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119話 虫愛づる姫君☆からの贈り物

【アクアラグーン訓練棟講義準備室→ホテルホーリーウッド・ブラッド視点】

 ※合宿終了まであと14日。午前零時過ぎ。


 ※訓練棟講義準備室。

 訓練棟講義()()()は、移転により使われなくなった教会の祭壇(内陣)部分を改築した講義室の南側に位置する。真上から見下ろすと十字架の形になるように作られた建物の、南側の張り出した”側廊”という部分に当たる。講義の備品保管棚や書棚に囲まれ、中央に大きなテーブルが設置されており、会議や教官の作業スペースとして利用されている。



 毎週末ここで、指導騎士による騎士見習一人ひとりの訓練状況について報告が行われる。


「……ルーシーの移動用魔方陣特訓は、泉に移動するという失敗もあったが、無事に終了した。魔力量は、申し分なく、半径約2mの魔方陣を20回以上展開可能だ。魔力による防御訓練も順調で、来週再合流するジュード団長補佐との手合わせ後、再度調整を行いたいと考えている。私からは以上だ」


 各指導騎士からの報告が終わると、次は再来週に行われる野営キャンプ実習について話し合いが行われた。


 会議後、勇者ルーシーの兄レイが私のところへきた。


「ブラッド隊長、ルーシーの部屋の件なんですが」



 移動用魔方陣特訓で失敗したルーシーを、着替えのため滞在先の宿へ送った際、ルーシーの部屋の窓枠から枝を伸ばす植物が目にとまった。ターナーに尋ねると「”妖精の加護”ですよ」とあたかも当然のように微笑んだ。この地は古くから妖精族の聖地。突如窓辺に芽吹いた植物を、妖精王の王子と婚約したルーシーへの祝福の”迎花”と見なし、大切に扱われているらしい。イムとハントに確認したが、警護初日にはもう既に花は咲いていたとのこと…。


 ”妖精の加護”とは? 

 不気味な胸騒ぎがした。

 何かおかしいと思うのは()()()だろうか……?



「あの植物は、決して切ったり、枝を折ったりしてはいけないと宿の主人から言われてまして……それに、妹も”あの花”を気に入っているようです」レイが申し訳なさそうな顔で報告した。


「そうか……だが、心配だ。部屋の交換は可能か? レイ、お前の部屋とならすぐに交換できるだろう」


 一刻も早く、あの部屋から勇者ルーシーを遠ざけたい。


「はい、ですが結界を解除しないと、僕が妹の部屋に入れないので」


「そうだったな。……マルクスに伝え、できるだけ早めになんとかしてくれ。俺の取り越し苦労で済むといいんだが……樹海にいる妖精王の第一王子の件も気になる」


「はっ、はい!」


 ”妖精王の第一王子”と聞いた途端、レイは顔色を変え敬礼し、足早に宿へ戻って行った。

 樹海に住んでいる妖精王の第一王子。騎士団内では”気狂い王子”と噂されている。

 その弟、第三王子イム(アークトゥルス)と婚約したルーシーを、”気狂い王子”が黙って見過ごすはずがない。

 

 ()()()()()()()()()()()()


 +++


 時計の針は、午前零時を回った。

 講義準備室でもう一度、見習い全員の資料をチェックした。 


 約半年後、本人の希望する実習先でのインターン期間を経て、見習たちは各部隊へ配属される。勇者ルーシーの実習先は、兄オスカーが所属する第二部隊が候補として挙がっている。この合宿期間中に、ルーシーとの信頼関係を築くことができれば、彼女自ら実習先に第一部隊を希望してくれる可能性が無きにしも非ず。ルーシーの実力なら、第一部隊でもなんとかやっていけるだろう。


 何より”聖なる光に選ばれし勇者”、隊員たちの士気もあがる。


 だが、合宿も中盤を過ぎ、魔力の防御訓練が始まっても、ルーシーは私に対し常に気を使い遠慮がちだった。


 (合宿開始時から彼女の治癒担当をしている第四部隊のサミュエルとは、かなり打ち解け、お互い遠慮なく接する様子を妬ましく思った。ルーシーの兄ウィリアムもあいつにいたく懐いている。私もあのような笑顔で優しく接することができれば……。)


 その折、移動用魔方陣特訓の個人指導時にルーシーは、巨大な魔方陣を展開させ、私共々温泉の泉中央へ移動してしまい、腿から下が水に浸かってしまった。


 私に対し必死に平謝りする姿は、10年前の彼女の兄オスカーとダブって見え、血の繋がりはないがここまで似るものなのかと笑いが止まらなかった。だのに、それでもルーシーはいたく落ち込み、私に対し謝罪の言葉しか口にしない……訓練での失敗など、気にせずともよいのに。 


