152話 完全アウェイ!悪魔 in ノートルダム
【パリ・ルーシー視点】
※旅行5日目。パリフリータイム継続中。
パリのノートルダム寺院(大聖堂)といえば、ゴシック様式を代表する歴史的建造物だ。
正面 (ファザード)の、双塔、バラ窓、二連アーチ!
天まで届く高さを実現、フライング・バットレス!(飛梁)
柱を減らし空間を広げる、リブ・ヴォールト!(穹窿)
暗さを解消、降りそそぐ光、クリアストーリー!(高窓)
大学生のとき、カッコいい響きの専門用語を”技名”みたいにして暗記した思い出が蘇った。(ポージングも有ります。)
ノートルダム寺院は、夢ループで毎回必ず訪れる、私のお気に入りの場所だった。
今日はべリアスが一緒だったので、ノートルダム寺院観光をやめ、セーヌ川に架かる最古の橋”ポン・ヌフ”へと予定を変更したのだったが……結局、今回もここへ来ることとなった。
***
ちらほらと雪が舞う公園の広場を抜け、べリアスと私は寺院の敷地へ駆け込んだ。
エロくない必死の眼差しをしたべリアスの横顔に、不本意ながら少しドキドキした。
ここは私の夢の中。
キスだって、本当は別にそんなにもったいぶらなくても良かったのかもしれない。
この際、べリアスと大人の恋愛を楽しんでもいいのかも……などと一瞬思ったが、夢から覚めたら、べリアスは国王で私は王国の勇者。これから王国を守るための大事な戦いが待っている。そのために同盟を結んだノール帝国のアレクセイ王子や、私のために大怪我をしたサミュエル副隊長にも申し訳が立たない。
いまの私は恋愛なんて考えられない……いや、考えちゃいけない!
***
ノートルダム寺院に足を踏み入れた。
高い天井と森のように立ち並ぶ巨大な列柱。異次元の神聖な空間に迷い込んだような、不思議な気持ちになる。
毎回思う、ここはパリにとって特別な場所なんだと……。
「すごいね……」
「……まさに……荘厳というべきか……。は!?……うわっ! 天使がたくさん!」
ベリアスは、恐怖の色を滲ませた。
「え!? どこ?」
「ダメだっ!」
ガバッ
べリアスが肩を抱き寄せ、マントで私を覆い隠した。
「(小声)ちょっ、べリアス。どうしたの? 前、見えないんだけど」
「(小声)お前を隠してるんだ! 天使どもが振り返って、一斉にルーシーを見たんだ」
「(小声)え!? 嘘! なんで?」
「(小声)わからん。ずっとこっちを見て……」
「(小声)もしかして、天使はべリアスの事が見えてるの」
「(小声)いや……攻撃してこないところをみると、見えてはおらぬようだが……ルーシー。お前のことを……」
そのまま、ずるずると入ってきた扉口へ後ずさりしていると、
「Bonsoir madame?…|Mademoiselle?」
女性の声が真横から聞こえた。
「(小声)べリアス……マントで見えない」
「(小声)この女”こんばんは、ご婦人? お嬢さん?って聞いてる」
マントから顔を出すと、オレンジ色の小さな箱を持った青いローブの細身のシスターが満面の笑みで私を見つめていた。
いつもここの売店にいるシスターさんだ!
年齢は30代ぐらいかな、優しい青い眼差しが印象的なきれいな女性だ。
私にしか声をかけないところをみると、どうやらシスターさんは、べリアスのことは見えていないみたい。べリアスの姿が見えない人から見たら、声をあげて後ずさる私を不審に思ったのだろう。
「ボ、ボンソワール」
笑顔で返すと、その女性は嬉しそうにフランス語で話し始めた。
「……Faire un don à l'Église, S'il vous plaît !」
「”寄付してくれ、お願いします”って言ってる」
すかさずべリアスが、翻訳してくれた。
「き、寄付!?」
思いもよらない”寄付”という単語に、慌ててお財布から小銭を取り出し箱の中に入れた。
「merci pour votregénérosité. Que Dieu vous bénisse」
(寛大なご支援感謝いたします。神のご加護がありますように。)
早口で言った後、微笑み私の顔に頬を近づけチュッ!と、もう片方の頬にもチュッ!とエアキスをし去っていった。
これはフランス式のあいさつ、”ビズ”だ!
フランスの映画で見たことがある。お洒落な感じの軽いキスだ!
