↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

151/300

151話 扉は開かれている

【パリ・ルーシー視点】

※旅行5日目。パリフリータイム継続中。


 夕方17時頃。

 暗い地下を走るメトロ8番線は、オペラ駅へ到着した。

 ボタン式のドアを開くと、車内に吹き込んでくる冷たい風におもわず肩をすぼめた。


「寒っ!」


 パリってこんなに寒かったかな……夢ループ前回までは、”何をしても無駄”とただただ惰性のままボンヤリ過ごしていたが、べリアスが一緒という変則的事態は、夢の世界での可動域の広がりとともに鈍っていた五感が徐々に研ぎ澄まされていくような感覚を覚えた。


 出口を出て階段を上がると、すぐに”オペラ座ガルニエ宮”の豪華なファザードが目の前に現れた。

 日も暮れはじめライトアップされた外観を、べリアスは瞳を輝かせ見上げていた。


「ルーシー、この建物はなんというのだ!!?」

「オペラ座。世界最大級の劇場」

「劇場だと!? まるで宮殿のようだな」

「当時の皇帝の好みの建築様式を取り入れたデザインで、設計者の名前シャルル・ガルニエから、”ガルニエ宮”って呼ばれてるんだよ」

「シャルル……あの”勇者の剣”となにか繋がりがあるのか?」

「それは無いと思う。シャルルは、フランスではメジャーな名前だから。べリアス、こっち!」


 横断歩道を渡り、オペラ座の北西側の道へ進んだ。


「ルーシー、あの中(オペラ座)には入らないのか?」

「残念ながら見学での入場は16:30までだから……それよりも、ずっと行ってみたかった場所があるの!」

「これよりも?」


 オペラ座の豪華なファザードを何度も振り返るべリアスの手を引き、パリの中心街に建つ創業100年以上の歴史のある老舗デパート、プラン〇ンパリへ向かった。


「ルーシー、ここは?」

「デパート。色々なお店を集めて一つにした建物かな」


 モード館のシルバーと白の直線美が印象的な館内を眺めながら、エスカレーターに乗り6階へ直行した。


 ”ラ・ブラッスリー・プラ〇タン”

 

「一度でいいからここで、”お茶”してみたかったの!」

「……お茶、ここで!?」


 売場フロアから一歩足を踏み入れると、そこはまるで別世界だった。

 私とべリアスは口をぽかんと開け巨大な丸天井クーポールを見つめた。


 丸天井クーポール全面を飾るブルーを基調とした繊細で豪華なステンドグラスが、日没間近の弱光を受け淡い輝きを放ち。その下の装飾部分には、星のように散りばめられた小さな灯りがいくつも煌めいていた。柔らかな青や黄色の光の粒がフロア全体に降りそそぐようなキラキラした空間に言葉を無くし、もうため息しか出なかった。


「……素晴らしい!」

 

 低い声で呟いたべリアスが、繋いでいた私の右手をぎゅっと握りしめた。


 店内は円形でゆったりとした造りとなっており、中央に丸いバーカウンター席、それを取り囲むように二人掛けのテーブル席がぐるりと配置され、その周囲に5人掛けのソファー席が点在している。

 夢ループ前は、午後3時半ごろ訪れ”満席”で入店することも叶わなかったが、今回は夕方の中途半端な時間帯のせいかお客さんは10数名ほどだった。


 ”二人席(two seats)”と、ウェイターの男性に声をかけると、不思議そうな顔をしながら私たちを席へ案内してくれた。


 案内された二人掛けの席は、テーブルの上面部分が鏡になっていて、そこに天井のステンドグラスが映り込む演出にべリアスは「よく思いつくな」と感心していた。


 私たちは、コーヒーと、今日のおすすめ”プラ〇タンスタイルモンブラン”を注文した。



「Voilà, Deux cafés,Deux Printemps-style Mont-blanc」

(どうぞ、コーヒーと、プランタンスタイルモンブランです。)



 二人分のコーヒーと、ケーキのお皿がテーブルに置かれた。

 ケーキのお皿には、ソースで模様が描かれ、()()()のケーキの上には、生クリームかと思いきや”白いメレンゲ”がのっかっていた。


 黒シャツに黒いズボン黒のギャルソンエプロン姿の細身の金髪のウェイターは、二人分注文した私を相変わらず不思議そうな目で見ていたが、テーブルの鏡をのぞいた途端顔色を変えハッとし固まってしまった。どうやら鏡越しに、べリアスと目が合ってしまったらしい。慌てて、人差し指を口に当て”内緒ね”というポーズをとると、困惑した表情でコクリと頷き青ざめたままカウンターへ戻っていった。


「べリアス。もしかして鏡に映ったべリアスの姿は、こっちの世界の人に見えているのかも……」

「そうか、まあ別に構わんが……それより、この街に来てから人間の顔にかかっていた()が取れているんだが、ルーシー、お前気づいているか?」

「え!? あ、そういえばそうだ。はっきり見える!」


 さっき地下鉄であったスリの女の子や、ワインレッドのコートの婦人、警察官にウェイター、お客さん、他にも……。


 そして、ケーキを見つめた。

 私の知っているモンブランとちょっと形が違う。


 見たことない形のモンブラン。

 長方形で、しかも上にメレンゲがのっている。


 注文するとき、間違えたのかな……。

 でも、持ってきたときに、あのウェイターさんは()()()()”モンブラン”って言ってたよね。

 


