああああ!」


 突然の悲鳴。見るとヴィーの体が燃え上がっていた。ヴィーの体についた炎はあっという間に、体全体を覆っていく。

「ヴィー!」

 プライはヴィーに近づくが、全く熱くない。ヴィーの体と衣服のみが燃えている。これは通常の炎魔法ではない。対象のみを燃やす上位の炎魔法だ。


「あああああああ!!!!!」

 突然、アリスの腕と足が氷漬けとなった。氷がジワリジワリとアリスの体を覆っていく。

「アリス!」

 プライはアリスに近づくが、全く冷たくない。アリスの体と衣服のみが凍っていく。これは通常の冷凍魔法ではない。対象のみを氷漬けにする上位の冷凍魔法だ。


「ぐああああああああああ」

 突然、トニーがうつぶせに倒れた。トニーは上から降り注ぐ見えない力で潰されていた。

「トニー!」

 プライはトニーに近づくが、プライは何も感じない。トニーの体と衣服のみが潰されていく。通常の重力魔法ではない。対象のみを潰す上位の重力魔法だ。


 ヴィー、アリス、トニーの三人が同時に罰を受けていた。


「うあああああああああ!」

「きゃああああああああ!」

「ぐあああああああああ!」


 三人が悲痛な叫び声を上げる。プライは混乱しながらも必死で考える。

(誰だ!?誰を助ければいい!?)

 考えたのは、数秒。答えが出ると、体が勝手に動いた。


 プライは、氷漬けになり掛けているアリスの元に全速力で向かった。


「あああああああああ」

 アリスの腕と足は完全に氷漬けとなっていた。その氷は徐々にアリスの胴体や顔にまで登って行く。

「アリス!魔法は使えるか?」

 プライはアリスに問う。魔法が使えるなら中からこの氷を砕けるかもしれない。だが、アリスは首を横に振った。

「だ、駄目です。魔法が……魔法が使えません!」

(くそ!)

 予想はしていた。アリスには恐らく冷凍魔法だけではなく、魔法を封じる『封魔法』の効果も掛かっている。

 プライは氷に剣を振った。数多くの魔物を屠ってきたプライの剣技が氷に当たる。しかし、氷はビクともしない。これもタダの氷ではない。上級魔法によって創造された氷だ。そうやすやすとは砕けない。

「うおおおおおおおおお!」

 プライは何度も剣を振るう。しかし、剣は氷に弾かれるだけだ。そうしている間にも氷は、アリスの体を登って行く。もう既に、アリスの体は首から下までが氷漬けとなってしまっている。

「ぎゃあああああああああああああああああ!」

 ヴィーの叫びが耳に入る。

「がああああああ……プ……ライ。プラアアアアアアアアアイ!」

 トニーは、必死にプライを呼ぶ。

 しかし、プライは下唇を噛みながらそれを無視した。

 プライにとって、仲間の命は平等だ。そこに優劣をつけたことなど今まで一度もない。しかし、今優先すべきは魔法使いのアリスだ。

(アリスの『ホーリー。ウォーター』。これが、あればヴィーを助けられる!)

 ホーリー・ウォーター。

 回復魔法と水魔法の両方に属する魔法で、魔法の水を造ることができる。この水は傷を治し、病気を治癒させる効果の他に、魔法で造りだされた炎を撃ち消す効果も持っている。

 そして、ホーリー・ウォーターを使えるのはアリスだけだ。

(ヴィーが助かれば、『アンチ・グラビティ』でトニーを助けられるかもしれない!)

 アンチ・グラビティは重力とは逆方向に力を掛ける魔法だ。今、トニーには上から力が降り注いでいる。その力に『アンチ・グラビティ』を掛けて力を相殺させる。それが、プライの考えだった。


 プライの下唇から血が流れる。

「うおおおおおおおおおおおおおおおお!」

 プライは渾身の力を籠め、何度も何度もアリスを覆っている氷を叩く。しかし、氷の勢いが衰えることはなかった。

「プ、プラ……イ、た、たすけ……」

 アリスの言葉は口まで上ってきた氷によって、塞がれた。

「うああああああああああああ!!!」

 プライは、剣を振り続ける。最早、剣技など関係なかった。ただ、力任せに剣で氷を叩き続ける。

 アリスの目から、一滴の涙が流れた。その涙もすぐに凍りつく。氷はアリスの顔をさらに登り、頭まで到達する。アリスの体は、その全身が完全に氷に包まれた。

 まるで彫刻のように、その顔は恐怖と悲しみに塗れた表情で、固まっていた。


「アリス!アリス!ちくしょう!」

「があああ、あああああああ!」

 氷漬けとなったアリス。そのアリスを見て、怒りと哀しみに顔を歪めるプライの耳にヴィーの叫びが入ってきた。プライはアリスの死を悲しむ暇もなく、ヴィーの元に向かった。


「ぎゃああああああああ!」

 ヴィーは悲鳴を上げながら、地面を転げ回る。プライは上着を脱ぐと、ヴィーの体を何度も上着で叩いた。その行為は無駄だと分かっていた。上級の炎魔法がこんなことで消えるはずない。だが、何もしないでいることなど出来ない。

