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ダンジョン攻略、その八

 次の階層に行くまでの間、誰も言葉を発することはなかった。死んでしまった二人の仲間。その死が彼らに重くのしかかる。

 仲間を二人も失ったことは、当然戦闘にも大きく関わってくる。スロウを失ったことで近接戦闘の戦力は大幅に下がり、ラストを失ったことで、遠距離戦闘の戦力が大場に下がってしまった。

「シン」は、仲間が負傷した時のことを想定した訓練も今まで行ってきた。

 例えば、スロウが戦えなくなった場合はプライが近接戦闘の穴を埋める。ラストが戦えなくなった場合はアリス、ヴィー、ジェラスの三人の魔法使いが遠距離戦闘の穴を埋めるといった具合だ。

 しかし、それはあくまで訓練。「シン」のメンバーは皆優秀な冒険者であったため、今まで仲間が大きな負傷を負うということがなかった。


 つまり、実際に仲間の誰かを失った状態で戦闘をするのは、今からが初めての経験なのである。しかも、二人を失った状態での戦闘は訓練でもほとんど行っていない。


 さらに問題なのは、アリスがラストの最後の言葉(死への恐怖による混乱での言葉だとしても)に大きなショックを受けていることだ。

 魔法は感情によって大きく左右される。今のままだと、アリスの魔法の威力は普段より確実に弱くなってしまうだろう。アリスが戦えないとなれば、実際に戦えるのはプライ、ヴィー、トニー、ジェラスの四人だけとなってしまう。

(なんとかして、アリスを立ち直らせなければ……)

 そう思う、プライだったが、アリスにどう言葉を掛けていいのか分からない。アリスが負った心の傷は。一朝一夕で治るものではない。


 暗い沈黙の中、次の階層に辿りつく。第四十八階層。此処をクリアすれば残りはあと二階層だ。


 ダンジョン第四十八階層:「感情の間」

 クリア条件:「制限時間まで感情を殺し続けること」


 四十八階層には何もなく、ただ広い空間が広がっていた。その中心には巨大な砂時計がポツンと置いてある。


『ようこそ、いらっしゃいました。勇敢なる者達よ』

 

 突然、どこからか聞こえきた。まるで近くで話しているかのように耳元でクスクスと笑う声がする。

 プライ達は身構えた。しかし、周りを見渡しても声の主は見当たらない。

(十五階層のオクトマンのように、姿を消しているのか?)

 だとしたら、位置を探るまでだ。

「アリス、サーチで周囲を確認してくれ」

「……」

 アリスは、答えない。不審に思ったプライは、アリスを見る。アリスはどこか呆けている様子だった。

「アリス!サーチ!」

「……っ!は、はい!」

 プライが、今度は大きめの声で指示を出す。アリスは、はっとした様子で慌てて『サーチ』を使う。

(心配した通りになってしまった)

 アリスは目の前の戦闘に集中しきれていない。そのせいで、指示に対する反応が遅れてしまった。それは、一瞬のことだったが、命のやり取りでは致命的な隙となってしまう。

「……『サーチ』完了しました」

 アリスが小さな声で呟く。その声は、どこか弱々しい。

「どうだった?声の主はどこだ?」

「すみません、感知できませんでした」

「……そうか、分かった」

 サーチで探知できない理由は二つ考えられる。

 一つは声の主がこの場におらず、別の場所で喋っている可能性。

 もう一つの可能性は、『探知阻害魔法』を使っている可能性だ。


 探知阻害魔法は、その名の通り探知魔法を阻害する魔法だ。探知阻害魔法の発動中、術者は探知魔法に引っ掛からなくなる。相手に自分の位置情報を悟らせなくする人間同士の戦いでは必須の魔法だが、魔物でこの魔法を使える者は多くない。

(もし、声の主がこの階層のどこかにいて姿を消しているのなら厄介な相手だ)

