140話 一切皆苦なのか(スチュワート視点)→(イム視点)
【王都アンフェール城・スチュワート視点】
※深夜2:30すぎ。
天使界デウス よりミカエル様を連れ、アンフェール城・王宮へ帰還。
するとメイド長ノエル様が、私たちを見つけ叫ばれました。
「スチュワート様! すぐにミカエル様とともに医療棟へ急いでください! 怪我人が!」
私たちはアンフェール城内南の医療棟へ向かいました。
(※医療棟は、元修道院だった建物を改装。外観は石造りの古いロマネスク様式。主に診察を行う診察棟と、手術や入院・長期療養患者などを受け入れる入院病棟の二つの棟に分かれている。それぞれの棟は、アーチが美しい渡り廊下で繋がっている。)
+++
私たちが駆け付けると、そこには崩れたクリスタルの結晶の塊が散乱し、多くの騎士や医療スタッフが集まり騒然としておりました。
石造りの入院棟の入り口から、陛下が早足に出てこられました。
「スチュワート、さすがだ! おいっミカエル! 急げ!」
髪を振り乱し陛下はミカエル様の手を掴み、入院棟へ駆け出されました。
「わわっ」
靴に履き替える間もなく連れてきてしまったスリッパ履きのミカエル様は、転倒しそうになりながら走り出されました。
「陛下、ルーシー様は!?」(スチュワート)
「ルーシーは無事だ。だが、一緒にいた天使の男が瀕死だ。俺の持っていた命を”3つ”ほど与えてやったが、持たぬかもしれん。ミカエル! このポンコツ、急げ!」
3つも!?
”天使の男” もしや……サミュエル様!?
そして、その対価はいったい。嫌な予感しかしませんでした。
「天使って!?」(ミカエル)
「おまえのお気に入りの奴だ!」
「まさか、サミュエル!?」
ミカエル様が青ざめ、陛下に聞き返しました。
私も動揺を隠せませんでした。サミュエル様は、勇者ルーシー様付きの治癒要員。優秀な”癒しの光”の使い手。ルーシー様の表面的な怪我はもとより、精神面のサポートまで担われるその力は唯一無二と称しても過言ではないでしょう。そのサミュエル様が……それに万が一彼が助からなかった場合、陛下に危険が及ぶのは必至。
「ああ、そんな名だったか……ってか、スチュワート、お前は妖精王に連絡しろ!」
「既に済ませております」
「早いな! 妖精王にルーシーは無事と伝え。必要なら加勢し、妖精王と第三王子を連れ戻せ! ノエルはルーシーを……」
「は、はっ! 」(スチュワート)
「はいっ!」(ノエル)
別動隊としてアクアラグーンへ上級騎士と医療騎士に招集連絡を入れ、私も移動用魔方陣でアクアラグーン樹海へ向かいました。
【アクアラグーン樹海・イム(アークトゥルス)視点】
「ルーーーーーシーーーーーーゔあああああああああああああああああああああ」(レグルス)
ゴオオオオオオオオオオオ……バキバキバキバキ……ゴオオオオオオオオオ……
暗い森の中、荊棘の蔓を伝って兄貴の怒号が聞こえる。
戦意喪失していた俺は早々に荊棘の蔓で拘束され、泉の近くの大木に縛り付けられていた。体中に刺さった棘で動くこともできない。姿は見えないが、恐らく同じように拘束されたハントは少し前まで声をあげていたが、今は何も聞こえない。
ゴオオオオオオオオオオオ……バキバキバキバキ……ゴオオオオオオオオオ……
恐らく、蠢く荊棘の蔓はルーシーたちを探している。
ルーシーは無事なのだろうか?
サミュエルさんは大丈夫だろうか?
俺たちのせいで……
血か涙かわからない液体が、何筋も頬を伝って落ちていく。
「ゔあああああああああああああああああああああ」(レグルス)
ゴオオオオオオオオ……バキバキバキバキ……ゴオオオオオオオオオ……
「レグルス! 止せ! やめるんだ!」
親父!?
