134話 丸腰サンダルか弱い天使
【アクアラグーン樹海付近・サミュエル視点】
※132話の始まりの少し前。
夜中に宿場町にある”飲み屋”から連絡が入り、酔いつぶれたジュード団長補佐を店まで迎えに行った。
白のTシャツに支給品のベージュのハーフパンツで、もう寝ようと思っていたので髪は下ろしたままだった。酒の匂いをプンプンさせ泥酔状態でおねーさんの名前を叫びつづけるジュード団長補佐を背負いながら、俺は空を見上げた。
満月か……
「月が綺麗だな……」
王国騎士専用宿泊所へジュード団長補佐を送り届けた後。そういえば、いつだったかイムが思いつめた顔で、俺に”話がある”と言っていたことを思い出した。
あいつは今夜も妖精王の第一王子の監視と、ルーシーの護衛で樹海の入り口にいる。
すっかり目が覚めちまったし、顔見るついでに、話でもしてくるか。合宿もあと1週間で終わっちまうからな。
宿泊所の正面入り口から外に出ると……
スタン!
突然、真上からハントが目の前に飛び降りてきた。
「うわぁぁぁっ! ビックリした!」(ハント)
俺に驚いたハントはバランスを崩し尻餅を付いたが、すぐにヒョイと立ち上がった。黒いTシャツにベージュのハーフパンツにブーツ。トレーニングの帰りだったのか、額に大粒の汗をかき、息が上がっている。
「こっちの台詞だ。どうした?」
「なんか、ハァ……変なんだハァ……ハァ」
「ん?」
「ハァ……ハァ……ここに来るまでに、おかしな虫が飛んでて……これ」
ハントの掌の中には何匹もの綺麗なエメラルドグリーンの羽の大きな蚊のような蝶のような虫が、ひくひく足を動かしていた。
「うっわ、気持ちわりーな」
「ちょっと気になるんで樹海の東の入り口を経由して、神殿の丘の方まで見まわってくる。サミュエルさんは?」
「俺は、イムにちょっとな」
ハントは、サンダル履きの俺の足元をチラっと見て「じゃ、俺、先に行ってます」と、樹海の方へ音もなく消えて行った。
+++
宿泊所裏手の森を抜け草原に出ると湖が見えてきた。
心地のいい夜風が水面を揺らし、月明かりを反射してキラキラと輝いた。
右手に行けばルーシーの泊っている宿、ホーリーウッドがある。
「ここんとこ大変だったから、あいつはもう寝ちまってんだろうな」
見習用の半袖短パンで大の字で眠る、全く色気のないルーシーの姿を想像した。
「フッ……合宿も、もうすぐ終わりか」
誰に話すわけでもなく、口をついて出てしまった独り言。それに返事をしてくれているかのように、サヤサヤと風が吹き抜け、湖の畔に咲いた赤い花たちが静かに揺れた。
「離れろ! ルーシー!」
ルーシー!?
遥か遠くの前方から聞こえたハントの声に、反射的に俺は走り出した。
何が起きた!?
月明かりの下。ハントと、ルーシーともう一人、髪の長い女の子の影が見え、ハントの怒声とルーシーの声が聞こえた。
遠目だが、ハントがルーシーを転ばせ、その女の子から引き離そうとしているのが見てとれた。
あの女の子が、ルーシーに何かしたのか!?
長い緑色の綺麗な髪に、ゆったりとした白いブラウス、濃い青のキュロットのようなズボンを穿いた小さな子だ。
何が起こってる!?
「違う!」
女の子が泣き叫んだ。
「だったらこいつに、正体を見せてやったらどうなんだ、本当の姿を」
「うっ……ううグシュ……うわぁぁぁ………やめてよ……ハント」
ハントの知り合い!?
「見せられるわけねぇーか、見せたら終わりだもんな。そうだよな、王子!」
”王子”って……
俺が駆け付けた時には、明らかに戦意のない”王子”と呼ばれる少女を執拗に追い詰めるハントに、ルーシーが怒り、ハントに掴みかかった直後だった。
「レグルスは、私の友達よ!」
「いいかげんにしろ!」
ハントがルーシーに幻術をかけた。
青い瞳が黒く染まり、ふらりとルーシーはその場に倒れた。
「ルーシー!」
王子と呼ばれる、その少女の叫び声が響いた。
「ハント! 何もそこまでする事ねぇーだろ!」
俺はすぐにルーシーを抱き起こすと、光を失った半開きの青い瞳で虚空を見つめたまま固まっていた。
「ルーシー、ルーシー! ハント、お前、何をやったか分かってんのか!?」
「仕方なかった。命令を聞かなかったから。サミュエルさん、あいつは妖精王の第一王子。さっさとルーシーを連れて、宿に戻って下さい」
俺たちに背を向け、少女を睨みつけた。
妖精王の第一王子!? あの女の子が!? 嘘だろ!?