「びっくり、ドキドキしちゃった」
「いまのはな何なのだ!? あれは加護ではないぞ! あの女、まさかルーシーを誘惑しようと」
べリアスは立ち去るシスターを忌々し気に睨みつけた。
「べリアス、違うよ。フランス式の挨拶で”ビズ”って言うの。こう頬をつけるかつけない感じで……」
背伸をびしてべリアスの頬に顔を近づけ、左右にチュッ、チュッと、エアキスをし顔を離すと、べリアスは瞳を輝かせ嬉しそうに微笑んだ。やってしまってから言うのもなんだが、これはマズいと思った。
「今度は、私からだ……」
べリアスの顔が近づき右頬でチュ…と聞こえたと同時に、ビューッと扉口から冷たい風が吹き込んだ。
扉口に向って立つべリアスの黒髪が強風に吹かれ、その彫刻のように美しい顔面が露わになった。
瞬間、べリアスは真っ赤な瞳を大きく見開いた。
「ルーシー、逃げろ!」
「ええっ?」
扉口を背に立っていた私が振り向くと、グレーのコートを着た小柄な金髪の少年が寺院の中へ駆けこんできた。そして、私の方を見て開口いちばん、
「うわぁああああ!!!」
と、後ろに飛びのき尻餅をついた。
「大丈夫!? あ、フランス語でなんて言うの……」
「Pourquoi le diable……」
少年は怯えた表情でべリアスを見上げ、震えた声で呟いた。
「え、なに?」
「この子ども、私が見えている! それになんだこの天使の数は!? 囲まれたぞ!」
「え、囲まれた!? なにも見えないけど」
「Qu'est-ce qui ne va pas, Charles!」
(どうしたの、シャルル?)
シャルル!?
さっきのシスターが血相を変えてその少年に駆け寄り、その少年は青ざめた顔でべリアスを指さし会話をはじめた。シスターは困惑した表情で聞き、苦笑いしながら私に”大丈夫よ”的なジェスチャーをした。
「とにかく、ルーシー行くぞ!」
涙目のべリアスに腕をつかまれ、扉の外へ出ると外は真っ白。
いつのまにか外は吹雪になっていた。
「嘘!? 雪!? どうして急に!」
「ルーシー、飛ぶぞ! 案内しろ!」
***
【パリ・べリアス視点】
※ちょっと前の回想からはいります。
ノートルダム”寺院”と聞いていていたはずだが、なんなんだこの尋常じゃない天使どもの数は!?
天にも届きそうな高い天井には、白い羽をパタつかせ飛び回るキューピッド。
奥の祭壇までつづくベンチや側廊周辺には、信じられない数の武装した天使たちで溢れかえっていた。剣や弓、槍、鎌、斧、杖……様々な武器を持ち、これから戦にでも行くかのようにみな金や銀、白などの鎧に身を包み、その視線からは強い殺気を放っていた。
まさに、天使軍の本陣!? のような場所だった。
アスモデウスから逃れるためとはいえ、こんなところに自ら足を踏み入れてしまったとは不覚極まりない。いくら消滅する心配が無いとはいえ、これはこれで心臓に悪い。
その天使たちが、一斉にこちらを振り返り、驚き、立ち上がり、ざわついた。
幸い、天使どもは私の姿は見えないのか、誰一人武器を構え攻撃してくる者はいないが。逆に、やや興奮した面持ちでこちらを見つめ、恥ずかし気に頬を染めている者さえいた。
どうやら天使どもは、私のルーシーの美しさに色めき立っているようだ。
大人のルーシーの魅力を前に、お前らが動揺するのも無理もない!
この私のルーシーだからな!
だが、お前らには渡さん!
寄付目的で近づいてきたシスターは、寄付をしたルーシーに加護を与え、儀式のような”ビズ”というなんとも親密な挨拶をし、さっさと去っていった。その”ビズ”という挨拶をルーシーから教えられ、ドキドキしながらお互いに交わしていた矢先。
突然、外から異様な魔力を纏った”子ども”が、大勢の傷ついた天使どもを従え、寺院の中へ雪崩れ込んできた。
その”子ども”が私を見て大声で叫んだ。
「Pourquoi le diable……」
(どうして、悪魔が……)
その”子ども”……どうやら、私のことが見えているようだ。
そのうちに寺院内にいた天使どもがこちらに集まりだし、前も後ろも塞がれ、逃げ場がない状態になってしなった。
マズいぞ、これは……。
「”そこにいる! 悪魔が、そこにいる! なんで!? ここ結界張ってないの!?(べリアス訳)」
と、その”子ども”は半狂乱になりながらシスターや天使たちに訴えたが、周囲の者たちは全く見えないらしく、困惑し首を傾げるばかり。
ルーシーを連れ寺院の外へ飛び出すと、目の前に広がる光景に絶句した。
大荒れの吹雪の中、夥しい数の悪魔と天使が戦っていた。
上空では、黄金の鎧をギラつかせたミカエル軍が、悪魔マモン軍と交戦している。
黒い魔力の鋭い斬撃と、聖なる光の攻撃が飛び交い、ぶつかり、弾け、嬲られ、堕ち、切り裂かれ、怒号やうめき声が渦巻き、視界を遮る雪によってさらに広場は惨状を極めた。
大天使ミカエル軍と、欲望の悪魔マモンの軍、そして、氷の魔女ヴィティ。
あの魔女がここに!?
「嘘!? 雪!? どうして急に!」
やはり、ルーシーにはこの状況が見えていない。
「ルーシー、飛ぶぞ! 案内しろ!」
「え? きゃっ!」
声をあげるルーシーを抱きかかえ、とにかくこの場から逃げきることだけを考えた。
「べリアス! 広場の先を右に」
「広場はダメだ!」
「じゃあ右に行って!」
寺院を出てすぐ右方向(北)へ飛んだ。
飛んでくる光の矢や黒い羽の刃をかわしながら、橋を渡り、夜の闇に紛れ川沿いを西へ向かって羽ばたいた。




