131話 粉雪(ヴィティ)のささやき
【アレキサンドライト王国南海上・ノール帝国アレクセイ王子視点】
※騎士見習合宿終了まであと7日。
軍事協定を締結し約1か月。
ノール帝国海洋軍は、アレキサンドライト王国南の海上に軍を配備し、南のジェダイド帝国の動向を伺っていた。
だが、これから夏の季節に入る筈の南西の海では異変が起こっていた。
この海域を監視していた敵国の軍用船がここ1週間ほど前から一隻も見掛けなくなった。そして凍りつきそうなほどに冷たい海水温に、海流にのって次々と流れてくるジェダイドの兵士の遺体。
確実に、南の帝国で何かが起こっている。
そんな最中、先日ノール帝国の祖父から密書の”魔レター”(読んだら消える手紙.。※消えないものもあり。)が届けられた。
『アレキサンドライト王国”聖なる光に選ばれし勇者ルーシー”の父親について』
おお、ルーシーの父親の身元が分かったのか。1週間後のホムラの結婚式でルーシーに伝えたら喜ぶだろうと俺は期待に胸を膨らませその手紙を開いた。でもなぜ”魔レター”での報告なのだろうと少し疑問に思った。
書き出しはルーシーの母”ルイーズ”についての話だった。
『……旧ノール帝国南東の島エポラル。その領主カルロマンの娘ルーイーズは、何年も大時化が続くエポラル南東の海を鎮めるため海神メルヴィルへの生贄として奉げられた。当時15歳。その後海を鎮め無事生還。彼女はエポラルの英雄になった。騎士道を学ぶためエポラルの隣の島ドファン領で3年学び、その後島に戻り結婚。噂によるとその相手は…………』
……なんだって!?
その内容に俺は驚愕した。信じられない!?
ルーシーの父親と思われる”男”はとんでもない”お方”だった。
そして最後にこう書かれていた。
『……この件は他言無用。アレクセイ、お前は勇者ルーシー奪還に向け密かに動いて欲しい。何としてでも彼女を我が国に取り戻し内乱が続くノール帝国の統一を果たしてほしい』
約1週間後、バンディ城のホムラの婚礼が控えている。ルーシーはホムラの友人として式に出席する予定だ。
前回の求婚は失敗したが、今度こそ彼女をノールへ連れ帰り何者であるかを告げ、我がノール帝国安定のための力添えを請わなければ……。
だが、どうすればよいのだろうか。
妖精王の王子との婚約。勇者を寵愛するアレキサンドライト王国国王べリアス。ルーシーの産みの母ルイーズの再婚相手イフリート殿下。
この者達を出し抜きルーシーを自国へ連れ帰ることは不可能に等しい。
日毎に大きくなる月を眺めながら、南西の海域に停泊した船上で一人思案を巡らせた。
「はぁ……どうすれば」
「どうした? 若者よ」
冷気とともに囁くような女の声が背後で突然聞こえた。
「だっ! 誰だ!」
振り向いた船上に、ぼんやりと光る白く美しい儚い幻ような姿の女が一人佇んでいた。
足元はうっすらと氷で覆われ、その女が吐く息は粉のような雪となり空に舞って消えていった。
「私は、ヴィティ。ジェダイドの者だ」
かすれたような静かな声で答えたその女は微笑みを浮かべた。
髪も肌も身に纏うドレスも雪のように白い。そして特徴的な赤みを帯びた紫の瞳。
こいつは……!?。
ノール帝国を壊滅寸前まで追い込み、フロライト王国を滅ぼした張本人。
ジェダイド帝国の女王で強大な魔力を持つ氷の魔女”ヴィティ”!
恐怖で一瞬にして肌が粟立ち、恐れおののきながら身構えた。
「ヴィ……氷の魔女!?」
「フフッ。そう言われた頃もあったわね。……でも、いまは違う」
その紫色に輝く両眼で、真っ直ぐに俺を見据え音をたてずに一歩一歩とこちらへと近づいてきた。
「違わぬ! 何しに来た!」
「フフッ……あなた、悩んでるでしょ。違う?」
ふっと息を吐き、真っ白な粉雪を俺の顔にサッーと吹きかけた。
それを振り払いながら後ずさる。
「なにが言いたい!?」
「勇者……”ルーシー”」
「なっ!?」
「彼女が、欲しいんでしょ!?」
「はぁ……お前に何がわかる!?」
「違うの? あなたなら彼女を真っ先に欲しがると思ってたのに……残念」
ガッカリしたような表情で俯いたが、すぐに顔を向けその赤みを帯びた紫色の瞳で俺をキッと見つめた。
「王国を敵に回さず、しかも勇者ルーシーの心も手に入れられるいい考えがあるのに……なーんだ」
王国を敵に回さず!? ルーシーの心も!?
一瞬、悩んだがこいつは魔女。安易に信じてはいけない。
魔女はあからさまにガッカリとした表情を見せたが、すぐに口元をフ……と緩めた。
「うるさい! お前の言うことなど聞かぬ! 」
「フフフ、警戒してるのね、偉いわね。安心して、私は、今はジェダイドの女王でも何でもないの」
「信じられるか!?」
「そう、あなたがどう思おうと別に構わないわ」
女王じゃないだと!? いったいジェダイドで何が起きているんだ!?
「フフフ。残念。それじゃあ、またね。かわいい人魚の王子様」
女は妖艶な笑みを浮かべるとその場でスッと細かな雪に変わり、立ちどころに消えてしまった。
あの女が歩いた船の甲板は凍り、月の光にキラキラと輝きを残している。
あの女は一体、何をしにここへ来たんだ!?
とにかくスチュワート様に連絡を、
「うっ…」
頭痛とともに魔女の言葉が頭の中を駆け巡り心を揺さぶった……
”王国を敵に回さず、しかも勇者ルーシーの心も手に入れられるいい考えがあるのに”
スチュワート様に連絡を入れるべく、懐から”魔レター”を取り出そうとした手が氷のように固まり、その冷え切った手を胸元に当てたまま俺は立ち尽くした。
同じく甲板にいた数十名の見張りの兵は、ジェダイド帝国元女王・氷の魔女”ヴィティ”の急襲に、誰一人動けずにいた。
直後に船内から駆け付けた側近のカールは俺の異変にすぐさま気づき、俺の肩に自身の防寒用の外套をかけてくれた。だが、震えはしばらく治まらず、頭の中で繰り返す”あの言葉”を考え続けた。
”王国を敵に回さず、しかも勇者ルーシーの心も手に入れられるいい考えがあるのに”
「カール。スチュワート様に連絡を、想定していたより早く事態が動き出すかもしれぬ」
「はっ」
あの女の目的は恐らく、アレキサンドライト王国から”勇者”を排除し、王国の聖地アクアラグーンを奪い膨大な魔力を得て王国を支配すること。ゆくゆくはノール帝国も支配下に置こうと企んでいるのかもしれぬ。どちらにしても、我が国にも甚大な被害が及ぶのは確実だろう。私欲に囚われ大きな目的を見失ってはならぬ!
それにしても”我がノール帝国が王国を敵に回さず”とは、いったいどうやって……あの魔女は何を考えている。
クソっ……あの魔女の声が消えない。
船の甲板でスチュワート様の到着を待ちながら、俺は迫りくる”氷の魔女の気配”と”海戦の足音”に身震いが止まらなかった。
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※2021/12/6 後半加筆しました。
昨日、短編といいますか別件で物語を投稿しました。宜しかったら覗いてみて下さい。全然違うタイプの内容ですので好き嫌いあると思います。率直な感想などいただけましたら嬉しいです。




