150話 スリリングパリ
【パリ・ルーシー視点】
※旅行5日目、午後14:30。パリフリータイム。
少し肌寒い曇り空の下、私たちはパリ市西南に位置するベルシー駅からメトロ6番線に乗り込んだ。
車内は乗客も少なく座席がほぼがら空きだった。
メトロとは、パリの地下鉄。
私たちが乗り込んだ6番線は、地下鉄だが一部地上を走る路線で、車窓からセーヌ川やエッフェル塔の景色が楽しめる。
エッフェル塔を嫌がっていたべリアスを心配していたが、メトロの窓からドーンと見えたエッフェル塔の空を見つめ「天使がいなくなってる! あいつら帰ったのか! それじゃあ……」と悪魔の姿になり窓を開け空へ羽ばたいていった。
私には何も言わなかったが、おそらくさっき言っていた”悪魔の子ども”を助けに向ったのだろう。
上空で一旦静止し、それから橋に向って空から急降下していくべリアスの姿は、某映画のダークヒーローのようだった。
約1分後。
パッシー駅で停車したメトロの乗車口から、悲愴な表情で戻ってきたべリアスは私の隣に腰を下ろし、深く溜息をついた。
「さっきの子どもだけでも助けようとしたが、浄化され……もう、姿がなくなっていた」
「じょ、浄化?」
「ああ……。魔力の弱い小さい悪魔は浄化されたら跡形も残らない……しかも大人の悪魔たちも全て浄化されていた。凄まじい力だ……この街には、奴 (ミカエル)以外にも大天使クラスがいるのか?」
べリアスは顔を両手で覆い背中を丸め、苦しそうに蹲った。
憔悴するほど衝撃的な光景だったのかと、黒い魔力を纏った背中の翼に手を当てるとフワリと黒い羽毛が宙を舞い、雪のように跡形もなく消えてしまった。
天使が悪魔を虐殺。
前世の旅行先で、こんなことが起きていたなんて知らなかった。
車内は、重苦しい空気に包まれた。
程なくして、エトワール凱旋門駅に到着した。
ボタンを押して扉を開けホームに降り立つと、暗い表情のべリアスの手を引き「走ろっか!」と、沈んだ気持ちを振り払うように思い切り階段を駆け上がった。
メトロの出口を出てすぐ右手に、オフホワイトの巨大な凱旋門がどんよりとした灰色の空を背景にそびえ立っていた。その輪郭は微妙な曇り空に溶け込んでしまいそうなほど、ぼんやりと霞んで見えた。
凱旋門の周囲は自動車が行き交うロータリーとなっていて、歩いて渡ることができないので、そこへ向かう専用の地下道を探していると、べリアスがため息をつきながら私に言った。
「ルーシー、飛べばすぐだ!」
「え……でも。わっ!」
返事をする間もなくべリアスは悪魔の姿で私をさっと抱き上げ、空へと舞い上がった。
「うわーーーーーっ! たっ、対価は!?」
「いらぬ」
「いいの?」
べリアスは頷き、艶やかな黒髪をなびかせ女神のような美しい顔で私に微笑んだ。
うっ!?
