魔女の反省
今朝もタケルは毎日のルーティンをこなして家を出た。
「おはよう、主」
「おは〜♪」
「わっ!」
扉の前に獣魔クロイを従えた魔女マシロが立っていたのでタケルは驚いてビクリと震えた。
「おはようございます…なんか疲れてます?」
「ああ、昨晩は考えることが多くて寝不足だよ」
普段は健康的な艶やかな肌で血色も良い彼女だが、今朝は目の下のクマが酷かった。
「主は今から仕事でしょ?渡したいものがあるのだが私はこれから森に戻らなくてはいけなくてね。夜に会いに行くよ」
「何ですか?」
「うーん、今から材料を採りにいくんだけど、見つからないかもしれないしガッカリさせたくないから内緒」
「はぁ…」
「じゃあ、また後で!」
突風がふいたかと思うとマシロとクロイの体が一直線に空へ舞い上がった。やがて黒い陰にしか見えなくなると森の方へ向かって行った。知らない人が見たらただの鳥にしか思えないだろう。
「……」
タケルは魔女が去ったことを確認して足早に船着場に向かった。
「おいおいおい、そっちは船着場じゃないぞ。この道、昨日見たような気がするぞ」
「……」
派手に飛んで森へ向かったと思わせ、タケルが歩き出したタイミングでコッソリ戻ってきたマシロ達は彼の尾行を開始した。
「こっちはレイカちゃんの家…」
「うるさい。静かにしろ」
クロイの言う通りタケルの行き先はレイカの家だった。到着すると少し離れた木陰に身を潜めて彼女の家を見つめている。
「いってきまぁす」
扉が開いて気だるげなレイカの声がした。彼女が歩き出すとタケルも一定の距離をとりながら追いかける。
「もう辞めようよ。オレ怖いよ。見ちゃいけない物見ちゃってるって」
クロイが必死に訴えるもののマシロは聞く耳持たずでタケルをさらに追いかける。
「あ♡おはようございまぁす」
昨日、レイカに店の売れ残りを渡していた店主は鼻の下を伸ばして挨拶をかえす。
船着場に着くまでに、レイカは昨日と同じように複数の男性から声をかけられては愛想良く返していた。
「何なの、あの男。ずっと真顔なんだけど。どんな気持ちなの?!」
ひたすらレイカの後を追うタケルにクロイは毒ずく。
やがて船着場に着くと先客達に一通りあいさつをして列に並んだ。
「おはよう、レイカちゃん」
タケルはそそくさと彼女の横に並んだ。
「あら、タケルさん、今日はいつも通りなのね」
「うん」
タケルは彼女と目を合わせると幸せそうに目を細めて笑った。
「マシロ、オレ気づいた」
うるさいなと目で訴えながらもマシロは話を聞くことにした。
「昨日はレイカに“今日は早いのね”と言われていたと言う事は、いつもこのタイミングでここに来てるって事だろ?昨日はマシロがここまで着いて来たから真っ直ぐ来るしかなかった。だから早く着いていた。と、言う事は普段は毎日レイカの家にストーカー…寄ってるんじゃないか?!」
クロイは大袈裟に震えながら名推理を披露したと同時に、マシロからの攻撃に備えて身構えた。
「……まぁ、そうなんだろうね」
「あれ?」
マシロの意外な反応にクロイは戸惑う。
「いいの?」
「なにが」
「放っておいたら、あの2人くっついちゃうよ?」
「………」
マシロはレイカの横で幸せそうに笑うタケルの顔を無言で見つめるだけだった。
夕方、仕事を終えたタケルは昨日と同様のルーティンで帰宅した。自宅に近づくにつれ食欲をくすぐる良い香りがする。
「ただいま」
「おかえり!!兄ちゃん!」
いつもならアオイとベニコのダブル突撃ハグが迎えてくれるのだが今日は声だけだった。
「?何して」
不思議に思いながら声のした炊事場に向かうとマシロがフライパンで何かを焼いていた。
「おかえりなさい、タケル様」
「魔女様…」
「マシロ」