 探知阻害魔法の他にも、姿を消す魔法を同時に使っていることになるからだ。

 二つ以上の魔法を同時に使い続ける技術は才能によるところが大きい。実際、ヴィーとジェラスは一度に二つの魔法を同時に使うことは出来ない。アリスは簡単な魔法なら同時に発動できるが、複雑な魔法は同時に使うことが出来ない。

 この声の主と戦わなければならないのなら、激闘は必至だろう。


『ここまで、来られた人間は貴方達が初めてです。歓迎します。勇敢なる者達よ』


 声の主は楽しそうに笑う。まるで、玩具を与えられた子供の様のような声だ。


『では早速、この階層の説明をさせて頂きます。これより皆様にはゲームをしていただきます。そのゲームとは“感情を殺し続ける”ゲームです』

「……」

 そこまでは、地図を読んで知っているが、プライ達は黙って説明を聞く。


『まず、皆様には一人につき一つ。タブーとなる感情を設定させていただきます。開始の合図から一時間の間。もし、タブーとなる感情を抱いてしまった場合、その方は即失格となります』


『失格となられた方には罰を受けて頂きますので、ご注意ください』


『タブーとなる感情は、以下の十五個の中からランダムに決まります』


『怒り、憎しみ、軽蔑、恐怖、嫉妬、愉悦、不快、罪悪感、諦め、孤独、慢心、後悔、悲しみ、歓喜、安心』


『なお、皆様は十五個の内どれが自分にとってタブーとなる感情なのかを知ることは出来ません』


『たった今、皆様それぞれにタブーとなる感情が設定されました』


『説明は以上となります。それでは皆様、時間を測りながらクリアを目指してください』


『只今よりゲームを開始いたします。勇敢なる者達に幸あれ』


 説明が終わると、階層の中心にあった巨大な砂時計がグルリと反転した。砂時計の砂がサラサラと落ち始める。


「お、おい。始まっちまったぞ。どうするんだ?」

「落ち着け」

 突然始まったゲームに動揺するトニーをプライが宥める。十五個の感情の中に『動揺』や『困惑』がなくて良かった。

「わ、分かった。えっと、抱いたらいけない感情……『怒り、憎しみ、軽蔑、恐怖、嫉妬』……あれ、他に何があったけ?」

「『怒り、憎しみ、軽蔑、恐怖、嫉妬、愉悦、不快、罪悪感、諦め、孤独、慢心、後悔、悲しみ、歓喜、安心』だ」

 プライがタブー候補の感情全てを答える。トニーは驚き、目を大きく見開いた。

「凄えな!よく覚えられたな!」

 トニーはプライを絶賛する。……抱いたらいけない十五個の感情の中に『尊敬』がなくて良かった。

「ああ、ありがとう。でも、あまり感情を表に出すな」

 プライは気を引き締める『慢心』や『歓喜』を抱かないようにするためだ。

「まず、『誰』が『どの感情を抱いたらいけないのか?』を知ることが先決だな」

 プライは、これからの方針を話す。

 このゲームを攻略する最も簡単な方法は『感情を抱かないこと』だ。何も感情を持たず、一時間過ごせばそれだけでクリアとなる。

 しかし、それは実際には不可能だ。生まれた時から感情がない人間ならいざ知らず、此処にいる皆は、それぞれ感情を持っている。たった一時間の間だとはいえ、その間なんの

 感情も持たずにいることなどできないだろう。

 しかし、『誰』が『どの感情を抱いたらいけないのか?』を知ることができれば、その感情のみを抱かずに済むだけでよくなる。一つの感情を抱かなくてよいだけなら、一時間ぐらいなら、なんとかなるだろう。

「でも、どうやったら『誰』が『どの感情を抱いたらいけないのか?』が分かるんだ?さっきの説明だと、自分にとってタブーとなる感情が何かを知ることは出来ないんだろう?」

