魔女の嫉妬
タケルの朝は早い。
日が昇る前に起きて家族の朝食を作る。
アオイとベニコの登校準備を手伝う。2人の見送りは両親に任せて職場へと向かう。
(今日は良い天気だ)
暑くも寒くもない季節。澄んだ空気を大きく吸って空を見上げてみた。
「ん?」
空にずいぶん大きな鳥が飛んでいる。ぼんやりと眺めているととこちらに向かって下降しているように見えた。
「!!!」
大きな鳥に見えた物の正体は美しい魔女だった。
「おっはよう♪主〜」
ふわりと目の前に降り立つと上機嫌でタケルに駆け寄ってきた。
「おはようございます」
「今からお仕事?」
「はい…空、飛べるんですね」
「魔女だからね」
容姿だけ見ればクールビューティーな彼女だが、気取った所が無く傲慢な態度をとるでもないので、タケルの警戒心も少しは柔らいでいた。
タケルが歩き出すとマシロも横に並んでついてくる。
「…あの、何で飛んでたんですか?」
気まずさを紛らわすために、さして興味のない質問をしてみる。
「昨日は急いで森を出たから1度戻っていた」
「……」
(そのまま戻らなくて良いのに)
昨日のやりとりを思いだしながらタケルは心の中だけで悪態をついた。
やがて乗船場が見えてきたが、見知った顔が数人船の出発を待っていた。同じ仕事仲間だ。
「あの、ボクはここから渡し船に乗って城まで行くので、ここで」
「分かった。では、気をつけてな」
城までついてくるとゴネられると思っていたタケルはマシロがあっさり別れてくれて拍子抜けした。
「……行ってきます」
乗船場に着くと同僚達と挨拶を交わして空を眺めて船を待った。
「今日は早かったのね。おはよぅ、タケルさん」
タケルの視界に若い女性の顔がひょっこり入ってきた。
「あ、おはよう。レイカちゃん」
タケルの心臓が飛び跳ねた。
「ん?顔が赤いわ。熱があるんじゃない?!」
そう言うとレイカは小さな手でタケルの額に触れた。タケルの心臓はさらに早鐘を打つ。
「大丈夫!ちょっと中に着込んじゃって。あー、暑いなー」
「ホントぅ?無理しないでね」
「ありがとう。レイカちゃん、優しいね」
「やだ、普通だよぅ」
レイカはぷうっと頬を少し膨らませてから愛らしく笑った。その様子をタケルは愛おしさに目を細めて見つめていた。
「な!なんじゃ、アレは!」
マシロは乗船場の側の木の陰から2人の姿を確認した。
「なんと、あざとい!」
木の幹にガリガリと爪を立てながらレイカを睨みつける。
「タケルも鼻の下、伸び過ぎでしよ〜」
ケタケタと笑いながらクロイはマシロの周りをぐるぐる飛びまわっていたが、一瞬で彼女に首根っこを捕らえられた。
「静かにして」
「……はい」
城までの送迎船が到着した。待っていた人々が一斉に船に向かうので、背の低いレイカはぶつかられないように懸命に人の流れに乗っていた。
「きゃっ!」
人にぶつかったようには見えなかったがレイカは突然よろめいて後ろを歩いていたタケルの胸に華奢な体を預けてきた。
「わっ、大丈夫?!」
「うん、ごめんね」
「気をつけて。ボクが盾になってあげるよ」
タケルはレイカを守るように自分の腕を彼女の横に差し出して誰もぶつかれないようにして歩きだした。
「ぐぬぬぬ!!」
「や、やめて……」
木陰ではクロイがマシロに抱き潰されていた。
城に着き、午前中は書類仕事をして午後からは訓練場で体と技を鍛えるのがタケルの日課だ。
午後の鍛錬を行い、休憩所に皆が向かう中、タケルだけは別方向へ向かい城内の池の周りでキャロキョロ辺りを見渡している。
しばらくするとレイカが池の方に向かって歩いてきた。
「あら、タケルさん、休憩?」
「うん、レイカちゃんも?」
