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ダンジョン攻略、その七

 ダンジョン四十二階層:「魔人の間」

 クリア条件:「魔人を倒すこと」


「ひっひっひっひっ」

 気味の悪い笑い声を上げながら、魔物が笑う。魔物の肌は青白く、体は鱗に覆われており、爪は異様に長い。だが、それ以外の姿は人間にとてもよく似ている


 魔人。元人間(特に魔法使いが多い)がなんらかの方法で魔物に変化した姿。人間としての体を捨てる代りに莫大な力を得ることが出来る。

 人間が魔人になることは世界共通で禁止されている。もし、魔人になってしまえば、その者は一生追われる身となる。さらに、魔人には懸賞金も掛けられ、冒険者の狩りの対象にもなってしまう。魔人となった者は人権を剥奪され、魔物として処分されてしまう。

 だが、それでもなお、力を求めて魔人になろうとする者は後を絶たない。


「ひっひひひひ!久しぶりの人間だぁ!」

 魔人はニタニタと笑う。

「いっひひひひひ!しかも、女もいるぅううう。最高だあああ!」

 涎を垂らしながら、魔人はラストとアリスを見る。その顔は最早、人間のものではない。完全に獣に成り果てていた。

「まず、男をおおおお殺おおおおおおおす!女はあああああああ、その後で、たっぷり可愛がってやるううううううううううううううう!」

 魔人が腕を振ると周囲に炎が生まれる。炎はまるで蛇のように魔人に巻き付いていく。

「いっくぜええええええええええええええええええええええええええ!」

 魔人が大きく腕を振ると、炎がウネウネと動きながらプライ達に迫ってくる。




「あががががが!」

 ボロボロになった魔人が情けない声で泣きじゃくる。

「ご、ごめんなさああああい。たっ、助けてくださぃぃぃぃぃぃぃぃい」

 魔人は必死に懇願する。だが、魔人を見下ろすプライの目は冷たい。

「悪いが、それは出来ない」

 プライは泣きじゃくる魔人に、剣を振り下ろす。魔人の体が縦に真っ二つとなる。プライが魔人を斬った瞬間、ゴゴゴゴゴゴと次の階層への扉が開く。

「行こう」

 プライ達は真っ二つとなった魔人の死体を残し、四十二階層を後にした。


 ダンジョン攻略メンバー「シン」。第四十二階層クリア。



 肉体は精神状態によって、大きく左右されとされている。集中力を高めれば、最高の力が出せるし、誰かを助けるためなら、肉体のリミッターを外すことだってある。それは、魔法も同じことだ。強い想い、高まった感情によって、魔法の威力は格段に上がる。

『スロウを蘇らせる』

 その想いが、プライ達を強くした。プライの剣術、トニーの速さ、ラストの弓の腕は先程より格段に上がった。アリス、ヴィー、ジェラスも魔法の威力も同様だ。

 四十二階層の魔人も、今までなら苦労していただろうが、今の彼らの敵ではなかった。皮肉なことに仲間の死が彼らを強くしていた。

 

 第四十三階層:「三首犬の間」

 第四十四階層:「雪人の間」

 第四十五階層:「角虎の間」

 第四十六階層:「巨人の間」


 いずれも、魔法を使うことを得意とする魔物達。そんな魔物が守る階層を「シン」のメンバーは次々とクリアして行った。


「あと少しだ!俺達ならやれる!」

 プライが皆を鼓舞する。

「よし!」

「待っていろよ、スロウ!」

 この調子なら必ずダンジョンをクリアできる。全員がそう信じていた。


 しかし、その希望は次の階層で打ち砕かれることになる。


 第四十七階層:「混獣の間」

 クリア条件:「扉に入る事」


 四十七階層は他の階層と比べ、異様だった。

「なんだ?此奴は……」

 そこにいた巨大な魔物の姿にプライは思わず息を飲んだ。プライだけではない、スロウを助けようと意気込んでいた「シン」のメンバー全員がそこにいた魔物の姿に身を固くした。


 その魔物は、奇妙な姿をしていた。

 頭は五つ、六本の足、左右で形の違う翼、体からは触手が伸びており、体の一部は岩のように固く、一部は燃えており、一部は鱗に覆われていた。クネクネと動く尾は、七つに分かれており、その一つ一つが生きている。

「おいおい、なんだよ此奴……」

 ヴィーが小さく呟く。

「なんで、色々混じってるんだよ……」

 ヴィーの言葉は、その魔物の姿を最も端的に言い表していた。


 ライオンの頭、ユニコーンの頭、狼の頭、ウサギの頭、牛の頭、オクトマンの触手、ゴーレムの足、ファイアーマンの足、リザードマンの皮膚、左の翼はペガサス、右の翼はガーゴイル。クネクネと動く七つの尾は、全てが蛇。まさしくヒドラそのものだった。