至近距離の悩殺笑顔に息が止まりそう。
そして、眼下に広がるパリのパノラマ。
死後、天使に連れて行かれるアレ的な何かみたい……。
こんなふうに天国へ行かれたら幸せかもしれないと、ふと考えてしまった。
そうこうしているうちに、べリアスは車が行き交うロータリーを飛び越え、凱旋門の屋上へふわりと降り立った。
(※無賃入場と思われた方、安心してください。前世のルーシーは、2日間有効のミュージアムパス持ってます。因みに、前もって日本で購入できる)
「この門から、放射状に道が伸びているのだな。まさにエトワール(星)のようだ」
べリアスが感心しながら凱旋門の屋上から街を見下ろしていると、下のほうで人々がこちらを指し騒ぐ声が聞こえた。もしかして、さっき私が空を飛んでいたのを目撃した人が騒いでいるのではないだろうか!? べリアスの姿は見えないとはいえ、普通の人には先ほどの”空中浮遊”が見えていたのかもしれない……。
この次は、このままオペラ座までひとっ飛び! と考えていた私だったが、ここはおとなしくメトロで行こう。
***
べリアスと一緒に凱旋門の長い螺旋階段を下り、内部をはじめてじっくり見学した。
凱旋門は、第一次世界大戦の戦勝記念で建てられたが、今は平和を祈るモニュメントにもなっていると知ったべリアスは、氷の魔女との戦いが終わったら王都の東にこのような”凱旋門”を建てたらどうだろうかと、真剣に悩んでいるようだった。どうすればスチュワート様が賛成してくれるか聞かれたが、お金のことはちょっと……。
***
今度はオペラ座に向うため、メトロ1番線へ乗り込んだ。
乗り換えのコンコルド駅で降りメトロ8番線を待っていると……いたいた。
総勢5名の、子どものスリ集団!(女子3名、男子2名)
多民族が暮らす国の弊害なのかしわ寄せなのか、貧しい家庭の子どもたちが生活のため観光地やメトロで犯罪に手を染めるケースが多いらしい(ガイドブックに載っていた)。その子どもたちは、時間を変えても毎回、夢ループのコンコルド駅近辺で私を待ち構えていて、私のリュックから金目の物を奪おうと悪戦苦闘するのである。
メトロがホームに入りゆっくりと停車し、ドアを開け乗り込もうとすると……。
さあ、くるぞ。
「ボンジュール、マダーム?」
ボンボンの付いた赤や黄色の不思議な模様のカラフルニット帽の、長い金髪を三つ編みにした可愛らしい女の子が、真っ黒なスマホの画面を見せながら私にフランス語で話しかけてきた。
小学校高学年ぐらいかな?
でも、残念ながら流暢なフランス語は聞き取れず、何を言っているのか理解できない。
隣にいたべリアスが、
「時間をきいてるぞ?」
と、なんとフランス語を翻訳してくれた。
それに驚いていると、他の4人が一斉に私のリュックに手を掛けた。
「Hé ! Arrête! Ça suffit! 」
物凄い剣幕で私の斜め前に立っていた、ワインレッドのコートを着た恰幅のいい婦人が怒鳴り散らすと子どもたちは蜘蛛の子を散らすようにメトロから逃げて行き、その直後ドアが閉まりメトロが発車した。
因みに、これも毎回同じ。
そして……
「Est-ce que ça va ?」
微笑みを浮かべたそばかす顔の青年が、息を切らしながら私の目の前に駆け付けた。髪は金髪で短く紺色のキャップをかぶっており、黒とブルーの配色のピッタリとしたジャケットパーカーにダメージジーンズ&カラフルスニーカー。背丈は私ぐらいで、目鼻立ちがヨーロッパ系特有の彫の深い精悍な顔立ちをしており、POLICEと書かれた写真入りの警察手帳を提示した。
毎回思う、パリの私服警官お洒落過ぎる!
そして毎回、残念ながら何を言っているの全くかわからない。
「大丈夫か? って聞いてるぞ」
べリアスが横で翻訳した。
「え!?(小声)そうなのべリアス、”私は大丈夫”って何て言うの?」
「話してる意味は分かるが、言葉は知らない?」
「えー」
言葉の意味は分かったが、今度は返事ができずワタワタしていると、先ほど私を助けてくれた婦人が警察官に早口のフランス語で話し説明し、それをべリアスがまた翻訳してくれた。
「”ジプシーの三つ編みの女の子が、スマホが壊れて時間がわからないから教えてと、聞いてるスキに仲間4人が彼女のリュックに手をかけていた。開けられてはいないが、危ないところだった”と言っているぞ」
「へー、そういう意味だったんだ」
感心しながら頷いていると、お洒落警官が表情をキリッと引き締め私の目を見つめ、流暢なフランス語でしゃべり出した。
「………Prends soin de toi!」
ダメだ、全然聞き取れない。
「”被害が無くて良かったです。お気を付けください。”だって!」(べリアス)
警官は話し終わると微笑み、帽子をかぶり直しクルリと回れ右をして扉口の方を向いた。地下を走行する暗いメトロのガラス窓は黒い鏡のように乗り合わせた乗客の影を映しだしていて。その鏡の中の私の隣には、悪魔べリアスの姿がしっかりと映っていた。
車内状況の確認のためだろうか、ここで警官が1回振り向く。
前回同様、お洒落警官が不意にハッ……とした表情で振り返り、私ではなく隣に立つべリアスの方を見つめた。
あれ!? もしかして、べリアスの姿が見えているの!?