「マシロ様」
「マ・シ・ロ」
貼り付けたような笑顔のままマシロはタケルの自分への呼称を正してくる。
「マ、マシロ」
アオイとベニコはマシロが魔女だと言う事をしらないので気をつかってくれたのだとタケルは理解して彼女の言われるがままに応えた。が、女性の名前を呼び捨てにするのは初めての事で口にした途端気恥ずかしさで顔を赤らめてしまった。
「タケル様は苦手な食材はありますか?」
「いや、特には…って、夕食を用意してくださったんですか?!」
「少し味見したけど、めっちゃ美味しかったよ!ねー!」
アオイとベニコは声を合わせてはしゃいでいる。
「2人が手伝ってくれて、とても助かったよ。ありがとう」
マシロに褒めてもらった2人はますます上機嫌になってはしゃぎ出す。
「おかえり、タケル。いい匂いと楽しそうな声がするから呼ばれる前に母さん達も来ちゃった」
両親もヨロヨロとおぼつかない足取りで賑やかな炊事場に姿を現した。
「ただいま。さ、座って」
笑顔だが、やはり顔色の優れない両親をタケルは椅子に座らせた。
「ちょうど良いところに。出来上がったから食べよう。さ、おチビちゃん達も手伝って。仕上げだよ!」
「はーーーい!!」
魔女が再び家に入り込んだ事に戸惑いを感じつつも、にこやかな食卓にタケルの頬が自然と緩んでいた。
マシロの料理はさまざまな香草が使われていて初めて経験する味ばかりだったが、どれも美味しく皆夢中になって食べた。
「マシロさんは、タケルとはどこで知り合ったの?」
一通り味の感想で盛り上がった後、タケルの母は素朴な質問をぶつけた。
いつ聞かれるのかと待っていた言葉が出てタケルの箸を持つ手がとまった。
マシロは固まっているタケルをチラリと見てから穏やかに微笑んだ。
「少し前に、わたしの命を救ってくれたんです」
「まぁ、命?そんな危ない目に?」
「詳しくは……ちょっと思い出すのが辛い出来事だったので話せないのですが、とにかくタケル様のおかげで今の私がいます」
「ごめんなさいね。辛い事を思い出させちゃって。何があったかは分からないけれど、もう大丈夫なの?」
「はい。タケル様がいれば大丈夫です」
マシロの言葉に両親は意味深に顔を見合わせた。食卓で静かに話を聞いていたベニコが突如声を張り上げた。
「マシロちゃんは、兄ちゃんとお付き合いしてるの?」
タケルは飲んでいたお茶を吐き出してむせた。
「ベニコ…何をっ」
「だって〜」
「いいんだよ、ベニコちゃん」
マシロは隣に座るベニコの頭をそっと撫でた。
「私はタケル様が大好きだよ」
「わぁっ!」
マシロのストレートな告白にアオイとベニコはくすぐったい感情が押し寄せて思わずニヤけてしまう。そんな子供達の陰で両親もニヤけるのを必死に堪える。
「マ、マシロ、そう言う事はあまり…」
いたたまれない空気にタケルはマシロにやんわり抗議した。
「何を言っている。タケル様は私のヒーローだ。受けた恩はちゃんと返すぞ、私は」
「あ、そう言う…」
タケルはマシロの好きだと言う言葉を恋愛的なものだと勘違いして焦った自分を恥じた。
「じゃあ、また来てくれる?」
ベニコのキレイな澄んだ瞳がマシロを見上げる。
「もちろん!」
「わーい!クロイも?」
「ああ」
ベニコの言葉にタケルはギョッとして辺りを見渡した。すると足元でニャーンと聞き覚えのある声が聞こえた。見下ろすと普通の黒猫のフリをしたクロイがいた。
「ごちそうさま。今日はありがとうね」
母が片付いたテーブルを拭きながら炊事場でお茶を淹れるマシロに声をかけた。
「こちらこそ、たくさん食べてくれてありがう。だが、本当の目的はこれからですよ」
「どう言う事?」
