魔女の観察
レイカはヒスイ国王の3番目の娘付きの世話係である。王宮に勤める父親のツテで今の職についた。
「姫さまぁ!とぉ〜ってもお似合いですぅ」
彼女は毎日、献身的に朝からハイテンションでご主人の身支度を整える。そしてキレイに着飾った姫様を大袈裟に褒めたたえる。姫が公務の為に部屋を出た後は、掃除を始める他の世話係を尻目にぼんやりと窓の外を眺めている。
「レイカさん?そこの窓拭きは終わりました?」
じっと無表情で立ち尽くすレイカに、後輩が遠慮がちに確認すると、彼女は不機嫌を隠す様子もなく黙って窓を拭きだした。
時間をかけて窓拭きをしていたレイカだが、外に何かを確認すると急にソワソワしだし、世話係筆頭の女性の元に歩み寄る。
「おトイレに行ってきます!」
「お、レイカちゃん」
3人のベテラン討伐隊が彼女を見つけて声をかけると、レイカは満面の笑みを浮かべた。
「おはよぉ」
「サボってるのか?」
「もう!ちゃんと仕事してますぅ!ちょっと休憩よ」
「それはサボりだな」
どっと討伐隊が笑うとレイカは大袈裟にふくれて、3人の中で1番見栄えのよい男の服の袖をつまんだ。
「なんで意地悪言うのぉ?頑張ってるのに」
顔を寄せて涙目で訴えるレイカに男はたじろいだ。
「冗談だって。反応が可愛いからついからかいたくなるんだよ」
「本当に?でも、もう意地悪しないでね」
こぼれ落ちそうな涙を指でぬぐう。
「ごめんってば、今度、何かご馳走するよ」
男が口にした言葉にレイカの表情が明るくなった。
「やったぁ⭐︎絶対だよ!」
約束を取り付けて討伐隊の男たちと別れた。
「……好きです」
能面のような無表情で歩いていたレイカの耳にか細い女性の声が聞こえた。声のした方向を確認すると若い男女が柱の影で向かい合っていた。
「え、オレのこと?」
「はい」
頬を染めてうつむく女性に男性も負けじと顔を赤らめている。
(あの娘って…姫様の機嫌をとって新人のくせに昇給した娘じゃない)
レイカは少し離れた場所で様子を伺った。
一通り話を終えて若い男女はそれぞれの仕事に戻る為に別れた。告白の余韻に浸る男にレイカは走り寄った。
「ひゅう〜モテるんだね」
「あ、レイカちゃん!見てたの?」
「うん!で、お付き合いするの?」
「あー、返事は少し待ってもらってる」
「え〜!どうして?!彼女、すっごく可愛いのに。あのスレンダーなスタイルに憧れるぅ」
「うーん…それなんだよなぁ。良い子なんだけど痩せすぎで」
男の言う通り、告白してきた娘は女性にしては背も高めで痩せていた。それを陰で揶揄する者が少なからずいた。
「えー!痩せててレイカは羨ましい!ほら、レイカって色んな所にお肉がついちゃってるから」
そう言って両腕で大きめの胸をさりげなく寄せてアピールする。当然、男の視線が注がれる。
「ウエストなんてヤバいんだよ⭐︎ほらぁ」
そう言って、トドメに細い腰をグッと突き出した。
「いや、レイカちゃんぐらいの方が男は好きだって!腰も細いよ?」
「服で誤魔化されてるだけだよ。ほら、触ってみて」
「え!さ、さわっ、触って良いの?」
「いいよぉ。減るわけじゃないし」
「じゃあ…」
男は緊張しながら遠慮がちにレイカのウエストに手を伸ばした。
「うわぁ〜めっちゃ細い、けど、柔らかい。女の子だぁ」
男はデレデレと鼻の下を伸ばして浮かれている。
「当たり前よぉ。レイカは女の子だよ」
「やっぱり、これぐらいが良いよなぁ。あの娘も良い子なんだけど」
神妙な面持ちで考えだした男の腕にレイカは自分の腕を絡ませて柔らかな胸を押し付け顔を近づけた。
「ひどぉ〜い!そんな事言っちゃあ可哀想だよ。よく考えてあげてね」
「うん…いや、たぶん断るよ」
もはや男の意識は自分の腕に当たる柔らかな感触にしか無かった。
男と別れてしばらく歩くと周辺がざわつき出した。人々が慌ただしく行き交い道を開ける為に整列してこうべを垂れる。
「どうかしたの?」
レイカは近くを通った庭師の男にたずねた。
「もうすぐ王太子様がお通りになるんだ」
「まぁ」
レイカも周りに習って廊下の端で整列してこうべを垂れて王太子を待っていると、やがてカツカツと規則的な足音が近づいてきた。
シンプルなデザインだが明らかに上等な布で仕立てられていると分かる上品な光沢を放つ着物に身を包んだ端正な顔立ちの王太子が数人のお供を連れてレイカの前を通り過ぎようとしている。
