第2話 薔薇の城の少女 3
「何で、よりによってアヌヴィムなんかに化けてるの?」
イデュアルは美しい眉をひそめ、七都に訊ねる。
「同族にアヌヴィムだって思われたら、とても危険よ」
「何かと便利だもの。魔力を使っても、魔神族の武器や武具を身につけていても、特にあやしまれないし、人間も近寄ってこない。アヌヴィムの魔法使いだってことだけで、人間からは、結構身を守れるから」
「なるほどね。でも、この時間に外から連れて来られたってことは、あなたは太陽にも平気なんだ?」
「ええ。わたしのお父さんは人間だから。別の世界の人間だけど」
七都が答えると、イデュアルは、どこか遠くを見るような表情をした。
「エルフルドさまと同じなのね。あの方も、母君さまが人間だから、昼間でも外に出ておられる……」
「エルフルド……」
そうか。イデュアルは地の魔神族。王さまはエルフルドなんだ。
「あなたは、別の世界で生まれて育ったのね?」
イデュアルが訊ねる。
七都は、頷いた。
「最近、そういう、人間との混血の魔神族が増えていると聞くわ。魔王さまや王族たちが率先して、人間と交わっていると。だから、私たち魔貴族も、人間を結婚相手として選ぶことを考えるようになってきたって。あなたのお父様のように、それは外の世界の人間であることが多いみたいだけど」
「それは、何か理由があるの?」
「簡単よ。強い魔神族を作るため」
「強い魔神族?」
「太陽に溶けない魔神族を作るため。あなたみたいな、エルフルドさまみたいな、ね」
「……」
まるで七都の母は、そのためだけに父と結婚した。そんなふうに言われたような気がした。
「でもね。これは、私たち魔神族の流れの一つにしか過ぎない。魔神族は、そうやって他の種族と交わりながら、自分たちを変えてきたの。私たちが持っている魔力も科学も全部、他の種族から得てきたものだわ。そうして、これからもずっとね。私たちは変わり続ける。きっといつか一族全員が、太陽を怖れず、光の下を堂々と歩ける。そういう種族になるわ。食料だって、人間と同じものを摂取するようになる。その時には、魔の領域は廃墟になるでしょうね。そこにいる必要がなくなるもの。もっともこの話は、私の父上の受け売り。父上は、よくそういうお話をお友達としていたわ」
「魔神族は人間と混じり合って、やがて魔物でなくなるってこと?」
「そういうことね。でも、それは、まだまだ気の遠くなるような先のことでしょうけどね。当分は、私たちは魔物だわ。食料は人間で、太陽に当たると溶けてしまうという恐ろしい魔物よ」
イデュアルは、微笑んだ。
「それで、ナナト。あなたは、風の都に行こうとしていたのね」
「そう。初めてそこに行くの。そこでわたし自身のことやお母さんのことを聞かなきゃならない。謎が多すぎるから」
「でも、その途中で、ランジェに捕まっちゃったわけなんだ。気の毒ね」
「イデュアル。一緒に逃げよう」
七都は、イデュアルに言った。
「ここから魔の領域まで、そんなに遠くないでしょう。きっと逃げられるよ。ランジェに追いつかれる前に、魔の領域の中に入れると思う。わたしは、地の都を通って風の都に行くの。だから、あなたをあなたのおうちまで送ってあげる」
イデュアルは、七都を見つめた。
寂しさの混じったような、あきらめたような、不思議な表情。いったい何を思い、感じているのか。
「そりゃあ、わたしは剣も使えないし、魔力もあまり使えないけど。怪我もしていて、頼りないかもしれないけど。出来るだけあなたを守るから」
「守る?」
イデュアルは、妖しい、総毛立つような微笑を浮かべた。
「今、あなたが守らなくてはならないのは、私ではなくあなた自身だわ、ナナト」
「え?」
「この部屋は外からは遮断されてるけど、感覚でわかるでしょう。もうすぐ太陽が沈む。あたりが闇に包まれたら、あなたはとても危険なのよ」
「危険? なぜ?」
「私があなたを襲うから」
イデュアルは、にっこりと無邪気に笑った。
「襲うって……。それはどういう……」
「あなたを食べるの。つまり、あなたのエディシルをもらうってこと。あなたが生きていられないくらいたくさん、残らずね。この部屋に連れて来られた、他の人間たちと同じように」
「他の人間たち……!?」
七都は、美しく微笑むイデュアルをただ見つめた。
まさか……。
行方不明になった女性たちって……。
「あなたはね、私のエサだよ」
イデュアルが言った。
「エサ……?」
「時々、私がお腹がすく前に、飼い主のランジェが用意してきてくれるエサの一つ。今回は、それが人間ではなく魔神族だったというのには少し驚いたけどね。でも、エサであることに変わりはない」
「この辺で行方不明の人がたくさん出てるって……。ランジェが旅の人たちをさらってるの? そしてランジェは、ここへ、あなたのところへ、その人たちを連れて来てるってことなの?」