 オスカーは、優しく友人思いで、謙虚で努力家、目標を定めたならそれに向って、脇目もふらず真っ直ぐに向かっていく、気持ちのいいほど()()で素直な騎士だ。妹ルーシーも、同じような性格と考えていたが、訓練を重ねていくにつれ、そうではないと感じた。


 ルーシーは、至極繊細で想像力豊か。そして王国の勇者としての”()()”に酷く想い悩んでいるようだった。

 もっと早くに気づき、声をかけてあげればと後悔した。

 


「失敗から学ぶ……でも、()()()()()!」



 涙を滲ませ、やっと本心を打ち明けてくれたルーシーの姿に、胸の奥からたぎるような思いがこみ上げた。


 深い青い瞳で私を見つめ子供のように慟哭するその肩を、抱きしめてやりたい衝動をグッと抑えた。

 高揚し桃色に染まる頬につたう涙。それを拭うハンカチは上着のポケットに入れベンチに置いてきてしまっていた。

 

 指で拭おうか……ダメだ! 

 決して触れてはならない。

 触れてしまったら最後、長い間封じていた仄かな願望の炎が瞬く間に燃え広がりそうで恐ろしくなった。


 神聖な魔力で満たされたアクアブルーの泉に佇み、虚しく彷徨う行き場のない手を頭に乗せ掻きむしった。


 もっと若く美しかったら、迷わず抱きしめその涙をこの胸で受け止めただろう。水で濡れた身体を横抱きにして岸まで歩き、心のままに”好きだ”と伝えてしまっていたのかもしれない。



 あの時、レイが来なかったら、どうなっていたのだろうか。

 

 

 瞼を閉じると、めくるめく淡い想いと、抗うことを諦め自身を正しく制御し律する術を失う恐怖が交互に寄せては返し、何度も胸の内をかき乱した。


 !? ただならぬ気配に天井を見上げた。


「なんだ、虫か……」


 通気用のステンドグラスの高窓の隙間からだろう、カゲロウのようで蝶のような羽を持つ緑色の虫が迷い込んできた。虫は美しい翅を羽ばたかせ部屋の中を大きく旋回したあと、高窓の隙間から飛んで出て行ってしまった。


 あの虫のお陰で、閉め忘れずに済んだ……と、ワイヤーのレバーを回し全ての窓を閉じ、再び椅子へ戻り腕を組んだ。


 あと2週間。


 書類のチェックを再びはじめて間もなく……疲れがたまっていたのだろうか、意識が遠のき、いつのまにか心地よい深い眠りに落ちてしまっていた。





+++++

【アクアラグーン訓練棟→ホテルホーリーウッド・レイ視点】

 ※合宿終了まであと14日。夜。



「……俺の取り越し苦労で済むといいんだが……樹海にいる妖精王の()()()()の件も気になる」


 ブラッド隊長の言葉に、僕は焦った。


 夜の闇にひっそりと佇む石造りの荘厳な訓練棟を出て、滞在先の宿”ホテルホーリーウッド”へ急いだ。街道沿いから森を抜け、丈の低い草花が生い茂る草原を走りながら、湖の傍を通ると樹海の入り口でルーシーの護衛任務をしているイムさんの姿がチラリと見えた。走りながら、宿の方に目をやると、ルーシーの部屋の窓灯りは消えていて、窓枠に枝葉を伸ばす植物の白い花がぼんやりと暗闇に浮かび上がっていた。


 これじゃあ、暗がりでも部屋が判別できる。


 ブラッド隊長が警戒するはずだ。

 イムさん、なぜ注意してくれなかったんだ。


 とにかく、宿へ急いだ。


 せめて今晩、いや…部屋を替えるまで寝ずに見張らないと……。 

 


 自室に入り、灯りを点けず窓を開け、身を乗り出しルーシーの部屋の窓辺を観察した。特に変わった様子はない。

 窓下の壁にもたれかかり座り、弓矢を脇に置き、暗闇の中、隣の部屋の”妹ルーシー”の気配に神経を集中させる。



 ”妖精王の第一王子”その存在を僕は、すっかり忘れてかけていた。

 ブラッド隊長から、指摘されるまで。



 +++

 