「この旅の最終日、事後で死ぬと言っていたな」


 ケーキを食べようとしていたら、べリアスが真剣な顔で聞いてきた。


 やはり、最終日の事故の件を気にかけてくれているようだ。

 それも気がかりだけど、こっち(ケーキ)も心配。ケーキにフォークを刺しそっと掬い上げた。


「べリアス。もう一回言うけど、最終日の朝、私のことは絶対助けないで。いい?(ケーキを頬張った、パクッ)あ、うわっ、モンブランだ! 美味しい!」


「はぁ!? どうしてだ!?」


 顔上げ不満げな表情で見つめながら、べリアスはケーキをひと口頬張り「美味(うま)っ!」と叫んだ。


「フフフっ。良かった! コーヒーもおいしい!」

「話を逸らすな。なぜだ?」

「確証はないけど……。私が事故に遭わないと、多分ずっとこの夢から覚めないのかもしれない」

「なんだ、じゃあ覚めなくていい。私はお前を助け、ここで一緒にずっとこうしていたい」


 べリアスは大きく口を開けケーキをパクッと口に入れ、幸せそうに笑った。


 確かに、ここは楽しい。

 べリアスがいて自由に動き回れて、美味しいものを食べてお金や生活の心配もない。


 私だって、ずっとこのまま夢の中で旅を続けていたい。


 でも、やっぱりここは現実じゃない。絶対に戻ることができない過去の世界。

 私が死なずに助かる先の世界も見てみたい気もするが、私の代わりにべリアスに何かあっても困る。べリアスだけ夢から戻れなくなるとか、取り返しのつかないことになったらそっちのほうが大変だ!


 それに、サミュエル副隊長のことも気になる。

 私のせいであんな大怪我を負わせてしまい、本当に無事なんだろうか? ()()()()()()ってべリアスは言ってたけど、もしかして騎士を続けるには無理な身体になったとか、まさか”遺骨”の状態で戻ったとか……。


 一抹の不安が過った。



「べリアス、私は戻りたいの! 戻って、サミュエル副隊長やレグルスちゃん……みんなの無事を確認したい。ホムラの結婚式にも行きたい。それに、”氷の魔女”を倒さないといけないんじゃないの!?」


()()()には会わせん!」


 べリアスは急に眉間に皺を寄せ、苦々しく言い放った。


「あの男? 誰? もしかして、レグルス? 妖精王の王子って聞いたけど……」

「お前と一緒にクリスタルの晶洞にいた天使だ!」

「サミュエル副隊長!? なんで? 私の治癒担当なのに! ……って、ちゃんと生きてるの!?」

「当たり前だ、前にも言っただろ。あいつが死んでいたら、私も危ういと」

「良かったー。で、なんで会っちゃいけなの?」

「気に食わん」

「え!? 」


 唖然としていると、べリアスは私に顔を近づけた。


「あの晶洞で何をしていた?」

「何も? 落ちて怪我をして「()()()()()()()()()()!」 

「抱き合ってない!」

「抱き合ってた、うんと近かった! キスだって……あんなのキスじゃない! 虚しくて悲しくなって涙が出た!」


 べリアスは真っ赤な瞳を潤ませ、歯をギリギリと噛みしめた。


 やっぱりあのときの()は”キス”のせいだったのか。


 とっさの勢いでしてしまったキスを、べリアスは()()()()()()()()()()()()感じていたなんて……。


 でも、”キス”じゃないと言われても、私にとってあのときは切羽詰まっていて何も考えられなくて、ただ助けたくて精一杯の”キス”をしただけ。


 なんと言われようが、あれは”()()”だと私は思う。


「キスはキス!」

「違う! 本当のキスはもっとこう舌を……」


 瞳を輝かせ両腕を私の肩に伸ばし、妖艶な笑みを浮かべ顔を近づけてきた。


「ぎゃぁぁぁぁ!!!」


 バチン!

 身を後ろに反らしながらべリアスの左頬にビンタを喰らわせた。

 油断も隙も無い!


「なんで!?」


 頬を抑え涙目でべリアスは叫んだ。


「変なことはしない約束でしょ!」

「変なことではない! ルーシーお前に、()()()()()()()()()を教えるだけだ!」

()とか言ってる時点で、変態! 戻ったらシャルルで封印するから!」

「そこまで!?」


 べリアスは、私から飛びのき青ざめ絶句した。


「あ……」


 べリアスの背後に真っ青な表情で立ち尽くす、さっきとは別のウェイターさんと目が合い、今度は私の血の気が引いていった。傍からみたら、私ひとりで……大声で……。



 頭を抱え、ガックリと肩を落とした。


 テーブルの鏡に映るステンドグラスの眩い煌めきが、最悪な思い出に変わった瞬間だった。



 ***** *****

【パリ・べリアス視点】

 

