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142話 切ねぇ…

【天使界ロドス、シンベリー家・サミュエル視点】

 ※あれから2日後。



 俺、生きてた。



 目覚めて真っ先に視界に飛び込んだのは、濃い茶色の天井。見覚えのある蝶の翅の目玉模様のような特徴的な木の節。右に顔を向けると、白い壁と落ちついたダークブラウンのデスクと小さな本棚が、実家を出た時そのままに置かれていた。


「あれ……?」


 アクアラグーン訓練所でもなくアンフェール城の騎士寮でもない、まさかのロドスの実家の自分の部屋で寝ていたことにギョッとした。


 その声に反応し、濃いブルーのカーテンで区切られた隣室から誰かが駆けこんできた。

 眩しい笑顔で俺を覗き込んだのは、白いローブを身につけた天使族(おさ)エリック (ミカエル様)だった。


 「これは夢か?」と聞くと、”心配した両親が無理やりアンフェール城から連れ帰った”と教えてくれた。背中は鈍く痛むが、エリックの”至高の(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”のお陰なのか手足も無事に動き、視力も問題なし。翼はもう使い物にならなかったらしく、アンフェールで切除手術をしたと聞かされた。


「どこか痛むところある?」


 嬉しそうに俺に抱きつくエリックにルーシーの事を聞くと「彼女は無事。でも、まだ意識が戻らない」と表情を曇らせた。イムもハントも無事で、第一王子を止めに来た妖精王も重傷だったが一命を取り留めたらしい。第一王子は魔力の急激な消費と”聖なる矢”の影響で意識が戻らず、目覚めた際に暴れないよう結界を張り元聖女エスタ様が付き添っている。あいつがアンフェールでしばらく療養するなら、見舞いに行きてぇな……。聞きたいことも言いたいこともたくさんある。


 エリックとともにうちの実家を訪れていたスチュワート様は、「ゆっくり療養し()()復帰なさって下さい」と仰り、その間のルーシーの治癒はエリックに任せる予定だと聞かされ少し悔しさを感じた。


 実家の親父は「よく頑張ったな」と褒めてくれたが、母さんは翼を全部失い更にボロボロになった俺に「あなたばかり、こんなことになるなんて……」とめちゃくちゃ泣かれた。本当に母さんには心配ばかりかけて申し訳ないと思う。


 +++


 その翌日、エリックはまた俺の治癒のため実家に赴いてくれた。

 ルーシーの容態報告のついでに”あいつ(べリアス陛下)がサミュエルに魂を3つ与えていなければ死んでいただろう”と告げられ、俺は青ざめた。


「マジで?」


 俺を助けるためにルーシーは何を”対価”としたのだろうか。

 陛下のことだ、ルーシーが嫌がるような契約は絶対しないと思うが、あの状況でルーシーは冷静な判断が出来たのだろうか。


「ルーシーの病室にイフリート殿下がいる手前聞けずにいるが、恐らく何らかの契約をしたに違いない」


「…俺は止めたけど……ダメだった。ごめん」


「でも、君に何かあったらそれどころじゃない。ルーシーは気を失うまでサミュエルの事を心配していたと彼女の兄のオスカーが言っていたよ」


「気を失うまで!?」


「……今も、泣きながら眠ってる」


 エリックが悲痛な面持ちで俯いた。


 あの日、地下の晶洞で意識をなくす直前。俺の心配をしてぐちゃぐちゃに泣いているルーシーの顔を思い出し胸が締め付けられた。

 ルーシーはいい子だから、アクアラグーンの”氷の城事件”と同様に自分を責めているに違いない。意識が戻らないのは、きっと俺のせいかもしれない。


「……エリック。”至高の(シュプリーム)癒しの光(ヒーリングシャイン)”を試してみたか? 前に同じような事があった時、ルーシーはそれで目を覚ましたことがあった」


「そうか! やってみるよ」


「あ、そうだ。ルーシーは突然飛び起きることがあるから、くれぐれも顔は近づけるな。あいつの頭突きは痛てぇから気をつけろよ。俺も体調が落ち着き次第アンフェールへ戻る。……それまでエリック、ルーシーを頼む」