 アンフェール城騎士団、第一部隊ブラッド隊長。



 僕は、この合宿で、ブラッド隊長が笑う姿をはじめて見た気がする。


 ”アイザック爆睡神殿警備計画”のときだったろうか……。

 アイザックが居眠りをして罰を受ける計画のはずが、足湯に浸かったとたん爆睡するルーシーを目の当たりにし、目を逸らし肩を震わせ必死に笑いを堪える隊長の想定外の姿に驚いた。魔力防御訓練では、ルーシーの魔力の壁に吹き飛ばされながら、余裕の笑みを見せ、そして、移動用魔方陣特訓で失敗し涙する妹ルーシーにむけられる、優しい自然な微笑み。


 この人は、こんなにも穏やかで温かな表情をするのかと意外に思った。


 僕の見習時代(5年前)。第一部隊のインターンに参加した当時のブラッド隊長は、厳格で冷酷な空気を漂わせていた。


 アンフェール城騎士団の精鋭を集めた第一部隊は、約20名。その大半が、優秀な悪魔族と天使族の騎士で占められている。


 第一部隊での思い出は最悪。

 インターン初日の部隊会議中、床を這うイモ虫を魔力の矢で撃退し、即日出禁になった。


 あの時の、ブラッド隊長の射すような冷たい視線。

 僕はそのうちどこかで報復されるんじゃないかとしばらく生きた心地がしなかった。一年前の副隊長昇進時の叙任式でも、目も合わせられないほど僕はブラッド隊長が苦手だった。

 

 今回の合宿に参加すると聞いて、正直嫌で嫌で仕方なかった。

 できるだけ近寄らず、彼の事は考えないと決意を固め合宿に臨む。幸い宿も別で、話すことなんて事務連絡ぐらいだろう。でも……決して避けては通れない問題があった。


 王国の勇者に選ばれた僕の妹”ルーシー”。


 合宿はじめの頃は、あの冷たい目で”ルーシー”を傷つけるんじゃないかと考えるだけででムカムカし、ブラッド隊長と同じ天使族というだけで、ちょっとした事でサミュエルさんまでぶん殴りそうになった。


 でも、違った。


 ブラッド隊長は妹ルーシーに対し、厳しい視線の刃を向けることは一切無かった。常に穏やかで見護るように見つめ、ジュード団長補佐との手合わせの際は、ルーシーが倒されるたびに切なげに眉を寄せ歯を食いしばり、膝の上で握った拳を震わせていた。


 長い間、僕は隊長を誤解していたようだ。


 ブラッド隊長は、表情が硬く口数は少ないが、よくよく観察してみるとルーシーだけではなく他の見習い騎士たちに対しても皆等しく、優しく接していることに気が付いた。


 昨日の訓練後ルーシーは、「(訓練で失敗しても)”謝罪するな”って(ブラッド隊長に)言われた」と嬉しそうに僕に話してくれた。


 大人で、紳士的で、目が金色でめちゃくちゃ綺麗だとか、筋肉が凄いとか、あと10年ぐらいしたらオスカー兄さんもあんな感じになるかも……と、笑うルーシーに僕は、初対面だけの印象でブラッド隊長を毛嫌いしていたことを反省した。


 その隊長が、ルーシーの部屋の植物について疑問を抱いた。


「……俺の取り越し苦労で済むといいんだが……樹海にいる妖精王の第一王子の件も気になる」


 

 妖精王の第一王子。

 

 夜間はイムさんが樹海の入り口で護衛任務をしてくれているとはいえ、油断はできない。

 少しでもおかしな兆候があれば、ルーシーをここから避難させなければならないのに。



「ひっ……!?」


 開いた窓から、音も無く緑色の小さな羽虫が入ってきた。

 うわあああぁぁぁぁーーーー虫ーーーー!!! なんでこんな時に!?


 出ていけ! あっちいけ! こっちに来るな! 


 瞬時に弓を手に取り、狙いを定めた。


 その虫は仄かに発光するグリーンの翅を羽ばたかせ、光の粉を振りまきながら部屋の中を旋回すると、僕の気持ちを知ってか知らずか静かに窓の外へ消えて行った。


 僕の思いが通じた? ホッと胸と弓を撫で下ろした。


 おそらくあれは、”いい虫さん”なのだろう。



(やら)ずに、済んで……よか………っ……」

 

 

 気持ちのいい夜風が吹き込む窓辺で、僕の記憶は、そこでプツリと途切れた。



+++++

いつもお付き合いいただきありがとうございます。


※ブクマ★ありがとうございます!感謝٩( ''Π'' )وインフィニティ!


タイトル:”づる”と読みます。


次回木曜日更新予定。

ブクマ★いただけましたら励みになります、応援よろしくおねがいいたしますm(__)m

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