144話 ローテンブルクの悪魔
【ドイツ・ローテンブルク・ルーシー視点】
※旅行3日目。
「サミュエル副隊長……」
微笑みが消えた顔。
閉じられた瞼。
真っ赤に染まった羽。
冷たい身体。
”大切な人”を失ってしまうかもしれない恐怖に駆られた私は、その現実から逃げ出すようにあの夢の中を彷徨っていた。
グシャ、グシャ……
聞き慣れた旅の始まりを告げる足音と、雪の中に佇む壮麗なノイシュバンシュタイン城。
ループする夢。
何度死んでもかまわない。
永遠に覚めなくていい。
旅と死を繰り返した。
何度目だろうか。
……自分がどうしてここにいるのかさえ、わからなくなっていた。
いつものように涙を拭き小型の観光バスへ戻ると、私の席に見覚えのある人物が座っていた。
アレキサンドライト王国、国王べリアス。
外は雪が降るほど寒いのに、首元にフリルの付いた真っ白なブラウスに、黒い薄手のマントを羽織っていた。
”べリアス!”と、名前を呼ぶと口をポカンと開け、驚いた表情をした。それから、真っ赤な瞳を輝かせ私を上から下まで舐めるよう見つめた。
前世の姿の私を”ルーシー”だと理解してくれるのか心配だったが、憂慮は即座に吹き飛んだ。
「まさか……ルーシーなのか!?」
べリアスは、すぐに私に気付いてくれた!
とにかく、私は嬉しくて仕方なかった。
この夢の中で、はじめて”現世の人”に会えたのだから。
……でも、これは夢の中。
私の願望がみせた”都合のいい幻覚の類”だろう。
場面が変わればきっと”べリアス”はすぐに消えてしまう。期待してはいけないと身構えた。
だが、その後もべリアスは当然のように私の前に現れた。
”妖精王の第一王子の暴走事件から5日が経過し、目覚めない私を起こしにきた”と仰り。南西の城主バルベリス殿下の”モル……なんとか”という化身の力で、この夢の中に入ってきたと説明してくれた。サミュエル副隊長のことを尋ねると、”彼は無事で、現在、実家で療養している”らしい。
本当だろうか?
都合のいい”夢”じゃないよね?
だったら真相を確かめるためにも、早く目覚めないと……。
そのためには、私はまた夢の中で”死”ななければならない。
べリアスは、私の意志とは関係なく夢の中を自由に歩き回り、前世の世界の様々な物に興味を抱き質問を浴びせる。さすがにホテルの部屋に遠慮なく入ってきて、襲ってきそうになったのには困ったが、ちゃんと話をしたら納得してくれたようだった。
そこでわかったことは、どうやらべリアスは私の意志や都合で行動しているわけではないらしい。
ちなみに、この夢の中での基本的な動きは”前世のまま”だが、べリアスの登場によって若干変化を見せていた。
ベッドに横になったのは前世のままだが、前世での私はそのまま就寝していた。
べリアスを引っ叩いたりシャワーを浴びようとした新しい展開は、この夢の中では初めてのことだった。
そこで、今後の旅への期待が膨らんだ。
どうやらべリアスは、私が目覚めるまで一緒に旅に同行してくれそうな様子だった。
だとしたら……。
この旅行中、ずっと後悔していたことをやってみたい。
行きたかった場所もある。食べたかった物もある。もう一度、会いたい人や、お礼を言いたい人もいる。
べリアスが一緒だったら、なんだかできそうな気がしてきた。
***
(前世ルーシーの回想)
前世の私は、一緒に行く予定だった彼(と思っていた男性)に、旅行直前に振られてしまった。
理由は、”結婚を約束した人がいる”と、いうものだった。
唐突な結婚話!? マジで!? ”君とはいい友人関係でいたいと考えていた”だと!?
じゃあ、なぜ一緒に旅行を申し込んだ!?
同じツアー客は、ほとんどが夫婦かカップル。
お高い一人部屋追加料金を払いソロ参加した私に対し、周囲は憐むような視線を向けた。旅行中も皆との距離は縮まらず、話し相手はほとんどいなかった。添乗員の山内さん(実は30代だった)も、初対面で”添乗員のおばさん”と呼んでしまい険悪な空気に……その後の会話は、事務連絡のみ。ようやく普通に会話できるようになったのは、最終日近くになってから……だったような。自業自得も含めそんなこんなで、この旅行の思い出は”観光以外”は、最悪の旅だった。
(回想終わり)
***
旅行3日目。
ローテンブルク。
黒いマントを翻し、バスに駆け込んで来たべリアスの笑顔に、胸が一杯になった。
「おはよう、べリアス!」
***** *****
【ドイツ・ローテンブルク・べリアス視点】
※旅行三日目。
AM8:45。
”バス”という乗り物はゆっくりと石畳の道を走り出し、ほんの数分でどこかの広場に停車した。
隣に座る黒髪のルーシーは、黒い小さめのリュックを背負い、昨日と同じ黒いコートに赤いマフラー。コートの裾からは、紺色のニットのワンピースが見えた。昨晩着ていたものの色違いだろうか? 寒くないかと聞くと「下にレギンスをはいているから大丈夫」と笑った。”レギンス”とは? と尋ねると「薄手の伸縮性の生地でできたズボンのようなモノかな」とワンピースの裾を少しをめくり膝を見せてくれた。すかさず手を伸ばしその膝から太ももにかけて触れてみると、パシッとその手を払われた。
「エロいことはしない約束でしょ!」
「……そんな!? 全然これはエロじゃない!」
「触り方がいやらしかった! あ」
突然、ルーシーはスッと立ち上がり、バスの出入り口へ向かって行った。
どうしたのだ?