「……っゔあっ、ゔぅ……」
低く太い親父の声に顔を上げようとすると、巻き付いた荊棘が身体を締め付けた。
「ゔあああああああああ!!! ルーシーはどこだーーーー。ボクのルーシーを、どこへ隠したーーーあああああああああ!!!」
ズルズルと這いまわっていた荊棘が親父の声がする方向へ一斉に動き始めた。
「レグルス! いい加減にしろーーーーー!!!」
空にエメラルドグリーンの閃光が走った。
「ゔあああああああああ! 返せーーー! ルーシーを返せーーーーー!!! ゔああああああ」
森を満たしていた兄貴の黒く変色した魔力が、たくさんの鋭い三日月型の刃に変わり、親父へ放たれた。
シュッ……シュルシュルシュルシュル……
「グワッ! レグルス! やめろーーーー! ルーシーもみんな! 死んでしまうぞ! 」
刃をはじいたエメラルドグリーンの火花が其処かしこに飛び散り、キラキラと辺りを照らし出す。
「ゔああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
森中に兄貴の気が狂いそうになるほどの絶叫が響き渡り、意識が飛びそうになる。
「レグルス! やめろーーーー!!!」
生暖かい風が顔前スレスレを通り抜け、ズザザザッと何かを切り裂く音が聞こえた。その刃が、いつ自分に向って飛んでくるのかもしれない恐怖に戦いた。
「ぐゔわああああああああああああああああああ」
「レグルス! やめろーーーー! 皆死んでしまうぞ! ウッ!……」
シュッ!シュルシュルシュルシュル……
「ゔああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
「やめろーーーー!」
「ゔああああああああああああああああああああああ」
地獄の底のような絶叫と轟音。
暗闇に放たれる刃とそれをはじき返す閃光。
いつ殺されるかわからない生ぬるい残虐さを孕んだ森で、俺はいっそのこと、ひと思いに殺されてしまったほうが楽だったのかもしれないと……死を覚悟し瞼を閉じた。
「やめろーーーー!!!」
「ぐゔわあああああああああああああああああああああああ……」
「レグルーーーーーーース!!! 」
「ぐゔわああああああああああああああああ……わああああああああああああああああ
キン!
突如、兄貴の絶叫が途絶えた。
「レグルーーーーーース!」
親父の声が響き渡った。
森は、一瞬にして動きを止め、荊棘で覆い隠されていた月の光が、静かに森の泉に降り注いだ。
何が起こったのだろうか……。
拘束する荊棘の蔓は、それでも固く身体を締め付けている。
俺たちを樹海から逃がさないという兄貴の強い意志を感じた。
+++
数分後。
仄かに光りながら暗い森の奥から現れた騎士の姿に、俺は意表を突かれた。
「イムさん!! 大丈夫ですか!?」
「レイ!……そ、その、かっ……顔」
弓を携え飄々と現れたオスカーの弟レイが、俺を見つけ駆け寄ってきた。
顔面には蛍光インクで”エロ”と描かれた文字が浮かび上がり、夜の森で淡い光を放っていた。
「ルーシーの声と窓から出て行った女の子を見つけて、窓の外に飛び出したら。ルーシーが部屋を出ていくのが見えて、急いで窓からルーシーに声を掛けようとして、……その、うっかり結界に弾かれてしまい、しばらく気を失ってました。今、救難信号弾を撃ち上げますので……」
至極真面目な表情でレイは、ウェストバックから救難信号弾を取り出し打ち上げる準備をはじめた。
「そ……んなこと……より、ルーシーを……」
痛みに耐えながら声を絞り出した。
「大丈夫ですかーー」
森の奥から元聖女エスタ様と北の神殿の聖女ローラが、足元の荊棘に足を取られながらこちらに歩いてくるのが見えた。
「イムさんは無事です!」(レイ)
パン!
赤い救難信号弾の光が夜空に輝いた。
パチン!
「レイ、よくやったわ!」
エスタ様とレイは、ハイタッチをした。
「エスタ様とローラ様の結界で援護してくれたお陰です」
レイが凛々しく微笑んだ。
「でも、その顔!? フフフフッ! 今消すから」
聖女ローラが手をかざしインクを落とそうとしていると、
バッサ、バッサ、バッサ、バッサ……ズシン!