 様々な動物、魔物をごちゃごちゃに混ぜたような姿。「シン」のメンバー全員、こんな、魔物を見るのは初めてだった。

 だが、「シン」のメンバーは全員その魔物の名前を知っていた。



混合魔獣(キメラ)?」

「はい、古い書物にしか記されていない伝説の魔物です」

 それは、プライ達がダンジョンに入る以前の出来事。高額な懸賞金を掛けられている魔物を倒し、その祝いに皆で飲んでいた時のことだ。皆が盛り上がる中、あることが話題となった。


 それは『この世で一番珍しい魔物は何か?』というものだった。


「一番珍しい魔物か……」

 プライは腕を組んで考える。強い魔物ならいくらでも思いつくが、一番珍しい魔物と言われると直ぐには答えられない。

「やっぱり、フェニックスだろう」

 真っ先にヴィーが答える。

 フェニックス。体中が火に覆われている幻の鳥。その血肉には不老不死の力が宿っていると信じられている。火山の近くで目撃されることが多いが、未だに捕えられたことはない。

「ワシはノームだと思う」

 次に答えたのは、スロウだ。

 ノーム。小人族の一種で、知性も高く大人しい性格をしているとされている。しかし、地中を住処にしており、滅多に地上に姿を見せないので目撃例はとても少ない。

 その後も「マーメイド」や「コカトリス」、「パイア」などの名が上がる。どれも目撃例が少ない珍しい魔物だ。

「アリスは?」

 プライは、まだ発言していないアリスに尋ねる。アリスは、「そうですね」としばらく考えた後、口を開いた。


「 “キメラ”でしょうか?」


 キメラ。混合魔獣とも呼ばれている。

 生物は、同じ種、または近しい種としか子供を造ることができない。人間は人間としか子供を造ることが出来ず、馬は馬としか子供を造ることができない。それが自然界での法則であり、常識だ。

 そんな常識を魔法の力で無理やり捻じ曲げ、人工的に造りだされる生物。それがキメラだ。

 キメラの造り方は書物により異なるが、多く書かれている方法が以下のものだ。

 まず、フラスコなどに元となる生物達の血や毛などを混ぜ、三日三晩、魔法を掛け続ける。するとフラスコの中に小さな胚ができる。その胚を混ぜ合わせた元となった生物、いずれかのメスの子宮に移植する(馬と牛のキメラを造りたい場合、馬か牛のメスの子宮に移植する)。移植された胚は母親の体内で育ち、数か月から半年程で、キメラが誕生するとされている。


 だが、実際にはキメラを造ることは不可能だと言われている。

 なぜなら、多くの人間がキメラを造ることに挑戦してきましたが、成功したという確かな例がないからだ。キメラの作成に成功したと主張する者達もいるが、その多くが複数の剥製を組み合わせただけの偽物だった。

『ミノタウロス』や『ケンタウロス』など、人間と動物が混じったような半人半獣と呼ばれる魔物もいるが、これらはキメラではない。最初は人間と動物のキメラではないかと思われていたが、調査の結果、独立した一つの種だということが分かっている。


「でも、私はキメラを造ることは可能だと考えています」


 アリスは普段のおどおどした話し方ではなく、きっぱりとした口調で話す。得意分野を話す時のアリスは普段とは違って、自信に溢れた口調になる。

「どうやって造るんだ?皆、失敗してるんだろう?」

 酔った口調でトニーがアリスに話し掛けると、アリスはニコリと笑った。

「これまでの人々がキメラの作成に失敗していたのは、使う魔法が足りなかったと思います。今までは、キメラの元となる胚を造る際に回復魔法を使っていました。回復魔法は細胞を活性化させ、傷を回復させるものです。それを使って、細胞分裂を活性化させ、細胞同士を融合させようとしていました。しかし、私は回復魔法だけでは足りないと考えています。回復魔法の逆、細胞を死滅させる損傷魔法も回復魔法と同時に使うべきです。何故なら、生物が成長する時は、細胞分裂だけではなくアポトーシスという細胞の自殺によって、形作られる……」