「は……ハント、だからって、ルーシーに幻術をかけるなんて!」
「大丈夫、2・3時間で覚めるから。勇者って言ったって、ただの見習……
ビシュッ!
突如地面から飛び出した荊棘の蔓がハントの身体に一瞬で巻き付き、ギリギリと絞め上げた。
「ゔゔ……クソっ! ……放せ…レグルス!」
「よくも、ルーシーを……」
草原一帯からウネウネと這い出した何百本もの太い荊棘の蔓が、月の光を遮るほどの高さまで一気に伸び、俺たちを取り囲んだ。その中央に、長いエメラルドグリーンの髪を逆立て、怒りの形相で俺たちを見つめる、白いブラウスに青のハーツパンツ姿の大柄の美しい青年が立っていた。
これが、妖精王の第一王子の本当の姿!?
あれ? こいつどこかで……
「サミュエル……さん……はや……く、逃げて!……」
荊棘の蔓で身体を拘束されたハントが、表情を歪めながら叫んだ。
「ぁ……ぁあ……って、どこに!?」
もはや俺たちは何百本もの太い荊棘の蔓の檻に閉じ込められた状態だった。
パシッィッ!
突如伸びてきた荊棘の蔓がルーシーを引き剥がすように絡みつき、俺を弾き飛ばした。ルーシーに傷をつけないようにするためか棘は無く、そんなに痛くもなかった。
だが、無理だ!
こんな化け物相手にルーシーを連れて逃げられるわけがない。
今夜の俺は、丸腰サンダルのか弱い片羽の天使だぞ!
イムは、なにやってる!?
「ゔああああああああっ」
ハントが血だらけになりながらアーミーナイフを振り回し、絡みつく荊棘を切り、脱出しようと足掻いている。
その横をスッと妖精王の第一王子がルーシーに痛まし気な表情で駆け寄り、彼女を愛し気に見つめ大切そうにそっと抱きしめた。
俺は身体が強張り動くことができず、その光景を黙って見ていることしかできなかった。
”レグルスは、私の友達よ!”
必死に叫ぶルーシーを、どうしてハントは信じてやれなかったんだろう。
きっとこの王子は、ルーシーの友達で、それ以上の事は望んでなかったのかもしれない。
それを証拠に俺たちを取り囲む荊棘も、ジッとしている俺に対しては、一切攻撃してこない。
こいつは、本当は、悪い奴じゃないのかもしれない。
「レグルス! やめろ!」
ハントの怒声に、王子は金色の瞳を涙で輝かせ怒りの形相で睨み返した。
「ルーシーを、傷つける奴は絶対に許さない」
その声に聞き覚えがあった。
まさか……やっぱり、あいつなのか!?
荊棘の中から蔓でできた大きな熊が唸り声をあげて飛び出し、王子はルーシーを抱き上げると、その熊の背に乗って樹海の森へ消えて行った。
冷静になって考えてみたが、信じられない。
あいつがそんなわけ……
なぜ、こんなことに。
心に沸き上がる疑惑を確かめるべく俺は気持ちを奮い立たせた。
「ハント! ルーシーを追うぞ! こんな時に、イムは何をやってるんだ!」
「クソっ、クソ! クソーーーーーっ!」
荊棘の蔓から解放されたハントは、悔し気地面にナイフを何度も突き刺し叫び声をあげている。俺はとにかく樹海へ走った。
俺のすぐ後ろから、ついてくるハントの気配を感じながら樹海の入り口まで来ると、イムの姿が見えない。辺りを探すと、イムは気持ちよさそうに巨木の根元にぽっかり空いた”うろ”で小さくなって眠っていた。その周りには、さっきハントが捕まえた虫が数匹羽をパタつかせていた。
「なにやってんだ!?」(サミュエル)
”うろ”に入ったハントが表情を変えた。
「サミュエルさん、ここの空気吸わない方がいいです」
「え?」
「多分、眠り……粉か、なんか……」
パチン!
目が虚ろになったハントに、一発、平手打ちした。
「あ、危なかった! ありがとうございます」
「息止めろ、イムをこっから引っ張り出すぞ」
+++
”うろ”から引っ張り出したイムを叩き起こし、状況を説明すると。
「は、何だって!? 兄貴が!? ルーシーを!?……ゔあああああああああっ! 俺のせいだ!!! 俺と婚約なんてしたばかりに……兄貴に……あいつ!!! ……ゔゔあああああ!!!!! ぶっ殺してやる!!!」
鬼神のごとく怒りまくり、すぐにでも樹海へ駆け出そうとするイムを引き留め、”魔力レター緊急用”をスチュワート様に飛ばした。
「冷静になれ。まずは、ルーシーの確保だ」
俺たちはルーシー救出のため、闇夜の樹海へ足を踏み入れた。
お付き合いいただきありがとうございますm(__)m
ブクマ★感謝感激です(^_-)/☆彡
次回、木曜日更新予定。
ブクマ★いただけましたら励みになります!応援よろしくお願いしますm(__)m
※訂正しました。134→132話でした。