「ううん、この時間はいつも姫様のおやつを受け取りに行くの」
首をかしげてタケルに微笑む。タケルの頬も自然と緩んだ。
「あのさ、これ、良かったら食べて」
タケルは手に持っていた小さな巾着袋を差し出した。
「最近、城下町に出来たお店の人気の金平糖なんだけど」
「えー⭐︎いいの?」
レイカは両手を頬に当てて大袈裟に喜んで袋を受け取った。
「あ!先輩だ!早く行かなきゃ怒られちゃう。タケルさん、ありがとうね」
そそくさと立ち去るレイカの後ろ姿をタケルは姿が見えなくなるまで愛おしげに眺めて見送った。
「おのれ!あの娘、さては主のストーカーだな」
マシロは木陰から唇を噛み締めて怒りに震えていた。
「いや、どっちかと言うと逆でしよ。タケルが明らかに待ち伏せしてたよね」
「黙れ」
「もう言っちゃうけどさー」
クロイは少し不機嫌な様子でしっぽを振りながらマシロの背後に移動して耳元でささやいた。
「1日中あの男に張り付いて、お前も立派なストーカーだよ!」
そう吐き捨てると一目散に逃げた。
が、マシロはクロイの指摘に怒る様子はなく呆気にとられていた。
「私は使い魔として主を見守る義務があるんだ。あいつは何を勘違いしてるんだ」
背後から聞こえたマシロの言葉にクロイは恐怖を覚えて心底あきれた。
「契約断られてるから義務なんてないでしょ。勘違いはお前じゃん」
彼女に聞こえないように小声で吐き捨てて、タケルのストーカーへと進化をとげようとしているマシロを遠目で観察するクロイであった。
夕方、タケルはテキパキと仕事を終えて残業に追われる同僚達を尻目に今朝乗った船に乗り帰路につく……はずが、船を降りた後、そのまま待合室の椅子に座り込んだ。
鞄から本をとりだし読み始める。 しばらくして次の船便がこちらに向かってくるのが見えるとタケルは近くの木の陰に身を隠した。
「ありがとうございましたぁ」
到着した船から降りた乗客の中にレイカがいた。レイカは船員とあいさつを交わすと足取り軽やかに家路についた。それを木陰から確認したタケルは少し距離をおいて彼女を後ろから追いかける。物陰に隠れながら……。
「おう!レイカちゃん今日もお疲れさん。これ、売れ残り持って帰ってよ」
道中にある野菜売りの店主がレイカに紙袋を差し出す。
「いつもありがとぉう♡」
鼻にかけた甘ったるい声でお礼をいいながらレイカは店主から紙袋を受け取ろうと手を差し伸べた。下から袋を支えていた方の店主の手を一度きゅっと自分の手で包み込んでからレイカは袋を持ち上げて受け取った。
「ご主人の方こそ今日もお疲れ様でしたぁ〜」
満面の笑みでレイカは立ち去った。店主は顔を赤らめてレイカの手の感触に浸っていた。
そこからもレイカは数人の男性に声をかけられては愛想良く対応して上機嫌で家の中に入って行った。
タケルは彼女が家の中に入った事を確認すると、もと来た道に戻って自宅へ向かいだした。
「マシロ!あ、あいつ、本物じゃねぇか!本物のストーカー初めて見た!こぇーよ」
タケルから少し離れた建物の陰でクロイは震えていた。
「あ、主……」
今回はマシロも怒りではなく驚きで固まっている。
「なぁ、もう契約は諦めて森に帰ろうよ」
クロイが猫のようにマシロの肩に自分の体を擦り寄せてきた。マシロはクロイの身体を撫でながら無言で思考を巡らせた。
「いや……」
その一言でまだ帰れないと悟ったクロイは小さくため息をつくが、次の魔女の言葉に衝撃を受ける事になる。
「主はあの娘に惑わされているだけだ。私が主を助けてあげないと!気の毒な主!」
こうしてストーカー魔女は爆誕したのであった。
ここから魔女の勘違い暴走がはじまります^ ^