 アリスはポカンとしている皆の反応に気付いて、コホンと咳払いをする。

「……と言う訳で、キメラを造ることは可能だと私は考えています」

 アリスは顔を赤くして、先程の結論をもう一度述べる。

「そこまで考えているんなら、アリスがキメラを造ったら?」

 少し酔っているラストが提案する。もし、キメラを造ることが出来たら、間違いなく歴史に名が残り、巨万の富を得られるだろう。しかし、アリスは首を横に振る。

「例え、できる可能性があるとしても私はやりません」

「何故?」

 ラストの問いに、アリスは笑顔で答える。


「きっと、碌なことにならないでしょうから」


「グルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」

「ギルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルルル」

「トイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ」

「ヒイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイン」

 キメラの五つの首が、それぞれ唸り声を上げる。

「まさか、本当に……」

 誰にも造ることが出来なかった架空の存在だったはずの魔物、キメラ。その幻の存在が今、目の前にいる。

「おい!あれ!」

 皆がキメラに目を奪われていると突然、ヴィーが大声を出した。何事かと、プライはヴィーを見る。ヴィーは驚いたように前方を指差していた。彼の人差し指はキメラを超えて、その後ろを指差している。

 ヴィーが指差していたもの、それは次の階層へと続く扉だった。


 扉は、まるで鍵をかけ忘れたかのように全開していた。


 次の階層へと続く扉は、その階層ごとのクリア条件を満たさなければ、開くことはない。少なくとも、今まで通ってきた階層では全てそのようになっていた。

 だが、この階層では違う。扉は、まるで侵入者を歓迎するかのように開いている。

第四十七階層のクリア条件は「扉に入る事」。つまり……。


「扉まで行けば、クリアってことか?」

 トニーが漏らした言葉に全員が「そうだろう」と心の中で頷く。

「アリス!」

「は、はい!」

「この階層全体を『サーチ』してくれ。もしかしたら、隠し扉がどこかにあるかもしれない」

「わ、分かりました」

 アリスが『サーチ』の魔法を発動させる。これで、大まかではあるが、四十七階層の中にある物の全て存在をアリスは感知できる。どこかに隠し扉があれば、分かるはずだ。

「壁にも天井にも隠し扉らしきものはありません!」

「分かった」

 どうやら、開いている扉が正真正銘、次の階層に続く扉の様だ。

(ならば、とるべき道はひとつ!)

「キメラとの戦闘を極力避け、扉に向かう!」

 プライが、全員に指示を出した。それと、ほぼ同時にキメラが動く。

「ブルルルルルルルルルルルルル」

 五つの頭の内の一つ。ユニコーンの角が光る。光はバチバチと音を立て始め、激しい音と光となった。

「アリス!ヴィー!ジェラス!」

「はい!」

「おう!」

「……うん」

 プライ達は皆、一か所に集まる。魔法使いの三人は防御魔法を展開させた。キメラが電撃を放った電撃が展開された防御魔法に直撃する。バチバチバチバチバチバチという光と音が階層中に響き渡った。

「くっ!」

 三人は何とか一瞬耐えた。しかし、雷撃は防御魔法を消し飛ばす。防御魔法が消し飛ばされた衝撃で、プライ達も吹き飛ばされた。

「きゃあ!」

「ぐっ!」

 全員が床に転がる。このまま、キメラに追撃されたらまずい。プライは誰よりも早く立ち上がると、キメラに剣を向けた。

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

 プライの予想通り、キメラが凄まじいスピードで向かってくる。

「ガアア!!!!」

 キメラは前足を振るう。目にも止まらないスピード。プライは避けることが出来ず、キメラの攻撃を剣で受けた。

「ぐはっ!」

 信じられない力でプライは再び、吹き飛ばされる。このままでは壁に激突してしまう。

「スライムクッション!」

 プライの体を青い球体が受け止める。球体は柔らかく、ボヨンと衝撃を吸収した。

「大丈夫ですか?」

 アリスが駆け寄ってくる。先程の青い球体はアリスの魔法だ。おかげで、プライは壁に激突せずに済んだ。

「ありがとう、助かった」

 アリスに礼を言うと、プライは自分の腕を見る。

「なんて力だ」

幸い剣は折れなかったが、腕が痺れ、剣を持つ手の力が弱まる。

(これ以上、攻撃を受けたら駄目だ!)

「アリス!ヴィー!ジェラス!」

 プライは三人の魔法使いの名前を呼ぶ。

「ヴィーはリステイクトチェーン!ジェラスはキメラの体全体にゾーングラビティ!アリスはキメラの足にフリーズアイス!」

「「「了解!」」」

 空中から現れた鎖がキメラの体を縛り、キメラの頭上から見えない力が降り注ぎ、キメラの足が氷漬けとなった。

「今の内に扉に走れ!」

 プライの号令と同時に皆が走り出す。時間にしてわずか数十秒の戦闘だったが、圧倒的な思い知らされた。

(この力、魔力の量。スフィンクス以上だ!)