 トニーの言う通りだ。だが、一刻も早くタブーとなっている自分の感情を皆が知らなければ危険だ。なんとかして、知る方法はないかとプライは考える。

「……予言」

 その時、アリスがポツリと呟いた。小さな声だったが、その声は確かにプライの耳に入ってきた。そして、直ぐにアリスの考えを理解した。

「予言って」

「はい」

 アリスは力強く頷く。その目は、いつものアリスのものだった。

「クダンの予言です」


 クダン。

 東の国に生息しているという以外、全てが謎に包まれている魔物。クダンには未来を予言する力があるという言い伝えがある。


「『地下に潜りし七人の罪人、決して上に戻れず。一人は己に負け、一人は仲間を恨み眠る。一人は悲しみに凍り、一人は憎しみに燃え、一人は罪悪感に潰され、一人は孤独の闇に飲まれる。そして罪人のリーダーは未来永劫後悔に苦しむ』」


「これは、四十階層に入った時に私達向かって、クダンが言い放った言葉です。これまで、私達に起きたことは実際に、あの言葉通りになっています」

 そう言った所で、アリスは言葉を区切り、目を閉じて頭を振った。きっと今までのことを思い出し『悲しみ』の感情を抱きかけたのだろう。

 アリスは、ゆっくりと目を開ける。その目に悲しみの色はない。


「『一人は、己に負け』これは恐らくスロウのことを言っているのでしょう」

 スロウは四十一階層で命を落とした。過去の自分に敗れて。


「『一人は仲間を恨み眠る』……これはラストのことを言っていると思います」

 四十七階層で命を落としたラスト。彼女は死ぬ間際、仲間を(アリスを)恨むことを言い残して死んだ。


 プライはアリスをチラリと見る。アリスは感情を殺したような無表情をしていた。


「そして、予言の残りの部分。『一人は悲しみに凍り、一人は憎しみに燃え、一人は罪悪感に潰され、一人は孤独の闇に飲まれる。そして罪人のリーダーは未来永劫後悔に苦しむ』これは私達に、今から起きることを予言しているのではないのでしょうか?」

 プライは腕を組む。恐らく、アリスの言っていることは間違っていないだろう。

「『悲しみ』、『憎しみ』、『罪悪感』、『孤独』、『後悔』、全て十五個の感情に入っているな」

「そして、これは間違いないと思うのですが……『後悔』の感情がタブーとなっているのは恐らく……」

「俺か」

「はい」

 プライの言葉にアリスが頷く。『罪人のリーダーは未来永劫後悔に苦しむ』。罪人のリーダーとは間違いなくプライのことだ。そうなれば、プライのタブーとなっている感情は『後悔』で間違いないだろう。

「ただ、タブーとなっている残りの四つ感情については、誰がどの感情と結びついているのかは、分かりません」

「いや、そこまで絞りこめられれば十分だ」

 プライは、他の仲間を見る。

「皆、分かったか?今から、『悲しみ』、『憎しみ』、『罪悪感』、『孤独』の感情を抱かないようにしてくれ。俺は『後悔』しないようにする」

 トニーが首を縦に振る。

「分かった。十五個は無理だけど、四個なら何とか覚えられる」

「ああ、俺もだ」

「……分かった」

 ヴィーとジェラスも、それぞれ首を縦に振る。

「よし!じゃあ皆、絶対にクリアするぞ!」


 どれだけの時間が経ったのだろうかと、プライは砂時計を見る。

 サラサラと一定のリズムで落ち続ける砂時計。およそ、三分の一程の量が下に落ちている。

(ということは、二十分ぐらい経っているということだな……)

 今、プライ達は互いに距離を取って、皆黙っている。ふとした会話が切っ掛けで、『悲しみ』、『憎しみ』、『罪悪感』、『孤独』の感情を抱いてしまうかもしれないからだ。

 だが、ただ黙って何もしないということは思ったよりも辛い。既に数時間は経過しているような感覚だ。眠るなどすれば、感情を抱くことなく時間はあっという間に過ぎるだろうが、このまま何もなく終了とは考えにくい。何かあった時のために皆、眠ることなく起きている。

(きっと、何かが起きるはず。絶対に油断はしない)