「くちゅん!」
沈黙の中レイカのくしゃみが響き渡った。
王太子が何気なくくしゃみに反応して振り向くと、涙目の上目遣いで見上げるレイカと目があった。皆、視線を下げていると思っていた王太子はレイカと目が合った事に驚き戸惑ったが、すぐに視線を逸らして歩みを進めた。
(目が合った)
レイカはニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ちょっと〜、相当性格が悪そうだけど。あの女」
朝から黙ってレイカの様子を眺めていたクロイは我慢が出来なくなってマシロに絡み出した。
「主の想い人だ。あの女ではなくレイカ様だ」
マシロは城の掃除係の制服と目深に被った手拭いで顔を隠している。
「別にオレはタケルさまの幸せを願ってる訳じゃないけどさ、いくらでも彼女より良い人はいるよ」
「それを決めるのは私達じゃあない。タケル様が想いを寄せてるだ。きっと良い所があるに違いない」
「そうかなぁ……あ、ウワサをすれば」
レイカの目線の先にタケルがいた。同僚の若い男と何やら話ている。
「お疲れ様〜休憩??」
「あ、レイカちゃん」
タケルの表情が一気に和らぐ。それを見たマシロの頬もほころぶ。更にそれを見たクロイはしらける。
「さっき王太子様が通ったけど…」
レイカの言葉にタケルの同僚が反応した。
「また魔女の捕獲作戦だよ。次は王太子様が自ら出向くらしい」
「そうなんだ」
まだ未確定な情報だったのでタケルはこれ以上話を広げないように別の話題で場の空気を変える事にした。
「レイカちゃん、昨日渡したお菓子食べてくれた?」
「え?あぁ…」
何故かレイカの反応は薄く笑顔が曇った。
「なに?何の話?」
「あー、最近人気のお店のお菓子が手に入ったから…」
レイカの表情は益々曇っていくのを見てタケルは言葉を濁した。いつもなら「美味しかった」とか「まだ食べてない」とか何かしら反応するはずのレイカの予想外の態度に戸惑った。
「お前たち仲良かったんだ」
「出勤と退勤の時間が一緒で…渡し船仲間なんだ」
「……」
同僚の質問にタケルは答えたがレイカはうっすら愛想笑いを浮かべるだけだったが、ふと同僚の男の腕の勾玉に気づいた。
「あら、もしかして、また昇進したの?!」
突然テンションの上がったレイカに驚きつつも男は腕を自慢げに突き出した。
「おう!こないだの試験に合格したからな」
「すごぉい!お祝いしなくちゃね」
「酒でも飲みに行くか?」
「行きたぁい」
盛り上がる2人の横でタケルは居心地の悪さに耐えた。討伐隊で役職のある者は腕に勾玉をつけて階級を示しているが、彼の腕には勾玉はない。
「じゃあ、オレは戻るよ」
タケルは隙を見て2人に告げるとレイカは「ばいばい」と軽く手を振ってすぐに勾玉の話に戻ってしまった。
「ぐぬぬ…!許すまじ!あの女…!」
マシロは手にしていた箒を今にも折ってしまいそうな勢いで握りしめている。
「レイカ様でしょー」
クロイが冷めた声で皮肉を言う。
「主に礼の一つも無く、挙句にあの態度!」
「だから言っただろ?性格悪いって。あいつ、権力が大好物なんだよ」
「くっ……!タケル様!何故あんな人を…いや、ダメダメ!主のために想いを成就させるのが使い魔の忠誠の証!」
マシロはブツブツと自問自答しながら、勾玉話でまだ盛り上がっている2人に近づく。
「マシロ?!なに考えてるの?!」
クロイが小声で叫んでもマシロは振り返らなかった。
「あの、今から掃除するんで解散してもらえません?」
「うおっ!びっくりした」
マシロは大袈裟に箒をはきながら低い声で告げると、2人は同じ方向に歩き出した。正しくはレイカが男にしつこくついて行った。
「タケルさんは昇進の可能性はあるのかな?」
「はは、あいつは無いだろ。体格は良いのに中身はぽポンコツだからな」
「えー、彼も頑張ってるんだよぅ」
2人の会話に我慢の限界がきた魔女は胸元で小さく印を結んだ。
「うっ!…あの、オレ、ちょっとトイレ」
「あら、そう」
あわてて走り去る男の姿が見えなくなった事を確認すると、レイカも急いでトイレに駆け込んだ。
「今日1日お前達は主をバカにした罰としてトイレとお友達になってもらう」
マシロは満足げに胸を張ってクロイを振り返った。
「何てくだらない罰。魔力の無駄…」
クロイは呆れながらも楽しげに笑った。