 三十五階層にいた魔物、スフィンクス。巨大な体と底知れぬ魔力を持っていた怪物。

 三十五階層のクリア条件は、「スフィンクスが出す八つの問いに全て答えるか、スフィンクスを倒すこと」だった。あの時は、アリスがスフィンクスの出す問題を全て解いてくれたおかげで、何とかクリアすることが出来た。だが、もしアリスが一問でも間違えていたら、プライ達はスインクスと戦わなければならなかった。そうなれば、プライ達は確実に全滅していただろう。


 このキメラは、スフィンクス以上の力を持っている。とても勝てる相手ではない。


(だが、希望がないわけじゃない!)


 この階層のクリア条件は、「扉に入る事」のみ。キメラを倒すことは条件の内に入っていない。つまり、キメラと戦う必要はないということだ。


(おそらく、このキメラは『倒すことが不可能』な魔物として、ここにいる。四十七階層では、『いかにしてキメラの攻撃を躱しながら扉まで行くのか』が問われているのだ)

 プライ達は全速力で走る。

(キメラが動けない内に、早く!速く!)

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアア」

 プライ達の背後から、怒りに満ちた咆哮が轟く。前を走っていた咆哮に驚き、トニーとヴィーが後ろ振り向く。

「振り返るな!走れ!」

 プライが檄を飛ばす。トニーとヴィーは、はっとして前を向き走る。

(どうせ、何が起きたのかは想像がつく)

 背後からドドドドドとプライ達を追う足音が迫ってくる。拘束魔法を全て破ったキメラが追いかけて来たのだ。

(あと、少し!)

 扉は、すぐ目の前だ。まず、トニーが滑り込むようにして扉の中に入る。次にヴィーが中に入った。プライも二人に続くように中に入る。

(他の皆は?)

 プライは後ろを振り返る。ジェラス、ラスト、アリスがまだ後ろにいた。

「急げ!」

「わぁああああああ!」

 ジェラスが叫びながら飛び込むようにして、扉の中に入ってきた。後は、ラストとアリスの二人だけ。

その時、扉に異変が起きる。。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴと音を立てて、突然扉が閉まりだしたのだ。


「な!?」

 突然の事態にプライ達は慌てる。扉が完全に閉じてしまったら、もう終わりだ。

ラストは、ギリギリ間に合いそうだが、アリスは間に合わないかもしれない。それどころか、もうすぐキメラがアリスに追いつきそうだ。

「くそ!」

プライは扉から出ようとする。しかし、ゴンと何かに激突した。

「なんだ?」

 プライは前方に手を伸ばす。すると、手が何かに触れた。目の前に見えない壁がある。

「結界か!!」

 プライは見ない壁に剣を振るう。だが、ガキンという音がするだけで結界を斬ることが出来ない。

「まさか、一度扉に入ったら戻ることは出来ないのか?くそ!ラスト、アリス!」

「ゴルウルウウウウウウウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 キメラはアリスの目と鼻の先まで迫っていた。キメラは、大木のような太い足を振り上げる。

「やめろおおおおおおおおおおお!」

 プライは絶叫しながら壁を叩く。だが、無情にもキメラの前足はアリスに振り下ろされる。


「ギャア!」

 突然、キメラが叫びを上げた。正確には悲鳴を上げたのは五つある頭の内の一つ。ライオンの頭だ。


 ライオンの頭の目の部分。そこに矢が一本刺さっている。


「こっちだ!」

 声のした方にキメラが目を向ける。そこには、矢を構えるラストがいた。ラストは、再び矢を放つ。矢は、ライオンのもう片方の目に向っていった。

「グルウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウウ」

 しかし、矢はライオンの目に届く前に空中で何かにぶつかり、弾かれた。

「チッ、防御魔法か!」

 キメラの周りには、いつの間にか防御魔法が展開されている。先程までは狩りに夢中で、展開していなかったのだろう。だが、キメラが防御魔法を発動させた以上、誰もキメラを傷つけることは出来ないだろう。ライオンの目に刺さっていた矢は何かに押されるように抜け地面に落ちる。グチャグチャと音を立てて、ライオンの目は一瞬で回復した。