 プライは目を大きく開き、自信に気合を入れる。


 砂時計の砂が半分ほど落ちた頃、それは起きた。


「ウ~、ウ~、ウ~」

 苦しそうな呻き声がプライ達の耳に入ってきた。

「ウ~、ウ~、ウ~。た、助けてくれ~」

 聞き覚えのある声、その声はどんどん大きくなる。


 ヌル。


 突然、床から腕が生えた。床を壊さず、まるで通り抜けたかのように腕だけがそこから生えている。プライ達は、それぞれ武器を構えた。腕は、もう一本は生えてくる。次に出てきたのは頭。ズズズズズズとまるで、下から押し上げられるように、それは上がってくる。頭の次に現れたのは顔だ。最初に目が現れ、鼻、口とせり上がってくる。

 全ての顔が確認できた時、ヴィーが呟いた。


「……スロウ……」


「助けてくれ~、皆、助けてくれ~」

 床から、出てきたスロウは地面を這いつくばって進んでくる。スロウの頭はパックリと割れ、そこから大量に血が流れている。それだけではない。這いつくばって進むたびに、まるで蛞蝓のように、地面に擦れた様な血がべっとりと付く。胸にも大きな傷を負っている証拠だ。

 それは、プライ達が最後に見たスロウと同じ姿だった。

「助けてくれ~、お願いだ。みんな~助けて~」

「……」

 プライ達は誰も何も言わない。スロウは這いつくばって進むと、ヴィーの足をガッシリと掴んだ。鋭い痛みがヴィーの足に走る。

「たすけて~痛い、イタイ、痛い、痛い~痛いんだ~」

 スロウは苦しそうに、助けを求め続ける。ヴィーは何も言わずに下を向いている。その顔は伺い知れない。


「助けて!お願い!助けて!」


 何処からともなく、別の声が聞こえた。今度は女の声だ。

「痛い!痛い!助けて!お願い、助けて!早く、助けて!」

 

 ヌル。


 今度は壁から腕が生える。先程と同じように壁を通り抜ける様に、腕、頭、胴体、足が生えてくる。全身が壁から出てくると、その女性はドサッと地面に倒れた。

「助けて」

 地面に倒れた女が顔を上げる。その顔を見たアリスは呟いた。


「……ラスト……」


「助けて!助けて!助けて!」

 ラストは、スロウと同じように地面を這ってくる。ラストの体は、胴体と右腕、右足が完全に潰されていた。ラストは残った左足と左腕を使い、ズルズルと這ってくる。ラストは、ガシッとアリスの足を強く掴んだ。

「痛い!痛い!助けて!お願い、助けて!早く、助けて!」

 必死に助けを求めるラスト。アリスは何も言わずに、ただラストを見続ける。すると、ラストは助けを求めるのを止め、キッとアリスを睨んだ。

「どうして、私なの……?」

 ラストの口から小さな声が漏れる。それは、やがて絶叫に変化した。


「どうして、私なのよおおおおおおおおおおおおおお!」


 ラストの絶叫が階層中に響きわたる。


「どうして?どうして、私がこんな目に遭わなければならないの?どうして?どうして私なのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?もうすぐ、死ぬ!私はもうすぐ死ぬ!!助けて!早く助けてよ!どうして、助けてくれないの!どうして?どうして?痛いよ!苦しいよ!嫌だ!死にたくないよ……、死にたくない!」


 プライ達が四十七階層で聞いた言葉を、ラストは繰り返す。


「たすけなければよかった。おまえなんて、たすけなければよかった」


 アリスを苦しめた言葉を、ラストは再びアリスに浴びせる。そして、呪いの言葉を言い放った。


「おまえがしねばよかったのに」


 アリスは何も言わずに下を向いている。ヴィーと同じくその顔は伺い知れない。



 下を向いていたヴィーが顔を上げる。

 ヴィーはニコリと笑った。それは、まるで久しぶりに父親に会った子供の様だった。

「また会えて嬉しいぜ」

 ヴィーは笑顔のまま、自分の足に縋りつくスロウを魔法で吹き飛ばした。


 アリスはニコリと笑った。それは、まるで久しぶりに姉に会った妹の様だった。

「また会えて嬉しいです」

 アリスは笑顔のまま、自分の足に縋りつくラストを魔法で吹き飛ばした。


 そんな二人を見て、プライは感情をグッと抑え込む。


 ゲームが始まった直度、プライ達はこれから起こるであろうことを予測した。今までの経験から、終了時間まで何もないということはないだろうというのが共通の認識だった。

 であれば、一体どんなことを仕掛けてくるのか?