「任せて。サミュエルはちゃんと休む。わかった? あと……」


 と、言い淀んだエリックは目を逸らし、なにか想い悩んでいるような険しい表情をした。


「言えよ。なんだ?」


「こんな時に済まない……君に、その……縁談の話が来ていてね。どうする?」


「え、縁談!? 俺に!?」

 反射的に頬が緩んだ。


「天使族の女の子で、二十歳ぐらいだったかな。イヤだったら断ってもかまわない。会ってみるだけでもどうかな?」


「わかった。会ってみるよ……まあ、こんな俺で良ければだけど」


 断る理由も無いので俺は即了承した。


「じゃあ、話は進めておくよ!」


 パァッと破顔したエリックは、嬉しそうに小さく手を振り帰って行った。

 


「天使族の二十歳の女の子と縁談……か。何年ぶりだ?」


 これが最後のチャンスかもしれない。

 年甲斐もなく、久しぶりの縁談話に気持ちが浮き立った。


 部屋の窓からは実家の訓練場のグラウンドが見え、今年入隊した若い天使族の少年たちが懸垂や登り棒などの筋トレに励んでいる。その奥の新緑の森は午後の明るい日差しに輝き、晴れ渡る空には柔らかく小さな綿雲が楽し気にいくつも浮かんでいた。ベッドに横になり天井を見つめると、ジャノメチョウのような特徴的な木の節が一斉にこちらを睨みつけているように見えた。



 俺もいつかは誰かと結婚したい。

 望めるなら……好きな子がいい。その子も俺の事を好きになってくれるなら、それだけで最高に幸せだ。

 


「……好きな子か」



 あの夜、俺はルーシーに”好きだ”と告白した。


 だけど彼女は王国の勇者。婚約者もいる。現実的に結婚なんて考えられる相手じゃない。

 俺は、たまたま”癒しの光”の能力に長けているだけで勇者専属の治癒要員として傍に居ることが許されている、一介の騎士だ。モブキャラの俺が一方的に好意を寄せたとしても、どうにもならないことぐらい理解している。


 あの絶望的な樹海の夜、”ルーシーだけは助けたい”と必死に腕に抱いた感触がまだ残っている。



 地下の晶洞で死を覚悟した時……今思えばあの時が、俺の人生で一番幸せだった。

 後先なにも考えず”好きだ”と口にしてしまっていた。



 幸いにもそれは”ガチのモブキャラ”らしく「べリアス!……」とルーシーが陛下を呼ぶ声と被り、敢え無く搔き消された。


 こうして生き延びた今、ルーシーに”好きだ”と言ったのが聞こえていなくて、本当に良かったと思っている。セーフ! ギリセーフ! 聞こえてないっ!


 聞かれていたら次に会う時、気恥ずかしさで目も合わせられないだろう。



 これで良かったと俺は思う。

 この先もずっと俺は王国の勇者ルーシーを守る治癒要員だ!


 ルーシーが怪我をしたらいくらでも治してやる。

 泣いていたら面白い事を言って笑わせてやる。

 疲れていたら望むままどこまでも背負ってやる。

 弁当だって足りなかったら俺の分をくれてやる。

 イムとの結婚式は盛大に祝ってやる。

 王国の勇者を辞めてもルーシーが生きている限り支え続けてやる。


 だからいいんだ……これでいいんだ。


 積もる思いは脳内を埋め尽くし溢れ、仰向けになったこめかみを伝い短くなった髪や枕にとめどなく流れていった。




「ズッ(鼻をすする音)……切ねぇ…」



+++++ 

【アンフェール城入院病棟・ハント視点】

 ※あれから4日後、深夜。



「うっ……ハァッ…ハァハァ……


 

 天使界長ミカエル・キングの治療を拒否したイムが、隣の窓際のベッドで苦しそうに息をしている。

 清潔感のあるクリーム色で統一された二人部屋の狭い病室は夜の深い藍色に包まれ、大きな窓に掛けられたカーテンの隙間から射す月の光が細くイムのベッドの上に落ちていた。

 全身の傷はほぼ癒えたはずだが出血量が多かった俺は、いまだにグワングワンと脳を緩く揺さぶられているような気持ちの悪い眩暈が治まらなかった。



 あの夜、俺は勇者ルーシーを妖精王の第一王子の誘惑から助け出し”英雄”になる筈だった。



 ”レグルスは、私の友達よ!”