「グルルルルルルルルルルルルルルルウルルルルル」

 キメラの全ての目が、ギロリとラストを見る。その目は全て憎しみで満ちていた。

「そうだ、こっちだ。こっちに来い!」

 ラストは叫ぶ。まるで子供を守るため、捕食者の目を自分に引き付ける母親のように。

「ラスト!」

「アリス、行け!私は大丈夫だ」

「でも!」

「行け!」

 ここで、問答している時間はもうない。ラストは、アリスに向けて矢を放つ。矢はアリスの足元に刺さった。

「ラスト……」

 アリスはラストの覚悟を肌で感じる。その覚悟を受け取ったアリスはラストを信じることにした。

「必ず、追い付いてくださいね!」

 アリスは、歯を食いしばり走り出す。

「ああ」

 ラストは大きな声で返事をすると、ギロリとキメラを睨む。だが、通常の弓では、キメラの防御魔法は打ち消せない。

「こいつを使うしかないな」

 ラストは、今まで使わなかった特別な矢を取り出し、キメラに狙いを定めた。


「アリス、急げ!」

「―――ッ!」

 締まる扉を潜り、アリスは中に入る。

「はぁはぁ、ラストは!?」

 アリスは振り返ると、ラストがキメラと戦っている光景が目に飛び込んできた。

「ラスト!」 

 アリスは、喉が潰れる程の大声で叫んだ。


「グルオオオオオオオオオオオオオ」

 キメラが苦痛の叫び声を上げる。ラストの攻撃によってキメラは大きなダメージを受けていた。

「どうだ、破魔の矢は効くだろ?」

 破魔の矢。

 樹齢数千年を超える破魔の樹から作られ、長い年月魔力を込め続けることによってできる魔法を打ち消す効果を持つ矢。特に防御魔法を打ち消すのに使われる。また、長年込められた魔力によって矢の威力そのものも飛躍的に上昇する。

 ラストが放った破魔の矢は、キメラの防御魔法を打ち破り、ライオンの頭に命中した。

 ライオンの頭はじけ飛び、隣り合っていたユニコーンと狼の頭も大きく損傷した。

「グオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 残った頭が絶叫を上げる。ラストはキメラにダメージを与えると、すぐさま走り出した。

 絶大な効果を持つ破魔の矢だが、欠点もある。

 まず、破魔の矢の材料である破魔の樹が非常に少ないこと、そのため破魔の矢は、年に数本しか作れない。

 二つ目は、数年掛かりで魔力を矢に込め続けなければならないため、非常に時間が掛かること。

 さらに、破魔の矢は一度使ってしまったら、魔法を打ち消す効果を失い、ただの矢に戻ってしまう。

 ラストは破魔の矢を一本しか持っていない。それを失った今、キメラに勝てる手段はない。壊した頭もすぐに再生するだろう。

(その前に、扉まで走る!)

 ラストは、人生最高のスピードで走り続ける。


「ラスト!急いで!」

 アリスやプライ、他の仲間達が見えない壁を叩き、必死に叫ぶ。もう、扉はほとんど閉まり掛けていた。

(だけど、このまま走れば間に合う!)

 必死で走り、ラストは扉までたどり着いた。ラストは扉までたどり着くと、体を滑り込ませるように中に入る。プライ達はラストの体を掴み、中に引き入れようとした。

 ラストの体のほとんどが扉の中に入る。後は、右足を中に入れるだけだ。


 だが、その時ラストの体がピクリとも動かなくなった。ヌルリとした感触をラストは右足から感じた。ラストは自分の右足を見る。右足には、タコのような触手が巻き付いていた。

「グルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア」

 キメラが叫ぶ。同時にラストの体は物凄い力で引きずられ、再び階層の中に戻された。

「ラストオオオオオオオオオオ」

 プライ達が叫ぶ。だが、その叫びを遮るように扉はバタンと閉じた。


「くそ!」

 ラストは足に巻き付いている触手に向けて矢を放とうとする。その前に触手はラストの足から離れた。勢いで、ラストの体は壁に叩きつけられる。

「はっ、はははははは。まいったな」

 あと少し、ほんの数センチで扉の中に入れたのに。安堵が絶望に変わる。

「グルウルルルルル」

 キメラは怒りの唸り声を上げている。破魔の矢で破壊した頭は全て再生していた。

「怒り心頭って顔だな」

 ラストはゆっくりと立ち上がる。

「もう、勝ったと思っているのか?」

「グルルルルルルルルルルルルルルル」

「だがな」

 ラストはキメラに弓を構えた。

「私は諦めるつもりはない!」

 どんな時でも諦めない。それが「シン」だ。

「来い!」

 ラストは気迫をみなぎらせる。

「グルアアアアアアアアアアアア」

 キメラは殺意をみなぎらせ、ラストに向かった。






「がはっ!」

 ラストの体は、キメラに吹き飛ばされ、地面を転がる。

「くそ!」

 ラストは起き上がると、矢を取り出そうとする。しかし、もう矢は一本も残っていなかった。

(これまでか)

 矢はもうない。もう反撃する手段がない。

(だけど、諦めない)

 ラストは、普段使わない小型の刀を取り出す。

(絶対に諦めない!)

