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135話 荊棘の森の眠り姫

【樹海の泉のフォリー・レグルス(男の子)視点】

 ※フォリー…庭園などの装飾用の東屋。



 「君は、ボクが守るよ……」



 ハントに幻術をかけられたルーシーは人形のようにぐったりと宙を仰ぎ、その瞳は輝きを失くしていた。


 ルーシーが騎士団であんな風に扱われているなんて知らなかった。

 ボクのルーシーに向って”しゃべるな””いいかげんにしろ””たかが見習”だと!?……簡単に傷つけ、幻術までかけるなんて! 



 王国騎士団になんて任せられない! 

 サミュエルさんには悪いけど、もうボクは君たちにルーシーを返すわけにはいかない。


 蔓のクマに跨り、ルーシーを抱きかかえボクは泉へ急いだ。

 ハントたちが、追って来られないよう何重にも荊棘(いばら)のバリケードとトラップを張り巡らした。



 月明かりを反射し静かに水面を揺らす泉に辿り着いた。

 泉の浮島のフォリーまで運び、柔らかい蔓でベッドを作り白い薔薇を敷き詰めルーシーを寝かせた。

 半分開いた瞼を伏せ少し焦げた髪を整え、涙の跡が残る頬に触れる。


 君をこんな風にしたハントが憎い。



「ルーシー待ってて。いま、術を解くから」



 術を解こうと白い薔薇に包まれたルーシーの頭上に翳した手を、ボクは不意にひっこめた。


 ここに居ればそのうち親父が来てルーシーを連れて行ってしまう。

 そして、様々な理由を付けてアークトゥルスと結婚するように言うんだろう。王国のためとか言われたら、ルーシーは優しいからきっとそれに従ってしまう。



 ”もうこのまま一緒にこの森を出て、海を渡って、誰も追ってこないどこか遠くの地まで逃げて、二人で暮らせたら、どんなに幸せなんだろう”



 ボクだけのルーシー。

 ボクだけを見つめる瞳。

 そして、ボクの花嫁。



 勇者なんてやらなくていい。



 王国のために君が傷つくなんて、()()()()()()()()()()()

 


「二人でここを出よう」



 白薔薇の零れるベッドから柔らかなルーシーの手を取り出し握りしめ、その甲にキスをした。

 フォリーを何重もの荊棘(いばら)で囲い、ボクは母さんの墓前へ最後の別れとルーシーを包む毛布や荷物を取りに、おもちゃ箱の奥の地下墓所へ向かった。





+++++

【アクアラグーン樹海・サミュエル視点】



 真っ暗で不気味な樹海に荊棘(いばら)の蔓が蠢く。

 


 ゴゴゴオオォォォ…ゴゴゴオオォォォゴゴゴオオォォォ…

 バキバキ……ゴゴゴオオォォォゴゴゴオオォォォ…



 樹齢何千年もの巨木が生い茂る森が、まるで憤怒しているかのように低く轟音が鳴り響いている。



 ゴゴゴオオォォォ…バキ……ゴゴゴオオォォォゴゴゴオオォォォ…



 妖精王の第一王子を追って樹海の奥へ進む俺たちに向って、暗闇から幾本もの荊棘(いばら)の蔓が襲いかかる。それを、避け、薙ぎ払い奥へ奥へと進むハントとイム。わずかながら空を飛べる俺は、少し上空から追跡を続けるが、鬱蒼と樹木が生い茂る樹海の暗闇に、ルーシーの姿を見つけることが出来ない。



「水の匂いがする。イム、こっちだ! 」


 

イムは、双剣で斬撃を飛ばし荊棘(いばら)の壁を斬り裂くと、ハントは切り開かれた隙間から入り込み、ナイフで纏わりつく荊棘(いばら)の蔓を薙ぎ払い前進していく。


 サンダル履きで丸腰の俺は、暴れまわる荊棘(いばら)の化け物にどうする事もできず、回避しながら後方で二人の治癒要員に徹する他しかなかった。



 +++



「たぶん、ルーシーはあそこだ!」



 ハントの声に前方へ目を向けると樹海の暗闇の先に、月光を浴び仄かに発光する泉が見えた。

 その湖の中央に、何重にも荊棘(いばら)の蔓が巻き付けられた異様な物体が目に飛び込んだ。



「あの中に、ルーシーがいるかもしれない」(ハント)


「よし!」(イム)


 双剣を構え真二つに斬り裂こうとするイムを引き留めた。


「待て! ルーシーが中に居たら危ない。少しずつ、そっとやれ」


「あ、ああ、焦ってしまって……すいません」



 肩で息をしながら、イムが泣きそうな顔で、腕の太さほどある荊棘(いばら)の蔓を一本ずつ手で掴み刈り取る。ハントは、刈り取られ厚みをなくした荊棘(いばら)の壁の蔓をかき分け隙間を作り、その中へもぐりこんで行った。


 

「……いた! いたよ! ルーシーは無事だ」



 中からハントが荊棘(いばら)を刈り払い、白いバラと蔓で作られたベッドでスヤスヤと眠るルーシーを見つけた俺たちは安堵した。


 それにしても……。


 月明かりの中、甘い香りとベッドから溢れるほどの白薔薇の花や花弁に包まれ横たわるルーシーは、おとぎ話の中に出てくるお姫様のようだった。


 白い薔薇に映える、燃えるような赤い髪。静かに息をする小さな唇に、ほんのり色づいた頬に白い肌、その穢れの無い艶やかでありながら透き通るような美しさに俺たちは目を奪われた。



「あいつ、こんなことをするためにルーシーを攫ったのか?」



 黒いアーミーナイフを腰の鞘に納めた、ハントが困惑し首をかしげた。



兄貴レグルスのやつ、何のつもりだ……」



 憤りを隠せないイムがベッドの上の白薔薇を掴み、床に叩きつけた。



「イム、そう興奮するな。待ってろ、いまルーシーを起こしてやっから。……まるで、”眠れる森の姫”みてぇだな」



 本来ならこの場合、目覚めたときに”王子様”のイムが目の前にいるのが正解なんだが、今は術が解けるのを待ってる時間がねぇ。


 ”癒しの光”で早急に幻術を解いてやろうと、両手でルーシーの頬を包み込んだ。



 その時だった。




()()()()()()()()()()



 地面を揺るがすほどの低い怒声が轟いた。


 声のする方へ視線を向けると、エメラルドグリーンの髪をうねらせ怒りで煮えたぎるような魔力を放出させながら、妖精王の第一王子が森の中から蠢く荊棘(いばら)の蔓を伴って現れた。



()()()()()()()()()()! ()()()()()()()()()()()()()! ()()()()()()()



 やっぱり、あいつなのか!?

 なんで……。



「サミュエルさん、早く、ルーを連れて逃げて……うっ! バシッ!


 イムが一瞬にして鞭のような荊棘(いばら)の蔓で弾かれた。



()()…っ、わっ!!!」


 シュルシュルシュルシュル……!!!


 ハントの右足が荊棘(いばら)の蔓に絡め取られ宙に吊るされた。




()()! ()()()()()()()()!!!」(イム)




 イムの声に我に返った俺は、即座にルーシーを抱きかかえ襲いかかる荊棘の蔓を(かわ)し、真っ暗な空へ舞い上がった。

 


+++++

お付き合いいただきありがとうございます。


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