139話 血と涙と悪魔と勇者 (ルーシー視点)
【アクアラグーン樹海クリスタルの晶洞・ルーシー視点】
※137話の少し前。
どろりとした沼のような真っ暗な世界に、温かい光が降り注いだ。
視界は雲一つない青空に変わり、そして、優しい声が聞こえた。
「……ーシー、好きだ」
この声は、サミュエル副隊長?
誰かに抱きしめられている感覚に慌てて顔を上げると、ぼんやりとした視界に長い金髪が目に入った。長い金髪にはじめはアイザック!? と思い慌てて身を起こした。
違う……この人は。
血まみれの顔に覆いかぶさる髪の隙間に見えた優しい瞳に、一瞬で血の気が引いた。
サミュエル副隊長!
血に濡れグシャグシャニなって張り付いた長い金髪をよけると、傷だらけで生気のないサミュエル副隊長の顔に愕然とした。よく見たら背中の翼は真っ赤に染まり、あちこち破けたTシャツもハーフパンツも血でぐっしょりと濡れていて、それなのに笑って……
「上…の……ほうで、妖精王の…………第一王子が…暴れて……る」
嘘、そんな……
第一王子……レグルスがこんな事したの!?
なんで!? あれから何があったの!?
それよりサミュエル副隊長の怪我のほうが優先と、シャルルを召喚し助けを呼びに行こうとするも「崩れるから」と止められた。べリアスも「契約するから、呼んではいけない」と。
でも、出血の量が多くて、光がだんだん小さくなって、身体が痙攣し始めて、唇も紫色になって手がカシャンと落ちてるのに、助けを呼ぶなとか……無理!!!
「しっかり……しろ、勇……者……ル……ーシー。……す
朦朧としたサミュエル副隊長が”最後の言葉”みたいなこと口にした瞬間、右手を掲げた。
「べリアス!!!助けて!!!」
キュィィィィーーーーン
召喚魔方陣から現れたべリアスに、私は叫んだ。
「べリアス! なんでもするから、サミュエル副隊長を助けて!」
「痛てっ、ちょっ、何ここ狭っ!」
黒いヒラヒラした胸元の空いたシャツに黒いスラックス姿で現れたべリアスは、クリスタルの天井に頭をぶつけた。そして、私とサミュエル副隊長を視界に捉えると表情を一変させた。
「ああっ!? ルーシーその男とくっついて何をしている!? 今すぐ離れろ!」
前かがみになりながら私をサミュエル副隊長から引き離そうとしたが、狭いので離れる方が難しい。
(立ち位置的には、横たわるサミュエル副隊長の右手側が私で、左手側にべリアスが屈みこむ形で立っている。)
「何もしてない! 早く助けて! サミュエル副隊長が!」
「ふーん、確かに死にかけてるな。天罰が下ったのか?」
べリアスは、顎に手を当てニヤニヤと笑いだした。この悪魔め!……悪魔か。
べリアスが来たからもう大丈夫だと思ったのに!!!
「なに言ってんの!? 多分、私を助けてこんなことになったの……べリアス、お願い、なんでもするから……早く…助けてよ!」
「な・ん・で・も?」
パアアアァッと笑顔に変わった。
「だから! 早く!」
『ルーシー!ダメだ!』シャルルの声が脳内に響いた。
いいからシャルルは黙ってて! サミュエル副隊長に何かあったら勇者なんて辞める!
『そんな……』
べリアスはしゃがみ込み、楽しそうに右手で私の頬を撫で、それから親指で唇をゆっくりなぞり、妖艶な笑みを浮かべた。
「なーんでも聞くんだな。じゃあ、キスをしろ! 頬っぺじゃないぞ”くち”に……ウグッツ!
もはや一刻の猶予も許されないと、べリアスのシャツの胸ぐらを掴みグイと引き寄せ口にキスをした。
「した! だから早く助けて!」
「………」
てっきり”わーい”とか言って喜んでくれるかと思っていたのに、べリアスは呆気にとられた表情で、ポカーンと私を見つめ返すだけだった。
?
「はやく!」
必死に叫ぶ私の声に反応したべリアスの瞳から、涙が一筋頬を伝った。
え……!?