「うわああああああああああああああ!」

 ラストは、叫びながらキメラに向かう。だが、キメラは軽くラストを前足で殴り飛ばした。

「くっ!」

 殴られた衝撃で、ラストは小刀を落とす。地面に倒れたラストは痛みで思わず目を閉じた。


 グシャ。


 鈍い痛みと共に、ラストの足に今まで以上の激痛が走った。

「ぐあっ!」

 あまりの痛みにラストは思わず目を開けた。目を開けたラストの目に飛び込んできたのは、そのキメラの巨大な足がラストの両脚を踏み潰す光景だった。

 キメラは、ラストの足を潰すと前足を軽く振るった。それは、一見とても弱々しく見えたが、ラストの体はまたしても簡単に吹き飛んだ。床を転がり、壁に激突する。

「がっ!」

 衝撃で息が止まる。全身が痺れて動けない。

起き上がれないラストに、キメラがまた近づいてきた。キメラはラストの服を咥えると、高く舞い上げた。舞い上がったラストは、そのまま地面に落ちる。

「がはっ!」

 地面に叩きつけられるラスト。またしても息が止まる。骨が折れた音も聞こえたが、全身に走る痛みに、どこの骨が折れたのか分からない。

(此奴、私を痛ぶるつもりか……)

 捕えた獲物を一思いに殺さず、じわじわと痛めつけて殺す。なんという残虐さだろう。それは、ラストに対する恨みからか、それともこのキメラに元々備わっている性格だろうか?

 キメラが、三度近づいて来る。

(屈してたまるか!)

 自分は、もう助からないだろう。だが、どんなに痛めつけられようとも誇りだけは失わない。ラストは、鋭い眼光でキメラを睨みつけた。


『ラスト!』


 どこからともなく声が聞こえた。ラストは、はっとなり辺りを見る。しかし、誰もいない。

『ラスト!ラスト!』

 声は、先程より強く聞こえる。ラストはようやく気付く。声は耳からではなく頭の中に直接響いている。

 ライトテレパシー。半径百メートル以内にいる者と会話ができる通信魔法。

『ラスト!ラスト!』

『おい、ラスト!返事をしろ!』

『大丈夫か!ラスト!』

『ラスト!』

『無事か?ラスト!』

 ラストの頭の中に響く声は一つではない。複数の声が頭に響いている。どうやら、扉の向こうで皆が一斉にライトテレパシーを使っているようだ。


 ラストの目に涙が溜まる。そして、頭の中で仲間に掛ける言葉が次々と浮んでくる。


 馬鹿!さっさと行け!私はもう助からない。さっさと行ってダンジョンを攻略しろ。私のことは気にするな。スロウと一緒に生き返らせてくれればいい。


 初めに思ったのは、仲間への叱咤激励。次に思ったのは仲間への感謝だった。


 今まで、ありがとう。仲間に誘ってもらえて、嬉しかった。お前達と一緒にいられて、お前達と冒険が出来て、本当に楽しかった。本当に、本当に感謝している。

 ありがとう、お前たちは最高の仲間だ。


 プライ達はまだ、必死にラストに呼びかけ続けている。ラストは自分の想いを仲間達に伝えるため、激痛を堪えながら、自分の耳に手を当てた。これで、仲間に返事が出来る。

 ラストは、すぅと息を吸いこむと、ゆっくり口を開いた。






『助けて』



 

(え?)

 その言葉に一番驚いたのは、言葉を発したラスト本人だった。自分の想いとは全く違う言葉が自分の口から洩れた。


『助けて!』


(何を言っているんだ?私は?)

 ラストの口から、また自分の想いとは違う言葉が出る。


『助けて!お願い!助けて!』


(ち、違う!私が言いたいのは、こんな言葉じゃない!)

 仲間を叱咤激励するんだろう?仲間に感謝の言葉を伝えるんだろう?


『痛い!痛い!助けて!お願い、助けて!早く、助けて!』


(違う!違う!止まれ!止まれ!止まれ!)

 ラストは言葉を飲み込もうとするが、助けを求める言葉は、まるで濁流のように次から次へと、口から出てくる。

『ラスト!待ってて、今助ける!』

 閉じられた扉の向こうから、ガンガンと音が聞こえる。仲間達が何とかして扉を開けようとしているのだろう。だが、一向に扉が開く気配はない。


『早く!早く!助けて!』


 気が付けば、ラストの目から大粒の涙が流れていた。口からは涎も垂れ、とても醜い姿となっている。


 その時、ラストは悟った。これが自分の本心なのだと。


 仲間のことを想う振りをして、自分自身を誤魔化していた。

 本当は助かりたい。死にたくない。喚きながら、涙を流し、生にしがみつく。これが、本当の自分なのだと。


(殺して……くれ……)

 ラストは懇願するような目でキメラを見る。

(殺してくれ!)

