死の蝶5
魔族を殺すために感情を否定され、押さえつけられ、家族を捨てさせられ、人が人として当たり前に生きていくためのあらゆるものを手放すよう強要されてきた鈴音には、他のミギリと同様、ミギリの血以外に拠って立つものがなかった。
誇らしく思っているわけではない。だが、人として当たり前のものを持つことが許されない己の現状を肯定するのは、ミギリの血しかなかった。
魔族を殺す特別な血を持つ一族だから仕方ない。そう思い、そこにわずかなりとも正義を見いだせていたからこそ、あきらめの心境にもなれた。
だが、ミギリ自体が魔族の裏切り者で、同族殺しの一族だと言うのなら、正義も何もない。
鈴音は、自分の存在を根底から切り崩された思いだった。
いったい自分とは何なのだろう。
考えれば考えるほど、鈴音は分からなくなった。
それを見透かしでもしたかのように、シエルは言う。
「己の存在を消されたくなければ、自分が何者であるか、それを忘れないことだな。おまえが自分を見失った瞬間、おまえの中で機会を窺っている女の意識に喰われるぞ。……なあ? そうだろう?」
シエルの眼光が明らかな殺気を帯びた。
鈴音は腰が抜け、ぺたんと、その場にへたり込んでしまった。
「いいか。俺は言ったはずだ。俺を殺したければ殺しに来いと。ただし、そのときはおまえ自身が死ぬ覚悟をしておけとな。よもや忘れたとは言わせんぞ」
シエルは鈴音ではなく、その向こうにいる何者かを見ているようだった。
ぞわりと、鈴音の中で何かがうごめく。
【おまえに偉そうに矜持云々を語られとうないわ。死を覚悟するはおまえのほうぞ】
頭が押し潰されそうに痛んだ。喉の奥からどす黒い何かが競り上がってくる。
喉元を押さえ、鈴音はうずくまった。
くっくっと、シエルが喉の奥で笑う。
「無茶をするな。その娘は俺と契約を交わしている。そう簡単におまえの自由にはならんよ、マーヤ」
ドクンと、鈴音の心臓が大きく鼓動を打った。
「おまえの子孫はあまりにも無知過ぎる。この俺と契約を交わすなど、笑えるではないか? 一族の目的くらいは教えておくべきだったな」
「カ……ッ、ハッ」
鈴音は呻いた。
息が、できない。
目に涙があふれてくる。
喉元を押さえる指に、爪に、皮膚が食い込む。
脳裏に笑い声がこだまする。
【目的など、これから教えてやればいいだけのこと。おまえが己の罪を覚えておれば、それだけで充分だ】
「ア……、やめ……て」
身体の自由がまったく利かなかった。
鈴音の意思に反して、喉を押さえる指にどんどん力が加わっていく。
「よせと言っているのに、相変わらず無茶をするやつだな。焦らずとも、俺はどこにも逃げやしないさ」
シエルの手が鈴音の手に触れた。
「少しはおとなしくしていろ」
とたんに鈴音の手から力が抜け、空気が一気に肺に流れ込む。
喘ぐようにひとつ大きく息を吸うと、鈴音はそのまま気を失った。




