137話 好きだ!
【アクアラグーン樹海????・サミュエル視点】
カラッ…カシャン……パラッ…パラ………
コツン…
崩れ落ちた石の粒が頬に当たり意識が戻った。
暗い。ここはどこだ?
俺、生きてる!?
身体の上に温かく柔らかい重みと、痛みを感じた。
「痛っ、……ハァ……ハァ……っ……ルーシー?」
全身の痛みに耐え手から光を放つと、この世のものとは思えない光景に目を疑った。
ぐるりと360度取り囲む七色に輝く結晶の柱。
クリスタル!?
何百万年もかけてゆっくりと形成されたであろうクリスタルの結晶の柱が、幾重にも重なり俺たちを神秘的な輝きで包み込んでいた。
ここは恐らく巨大な”晶洞”の中。
どうやら俺たちは、四方八方クリスタルで囲まれた巨大な晶洞に落下したらしい。落ちてきた穴はすぐ近くに見えたが、その先は真っ暗で、ここがどのぐらいの深さなのか確認できない。
俺の胸の上には、ルーシーの赤い髪が見える。
大丈夫か!?
痛みを堪え歯を食いしばり、ルーシーのわきの下に手を入れ持ち上げ顔を覗き込んだ。
「ッ…………ル……ーシー」
仄かに乱射するクリスタルの光彩に照らされたルーシーは、穏やかな顔で呼吸を繰り返していた。
「フッ……まだ、眠って……やがる。……はぁー(ため息)」
髪はボサボサで口は半開だが、それでも、ただただ可愛い。
俺なんかじゃ悲しくなるほど手の届かない、いや届いちゃいけない女の子だ。
こうして触れることだって、俺が”癒しの光”に特化していなければただの変質者。即処刑確定だろう。
顔は無傷。
身体は……腕から少し血が出てるな。荊棘か結晶で切ったか? ……目が覚めたら痛がるな。
ルーシーを自分の胸に降ろし、後頭部と背中に腕を回した。
背中に回した手の平で心臓の鼓動を確かめていると、俺は思わぬ事実を知ることになった。
「……そう………くる…か」
いつも胸に巻いている”さらし”の感触がしない。
つまり、ノーブラだ。
「マジ……か……」
さっきまでは逃げるのに必死だったせいで気づかなかったが、認識した途端動悸が激しくなり呼吸が浅くなった。
胸板に何かが当たる感触で死にそうだ。
こんなところまできて、純情な俺を惑わせやがって。
気を紛らわすため深呼吸するといい香りがする。うわっ……これじゃあ逆効果だ。
クリスタルの輝きに目を向けた。
俺たちのせいで何百万年もの眠りから目覚めてしまった結晶たちは、言葉にはできないほど美しく崇高な煌めきを放っている。まさに絶景。
その晶洞の中で、俺は、ルーシーと……
腕の中で静かに眠る彼女の頭を、そっと撫でた。
この世界でもモブの俺が、こんな夢のような幻想的な場所で、好きな女の子を抱きしめることができるなんて……
俺は、悟った。
ここで終わるのだと……
イムも、ハントもどうなったのかわからない。
すぐに騎士団の誰かが助けに来てくれる可能性も、恐らくない。
全身が痛い。
俺はもうダメだ。
でも、ルーシーだけは助けてやらねぇと……
痛みに耐えながら、残った力を振り絞り”癒しの光”で包み込んだ。そうこうしているうちに足の感覚も無くなっている。なんだか寒気もして……視界が徐々に暗くなって……
俺、いよいよ、死……ぬのかな。
「…ルーシー、好き……だ」
もう、これが最後と呟いた。
「ん? ア………じゃなくて……サミュエル……副隊ちょ…」
不意にルーシーが目を覚まし、俺の顔に掛った髪を掻き分け、瞳を大きく見開いた。
ドックン! ドクドクドク……
破裂しそうなほど心臓が激しく拍動した。
俺を見つめる好きで好きでたまらないルーシーの顔に、不思議なことに飛びかけた意識や光が舞い戻った。
「どうしたんですか!?」
ルーシーは上体を起こし俺の顔を両手で包み込み、瞳を潤ませ悲愴に打ちひしがれた表情で声を震わせた。