と思ったが、警官の目はどこか宙を彷徨い、すぐに彼は気まずそうに向き直り次の駅で降りて行った。
「ガラス越しに、あいつと目が合った気がする」
べリアスがボソリとつぶいた。
「本当に!? でも、いつもあの人、あそこで振り向くから……気のせいかもよ」
「そうなのか!? なーんだ」
メトロは、その次のオペラ駅に到着した。
”オペラ座 ガルニエ宮”
そして、パリでやりたかったこと”ベスト3”がこの先で待っている!
ワクワクする気持ちを抑え、べリアスの手を握った。
***** *****
【パリメトロ内・パリ市警交通課メトロ犯罪取締係ルーカス・フィンク視点】
※夢ループ+べリアス。
俺は今まで一度も、オカルト的な事例を見たこともなければ体験をしたこともなかった。
神、天使、悪魔、幽霊、妖精、UFO……そんなものこの世に存在するわけがない!
俺の信念は、警察官たるもの科学的に証明できない事象を信じることなどあってはならない。常に事実確認をし公正な目線で判断行動し、善良な人々を守るのが警察官の使命と考えている。
なのに……なんだったんだ、あれは!?
巡回中、顔見知りのジプシーの子どもたちを尾行ていたら、案の定メトロ内で観光客に声を掛け窃盗を働こうとしていた。たまたまそこに居合わせた婦人により被害が無かったことを確認。そして、被害者になりかけた外国人の彼女のキュートな風貌に少し見とれた。幼さの残る顔立ちで、短い黒髪に不思議な輝きを放つ黒い瞳をしている。
一人でパリを観光しているのかな、心配だな……と後ろ髪をひかれながらガラス越しにふと彼女に目を向けた時だった。
ゾクリと悪寒が走った。
彼女の隣に立つ、背が高く、長い黒髪の赤い瞳の男とガラス越しに目が合った。
誰もいないはずなのに!?
慌ててふりむくと、そこには誰もおらず彼女が不思議そうな表情で俺を見つめていた。
恐る恐るもう一度ガラスを覗くと……あの男が真っ赤な瞳で俺を見ていた!
その男は、昔の貴族が着ているような首元にレースをあしらった白いブラウスに黒いマントを羽織っていた。
ドラキュラ伯爵!?
そのうちにメトロは次の駅に停車し、俺はすぐさま逃げるように下車し数歩離れ、そして振り向きもう一度確認した。走り去る車内には、やはり彼女だけで長い黒髪の赤い目の男の姿は無かった。
見間違えだろうか……いいや、違う!
確かに目が合った。
2回も……。
「フィンク先輩、どうしたんですか? 顔色悪いですよ」
後輩のラッセルの声にハッと我に返った。
黒いトレンチコートに、白髪交じりの短い黒髪にガリガリに痩せた長身のラッセルは、青白い顔で心配そうに俺を覗き込んだ。どちらかというと、俺はお前の方をいつも心配している。そういえば、ラッセルは昔から霊感があると言っていたことを思い出し、とにかくバカにされてもいいから一応先ほどの男について尋ねてみた。
「ラッセル。さっき、長い黒髪で赤い目の男を見かけた」
「あ、それ”悪魔”っすよ」
あっさり言い放ったラッセルの言葉に、口が半開きになった。
「はぁ!?」
「先輩も見たんですね。鏡ごしっすか? 服着てました?」
「え!? あ、ああ。服は、白いブラウスと黒いマントで……」
「それけっこう上位の悪魔っすよ! すげー」
「待て、”すげー”とか、お前、マジで霊感強いのか!?」
「普通ぐらいっす」
ラッセルは頭を掻き屈託なく笑ったが、俺は笑えなかった。
「普通って、あのな……。つーか”悪魔”ってのは、この辺によくいるのか?」
「はい。でも、ここ1週間ほど、めっきり姿を見かけなくってね……どこにいたんすか?」
「さっきのメトロの車内に、観光客の女の子の隣に立ってた」
「その女の子、おそらく悪魔に憑かれてるんですね。大丈夫かな……」
ラッセルは顎に手を当て深刻な表情で考え込んだ。
「憑かれるとどうなんだ?」
「近いうちに事故に遭ったり、行方不明や亡くなったり……様々です」
ラッセルの言葉に俺は青ざめた。
いままさに、あの子が危険に晒されていたのか!?
