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狩り1

 建設中のビルの上に立つ、二つの人影。

 周囲には他に匹敵する高さの建物はなく、誰もその影を目撃する者はなかった。

 ただ、皓々と光る月だけが彼らを無感動に眺めていた。


「ほんと、シエルってもの好きだよな。契約なんかしちまってさ。あのミギリ、結局どうするつもりなんだよ」


 夜のとばりが下りても、肌を舐めるような暑さは残っていた。

 だが、二人ともそんなものはまるで感じていないかのように、涼しげな顔をして夜の街を見下ろしている。


「始末の仕方をいま考えているところだ」


「うん? なんだ、やっぱり殺すんだ。まあ、あの娘が願ったのは、己が己であるまま命を終えたいってことだし、シエルが殺す殺さないってのは、契約には関係ないもんな」


 ふんと、シエルは鼻を鳴らした。


「俺の言葉に二言はない。俺が始末を考えているのは別のやつだ」


「別のやつ?」


 キルクがシエルを振り返る。


「ああ。あのミギリの娘は始祖の〈器〉だ」


「そいつはまた……ずいぶん珍しいのに当たったなぁ」

 

「珍しいのは珍しいが、俺の前に現れたのは偶然ではなく、ほぼ必然に近いだろうな」


「どういうことだよ。まるであのミギリの始祖が誰だか分かってるみたいな口振りだな」


「最初は半信半疑だったがな。契約の楔を打ったときに確信したのさ」


 忘れることなどない。間違えるはずもない。それほどまで深く記憶に刻み込まれている懐かしい気配が、鈴音の中に息づいていた。


「いったい誰なんだよ」


「おまえもよく知っているヤツだ」


「そう言われてもなぁ……」


 シエルは口もとを引き上げ、小さく笑った。


「よかったな。あのミギリが最初に出会ったのが俺で。もしおまえが最初に会っていて、下手に鈴音を殺していたら、すぐにあの女が出てきていただろうよ。運が悪ければ、おまえ殺されていたかもな」


 キルクはその秀麗な眉宇をひそめた。


「……誰だよ。俺を殺せるような女って」


「忘れたか? この俺に恨みを持っていて、なおかつ実際に殺そうとする度胸と力のある女など、一人しかおるまい?」


「まさか」


 キルクは息をのんだ。


「リーンの妹、か?」


 それは懐かしい名だった。

 かつてキルクと同じく、シエルの傍らにいた魔族らしからぬ青年。

 シエルがその手で命を奪った、哀れな青年──。

 彼には、自らの命を捨ててまで守ろうとした双子の妹がいた。


「そうだ。あのミギリは、マーヤの血を引く娘だ。すでに意識が覚醒している」


 キルクの瞳が剣呑な光を宿す。その口もとには見る者を凍りつかせるほどの凄惨な笑みが浮かんでいた。


「そいつは嬉しいね。俺、あいつだけはこの手で殺してやりたいと思ってたんだ」


「早まったことはするなよ。あいつは俺の契約者だからな」


「俺がるぶんには、シエルの契約は関係ないだろ。どうせあの娘の願いも死ぬことなんだし」


「まあ、そうだが。言っただろう。俺には俺の考えがあると。よけいなことはするな」


 キルクは不満そうにくちびるをへの字に曲げたが、シエルのきつい視線に射貫かれ、肩で息をついた。


「……分かったよ。シエルがそこまで言うなら」


 分かったならいいと頷くと、シエルは眼下に広がる街の光に視線を落とした。


(ほんとうに愚かな娘であることよ)


 兄であるリーンが命を賭して守ったというのに。

 リーンが生きてこの状況を知れば、さぞ嘆いたことだろう。

 シエルも、深く息をつく。

 シエルの右手は、まだあの感触をおぼえていた。

 リーンの心臓を貫いた瞬間の、あの血と肉の感触を。心に空いた、埋めようもない穴を。


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