145話 アップルワインと悪魔の夕べ
お酒は20歳になってからです。
【レストラン”カール”・べリアス視点】
※旅行3日目。フランクフルト。
「これがアップルワインのストレート、炭酸割り、ファ〇タ割り、ホット」
白いクロスが敷かれた二人掛けの丸いテーブルに、4つのグラスが並べられた。
***
フランクフルトという町は、想像していたよりもはるかに文化水準が高い街だった。
見たこともない形の建物が建ち並び、たくさんの小型の乗り物が通りを行き交い喧騒で溢れかえっていた。
しかも今夜泊まるという宿は、壁が鏡のようにキラキラと輝き、天を突き抜かんと思われるほどに高く巨大な建造物。ルーシーたちは、その宿の向かい側にある、伝統的な石造りの小さなレストランに入っていった。
店の中は意外にも広い造りで、高い天井には小ぶりのクリスタル製のエレガントなシャンデリア。壁にはこの国の国王だろうか、王冠をつけた人物の肖像画が飾られ、それをルーシーがうっとりと見上げるので軽い嫉妬を覚えた。
***
(冒頭に戻る)
「べリアスは、どれにする? あ、ちなみに”ファ〇タ”は炭酸の入ったオレンジジュース」
ダイヤの形の模様が入った、飲み口の広いグラスは、”ゲリプテス”という変わった名だ。
この土地名産の”アップルワイン”を飲むときに使用する”専用のグラス”と説明された。
「では、ストレートを」
「私は炭酸割りからいこうかな」
「ふたりの夜に乾杯!」
「乾杯!」
グラスを掲げると、ルーシーは持ったグラスを私のグラスにぶつけた。
カツン!
周囲でも同じようにしているところを見ると、どうやらグラスをぶつけ合うのは、この世界での作法らしい。
ゴク……
琥珀色をしたアップルワインを口に含んだ。
程よい爽やかな酸味が口の中に広がり、後からアルコール特有の甘くほろ苦い風味が鼻から抜けていった。
「美味いっ!」
「良かったー。べリアスの口に合うかどうか心配だったの」
数種類注文したのは、私を気遣ってのことだったのか?
ルーシーは短い黒髪を揺らし嬉しそうに笑い、アップルワインの炭酸割りに口をつけた。
「それにしても……ルーシー、こんなに飲めるのか?」
「べリアスが一緒だから大丈夫でしょう? 私のは炭酸で割ってあるし、せっかくだから全種類飲んでみたかったの」
なんだ、”私を気遣って”ではないのか!?
ルーシーはゴクゴクとワインを飲み、目を細め「はぁーっ」と小さく感嘆の声をあげた。
ニヤリ。
これは好都合!
私が手を下す前に、自ら勧んでワインを飲んでくれるとは。
さては!?
「酔っちゃったみたい」と逆に絡んでくるパターンか?
そうなのか!?
初心で恥ずかしがり屋なルーシーなら十分に考えられる!
テーブルにはパンやスープ、肉料理やソーセージの盛り合わせが次々と運ばれてくる。
ワインに合いそうなメニューに笑いが止まらない。
「グフッ、フフフフフフフ……」
「どうしたの?」
「フッ……なんでもない。それにしても、うまいなこの酒は、フフフフ……」
「”アップルワイン”は、王国にはありますか?」
「あるかもしれぬが、飲んだことはないような……。グフッ」
ゴク……それにしても美味い。肉料理にも合う。
ストレートのアップルワインを飲み干し、次は”ファ〇タ割り”のグラスに手を伸ばした。ファ〇タ割りは甘ったるいオレンジの味でアップルワイン独特の酸味が消され飲みやすいが、いまいちパンチが欠けているように感じられた。
「この前、バンディ城の式典で”桃の果実酒”があったから、王国中を探せば見つかるかもしれないですね」
「そうだな。というかルーシー、私に敬語はやめろ。普段通りでいい」
「あ、つい……。じゃあ今度はホットを」
ルーシーが少し冷めたホットワインのグラスを取り、グッとあおった。
大丈夫か?
「わぁ、濃くて美味しい! やっぱりこうじゃないと」
どうやら炭酸割りでは物足りなかったらしく、追加で”ベンベル”という陶器のデキャンタに入ったストレートのアップルワインを注文した。
「ルーシー、私にもそっちをくれ」
ファ〇タ割りのグラスを置き、別のグラスにワインを注いでもらった。
「べリアス。今夜は飲もう!」
「ああ」
ルーシーはその可愛い口で、ストレートのアップルワインをコクリと飲んだ。
いいぞ! もっと飲んで、酔って、私を求めろ!