「ヴィー!ヴィー!」

 プライは必死に呼び掛ける。その時、地面を転げ回っていたヴィーの動きがピタリと止まった。

「ああ…ア……アア……」

 ヴィーは呻きながら縋りつくように、プライの腕を掴む。未だ燃えているヴィーをプライは抱き起した。やはり、炎がプライに燃え移ることはない。

「おい、ヴィー!死ぬな!死ぬなよ!」

「ア……ああ……アアア」

 プライはパクパクと口を動かしたが、その口から言葉が出ることはなかった。

 ヴィーの黒く変色した腕が力を失ってダラリと、垂れる。それと同時にヴィーの体を覆っていた炎が消えた。

「お……い、ヴィー?ヴィー!!」

 プライはヴィーの体を揺すり、大声で叫ぶ。しかし、返事が返ってくることは二度となかった。


「があああああああああ……あああああ……ああああああああああ」

「トニー!!!!!!」

 プライは、トニーの元に向かう。せめて、せめてトニーだけは助けたい。

「ああああ…ああああああああ」

「トニー!」

(くそ、俺が『アンチ・グラビティ』が使えたなら……)

 アンチ・グラビティを使えるのはヴィーとジェラスの二人だけだ。だが、もう二人はいない。

「ウガアアアアアアアアア!!」

 トニーに降り注ぐ見えない力は、徐々にその力を増していく。

「トニー!」

 プライはトニーに覆いかぶさった。見えない力から、トニーを守るために。しかし、見えない力は、トニーのみを潰していく。


「うぎゃ、あぎいいいいいいいいいい!!」

 メキメキとトニーの体が潰れていく。皮膚も筋肉も骨も内臓もトニーの全てが潰れていく。

「ゴボ、ゴババババババアアアアアアアア!!!!!!!」


 ベシャ。


 まるで馬車に潰された蛙のように、あっさりと、トニーの体は潰れた。



 プライは膝から崩れ落ちる。さっきまで、話をしていた仲間達。さっきまで生きていた仲間達。だが、今は誰もいない。さっきまで、四人いた。でも今はプライ一人だけだ。

「うあああああああああああああああああああ!」

 プライの叫びが階層に響く。それを心配する者も慰める者も、今はもういない。


 仲間の死を悲しむプライ。その感情はやがて、仲間を助けられなかった自分自身への怒りに変わる。そして、その感情はさらに変化する。

 

 何故、仲間をここに連れてきてしまったのだろう?何故、ダンジョン攻略など目指したのだろう。何故、名誉など求めたのだろう?

 プライの自分自身への怒りは、『後悔』に変わろうとしていた。


「たった今……」


 悪魔の声がプライの耳に入った。


(ああ、俺も死ぬのか)

 プライは死を覚悟した。

 クダンの予言には、「シン」のメンバー七人のことが全て予言されていた。皆が死んだ時の状況を考えると、


『一人は己に負け』はスロウ。

『一人は仲間を恨み眠る』はラスト。

『一人は悲しみに凍り』はアリス。

『一人は憎しみに燃え』はヴィー。

『一人は罪悪感に潰され』はトニー。

『一人は孤独の闇に飲まれる』はジェラス。


『そして罪人のリーダーは未来永劫後悔に苦しむ』はプライのことを指している。


 プライに設定されているタブーの感情は『後悔』。


 プライは、今『後悔』している。一度『後悔』してしまった以上、もう遅いだろう。

(皆、ごめん)

 あの世で皆に謝ろう。ごめん、本当にごめん。そう言って、何度も土下座しよう。許してくれるか分からない。でも、謝り続けよう。

 そう決心すると、プライは静かに目を閉じた。





 

 

「一時間が経過しました」


「これにて、ゲームは終了です。生き残っている方はクリアとなります。お疲れ様でした」


 ゴゴゴゴゴゴと次の階層への扉が開いた。


「クリアおめでとうございます。勇敢なる者に幸あれ」


 それっきり、悪魔の声は何も言わなくなった。


 プライは、静かに目を開ける。

「ぷっ」

 プライは思わず、吹き出す。そして、大声で笑い始めた。

「ふ、ふふ、ふふふ、ふふ、あははははっはははははっははは!」

 プライは一人で笑い続ける。床を転がり、壁を叩き、腹を抱えて笑い続ける。

「あははははは……はは……ははははははははは……ははは……はぁあ」

 大声で笑ってい続けていたプライは、大きく息を吸って再び目を閉じる。

(俺は、生き残ったのか……)

 ゆっくり目を開ける。プライはいつもの彼に戻っていた。

(何故、生きている?予言はどうなった?)

 アリスがいれば、知恵を貸してくれただろう。それどころか、答えを思いつくかもしれない。だが、アリスはもういない。プライは自分で考えてみたが、頭が上手く回らず答えを出すことは出来なかった。


 ヴィー、アリス、ジェラスの遺体が光り始める。遺体の放つ光は段々と強くなり、まばゆい光となり消えた。光が消えた後、そこにもう仲間達の姿はなかった。

 仲間達が消えたのを見て、プライは立ち上がる。

「さぁ、行こう」

 それは、仲間に言ったのか、それとも自分自身に言ったのかプライにも分からなかった。


 プライはそのまま、四十八階層を後にする。階層には砂が落ち切った巨大な砂時計だけが残っていた。



 ダンジョン攻略メンバー「シン」。第四十八階層クリア。



 残り、一人。 




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