「私は、幻覚を使ってくると思います」

 アリスの予想は、何らかの幻覚を見せて、こちらの心を揺さぶろうとしてくるだろうというものだった。

「直接、攻撃してくる可能性は?」

 トニーの疑問にアリスは答える。

「その可能性は低いと思います。この階層のクリア条件は、戦闘によるものではありません。ということは、向こうもこちらを直接傷つける攻撃はしてこないと思います」

「なるほど……」

「それで、どんな幻覚を使ってくるかですが……」

 アリスはその先を言い淀む。それを見たプライはアリスが言おうとしていたことを代わりに言った。


「スロウやラストの幻覚か……」


 プライの言葉を聞いたアリスは、深く頷く。

「人の心を大きく乱すのは、人の“死”です。死んだ仲間の幻覚を見せられれば、私達の心は大きく乱れるでしょう」

 死んだ仲間の姿を見て『悲しみ』を抱かずにいられるだろうか?仲間をこんな目に遭わせた相手に『憎しみ』を抱かずにいられるだろうか?仲間を助けられなかった『罪悪感』を抱かずにいられるだろうか?仲間の消失を見て『孤独』を抱かずにいられるだろうか?そして『後悔』を抱かずにいられるだろうか?

 皆が黙り、しばしの沈黙が流れる。


 最初に口を開いたのは、以外にもヴィーだった。

「つまり……」

 ヴぃーはポツリと呟く様に言った。


「つまり、またスロウに会えるかもしれないってことか……」


 意外な言葉に全員がヴィーを見る。アリスは特に驚いており、目を大きく見開いていた。

「ヴィー。目の前に現れるスロウの幻覚は、恐らく無残な姿をしていると思います。こちらの感情を揺さぶるのが目的なら、罵倒などもしてくるかもしれません」

 普通に考えれば、そうだろう。だが、アリスの言葉を聞いてヴィーは笑った。

「どんな姿でもいい。どんなことを言われてもいい。幻覚でもいい。それでも、俺は……もう一度……」

 ヴィーは言葉を区切る。そして、笑いながら言った。


「スロウに会いたい」


 また、沈黙が流れる。その沈黙を破ったのは、今度はアリスだった。

「そう、ですね」

 アリスは小さく呟く。そして、優しく微笑んだ。


「私もラストに会いたいです」


 吹き飛ばされたスロウとラストの幻覚は、そのまま地面を転がるが、直ぐに地面を這いながら、こちらに向かってきた。

「助けてくれ~、助けてくれ~」

「助けて!助けて!」

 幻覚の二人は同じ言葉を繰り返す。それを聞いたアリスは、「やはり」と頷く。

「同じ言葉しか話さない。きっと、それだけした言葉を設定されていないのでしょう」

「設定された……か。やっぱり、あの二人は本物じゃないんだな……」

「はい」

 アリスは、無感情に淡々と話す。『悲しみ』を抱かないように。

「ヴィー。あの幻覚を生み出したのは、きっと私達二人です」

「俺達が……?」

「はい。最初にスロウとラストが……スロウとラストの幻覚が縋りついてきたのは、私と貴方です。そして、彼らは今も私達二人の方に向かってきている」

 ヴィーは、スロウとラストの幻覚を見る。確かに、スロウの幻覚はヴィーの方に、ラストの幻覚は、アリスの方に向かってきている。

「きっと自分が生み出してものに向かう性質があるのでしょう。いえ、幻覚なのですから性質と言うよりは、設定と言った方が良いかもしれません」

「あれを俺達が……」

 ヴィーには、アリスが言うことに心当たりがある。十七階層で、ラストが絶叫していた言葉の数々。それは、仲間全員が聞いていた。

 それを聞いて、ヴィーは思った。スロウもあんな風に助けを求めていたのではないのか?と。頭を割られ、胸を切り裂かれ、自分達に助けを求めるスロウの姿。それは、ヴィーが思い描いたイメージそのものだった。

