141話 奪うより奪われた…
【アンフェール城入院棟ルーシーの病室・べリアス視点】
※5日後。
妖精王の第一王子の凶行に樹海にほど近いアクアラグーン王国騎士訓練所は荊棘で覆われた。
幸いにも人々が多く住まう、宿場町やロイヤルラグーン方面への被害が少なかったのがせめてもの救いだった。急遽、騎士見習合宿は取りやめ、王国騎士・騎士見習は被害状況と安全確認をした後、アクアラグーン訓練所周辺の荊棘の撤去作業を始めていた。女性の騎士見習はアンフェール城へ一時帰還し、”ルーシーが目覚めるまで待つ”と言っていたホムラ嬢は婚礼の準備のためバンディ城へ渋々戻って行った。
(回想)
あの夜。
初めての召喚リングの赤い輝きに、これはチャンスだと思った。
やっとルーシーがこの私を求めてきてくれた!
ウキウキしながら召喚されてみたら、あの”天使の男”と狭い晶洞のなかでイチャついてるではないか!?
しかも、その”男”を助けろと”この私”に泣いて縋ってきた。
その”男”を助けるのは胸糞悪いが、これでルーシーを我がものにできる期待に興奮し胸が躍った。
”なんでもする”
というルーシーの言葉に天にも舞い上がる程嬉しくて、初心で愛らしいルーシーをじわじわと追い詰めたくて、からかい半分で”口にキスをしろ”と言ってしまった。
てっきりルーシーは頬を染めて戸惑うものと、……考えていた。
なのに、突然だった。
奪われていた。
一瞬で、ルーシーに奪われてしまっていた。
私から奪うつもりだったルーシーとの記念すべき”ファーストキス”を……。
1秒もかからずに!
あんなに虚しくカラッカラに乾いた”キス”は生涯で初めての衝撃だった。
なんの感情も欲情も湧く間もなく「はやく!」”天使の男”を助けろと泣き叫ぶルーシーの声に悔しさで涙が零れた。悪魔が死にかけの者を救うには、どれだけの苦痛が伴うのかわかっているのか!? あんなキスが対価だなんて……でも、契約は契約だ。悪戯半分に口に出してしまった私も悪い。こいつが助からなければ、俺の命だって危うくなる。
クソーっ!
いいいいいっ…い…忌々しい。
アンフェール城に戻った後も、あの天使の男から離れず縋りつき泣きじゃくるルーシーの姿に、胸が抉られ張り裂けそうな程痛み、その男に対する嫉妬に加え憎悪を覚えた。救助を求めながら、頭の中であの天使の男をぐちゃぐちゃに切り裂き、地獄の底に何度も叩きつけた。
契約さえ無ければ、きっとこの場で殺していただろう。
あの狭い晶洞の中で二人で何をしていたのか後で問い詰めてやる!
そして二度とルーシーに近づくなとあの男と契約を交わし、近づいたら即座に処刑してやる!
駆け付けた兄オスカーは、あの男から離れず狂ったように泣くルーシーをどうにか落ち着け眠らせノエルに預けると、殺気を押し殺しながら移動用魔方陣でアクアラグーンへ向かって行った。
その後、アクアラグーンから搬送されてきた妖精王とその第三王子、ルーシーに幻術をかけた妖精族の騎士の3名は瀕死の重傷。
暴れまわった第一王子は無傷だが意識はまだ戻らない。
ルーシーの二番目の兄レイが放った”聖なる矢”で脳天を撃ち抜かれたらしい。あの優男、優秀だとは聞いていたが、そんなこともできるのか……。”聖なる矢”は王族にしか扱えぬと聞いていたが器用な奴だな。それにしても……あの矢を受けて無傷とは妖精族の第一王子の強靭さにも驚かされる。
現在、その第一王子が目覚めた際に再び暴れ出さぬよう元聖女エスタが病室に結界を張り、付き添っている。あの元聖女、イケメン好きだからな。若く美しい第一王子を一目で気に入るのも無理もない。
余談だが、あの天使の男は一命を取り留め、翌日にはその両親が迎えにきて実家の訓練所に併設されてある医療施設でしばらく療養するとスチュワートから連絡があった。
ラッキー! 好都合! 二度とルーシーには会わせたくはなかったからな。
そのまま実家で永久に隠居していろ!