 嫌だ。これ以上、こんな情けない姿を晒したくない。

(殺してくれ!頼む!殺してくれ!)

 それに、このままでは、仲間を傷つけることを言ってしまう。仲間を絶望させてしまう。

(殺してくれ!)

 だが、キメラは動かない。泣き叫ぶラストをじっと見ている。まるで、無様なラストを笑うかのように。

『ラスト!ラスト!』

 ラストを助けようと必死な仲間の声。

(もう嫌だ…)

 キメラには殺してもらえない。全身が痛い。泣き叫ぶ無様な自分。情けない自分。そして、気付きたくなかった自分自身の本心。


 ラストの中で、何かが折れた。


『ラスト!ラスト!大丈夫で……』


『どうして?』


『え?』


『どうして、私なの……?』

 

 ラストの口から洩れる声。それは、今彼女が思っていることと完全に一致していた。


『どうして、私なのよおおおおおおおおおおおおおお!』


 ラストは絶叫していた。先程までの助けを懇願する声ではない。それは、怒りと憎しみにまみれた声だった。


『どうして?どうして、私がこんな目に遭わなければならないの?どうして?どうして私なのよおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?』

 

 ラストのあまりの憎しみと恨みが込められた絶叫に、必死で声を掛けていた仲間の声が止まる。仲間達が、こんなラストの声を聞いたのは初めてだった。


『助けて!早く助けてよ!どうして、助けてくれないの!どうして?どうして?』

『落ち着け!ラスト!』

 ラストの頭に、なんとか彼女を落ち着かせようとするプライの声が聞こえる。しかし、それは、逆効果だった。

『落ち着け!?落ち着けるわけがない!もうすぐ、死ぬ!私はもうすぐ死ぬ!!』

 ラストは涙を啜りながら、叫ぶ

『痛いよ!苦しいよ!嫌だ!死にたくないよ……、死にたくない!』

『ラスト、直ぐに助けます!だから、落ち着いてくだ……』

 なんとか、ラストを宥めようと今度はアリスが言葉を掛ける。しかし、その言葉はラストが放った一言に止められた。


『たすけなければよかった』


 ラストの声はどこまでも暗い。


『おまえなんて、たすけなければよかった』


 ああ、言ってしまった。仲間を傷つける言葉を、仲間を失望させる言葉を、仲間を絶望させる言葉を、


 仲間を助けたことに対する後悔、死の恐怖。恨み、憎しみ。黒い感情が、ラストの体の中で渦巻く。

ラストは絶対に、死んでも言いたくなかったことを口にした。


『おまえがしねばよかったのに』

 

 それが、ラストの最後の言葉となった。


 それまで、黙って見ていたキメラが動き出す。キメラはラストの真上に前足を上げると、一気に振り降ろした。


グシャリ。


 鈍い音が響く。キメラの足元からは、赤い血が広がっていった。



「ラスト!おい、ラスト!」

 プライは何度も呼びかける。しかし、ラストからの応答は二度となかった。シンのメンバー全員が、その場に座り込む。

 全員がショックを受けている。当然だ。しかし、ただ単にラストの死が悲しいというだけではない。助けを求める仲間を助けることが出来なかった自分達。そして、死を前にして、取り乱したラストに全員が強い衝撃を受けていた。

 それから、何時間そこにいたか分からない。

 最初に動き出したのは、リーダーのプライだった。プライは立ち上がると仲間全員に言った。

「皆……行こう」

 プライの言葉を聞いて、次に動き出したのはヴィーだった。そして、トニー、ジェラスの順に立ち上がった。

「……」

 だが、アリスは立ち上がらない。その目は、真っ直ぐ前を向いていたが、何処も見ていなかった。無理もない。仲間に『おまえがしねばよかったのに』などと言われたのだ。相当なショックだろう。

「アリス、アリス」

 プライは何度も呼びかけるが、アリスは反応すらしない。

(アリスは、もう戦えないかもしれない)