 デパートを出ると日が落ちた街の通りは、街灯や店の装飾の灯りで輝いていた。

 ルーシーは、街の景色に見とれ、はぐれそうになった私の左手をそっと握ってくれた。


 さっきまでは頬を膨らませ仏頂面をしていたが、私が微笑むと呆れたような困ったような何とも言えない表情で笑った。


 ***


 メトロを乗り継ぎ、ルーシーが行ってみたいと言っていた”ポン・ヌフ”という橋のたもとへやってきた。


 パリの街を流れるセーヌ川に架かる最古の橋で、白い石造りで豪華ではないがどっしりとした歴史の重みを感じさせる橋だった。


 街灯に照らされた薄暗い橋の上には、抱き合い濃厚な口づけを交わす恋人たちの姿が其処かしこに見られた。


 なにここ。そういう場所!? 

 まさかルーシー、私を誘って!?


 いや、待て。ルーシーが自らこのような淫らな場所に来るはずが……。


「うわっ、カップル多っ!」


 顔を顰め小さく声をあげたルーシーは、スタスタと橋のたもとの川沿いに向って歩き出し、橋全体が見渡せる場所で立ち止まった。



 ゆるやかに流れる川に架かるこの”ポン・ヌフ”は、橋の街灯や欄干の装飾部分にいくつも灯された灯りに照らされ、揺らめく夜の川面に美しい影を映していた。連続する橋脚のアーチが美しく、幻想的でロマンチックな橋の情景を、ルーシーはそのエキゾチックな黒い瞳でうっとりと眺めている。


 そのルーシーを、食い入るように私は見つめた。


「……綺麗だ」(←もちろん、ルーシー)

「うん。やっぱり来てよかった」


 目を細め満足げに橋を見つめる大人びた横顔に、どうにも抑えられない気持ちで胸がいっぱいになった。


「そうか……」 


 肩に手を伸ばし、雰囲気に任せそのまま口づけをしようとした時だった。

  

 地面から突如黒い大きな影が()りあがり、我々の目の前に音もなく立ちはだかった。

 二本の角にウェーブがかった黒髪、そして怪しく輝く真っ赤な双眸(そうぼう)


 ”アスモデウス”


 魔力を消した影の状態だが、やはりその威圧感は、私が知るアスモデウスとはまるで違っていた。


 興奮のあまり揺らめく影から発せられる息遣いは荒く、即座にルーシーに襲いかかると思いきや、何かに動揺し戸惑い、切なげに躊躇(ためら)う乙女のような仕草をみせている。


 いったい、どうしたのだろうか?


 そんなアスモデウスの姿などルーシーは一切見えておらず、感慨に浸りながら橋の風景を見つめ「はぁ~」と愛らしい口から感嘆の声を漏らし、小さく微笑んだ。


 マズい!


 その声と表情にアスモデウスは真っ赤な眼を業火のごとく禍々しく輝かせ、不穏な笑みを浮かべながらルーシーに手を伸ばした。


「ルーシー、逃げるぞ!」


 ルーシーの手を掴み、橋に向って駆け出した。


「ええっ!?」

「ここから近い教会はどこだ!?」

「えっ、まさか……悪魔が来たの!?」

「アスモデウスだ。さっき目の前にいた」

「殿下が!? 全然気づかなかった。それで、教会って、ノートルダム寺院でもいいの?」

「寺院? 神聖な場所ならこの際どこでも構構わん!」


 ノートルダム寺院……確か昨夜ガイドブックで見た建物だな。正面から見ると凱旋門をひっくり返したような四角い寺。


「わかった。じゃあ橋を渡って……そこの角を左に! 川沿いを真っ直ぐ!」


 ルーシーが指さした。


 奴から離れなければ! 

 振り向くとアスモデウスが、なぜか()()()我々を追いかけてきた。なぜ、飛んでこない!?  


 ああそうか、今この街にいる大天使ミカエルを警戒しているのか。魔力を使えば、奴らに気づかれるからな。フフフ……。


「ルーシー。お前を抱いて、飛んでもいいか?」

「えっ、嬉しい! でもここ、わりと人がいるからやめとこう。騒ぎになったら嫌だし。私、足には自信があるから」

「よし! じゃあ、こうしよう」


 角を曲がったところで翼を広げ、ルーシーの背後から両脇に腕を通し地面から数センチほど持ち上げ、前方へ向けて羽ばたいた。


 ビューーーーン!!!


「わわっ! 」(ルーシー)


 川沿いの道を一気に駆け抜け、四角い寺院の前の街路樹に囲まれた公園に辿り着いた。



 人けのない公園の広場の先に見えるその寺院は、夜の静寂の中、優しく柔らかな光に包まれ、悪魔から逃れてきた私たちを歓迎するかのように、その扉は大きく開かれていた。



 振り向き辺りを確認したが、アスモデウスや他の悪魔の姿は見当たらない。どうやらうまく撒けたようだ。


 「「はぁ、はぁ、はぁ……」」


 息を鎮めながら我々は、ノートルダム寺院へ足を踏み入れた。

 



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。