和やかな食事が終わってすっかりリラックスしていたタケルはマシロの言葉に緊張する。マシロはお茶を2人分持ってくると両親の前に置いた。甘い香りがする。
「私が調合した薬です。これを飲んでもらいたくて今日は来ました。どうぞ」
「…あの、これは何のお薬ですか?」
「タケル様、安心して。疲労回復に効く薬草を煎じただけだよ」
「……」
魔女は自分にも家族に優しく接してくれている。食事も美味しかったし両親の体のために薬を持って来てくれた。人の好意を疑いたくは無いが、信じきれない自分がいる事にタケルは罪悪感を感じてしまう。
「私の薬草の知識を超える人間はこの世にいないと断言出来る程に自身がある。だが、確かに初対面の人間が出した薬を飲むのは勇気がいるな」
そう言うとマシロは2人の前に置いたコップからスプーンでひと口ずつすくって自ら飲んでみせた。
「マシロさん、そんな事しなくて良い!すでに食事も頂いてるんだ。何を今更疑う事があるんだ」
父はやんわりとタケルを非難するとコップを手に取って一気に飲みほした。それに続いて母も同意見だと言わんばかりに飲んだ。
「…ありがとう。さすが主…タケル様のご両親だ」
魔女が心底感激している様子を見てタケルの罪悪感が更に増してしまった。視線を感じて振り返るとクロイがジッとこちらを見つめていた。目が合うとタケルの心中を察してニタリと意地悪な笑みを返してきた。
しばらくアオイとベニコがクロイで遊んだ後、マシロは帰って行った。
「顔もキレイだけど、心もキレイな良い娘さんね」
「全くだ。タケル、逃げられんようにな」
「はぁ、そんなんじゃないんだよ。期待しないで。久しぶりにはしゃいで疲れたろ?もう寝たら?」
タケルも緊張感に疲れ果てていた。
「ん?確かに、こんなに起き上がってるのは久しぶりだな。気分が良いせいか膝の痛みがずいぶん和らいでる」
「お父さん、私もなのよ。いつも貧血が酷いのだけれど何だか頭がスッキリしてるの」
言われてみれば2人ともいつもより顔色が良い。
「マシロさんの薬のおかげかしら」
「………」
魔女の調合した薬を人間が模倣する事は不可能だ。魔女の豊富な知識に加えて魔力を使った特殊な精製法が使われる。ごく稀に市場に出回る事があるが庶民には手の届かない高額な値段で取引される。
(まさか、森に戻ってワザワザ作ってくれたのか?)
今朝のマシロの言葉を思い出してタケルは複雑な気持ちになった。
(なぜ彼女は自分にここまでしてくれるのだろう?)
「マシロ〜、明日もタケルをストーキング…見守り続けるの?」
ちびっ子2人に遊んでもらって上機嫌のクロイは魔女の周りをクルクル回った。
「いや、明日からは主を応援する」
「応援?」
「主は、あのレイカという娘といると幸せそうな良い顔をするんだ。主を独り占めされるのは悔しいが、私では、あんな顔にしてあげる事は出来ない」
「え?2人の応援?じゃあタケルの事あきらめるの?」
「なにを寝ぼけた事を。使い魔にはしてもらう」
「ん?あれ?タケルの恋を応援して使い魔になる…マシロ…お前の目的って…」
「契約だ」
キッパリと言い放つマシロにクロイはハテナマークの嵐に襲われている。
「お前、タケルの事が好きなんじゃないの?」
「好きだ」
「それって、どういう好きなんだ?」
「さっきからゴチャゴチャうるさい奴だな。好きに他の意味などあるのか?好きは好きだろう」
(こ、こいつ……人間と親密になる事がなかったから仕方ないとは言え…本当に純粋な主従関係を求めているのか?)
「あー分かったよ。じゃあ、あしたからストーカーの恋の成就を手伝うんだな」
クロイが投げやりに言うとマシロからぎろっと睨みつけられた。
「主を2度とストーカー呼ばわりするな」
そう吐き捨てて歩いていくマシロの後ろを呆れ顔でついていくクロイであった。