 レグルス(あいつ)を庇い、俺を敵視する王国の勇者ルーシーの瞳が涙で輝いていた。


 悪いのは俺なのか!?



 どんな手を使ったのか知らないが、ルーシーが レグルス(あいつ)を追いかけ抱きつき、名を呼び、”友達”と言ったことに無性に腹が立った。この2か月の間に積み上げてきたルーシーと俺との信頼も何もかも一瞬で掻っ攫っていったあいつが気に入らなかった。とにかく、昔から存在自体が気に食わなかった。


 レグルスは、皆に”王子”とチヤホヤされ樹海に引きこもるただの甘やかされた腑抜けた”妖精王に似ているだけの男”。氷の魔女の軍が襲ってきた時だって、俺たちを荊棘に閉じ込め戦えないようにして、あいつ自身も戦えず荊棘の中で怯えていただけだって、きっとそうだと思っていた。 レグルス(あいつ)が戦う姿なんて想像したことなかった。イムから聞いた妖精王の夫婦喧嘩を止めようとした話も、きっと作り話だと俺は信じなかった。


 レグルス(あいつ)が、あんなに狂ったように激昂するなんて考えもしなかった。


 止めに入った妖精王も重傷を負い、サミュエルさんも一時は危険な状態だったと聞かされた。

 王国の勇者ルーシーはいまだに目を覚まさない。


 俺の幻術のせいかもしれない。


 昏睡系の幻術は目覚めた際、精神状態が非常に不安定になる。その時見るモノによって心境が大きく左右される。ルーシーは、大怪我を負ったサミュエルさんの姿に相当なショックを受けたに違いない。


 ルーシーが目覚めないのは俺のせいだ。


 サミュエルさんが後から来ることはわかっていたから、幻術はすぐ解いてもらうつもりだった。イムの姿もなかった。もしかしたら目覚めたルーシーが、王子レグルスから助け出した俺を見て、少しでも”好き”になってくれたら……と僅かに心の隅で考えていた自分が情けない。俺がルーシーに対して余計な感情を持ってしまったばかりに……。



 俺はどうすればよかったのだろうか……あの時、レグルスからルーシーを引き離して、それから俺はどうすれば……。込み上げる嗚咽を必死で堪えた。

 


「ハン …ト……起きて……るのか?」


 イムの声に返事が出来ない。


「…ズッ…ぅっ…ぅ」


「……………無事で良かった。だれも犠牲にならなくて……よか……った」


「…でも、っズッ……俺の…俺のせい…だから…うっ、……っ…」


「俺も、は……判断を…誤…った。兄貴……の力を甘く………み、見て…いた…ズッ、うぅぅ……くそっ……釣られっ……ちまうだろ……フ……ぅぅ」


「イム…ご…ベン……ヒック……うっ、うっ、うわぁぁぁぁ…ああああああ……ズッ…ぅっ…ぁぁぁぁっ……


 イムのむせび泣きに耐えられず、必死で押し殺していた声が溢れ出した。

 

 イムも他の奴らも、なぜ俺を責めない!?

 ルーシーに幻術をかけて、第一王子レグルスを怒らせたのは俺なのに。


 悪いのは俺なのに!!!


 後悔し泣いたところで何かが変わるわけでもない。だが、込み上げる感情と吐き気がするほどの眩暈に襲われ、ベッドの上で蹲り枕を顔に当て絶叫した。


「……ゔぁぁぁぁ……ぁぁぁ……


 瞼を閉じると絶えず揺れ動く黒い波に翻弄されグラグラとした船酔いのような感覚が押し寄せ、その”叫び”は自分の声とは思えないほど弱々しく惨めに深夜の病室に響いた。



+++++

いつもお付き合いいただきありがとうございますm(__)m

次回、来週火曜日更新予定。

ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いします!

並びに感想、誤字脱字報告随時受付中!

お詫び:申し訳ありません。べリアスのトリップ編の前にサミュエル&ハント視点入れちゃいましたm(__)m


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