ミカエル・キングは”癒しの光”を一度に大量に使い過ぎて過労で昨日の夕方倒れたと聞いた。
あのポンコツ、あの日から天使界デウスとアンフェール城を行ったり来たりしながら、ほぼ一睡もせずに妖精王や王子たちの治療をしていたらしい。
ルーシーはまだ、眠り続け私の呼びかけにも応じず、ただ涙を流し続けている。
そういえば、前にもあったなこんな状況。アクアラグーンの氷の魔女の城事件の時か…。
その時は、チッ(舌打ち)…。
そうだ、あの”天使の男”が”癒しの光”でルーシーを起こしたんだ。目覚めたルーシーとあの男が見つめ合う姿にイライラしたのを覚えている。
いいいいっ、忌々し過ぎる!
(回想終わり)
あれから5日経ったが、ルーシーは入院病棟の特別室で未だに眠りながら涙を零し続けている。
”昏睡系の幻術から目覚めた直後の不安定な精神状態で身近な者の凄惨な姿を目の当たりにしたショックによるもので、自然に覚醒するのを待つほかない”と医者は言っていたが、時折、魘され叫び声をあげるルーシーの姿に見ているこちらの方が切なくなる。
王国の勇者ルーシーの容体は公には伏せられてはいたが、”妖精王の王子の兄弟喧嘩に巻き込まれ勇者及び妖精王フィンヴァラ重症”との情報がどこからか漏れ、現在スチュワートが各部署への説明と今後の対応策を検討中だ。もとより私は勇者ルーシーを防衛戦に送り込むつもりはなく、目覚めた後もこのままこの城でしばらく療養していても問題は無いと考えている。むしろその方が嬉しい!
特別室のソファーには憔悴しきったイフリートが腕を組み座り、いびきをかき爆睡していた。
もちろん、あの男を助けるための対価としてルーシーにキスを強要したことはイフリートにも秘密にしている。このことが知れたら、こいつは私を容赦なく焼き殺すに違いない。
ベッドのわきにそっと椅子を運び座り、ルーシーの手を握り締め心の中で叫び続けた。
”ルーシーは私のモノだ! だれにも渡さん!”
コンコン……
「(小声)ルーシー♪ あ……貴様」
白いローブ姿の天使界長ミカエルがルーシーの病室の引き戸を小さく開け、私と目が合うと嫌そうに顔を顰めた。控えていたノエルがドアを開け中へ招き入れると、見舞い用のフルーツの入った大きな籠をノエルに手渡した。
そういえば……こいつもあの天使と同じ”癒しの光”を使える。
「(小声)ちょうどいいところに来た。お前、身体はもういいのか?」
「(小声)なにを企んでいる? 貴様に身体を気遣われるなど虫唾がはしる」
怪訝そうな顔で私を睨みつけ、寝息を立てているイフリートに深く会釈した。
「(小声)ルーシーを、お前の”癒しの光”で起こしてやってほしい」
「(小声)昨日もやってみたけど……僕じゃ無理だったよ。おそらく今ルーシーは、とても辛い思いをして頭の中がぐちゃぐちゃの状態になってる。無理やり起こしたら心が壊れてしまうかもしれない。でもまあ、ルーシーの体調も心配だから一応試してみるけど……」
「(小声)頼む」
それで、さっき”昨日も!?”と言っていたな。
こいつ……いつの間に来やがったんだと、モヤモヤする感情をルーシーのために押し殺した。
ミカエルはその翼からも眩い光を放ちながらルーシーの顔を覗き込み、その頬に両手を当てた。
「(小声)ルーシー、サミュエルは大丈夫。安心して」
ミカエルが”癒しの光”を与えるも、ルーシーはそれを拒絶するかのように辛そうに苦しみ眉間に皺を寄せ顔を背けた。その反応に思わず吹き出してしまった。
「プっ! おまえルーシーに嫌われてんのか?」
「(小声)……そんな筈はない! 」
「(小声)じゃあ、どうしてだ? 」
「(小声)わからない。ルーシーの”目覚めたくない”という強い意志を感じる」
「(小声)目覚めたくない……か」
「(小声)じゃあ明日もまた来る、ルーシーを頼む。だがくれぐれも変な事はするなよ。わかったか!」
「べリアス!」
ミカエルと入れ違いにバルベリスが病室に駆け込んできた。