「マジで!? ヤバいじゃん。その悪魔を祓ったりする方法とか無いのか!?」
「あるよ、でも今いる優秀なエクソシストって……」
「なんだよ、言えよ」
「まだ、コレージュ(前期中等教育・11歳ぐらい)なんだ」
「はぁ? 」
「ローマ教皇指定の教育機関に通っていて、一目見るだけでも奇跡と言われるくらい会うのが難しいらしいよ」
「なんだそれ、意味ねーじゃん」
「でも、その子が加護を施したお守りが、ル・ボン〇ルシェ隣の教会で売ってるから、これ。1ユーロぐらいだったかな」
首もとから銀のチェーンにぶら下がった、マリア像が描かれた小さな銀のメダイを俺に見せた。
(※ル・ボン〇ルシェは、パリの老舗デパート)
「本当に効果あんのか?」
「まあまあかな、天使や悪魔に付きまとわれることはなくなった」
「天使!?」
「見た目は天使だけど、なんか感じ悪くて」
「感じ悪い!? 天使が!?」
ホームに次の列車が到着し、さっきのスリ集団の子どもたちが下りてきたので、すかさずリーダーの三つ編みの少女”アリス”の腕を掴んだ。
「おい! アリス! いいかげんにしろ!」
「うわっ! ルーカスおじさん!?」
「うるせぇ! さっきの事は黙っててやるから、お前らがさっきカモろうとしてた”黒髪の外国人の女の子”見かけたら俺たち知らせろ」
他の子どもたちは驚き一旦は逃げようとしたが、立ち止まりゆっくりと俺たちのところへ戻ってきた。女の子二人は、わりといい身なりをしていて男の子二人は薄汚れていた。
子どもたち全員に連絡先を書いたメモを手渡した。
「でも、なんで!? もしかして、あの女犯罪者とか?」
リーダーのアリスが神妙な顔で俺に聞いた。
「違う、悪魔に憑りつかれているらしい」
「悪魔……マジで?」
アリスはきょとんとし、俺を見つめた。
「ルーカスおじさん。悪魔信じてるの?」
「信じてなかった。でも、さっき見えた。メトロのガラス越しに。長い黒髪に赤い瞳でマントを身につけた悪魔を」
すると一番小さい男の子が怯えた顔で、その兄らしき男の子に抱きついた。薄汚れた青いダウンにカーキ色のズボン、ボロボロのスニーカーで、手袋はつけておらず手の甲はしもやけで赤くなっていた。
「やっぱりさっきの……」(弟)
「大丈夫だ、兄ちゃんがいる」(兄)
同じような紺色のダウンにベージュのズボン、左右色違いのスニーカーを履いた兄が頭を撫でた。
「君たち……もしかして見えるの?」
「たまに……でも、これ言うとみんな気味悪がるし、嘘つきって言われる。……おじさんたちも見えるの?」
「俺は偶然、常に見えているのはこっちの”おにいさん”」
顔が青白い死神のような風貌のラッセルを指さすと、子供たちは”あー”と納得したような顔をした。
ラッセルは、お守りを買いに男の子二人を連れ、ル・ボン〇ルシェ隣の教会へ向かった。
俺は、巡回業務を別の後輩に頼み、アリスたちと手分けして観光客がよく訪れる界隈を中心に彼女の捜索をはじめた。
暗雲たち込める空は暗く重く、何かが起こりそうな不気味な気配に胃の辺りがぎゅっと締め付けられた。