それから徐々に表情が悪魔のように険しくなり、黒い魔力を放出しながら苦しげに声をあげた。
「おうぇ……ッゔゔゔうぇ!!!う……ッゔゔゔうぇ」
ええっ!? ”おうぇ!”って!?
口、臭かった!?
顔を蒼白にして蹲り、吐き気をもよおすべリアスの背中をさすった。
「べリアス!? 大丈夫? ……なんかごめんなさい」
「おぇ……ッゔゔうぇ! う……ッゔゔゔおうぇ……ッゔゔゔうぇ!」
べリアスは苦しそうに口から黒い塊を2・3吐き出し、肩で息をしながらサミュエル副隊長の口を開け押し込んだ。うわ……と思ったがその直後、サミュエル副隊長の身体がビクンと跳ね上がり「……ーーーっ、はぁっ」と息を吹き返した。
「べリアス!……ありがとう! サミュエル副隊長! サミュエル副隊長!」
ペチペチと呼吸が戻ったサミュエル副隊長の頬を叩いた。でも目が開かない。
「蘇生後はしばらく目覚めぬ」
「そうなの……べリアス。サミュエル副隊長、助かるよね。大丈夫だよね」
「ルーシー私を信じろ。城へ戻るぞ」
べリアスは、青白い顔で笑んだ。
「うっ、ゔん。べリアス……ありがとう…ほん…と…に……うっ、ズッ…うう……」
自分の手の甲で涙を拭った。その手をよく見ると血がベッタリと付いていた。
「あ、……ああ」
着ているTシャツも短パンも全部血で染まっていて、これが全部サミュエル副隊長の血だと考えたら怖くて怖くて、涙が止まらなくなった。
べリアスの持つ移動用リングから移動用魔方陣が展開され、青い輝きが晶洞全体を包み込んだ。
キュィィィィィィィィィィィィィィィィーーーーン
私たちはクリスタルの晶洞ごと王都カルカソのアンフェール城へ帰還した。
【アンフェール城医療棟前】
深夜2:30すぎ
カシャン………カシャカシャカシャカシャカシャカシャカシャ……
芝生で覆われた医療棟前広場に到着した途端、私たちを取り囲んでいた晶洞は音をたてて崩壊した。
崩れる結晶からサミュエル副隊長を守ろうと覆いかぶさると、その上からべリアスも覆い被さりサミュエル副隊長を守ってくれた。
ガシャガシャン!!!
崩れた結晶を払いのけたべリアスは立ち上がると、明かりが灯る医療棟に向って走っていった。
私も何かしなきゃと起き上がったが、視界に飛び込む血まみれのサミュエル副隊長の姿に、震えが止まらなかった。
「うっ……ズッ……サミュエ……ル副…隊長………うっ……死な、ないで……ズッうううっ……サミュ……エ…ル副…っ……ズッ……ううっ……」
青い顔で辛うじて息をしているだけのサミュエル副隊長の腕にしがみついた。
ヌルリと血の感触がする。
「重傷者だ! 急ぎ癒しの光を持つ者たちを招集せよ! そして……ルーシーを!……スチュワートを呼べ!」(べリアス)
「「「はっ!」」」
「早くだ! 急げ!」
指示を出すべリアスの大声が、夜のアンフェール城に響き渡る。
「サミュエ……ル副…隊長………うっ……ズッ……サミュ……エ…ル副…っ……ズッ……」
ねっとりとした血液で濡れたサミュエル副隊長の腕が、夜風に当てられ徐々に冷えていく。
「そんな……死な…ないで…サミュ…………ル副…っ……」
身体を温めるように抱きつくと、ひんやりとした肌に絶望を覚え、嗚咽が止まらなくなった。
「サミュエルさん! ルーシー様! 」
「担架を! 早く!」
「ルーシー様! 大丈夫です! しっかり!」
「っ……ズッ……サミュエ……ル副…隊長………うっ…死な…ないで…ズッううう」
「毛布も多めに!」
「ルーシー様!
「
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歪んだ夜空に月が輝いていた。光は見えるのに、怖くて冷たくて暗い。
冷たくなるサミュエル副隊長と駆け付けた医師や看護騎士、騎士たちの影が、終わらない夜の闇に溶けていった。