ノエルが人差し指を口に当てシィーッと”静かにしてください”の、ポーズをとるとハッとした顔で照れ笑いを浮かべた。バルベリスもルーシーが意識不明という情報を聞きつけ、急遽駆け付けてきた一人だ。南の防衛線の城の城主不在はさすがにマズいと一度城へ戻したが、ノール帝国の王子アレクセイに臨時で城の城主代理の権限を与え、こうして再びアンフェール城のルーシーの元へ舞い戻ってきた。
「(小声)どうした?」
「(小声)提案だけど。その指輪のつながりを使って、ルーシーの心に入ってみない?」
「(小声)心に?」
「ずっと見てたけど、あのミカエルの声も届かないほど、ルーシーは魘されてる。僕はその原因が何なのか知りたい」
「(小声)原因は、あの天使だろ!」
「(小声)それだけじゃないと思う。前にも同じような事が何度もあったってルーシーの兄たちが言っていた。少し気になる。だから協力して。指輪の契約をしているべリアスにしかできないんだ」
バルベリスの手には、禍々しい魔力を纏った古めかしい革張りの小さな書物が握られていた。
「(小声)対価は?」
「(小声)それを”お前”が言うのか? ルーシーの心に入れるんだよ。むしろ僕に対価を払うべきなんじゃない?」
バルベリスは黒い魔力を発しながら口元を歪めた。
こいつは見た目は可愛らしいが、魔力も序列も年齢も私より上。いくら私がこの王国の王であっても、おいそれと命令したりできる相手ではない。
身長差から物理的には見下ろしている筈だが、見下されている感じしかしない。
「(小声)あ……じゃ、じゃあ。なにを所望する?」
「(小声)もちろん”ルーシー”……と言いたいけど、お前が納得するはずないだろ」
「(小声)当たり前だ」
「(小声)ルーシーの3番目の兄を僕の城に招きたい」
「(小声)は? オスカーではなく?」
「(小声)あのゴリゴリの長男? ……あれはいいや、僕の城には可愛いモノのだけを集めたいからね。どう?」
「(小声)悪くはないと思うが……騎士団内での調整もあるからすぐにとはいかぬが、それでも良いか?」
「(小声)やったー!」
バルベリスは、飛び上がり無邪気に抱きついてきた。
「(小声)じゃあ、べリアス。さっさとそこに横になって」
ルーシーの隣を指さした。
「いいのか? 見つかったらイフリートに殺されるのは私たぞ」
「(小声)いいから早く横になれ! イフリートが起きちゃうだろ!」
「やだ、まだ死にたくない!」
「(小声)黙れ。安心しろ、僕がちゃんと説明するから」
仕方なくルーシーの右隣に仰向けに寝転がるとバルべリスは、ルーシーの右手と私の右手を重ねた。そして、手にしていた魔力を纏った古めかしい書物を私の上に置き、金属の留め具を外しパッと開いた。その見開いたページから黒い魔力を放つ紫と黄色の斑模様の太った猫のような形をした魔物がヌルッと現れた。
「なにそれ!?」
「(小声)夢の神、モルぺウスの化身だよ。可愛いだろ」
「は?」
どっちかって言うと、気持ち悪い。
目鼻は無く、ただ口だけが異様に大きい。
そのモルぺウスの化身は、私とルーシーが横たわるベッドの上で徐々に肥大していく……。
「(小声)モルモル、二人を繋げて。これが対価だ」
裂ける程に大きく開かれた真っ赤な口に、ベッドのサイドテーブルの上に置いてあったミカエルが持ってきたフルーツの入った籠を放り込んだ。
グシャバキグシャグシャグシュバキグシュグシャ……ジューシーな音とともに果汁が顔にかかる。
「モルモル……大丈夫なの!?」
「(小声)うん! ……たぶん」
対価を咀嚼したモルぺウスの化身は低いうめき声をあげながら再び口を開き、紫と黒が混じり合った冷たくヌルつくような瘴気を吐き出しながら私とルーシーをガブリと飲み込んだ。
光と音が消えた。
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お付き合いいただきありがとうございます。
ブクマ★感謝です!今年もよろしくお願いしますm(__)m
今日火曜日でしたね(^_^;)曜日感覚おかしくなっておりました!
※2022/1/7誤字訂正しました。
※2022/1/25誤字訂正しました。