「助けてくれ~、助けてくれ~」

「助けて!助けて!」

 こちらに這いずってくる仲間の幻覚をヴィーは見る。その姿はとても哀れだ。

「あれが、俺達が生み出したものなら……」

 ヴィーは仲間の幻覚に向かって構える。

「俺達が何とかしないとな!」

 幻覚に向かって構えるヴィーを見て、アリスも構える。

「はい!」


 プライとトニー、そしてジェラスは、少し離れた場所で二人を見ていた。スロウとラストの幻覚はプライ達にも見えている。だがプライは、あえて二人に任せることにした。

 幻覚魔法に対抗する最も一般的な方法は、自分の体に鋭い痛みを与えることだ。自分に強い刺激を与えることによって、脳を正常な状態に戻すのだ。低級の幻覚魔法なら大抵、この方法で打ち破れる。

 だが、上級の幻覚魔法は、体に痛みを与える程度では打ち破れない。

 上級の幻覚魔法に掛かると、まるでそれが現実のように感じる。そして、幻覚は現実の体にも影響を及ぼす。剣で切られたという幻覚を見せられれば、本当に皮膚が割れるし、腕を失った幻覚を見せられれば、現実の腕は動かなくなる。

 今、プライ達が見せられているのは恐らく上級の幻覚魔法だ。

 実際、幻覚に足を握られたヴィーとアリスは、実際に握られたわけでもないのに、斬られた部分に青痣が出来ている。

「頼むぞ、二人とも!」

 剣士であるプライとトニーは、上級の幻覚魔法には対処できない。上級の幻覚魔法を解くには、幻覚を解く魔法、『解幻覚魔法』を使うしかない。

「はぁ、はぁ」

 プライの隣では、ジェラスが息切れを起こしている。攻守ともにバランスのいいジェラスだが、上級の幻覚魔法を解く技術は有していない。そこでジェラスは、プライの指示でヴィーとアリスに魔力を分けた。大量の魔力を失ったジェラスは、全力疾走した直後のように疲弊している。

 幻覚を解く技術は、アリス、ヴィー、ジェラスの中ではアリスが一番上だ。本来ならヴィーもアリスに魔力を渡した方がいいのだろう。しかし、本人がどうしても自分もやると言って聞かなかった。

プライはヴィーを信じた。そして、ジェラスの魔力はアリスとヴィーの二人に渡されることになった。


「行きます!」

「おお!」


 アリスとヴィーは両腕を上に向ける。二人は上げた腕をクロスさせると、大きな声で呪文を唱えた。


「「リアル・イロウション!」」


 二人が、呪文を唱えるのと、アリスとヴィーを中心として光の円が広がる。光の円はどんどん広がっていき、階層中を埋め尽くした。

「助け……て、たす……け……た……す……け……た」

「たあああすうううううううけえええええええええええ」

 スロウとラストの幻覚も光に飲まれる。彼らの体は段々と薄くなっていき、やがて光の中に溶けて消えた。


 アリスとヴィーは自分の足に縋りつくスロウとラストの幻覚を魔法で吹き飛ばした。

 あの時使った魔法は『ファントム・イロウション』。幻覚を吹き飛ばすことが出来る魔法だ。低級の幻覚魔法なら、吹き飛ばしてそのまま解除できるが、上級の幻覚魔法には効果があまりない。