「そうよ。みんな、私のエサだ」
イデュアルが、開き直ったように呟く。
「エディシルを食べたの、その人たちの?」
「たぶんね」
「たぶん?」
「記憶がないもの。でも、ランジェがたくさんの人たちをここに連れてきたのは、事実」
「一昨日、行方不明になった三人連れも?」
「ああ。男の人二人と、女の人一人の? うん。男の人たちは縛られてた。すごい目つきで私を見てたね。女の人は、きれいな人だったな。泣くばかりで、あまり身動きしなかった。目が覚めたとき、三人はいなかった。たぶん、私が食べたのよね。それで、私が起きる前に、ランジェが死体を始末したんだわ」
「イデュアル……」
「だって、部屋の中にエサを入れられたら、素直に食べるしかないじゃない? 私は魔神族なのよ。食料は人間だわ」
「イデュアル。やっぱり、ここから出よう。ここにいちゃいけない。ランジェに、そんな恐ろしいこと続けさせてはいけない!」
「ここから出て? で、どこに行くの?」
イデュアルが、のんびりと訊ねた。七都をわざと困らせるように。
「地の都に家があるのでしょう? おうちに帰ろう。魔の領域へ戻ろう」
イデュアルは、溜め息をついた。
「あなたはいいわよね。行くところもあるし、帰るところもある。その両方ともに、待っていてくれる人がいるのよね」
「あなたにも家族がいるでしょう? あなたが地の魔貴族なのだとしたら、ちゃんと屋敷もあるはずだよ」
「そうね。屋敷はまだあるかもね。今は誰もいないけど。私が家族を全部消しちゃったから。それとも屋敷には、もう別の魔貴族が住んでるかな。あるいは既に、跡形もなく壊されちゃってるかも」
「家族を消したって……どういうこと……?」
「目が覚めたら、屋敷には誰もいなかったの。どうやら、家族全員を私が食べてしまったみたい。父上も、母上も、妹たちも。全く、記憶がないんだけどね。魔神族は、死んだら体は残らない。だから、何も残ってはいなかった。召使いやアヌヴィムたちも、私を怖れて、とうに逃げたみたい」
「……」
「しばらく一人で屋敷にいたんだけど。そのうち叔父上がやってきたわ。叔父上は、私を自分の屋敷に連れて行ってくれた。でも、叔父上とその家族たちも、いなくなった」
「それも、あなたが……?」
「そう。彼らも、私が消しちゃったらしい。そのあと、お役人が来たわ。私は彼らに捕えられて、連れて行かれた。しばらくどこかに閉じ込められていたけど、ある日の夜明け前、女の人たちが入ってきて、きれいなドレスと宝石で私を飾ってくれたわ。そのあと、外に連れ出された。この城の近くに、魔神族の処刑場があるの。そこにね」
「……見たよ。石の椅子が並んでるところでしょう」
「私は、その椅子に鎖で繋がれたの。つまり、死罪ね。たくさんの同族を殺してしまったから。これからも殺す恐れがあるから。私はもう、魔の領域で生きていくことを許されなかったわけ。太陽が現れると同時に、私は石の椅子の上で消えてしまうはずだった。でも、今、ここにいる」
「ランジェだね? あなたを助けたのは」
七都は、呟いた。
「そうよ。あの地下には魔神族の避難所があって、彼が管理してるから。少し早い時間にやってきた彼と出会ってしまった。ランジェは、そのまま私を無視して、放っておいてくれたらよかったのにね。ご親切に鎖を解いて、私をこの城に連れて来てくれたってわけ」
「じゃあ、ランジェは、それから、あなたのために旅人を……」
「よく出来た飼い主さんだわ。私が空腹状態でなくて、しかもエサのあるときにしか、この部屋には入って来ないしね。猛獣と一緒ね。猛獣より悪いかもね」
「イデュアル。やっぱり、ここにいてはいけない。もうこれ以上、ランジェに罪を重ねさせてはだめだ!」
「それで? あなたは私をどこに連れて行ってくれるの、ナナト? 」
イデュアルは首をかしげて、七都を見つめた。
「地の都? 逃げた罪人として、私を引き渡す? それがいちばん妥当かもしれないけどね。私は行きたくはないわ。死罪が決まってるもの。だからといって、風の都なんかに連れて行ったら、だめよ。風の都は人が少ないんでしょう。それこそ、正真正銘、本当の無人の幽霊都市になってしまうわ。どこか他の場所に連れて行っても、いけない。私は無意識のうちに、そこで誰かを殺してしまう。魔神族であろうと、人間であろうと。あなたは、私をどこに連れて行くにしろ、そこに魔物を放つことになるのよ。魔神族にさえ愛想を尽かされた、恐ろしい魔物をね。私には行く場所がないの。いる場所もない。ここ以外にはね。ここでは、少なくともランジェは私を必要としてくれてる。私の居場所は、ここしかないわ」
「ああ、でも、ここにいてはいけないよ、イデュアル……」
七都は、うめいた。
いったい、どうすればいいのだろう。




