第3話 化け猫カーラジルト 8
「えーと。伯爵さま。それは、どういう体勢かな?」
「やはり、エディシルをもらっていただくわけにはまいりませんか?」
カーラジルトは、真剣な表情をして言う。
「は?」
「あなたの怪我は、思った以上です」
「でも、薬、よく効いてるみたいだよ。だから、だいじょうぶ。それに、わたしにエディシルをくれたら、あなたも動けなくなっちゃうんでしょ」
「確かに。その怪我をなくそうとするならば、私は当分ここで寝たきりになります。魔力もあまり使えなくなる。しかし……」
「なら、いいよ。それって、割と危険なことなんじゃない? 寝ている間に誰が入ってくるかわからないもの」
「では約束してくださいますか、ナナトさま。薬は必ず飲むと」
「うん。一日一回、一粒でしょ。絶対飲むよ。一日三回毎食後とかだったら、忘れちゃうかもれないけどね」
「飲むのを忘れたら大量出血です。そうなったら、その時誰かからエディシルをもらおうとしても、もう遅いですよ。もう誰もあなたを助けることは出来ません。あなたの体は地の都で消滅します。風の都に着くことなく」
「わかった。そんなに脅さないでよ。怖くなっちゃう」
カーラジルトは、溜め息をつく。
「本当は、無理にでもあなたにエディシルを受け取っていただかねばならないのかもしれない。ここで甘い判断をしたことで、私は一生後悔することになるかもしれません」
「大げさな。だいじょうぶだってば。心配性なんだね」
「単なる心配で終わればいいのですけどね」
カーラジルトは七都の傷の上に、包帯を手早くきれいに巻いた。よく慣れた完璧な仕上がりだった。
彼の深刻そうな雰囲気と緊張感に、恥ずかしさなどはどこかに吹き飛んでしまった。
「ありがとう。やっぱり、あなたに取り替えてもらってよかった」
七都が言うと、カーラジルトは少しだけ嬉しそうな表情をする。
けれども、彼はやはり微笑んではくれなかった。
七都はチュニックと上着を着て、胸当てをつけた。それからアヌヴィムの輪を額にはめ、メーベルルのマントを羽織る。そして最後に、剣を腰に差した。
その美しい装飾が施された細身の剣を、七都はおもむろに眺めた。
「では、きみを送って行こう」
カーラジルトが言った。もう口調が元のぞんざいなものに戻っている。
「待って。その前に、カーラジルト。聞きたいことがあるんだけど」
彼は首をかしげる。その仕草は優雅で美しかったが、やはりどこか猫っぽい。
「普通の剣、たとえばわたしが持っているこの剣でも、はぐれグリアモスを倒すことは出来る?」
「もちろん。魔神族は不死身ではないよ。エヴァンレットの剣でないと倒せないわけじゃない。心臓に突き刺せば、一瞬のうちに砂になって消えるさ」
「エヴァンレットの剣って……何なの?」
「……見る?」
カーラジルトは、腰から剣を引き抜いた。
透明な剣身が、オレンジ色の光を放って輝く。
光は、その剣の持ち主であるカーラジルトに反応しているのだ。
七都は、彼が目の前にかざしたその剣を見つめた。
オレンジの光の中に、金色の回路が、何かそのような肢体を持った生物であるかのように、浮かび上がっていた。
じっと見ていると、剣の中に取り込まれてしまいそうな気がする。そんな危険な妖しげな雰囲気をこの剣は確かに持っている。
「不気味なくらい、きれい」
「これは、リュシフィンさまに対して作られたものです」
カーラジルトが、静かに、そして再び丁寧な口調で言った。
「え? それってリュシフィンを倒すためってこと?」
「そういうことですね。だからあなたには、正直なところ、あまり見せたくはない」
カーラジルトは、剣を鞘に収めた。
「でも、剣を作ったのは、風の魔神族の誰かなのでしょう? リュシフィンは、身内から命を狙われてるってことになる……」
「それはもう過去のことですよ。今は誰もそんなことは考えません。その必要もないですから」
カーラジルトは呟いた。
「ちなみにこれを私に下さったのは、あなたの母君です」
「お母さんがあなたにその剣を? それは、魔神狩人をするのに必要だから?」
「まあ、そういうことですが、他にも大切な理由があります」
「理由って?」
「それも風の城でお聞きください」
彼が素っ気なく言った。
「それより、つまりこれは、魔王さまを倒せるくらいの強い力を持った恐ろしい剣だということ。これを一般の魔神族に対して使用すれば、その者はたちまち命を失う。もちろん人間が持つべきものではない。魔神狩人はこれを携帯しているが、使うたびに剣に命を削り取られ、蝕まれている。彼らは早死にするだろうね」
彼はまた元の口調に戻って、七都に言った。
使うたびに命を削られて蝕まれる……。
それじゃ、ユードもカディナも……。二人とも、長生き出来ないんだ……。
「じゃあ、わたしは、魔神狩人に出会うごとにエヴァンレットの剣を破壊してもいいわけだよね。ううん、破壊しなければならないんだ、きっと」
七都は呟く。
「そうだね。そういうことは、今のところはきみにしか出来ないかもしれないからね。もっとも、私の剣を壊されたら非常に困るから、やめておいてほしいが」
カーラジルトが、にこりともしないで言った。
「ね、カーラジルト。わたしに剣の使い方を教えて」
七都が言うと、カーラジルトは眉を上げた。
「もちろん、エヴァンレットの剣じゃなくて、普通の剣のほう。これを少しでも使えるようになりたいの」
七都は、メーベルルの剣を彼に示した。
「アヌヴィムの魔法使いさんと魔神狩人に少しだけ教えてもらったけど、やっぱり人間と魔神族じゃ、使い方が違うと思う」
「アヌヴィムはともかく、魔神狩人に剣を教えてもらったのか?」
カーラジルトは、あきれたように七都を見下ろした。
「教えてもらったというか、相手が一方的に斬りかかってきたから、必然としてなんとか防ぎ方がわかったというか……。ユードっていう魔神狩人。知ってる?」
「何度か会ったとことはある。どこかの貴族らしいな。公爵だったかな」
「あ、そうなんだ」
それでユードには、気品というか教養というか、何かそんな雰囲気がちらちら見え隠れするんだ。
七都は、何となく納得する。
「彼の額には、魔王さまの口づけのあとがあるの。どの魔王さまなのか、わたしにはわからないけど」
「それは気づかなかった。額までは観察しなかったからね。今度会ったら確かめてみよう。だが、そうなるとややこしい話になるな。魔神族は、迂闊に彼に手出しを出来ないってことになってしまう」
「やっぱりこれって、そういう意味があるの?」
七都は自分の額に触れてみる。
「魔王さま方は、ご自分の大切な方にしかそういうことはされない。家族とか恋人とか親友とか」
カーラジルトが言った。
「するとユードは、そういう立場の人ってことになるね」
「きみもね」
カーラジルトが付け足す。
じゃあ、ナイジェルは、恋人とまではいかないけど、わたしのこと親友くらいには思ってくれてるのかな。
単に別れの挨拶とか、お礼とかじゃなくて?
ちょっと期待してしまう。
「では、姫君。さっそく剣をお教えしましょうか」
カーラジルトが言った。