「血が……それに、ここ……」
「ハ、……ハハ。綺麗だろ。…たぶん……これは……クリスタル…だ」
ルーシーを怖がらせてはいけないと、精一杯の笑顔を作った。
「笑ってる場合じゃないよ。なんで!?」
俺の身体の上から身を退け、涙を滲ませ俺の顔にかかった髪を柔らかい小さな手で避けてくれた。その手の温かな感触だけでめちゃくちゃ幸せな気持ちになった。
「上…の……ほうで、妖精王の…………第一王子が…暴れて……る」
「わかった。シャルル! ここからジャンプして助けを呼んでくる」
ルーシーは青白く輝く”勇者の剣”を召喚し、上を見上げ立ち上がろうとした。
慌ててその手を掴んだ。
「ダメ……だ!」
「なんで!? 助けを呼ばないと、大怪我してる」
「下手に……動いたら……、ここ全体が崩れ…っちまう。……お前も…埋まっちまう。助け……を…待つんだ」
「でも!?」
「お…となしく……待つ……んだ」
待っていれば……ルーシーだけでも、きっと陛下が召喚リングで助けてくれる。俺はもう無理だ。
「そんな……だって…」
ルーシーが身を屈め剣を置き、小さく震えながら俺の頬をもう片方の手で擦った。
ずっとこのまま頬に触れていてほしいと思いながら、どうにか意識を保つため目を閉じないようにルーシーを見つめると、視界にまたとんでもないもが飛び込んだ。
「あっ……うわ………そ、その、その角度。……ヤバい」
ちょうど、前かがみになったルーシーのTシャツの首元から胸の谷間が丸見えだった。
「!?…あ」
ルーシーは胸元を抑え、俺を睨みながら少し笑った。
やっぱりルーシーは笑顔がいい。
こんな場所に瀕死の俺と二人だなんて、不安でしょうがねぇんだろう。でも、今はここでおとなしく助けを待たないと二人とも生き埋めになっちまう可能性もある。
「い、痛むところは……ない……か」
「ない! じゃあ今すぐべリアスをよ「ダメ…だ、ルーシー」
陛下を召喚するため、掲げようとした右手を掴み胸に引き寄せた。
ルーシーは優しいから、きっと俺を助けるために陛下と”悪魔の契約”を交わすだろう。
ルーシーが陛下と契約するなんて絶対ダメだ! イムに顔向けできない!
「なんで!?」
「陛下と……契…約……、する……気だ…ろ。俺は、……大丈夫だか」
「嘘! だって光が! それにこんなに血が……出てるのに!!!」
輝く青い瞳から涙の粒がポタポタと俺の頬や首元に落ちた。
やっぱり俺は、ルーシーの事が”好きだ”と心の底から思った。
最後に告白ぐらいしたかったな。
死ぬ間際にこんなことを考えるなんて、未練たらたらじゃねぇか。
でも……奇跡のようなクリスタルの洞窟で、ルーシーの顔を見ながら最後を迎えることができるなんて、俺は本当に幸せ者かもしれない。
零れ落ちる涙の感触も徐々になくなり、ルーシーの声が遠くに感じた。視界が暗くなっていく。力が抜けて、ルーシーを掴んでいた手が”カシャン……”と、クリスタルの破片の上にすべり落ちた。
最後に一言、俺は薄れゆく意識の中、声を絞り出した。
「しっかり……しろ、勇……者……ル……ーシー。……す「べリアス!!!助けて!!!」
ええっ!?
死ぬ間際の俺の渾身の告白は、ルーシーの声でかき消された。
キュィィィィーーーーン
クリスタルの洞窟内は、召喚魔方陣の深紅の輝きで満たされた。
|笑みを浮かべ現れた国王べリアス陛下の姿に俺は安堵した。良かった、ルーシーだけでもこの窮地から脱することができる、と。それと同時に、彼女が瀕死の俺に対してとるであろう行動が予測されたが、もう手も足も声も出ない。
赤く染まるクリスタルの晶洞に、ルーシーの涙声が響いた。
「べリアス! なんでもするから、サミュエル副隊長を助けて!」
「(契約は)ダメだ……」
意識が途切れた。