「べリアス。これから約2時間、ローテンブルク自由散策に行くから」
振り返りながらルーシーが叫んだ。
「散策!?」
気が付くと、周りの者たちの姿がバスから消えている。
後を追ってバスを降りると、地図を持ったルーシーが私を待っていた。
「ごめんべリアス。この夢の中は、一部私の意志では自由にできない決まった行動があるみたいなの。だから、突然何の脈絡もなく動いてしまうことがあるけど、気にしないで」
話をしながらルーシーは、どこかへ向かって歩き出した。
「普通、夢は見る者の意志が反映されるはずなのだが、自由が利かないとは……おかしな話だな。もしや、昨日私を殴ったのもお前の意志じゃないのか?」
「それは私の意志」
「うっ……」
軽くショックを受けた。
「それで考えたんだけど……べリアス」
「なんだ?」
ルーシーは、気まずそうに私を見上げた。
「できれば……一緒に、観光してくれない?」
「対価は?」
「対価!? ここでも対価を要求するの!? さっき太もも少し触ったじゃない!?」
「はぁ、あれが対価だと!? 対価とは、もっとこう肌と肌を合わせて……「あ、見て! べリアス!」
黄色や赤、白にピンクにオレンジ……カラフルな建物が立ち並ぶ美しい広場に、我々は到着していた。
解けた雪に濡れた石畳が太陽の光で反射し、広場全体が輝いているように見えた。
ルーシーは白い時計台を見上げ、
「この時計塔は、からくり時計になってるの。……でも11時からだから、見られなくて残念」
と独り言を言いながら、広場を横切り開店準備をしているオレンジ色のカフェらしきの建物の方へ歩き出した。
「ね、べリアス。時間が早過ぎて、お店はまだ開いてないから、こうやってウィンドーショッピングしながら公園まで歩くけど……いい?」
ルーシーは、広場に面した店のガラス窓を覗き込んだ。
白い粉砂糖をまぶしたお菓子のタワーや、キラキラと輝く装飾のドールハウス、様々な熊のぬいぐるみ、うまそうなハムやソーセージ、美しい陶器、?何の店なのかわからないものまで……それぞれの店の特徴を生かした飾りつけに感心し目を見張った。
「クリスマスシーズンになると、広場にはマーケットが開かれてもっと賑やかになるんだよ」
「クリスマス!? なんだそれは?」
「イエス・キリストっていう、この世界で”神の子”と呼ばれた聖人が生まれた日を祝う一種のお祭りのようなものなの」
「イエス・キリスト???」
「王国にある教会の”聖なる光の神”のような存在といえばわかるかな」
「……ああ、そんな感じか」
あのポンコツ天使や、王国の元聖女エスタの顔が浮かんだ。
この世界は不思議なことに人間ばかりで、悪魔、天使、妖精などの姿は見えない。全て滅ぼされてしまったのだろうか? そして、人間の目に見えぬはずの”神”というものの存在を認知し、崇めているとは……。
「あれっ!? ルーシー!?」
気が付くとルーシーは、はるか先へと歩みを進めていた。
「べリアス! こっち! いつ暗転するかわからないから急いで!」
振り返りながら叫び手を伸ばすルーシーへ追いつきその手をとった。
自分の意志で動けない場合があると言っていたが、こういうことなのか……。
それから手をつなぎ”教会”の前を通り、高い石造りの塔がそびえ立つ”ブルク門”という場所へ着いた。
その塔の壁面に浮き出た不気味な顔が印象深い。
その塔の下には、ピンク色の壁に特徴的な円錐の赤茶色の屋根の建物に挟まれた門があった。可愛らしくメルヘンチックな風情に、バルベリスが見たら喜びそうだと思った。
その先は大きな公園になっており、寒いせいか人けは無く閑散としていた。
「この公園はね、古代コムブルク=ローテンブルク伯家が領地を治めていて、そのお城があった場所なの。その後、ホーエンシュタウフェン王家の帝国城塞都市として発展し……」
コムブルクも、ホーエンシュタウフェン王家なんて全く知らない、聞いたこともない。
城壁沿いを歩き、黒い木立と薄っすら雪に覆われ、蛇のように曲がりくねった川が流れる深い渓谷を見下ろした。
私は、いい雰囲気の場所に来たら抱きしめようとチャンスを伺いながら、空返事をしながらルーシーの説明に耳を傾けていた。だが、寒さで枯れた公園は夢の跡のように寂寞としている。
しかも、公園の中央にある柵で囲まれたブロッコリーみたいな石……これなに?