「ハァッ! ストレートのアップルワインが、こんなに美味しかったなんて!?」
「ンフフフフ……そうか……フフフ」
ルーシーは飲んで熱くなったのか、紺色のニットのワンピースの袖を少しまくり、ほおづえをつき悩まし気な表情でこちらを見つめた。グラスの輝きを映し煌めく黒い瞳に、吸い込まれそうになる。
くらりと心地のいい酔いに襲われた。
ああ、はやくその頬に触れて、見つめ合って、抱きしめたい。
「フフッ、べリアスって笑い上戸だったんですね」
「フ、そうか? ルーシー、お前は全然変わらないな……ンフフフフ」
さあ、ルーシー……もっと酔って、私を求めろ!
「うん。体質みたい。お酒には強い家系らしくて」
「家系か……」
だから、ルーシーはやく……私を求めろ!
「そういえば、べリアスは昔天使だったの?」
!?
なんだその質問は?
「……ああ、悪魔は天使のなれの果ての姿だ」
「なれの果て。じゃあ、あのミカエル様も何かあったら悪魔になっちゃうの!?」
なぜいま、あいつの名前が出てくる!?
「はぁぁぁ? あいつが悪魔になるなんてありえん! 絶対ない! こっちからお断りだ!」
「フフフッ! べリアス、ミカエル様と仲良いんだね」
「良くない! それよりルーシー「わぁ!!!」
運ばれてきた料理に、ルーシーが歓声をあげた。
リング状でクリームとナッツ? チョコレート? などでコーティングされ、その上に真っ赤な果実が円形に並べられた、なんとも美味そうなケーキだった。
「すごい! ”フランクフルタークランツ”。フランクフルトの王冠って意味のケーキなんだよ」
「ほう!」
「国王のべリアスにピッタリだね!」
ルーシーと私は、顔が霞んだ給仕の男がケーキを切り、一切れずつそれぞれの皿に取る仕草を食い入るように見つめた。
「食後にケーキが出るなんて知らなかった。べリアスのおかげだよ」
「私の?」
ルーシーはケーキを頬張ると、目を閉じ感慨深げに頷き、ため息をついた。
「はぁーーーーっ。おいしい。べリアス、ありがとう」
そして残りのワインをコクリと飲み、頬を染め幸せそうに表情をほころばせた。
ああっ、かっわいいー。
やーーーっと酔ったのか。
さあ、私の胸に飛び込んで来い!
と、思っていたら、パアッと太陽のような笑顔でとんでもないことを口にした。
「べリアス、このケーキめっちゃワインに合う!」
瞳を輝かせ、さらにデキャンタから自分のグラスにワインを注ぎ、飲みながら残りのケーキを食べ始めた。
ん!?
酔ってないの? 酔わないの?
もしかしてルーシー、ザルなの?
……そのとき、ぐわん! と視界が大きく揺れた。
「は……はれれ(あれれ)? 」
瞼が重くなり、愛らしい黒髪のルーシーの顔が視界から消えた。
ゴン! ガシャン!
テーブルに額を打ちつけ持っていたグラスが手から滑り床に落ちる音がし、おぼろげな視界には、食べようとしていたケーキの真っ赤な果実がキラリと光った。
酔っちゃった……みたい。
「べリアス、大丈夫! べリアス! べリアス!……」
フフフフフ……
ルーシーの声が……私を求める……ルーシーの………声が……
***** *****
【フランクフルト・ルーシー視点】
※レストラン・カール→ロイヤルホテル・フランクフルト(スタンダードダブルルーム)。
ツアー一行は、ホテル近くの”カール”という店名のレストランで、アップルワインを飲みながらフランクフルトのご当地メニューのディナーを楽しんでいた。
レストランの”カール”という名は、あの有名なフランク王にしてローマ皇帝でもあった”カール大帝”からつけられている。
店に入ってすぐの一番ひと目につく大きなダークブルーの壁には、縦長の煌びやかな額縁に入れられた、デュラー作の『カール大帝の肖像画』のレプリカが飾られていて、ヨーロッパの父と称されたカール大帝の人気の高さを伺える。
べリアスはストレートのアップルワインをいたく気に入った様子だったので、デキャンタを頼み一緒に飲んだ。
ストレートのアップルワインは本当に美味しくて、最初に”ホット”を頼んでしまった過去の自分に後悔した。
添乗員の山内さん、ごめんなさい。しかも、デザートにフランクフルトで食べてみたかったケーキ”フランクフルタークランツ”が用意されていたなんて……。
べリアスに感謝しながら、ケーキと幸せを噛みしめた。
***
夕食後。
アップルワインで酔いつぶれてしまったべリアスをそのままにしておくわけにもいかず、なんとか部屋に連れ帰りベッドへ寝かせた。