空から蔓や葉で作ったドラゴン? に乗った親父が兄レグルスを抱いて下りてきた。
「エスタに、ローラ。それにリラの息子か……助かった。感謝する」
「その方は?」
エスタ様が兄貴のことを尋ねた。
「俺の息子レグルスだ。こいつは暴れ出すと手が付けられなくてな……それを1本の矢で易々と止めるとは……さすが王族。この借りは必ず…返す……うっ……」
竜を形作っていた蔓や葉はサラサラと風に乗って瞬く間に消え、親父はその場に膝から崩れ落ちた。
「お……親父!」(イム)
「妖精王様!」(レイ)
「ハァ……ハァ…。少し攻撃を食らって……強くなったな、レグルス」
親父は愛おしげに兄貴を抱きしめた。
気を失った兄貴の身体には傷一つなく、その美しい裸体に、その場にいた二人の聖女は目を奪われたように固まっていた。
「妖精王様、大丈夫ですか? ローラ様止血をお願いしても……」(レイ)
「はっ、はいっ!」(ローラ)
レイに言われビクッと身体を震わせた聖女ローラが、親父の背に回り手を翳した。
「エスタ、これで……俺たちを連れてアンフェール城へ向か……ってくれ。今の……俺の力で……は無理だ」(妖精王)
親父は移動用リングをエスタ様に渡し、ぐったりとその場に横たわった。
「妖精王様!」(エスタ)
親父大丈夫か!?
キュィィィィーーーーン
キュィィィィーーーーン
キュィィィィーーーーン
………
移動用魔方陣の青い光がいくつも現れ、スチュワート様、アンフェール城の騎士・医療救護班が到着した。
「妖精王様! そして第一王子に、イム様もご無事ですね」(スチュワート様)
「ああ」(妖精王)
親父が安堵し笑顔を見せた。
「ルーシー様とサミュエル様は陛下が無事保護し、只今アンフェールで治療中です。ミカエル・キング様も駆け付けて下さっておりますのでご安心を」
キュィィィィーーーーン
ひと際大きな移動用魔方陣が展開された。
その青い光の中から、聞き覚えのある怒鳴り声が響き渡った。
「イムーーー!!!」
白いTシャツにベージュのパンツ姿のオスカーが、ごっつい実戦用の剣を構え、魔方陣から飛び出し、こっちに向って走って来た!
「っ……オスカーーー!?」
ザシュ!
「イム! おまえ!? 何やってたんだ!?」
オスカーは涙目で、俺を縛り付けている荊棘の蔓を乱暴に刈り払い声を荒げた。
ザシュ! ザシュ! ザシュ!
「ルーを守ったサミュエルさんが……大変なことになってる!……おまえがいたのに、何でだ!?」
ザシュ……
木の幹に剣を突き刺し、俺に顔を近づけ睨みつけた。
「ゔっ……サミュエルさんが!?」
「ルーが……おかしくなりそうなほど……泣いて……。俺の事も、わからないくらい泣きわめいて……。イム!……何があった!?……なんで……こ……んなことに……ゔわぁああああああああ!!!」
荊棘の蔓を素手で掴みオスカーが泣き叫んだ。
「医療班だ! オスカーさんどいてください!」
「うるせぇ! ズッ……イム! 答えろ! なぜこんなことになった!」
「オスカーさん! イムさんも重傷です! 離れて下さい!」
「兄さん!」
「ルーが……。イム!……ズッ……答えろ!」
「オスカーさん!」
レイや数人の騎士によって俺から引きはがされたオスカーはその場で泣き崩れた。
俺は救護班によって荊棘から解放され、担架に乗せられた。
全身が痛い。
でも……サミュエルさんが……
それに……ハントは?
森を捜索していた騎士の声が聞こえた。
「こっちに”ハントさん”いましたー」
「ハントさん! ハントさん!……」
「意識は……あります! 無事です! 救護班! 救護班こっちです!」
よかった。
ハントも生きてる。
「妖精王様! 妖精王様を早く! アンフェールへ」
「妖精王様! しっかり!」
親父は、大丈夫なのか!?
「うわぁぁあ……ズッ…ああああああああああ」
「オスカー邪魔だ!」
「う……ズッ、うッううっ……ズッ……」
「兄さん、ルーは大丈夫。サミュエルさんだってそんなに軟じゃない陛下も付いてる、だから……」
「ゔわあああああ……レイ…ズッ……うっ、……」
明け方の空にオスカーの悲痛な声が響き、俺の胸を執拗に締め付けた。
暗く長い夜の終わりに、自責の涙がとめどなく溢れた。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
次回来週火曜更新予定。
年末年始勝手に特別企画”どうやら~”の続編書いてみました。暇なときに読んで頂けましたら嬉しいです。
では、よいお年を!