”不気味な石”に困惑する私を見て、ルーシーは爆笑していた。
次の場所へ向かうため、先ほど通り抜けた高い塔のあるブルグ門の方向へ戻ると、その右手の城壁沿いに同じような塔が建っていることに気が付いた。
この塔、そして塔の入り口の尖ったアーチ部分はどこか見覚えがあった。
「この風景って、王城の北門に似てるよね」
ルーシーの言葉にハッとした。
そうだ、この小さな町は王都カルカソに似ている!
この町に立ち並ぶ統一感のある赤い屋根と、美しい色あいの木枠の家をもっと増やせば、王都も”宝石”と称えられるような街になるのではないだろうか!
我が王都”カルカソ”を更に素晴らしい都とするために、私は町を注意深く観察することにした。
城壁沿いを歩き小道に入ると、簡素でありながら美しい外観の古い大きな建物の前に出た。
「ルーシーここは?」
「この町の最古の教会”聖フランシスコ教会”。入ってみる?」
「教会……なんかヤダ」
教会と聞き胸騒ぎを覚えた。
この世界に悪魔がいないということは、同胞たちは”封印”もしくは”消滅”させられてしまったのかもしれない。夢の中とはいえ、ルーシーと一緒の時に居心地の悪い思いをするのは遠慮したい。
「フフッ、さすが悪魔。じゃあ次!」
ルーシーは軽快に歩き出し、観光名所とやらを巡り”シュネーバル”という白く丸いサクサクした甘いお菓子を食べていると、急に視野が狭く徐々に暗くなっていった。
「ああっ、早く食べないと……
慌てるルーシーの声が歪み、気が付けばまた我々は”バス”という乗り物に揺られていた。
***
「……只今より、ロマンチック街道北の起点となる古都ヴュルツブルクへ向かいます。ヴュルツブルクで昼食をとり、急ぎ足で観光後、今夜の宿泊地フランクフルトへまいります……」
旗を持った女性の説明にぼんやりと耳を傾けていると、隣に座ったルーシーが私に話しかけてきた。
「べリアス、あのね……夕食は”アップルワインとフランクフルトの名物料理の欲張りセット”。べリアスも一緒に、食べられるといいな」
瞳の輝きに惹かれるように、そっと肩を抱き顔を近づけた。
「私はお前のその唇を……」
パチン!
頬に、いや、心に軽い痛みが走った。
***
その後の観光は、驚きの連続だった。
ヴュルツブルクの司教館の壮大な”階段の間”。絢爛豪華な「皇帝の間」に「白の間」。
赤い教会や気品を感じさせる建物に囲まれた広場。秀麗な銅像が立ち並ぶ橋。そして、川沿いの要塞からの眺めは素晴らしかった。
”アンフェールに戻ったならば、王都はこの街よりももっと美しい都にしてやる”と、胸の内で誓ったのだった。
それにしてもルーシーは……建築物の壮大で甘美極まりない雰囲気に乗じて抱きしめようと腕を回すとヒョイと躱し、逃げられないように壁際まで追いつめたらグーで殴られそうになったり、終いには手を繋いでもくれなくなった……私の求愛を一切受け付けない大人のルーシーのガードの堅さに、欲望は更に膨れ上がるばかりだった。
夜のディナーは、”ワイン”だと言っていたな。
酒というものは正常な判断力や理性を奪い去る。
酔ったルーシーか……。
「ッフフフフ……」
今夜、ルーシーとの距離を縮め口説き落とし。
一生忘れられない、ロマンチックな夜にしてやるっ!
「べリアス、どうしたの?」
バスに揺られ急に笑い出した私を不思議そうな顔で見つめるルーシーの右手を取り、離れないように両手で握りしめた。
「私は、何があってもお前を放さぬ」
「クスッ。うん……知ってる」
呆れたように返事をしたルーシーは、大人びた笑みを浮かべた。
なんともいえない感情が胸の奥底で燻っているのに、薄い膜で覆われ温かさの感じられない肌に、胸の奥がぎゅっと締め付けられた。
***** *****
(ちょっぴり回想)
【ローテンブルク→ヴュルツブルク・ルーシー視点】
涙で歪んでいたはずの世界が、ガラリと変わった。
誰かと一緒に旅をするというのが、こんなにも楽しかったなんて!
ずっと食べてみたかったお菓子”シュネーバル”も美味しかった。
そして、
こっそり見上げた、隣を歩く美しい横顔が頭から離れなかった。
艶やかな黒髪をなびかせ、冬のローテンブルクを歩くべリアスは、何もかも忘れてしまいそうになるほど、本当に美しかった。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
次回、来週火曜日更新予定。
※2022/1/13訂正しました。
※2022/1/18訂正しました。
※2022/3/9訂正しました。