 それに対して今、二人が使った魔法は『リアル・イロウション』。上級の幻覚魔法を打ち消せることができる強力な『解幻覚魔法』だ。幻覚を使っている者を光の円の中に入れることによって、幻覚を消滅させことが出来る。

 どこかにいる幻覚魔法を発動させた者(恐らく、あの声の主だろう)はどこにいるのか分からない。だが、きっとこの階層内のどこかにいるはずだ。それならば、リアル・イロウションを使うのが最善手だった。この魔法なら幻覚魔法を発動させた者がどこにいても確実に幻覚を解除できる。


「はぁ、はぁ」

「ふぅ、ふぅ」

 リアル・イロウションを使ったアリスとヴィーは激しく息を切らす。ジェラスの魔力を分けてもらってもなお、魔力の消費は激しく、二人の魔力は大きく削られてしまった。

 とはいえ、幻覚を消滅させることには成功した。

 プライは砂時計を見る。砂時計の上には、もうほとんど砂は残っていない。砂はサラサラと下に落ち続ける。そして、全ての砂が下に落ちた。


「やった!」

 砂が落ちると同時に、トニーが歓喜の声を上げた。

「やったな!」

「ああ!」

 プライとトニーがハイタッチをして喜びを分かち合う。プライは皆を称えた。

「皆。よく頑張ってくれた」

 特にヴィーとアリスは本当によく頑張ってくれた。幻覚とはいえ、今度は自分達の手で仲間を葬らなければならなかったのだから。

「いいえ……私は……その、皆に心配を掛けてしまって……」

 シュンとした様子で俯くアリスにプライは優しく声を掛ける。

「そんなことはない」

 プライは、心の底からそう思う。もう、アリスは戦えないと思っていた。それほどの心の傷をアリスは負った。だが、プライのアリスは戦ってくれた。辛いはずなのに、苦しいはずなのに、それでも立ち上がってくれた。仲間のために。

「ありがとう」

 プライはアリスに感謝の言葉を贈り、手を差し出す。アリスは少し迷うような素振りを見せたが、ゆっくりとプライの手に触れ、その手をしっかりと握った。

「礼はいりません」

 フワリとアリスは微笑んだ。

「仲間ですから」


「あ、そういえば!」

 トニーは何かに気が付いたように、ポンと手を打つ。

「これで、あの『クダン』の予言を回避できたってことでいいんだよな?」

 トニーの疑問に答えたのはアリスだった。

「あの予言は、この階層での出来事を予知していたと考えて、まず間違ありません。そして、私達はこの階層をクリアしました」

 クリア条件が感情に関することである階層は、恐らくこの階層だけだ。

 次の四十九階層のクリア条件は『有翼蜥蜴を倒すこと』。五十階層のクリア条件は不明だが、同じ内容のクリア条件である可能性は、これまでの経験から非常に低い。

「ですので、私達はクダンの予言を回避できたと考えて間違いないでしょう」

 アリスはニコリと笑う。

「そ、そうか!よし!」

 トニーはグッと拳を握った。他のメンバーも、ほっと胸を撫で下ろす。


「さぁ、残る階層は後二つだ!皆!絶対に生き残るぞ!」

 プライは、腕を高らかと突き上げる。


「そして、スロウとラストを生き返らせよう!」


 皆の体はもうボロボロだ。体力や魔力を回復させる薬も残り少ない。かけがえのない仲間を二人も失った。だが、彼らの顔に影はない。迷いはない。彼らの顔は、まるで今、ダンジョンに入ったかのように、希望に満ちている。

 他の仲間も腕を突き上げる。そして、同時に叫んだ。


「「おおう!」」



 











「たった今、タブーの感情を抱かれた方がいます」




 突然の声に、プライ達は驚く。


『まさか!?もう終わったはずだろ!?』

 全員の頭に同じ疑問符が浮かぶ。


(何故だ?どうして?)

 プライにもないが起きたのか分からない。困惑する「シン」のメンバー達。その困惑を無視して、声は言い放った。


「その方に設定されていたタブーの感情は『孤独』。只今より、その方には罰を受けていただきます」



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