 精神力によって、威力が変わる魔法。

 決意、執着、欲望、歓喜。高ぶった感情は魔法の力を強くする。しかし、それは逆を言えば、失意や落胆などで感情が落ち込めば、魔法の威力は弱まるということだ。

 今のアリスの様子では、魔法を放つこと自体が難しいかもしれない。だが、このまま放っておくわけにもいかない。

「アリス!アリス!」

 プライはアリスに何度も声を掛ける。しばらくすると、アリスはゆっくりと顔を上げた。

「辛いのは、分かる。みんな辛い。俺だって辛い。だけど、俺達は進まなければいけない」

 プライはアリスの両肩に手を置く。

「そして、ラストとスロウを生き返らせよう」

 ゆっくりと優しく、プライはアリスに話す。アリスはコクリと頷いた。

「……わかり……ました」

 アリスは、静かに立ち上がる。

「すみませんでした。行きましょう」

 アリスがフラフラとした足取りで歩き出すと、プライ達も次の階層に向かって歩き出す。しかし、誰も口を開くことはなかった。


 ダンジョン攻略メンバー「シン」。第四十一階層クリア。




 残り、五人。





『不味い!』

 ティラノサウルスはペッと肉を吐き出す。

『角の生えた四本足の動物の頭があるから、美味しいと思ったんだけどな』

 ティラノサウルスは足元に倒れている色々な動物が混ざっている変な生物を見る。この変な生物の頭の一つに、彼の大好物であるユニコーンの顔があったので食べたが、予想外に不味かった。

 様々な生物が混ざっている変な生物、キメラがグググと立ち上がろうとする。キメラの体は深いダメージを受けていた。足と羽は引き千切られ、頭は全て潰されている。

 だが、その体は急速に再生を始めていた。

「グルアア」

『うるさい』

 美味いと思っていた物が不味かったため、ティラノサウルスの機嫌はとても悪い。ティラノサウルスは、キメラの頭を何度も踏む。ドンドンドンと階層中に足踏みの音が響く。

「グアア……グルアアア……」

 ティラノサウルスが踏み潰す度にキメラの頭は再生していく。

 潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す。再生、潰す、再生、潰す、再生、潰す。

『ふぅ』

 何度も潰す内にティラノサウルスの機嫌も直ってきた。

「マルス、ユトユトリコミラティア?(王、そろそろ行きませんか?)」

 ティラノサウルスの足元にいるエルフ、ナノが口を開く。ティラノサウルスには彼女の言葉は理解できないが、その仕草からなんとなく言いたいことは分かる。

『……』

 確かに、頭を潰すのにも飽きてきた。ティラノサウルスは、変な動物を踏み潰すのをやめて、歩き出した。

 ナノは、ほっとする。この階層は他の階層とは違い、扉が何故か最初から開いていた。その扉が少しずつ締まり始めているのにナノは気付いた。もし、あの扉が閉まり切ってしまったら、此処に閉じ込められてしまうのではないか?そんな、不安を抱いていたのだ。

 ナノは、歩き出したティラノサウルスの後に続く。

「グルオオオオオオオオオオオオオオオオ」

 背後から聞こえる咆哮に、ナノは驚き振り向く。背後から、先程の変な動物が迫ってきていた。体は完全に回復していないが、それでも体を引きずりながら、ティラノサウルスに向かってくる。

「マルス!(王!)」

 ナノが叫ぶが、ティラノサウルスは後ろを振り向こうともしない。

「ゴルアアア!!!!!」

 キメラは背後から、ティラノサウルスに飛び掛かる。

 

 バシッ!


 ティラノサウルスは、その場で一回転した。凄まじい速度で回転したティラノサウルスの尾がキメラの体に食い込む。キメラは吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

 キメラの体は、グシャリと半分以上が潰れた。キメラは再生を始めるが、半分以上潰れた体を再生させるのには、時間が掛かるだろう。

 キメラを吹き飛ばしたティラノサウルスは、再び前を向いて、悠然と歩き出す。

「……」

 ティラノサウルスのあまりの強さにナノは呆然となるが、やがて、その表情は満面の笑みに変わる。

「サライテミテ(流石です)」

 足取り軽く、ナノはティラノサウルスの後を追う。


 バキバキバキバキバキ。


 ゆっくり歩いていたため、扉はもう閉まり掛けていた。ナノは、大丈夫かな?と心配したが、それは杞憂に終わる。ティラノサウルスが閉まる扉に構わず、歩みを進めると扉はガガガと音を立てて壊れた。ティラノサウルスとナノは、そのまま扉の中に入る。

 扉を潜ると、ナノは結界魔法の存在を感じた。通る時は普通に通れるが、戻ろうとすると壁のように固くなる結界だ。何故、こんなものがあるのだろうとナノは首を傾げたが、元々、戻るつもりなどない。ナノは結界の存在を無視してティラノサウルスの後に続く。


「グググググググググ」

 キメラが起き上がる。半分以上潰された体は元通りに再生している。キメラと同様に、四十七階層の破壊された箇所も再生していく。次の階層に行くための扉も元に戻った。

 完全に元に戻った階層の中心で、キマイラは再び侵入者を待ち構える。


「大型獣脚類ティラノサウルス及びエルフ族ナノ」、第四十七階層クリア。



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