べリアスが、お酒に弱いなんて知らなかった。
今夜の宿は、フランクフルトの新市街にある25階建ての高層ホテル”ロイヤルホテル・フランクフルト・アム・マイン”。
私が泊まる20階のスタンダードダブルルームは広く、カーテンや壁紙、絨毯やベッドカバーなどダークブラウンで統一され落ち着いた雰囲気の部屋だ。
そこに、酔っぱらったべリアスをなんとか運んだ。
酔っぱらいを連れ帰るって、すごく大変だった。
どさくさに紛れてほっぺにキスするし、身体も触ってくる、2・3発引っ叩いたらおとなしくなったけど、もうべリアスには絶対お酒は飲ませない。
ときおり”ンフフ……”と笑い、スヤスヤ眠る相変わらず美しい寝顔に、マジックペンを持っていたら悪戯しただろう。
でも、べリアスがお酒が弱いことを知らずにすすめた私にも非がある。
今夜は不安もあるけど、同じ部屋で寝かせてあげる。
「あーーー! 楽しかった~」
着替えをし、椅子に座り缶ビールを開けた。
プシュ……
前世初回は……添乗員の山内さんの忠告を聞かずアップルワインのホットを頼み、冷める前の熱々のワインに盛大にむせた。
周囲の嘲笑に堪えきれず、料理にあまり手をつけないまま”体調が悪い”と早々にホテルに戻り。ホテルの自販機でドイツの缶ビールを全種類買い、部屋でドイツのTVドラマ(ドイツ語が全く分からないので内容も謎)を見ながらやけ酒をした。
空きっ腹にビールで案の定、翌日、二日酔いに苦しみながらライン川クルーズ船に乗船という暴挙に出る。
吐き気を堪え甲板の手すりにもたれかかり、ただただ城を眺めた。
さすがに2回目以降はむせはしなかったが、なぜかホットワインしか頼めず料理を少し食べただけで帰り、おとなしく部屋でTVドラマを視聴。ライン川クルーズも甲板で、流れる景色をぼんやりと見つめるだけ……ずっと、その繰り返しだった。
「ス……スチュワート……ぅニャぅzzz」
寝言?
寝返りを打ちながらスチュワート様の名前を言うなんて、陛下らしいな。
ちょと、ほっこりした。
「zzz……んふふ……。ルーシー……て、手だけでもいいか……ら……んフフ……フフフ、フガッ! ミカエル……おまえは……放れ……ろ、ンフフ……フフフ」
いったい私の夢の中でどんな夢を見てるの!?
「まったく……」
毛布を掛け直し、寝顔を覗き込んだ。
水もしたたるような艶々と流れる黒髪に浮かぶ、微笑みを湛えた美しい寝顔。そのまま芸術品になりそうな優美な寝姿にため息しか出ない。
「はぁーっ……そうだ! 写メ。写メ撮っておこう」
持っていたスマホで、べリアスの寝顔を撮った。
夢の中でスマホのカメラ機能が使えることに気が付いたのは、ついさっき。リュックの底で光っていたのを、偶然発見したのだった。
残念ながら、Wi-Fiの電波は飛んでないのか他の機能はほとんど使えなかったが、カメラだけでも十分満足。旅行気分を味わえる。
バッテリーが残り半分ぐらいだったので電源を切り、リュックの小さい方のポケットにしまった。チャックのつまみには、青い猫のマスコット”ラッキー”くんのストラップが揺れ、愛らしい表情で微笑んでいた。
明日、この写メをべリアスに見せてみよう。きっと驚くだろうな。
豪華で神々しいべリアスの寝顔を、まじまじと見つめた。
「きれい……。本当に悪魔なの?」
本人には絶対に言うつもりはないが、夢の中でも変わらずに私に迫ってくるべリアスに気持ちがグラつく。
ここでの私は22歳。
そして何度も言うが、ここは私の夢の中。
イレギュラーで現れたべリアスは、いま、この夢の中では国王でも何でもない。
あまりにも楽しくて、流れに任せてこのままべリアスと深い関係になってしまってもいいのかも……と、ちょっこっとだけ変な考えも過ったが、ダメダメっ! 目覚めた時が怖い! 雰囲気に流されるな!
夢から覚めたら私は勇者で、べリアスは国王。
”氷の魔女”との戦いが待っている。
とにかく最終日のパリまで、距離を保ち旅行を楽しむことだけに集中しよう。
ゴクリ、と自販機で買った缶ビールを飲み干した。
飲み慣れた苦みの効いた味が、今夜は格段に美味しく感じられた。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
※アップルワインは、正式には『アプフェルヴァイン(Apfelwein)』といいます。夏場に本場ドイツで飲みたいっ!




