118話 794!
【アクアラグーン訓練場・ルーシー視点】
※合宿終了まであと15日。
憧れていた移動用魔方陣特訓は、特に問題も無く、昨日無事に終了した。
ここ数日ホムラもロナもスカーレット先輩も、移動用魔方陣の話題で盛り上がり、訓練に参加できなかった私は、ひとり取り残された気持ちでいっぱいだった。
「……で、今日から通常の訓練メニューに戻る。全員、気を引き締めて取り組むように!以上! 準備はじめ!」
今日の朝礼担当ハント副隊長は、白いTシャツに紺色のハーフパンツというラフな姿で、いつもどおりの鬼怖い表情で号令をかけた。
あの日以来、私の中でハント副隊長に対する見方がだいぶ変わった。
見た目と中身のギャップが違い過ぎてホムラとロナは”ウソでしょ、信じられない”と疑ったが、いざというとき本当に頼れる”副隊長”だとスカーレット先輩と一緒に力説し、なんとか信じ込ませた。
もうドSとは呼ばない。いや、呼ばせない!
体調も落ち着き、ブラッド隊長から訓練参加を許可された私は朝礼の後、すぐに隊長に呼ばれた。
見上げる程に背の高いブラッド隊長は、見慣れた支給品の半そでのYシャツ、ベージュのズボンに濃い茶色のブーツ姿。今日も、シャツの上からでも判るガチムチの筋肉に目を奪われた。
「ルーシー、訓練の遅れを補うため、今日は基礎訓練後、移動用魔方陣特訓。午後は、魔力強化訓練後、魔力での防御訓練を私と行う。体調に異変を感じたら、遠慮せず申し出るように」
「はい!」
つまり、今日一日、マンツーマンでブラッド隊長の指導を受けられる!
嬉しくて心の中でガッツポーズをした。
ブラッド隊長は、アンフェール城騎士団第一部隊隊長。
そして、天使族でありながら闇属性(※実際は”黒い”だけで属性はまだわからない)の魔力の保持者”漆黒の騎士隊長 (シュヴァルツパラディン)”(※勝手に妄想ってるだけです)。超かっこいい。私の中では、アーサー団長補佐に並ぶ”推しメン”である。オスカー兄さんも、このぐらいの年齢になったら、こんな感じに渋くなるのかな、って考えるだけで口元が緩む。
なのに……魔力の防御訓練で、ブラッド隊長を何度も吹っ飛ばしてしまったり、特別な訓練の日に3日も休んでしまった。そのうえ今日は、隊長直々に訓練指導までして下さるなんて……。
私が”王国の勇者”でなければ、こんな高待遇は望めなかったはず。
だからこそ、この合宿訓練中に少しでも王国の騎士、そして”勇者”としてブラッド隊長に認めてもらえるよう気合を入れ、”絶対に何もやらかさない!”と心に誓った。
汚名返上よ!
基礎訓練後、テレポートリング(略して”リング”)使用の申請書に記入し、一番小さいサイズの指輪を左手中指に装着した。
石のような素材でできた約1㎝幅の青い指輪の表面には、精巧で細かな銀色の文字や模様が彫られキラキラ輝いている。装飾品としても美しい一品である。
グラウンドの隅でブラッド隊長と向き合うと、低い落ち着いた声で”テレポートリング”の説明がはじまった。
「この”テレポートリング”は訓練用で、アクアラグーン訓練場内でのみ使用できる。通常リングは、保持者の意志で決められた座標へ移動できる仕組みだ。そして、知らない場所へ移動を試みるのは非常に危険だ。どうしてかわかるか?」
「…その場所が、実在しなかった場合、思いもしない場所に着いてしまうからですか?」
「さすがだな。だいたい合っている。現在も年に数名、この移動用魔方陣で行方不明になる者がいる。移動先は十分熟知し得る場所に限定するように。ここまでは理解できたか?」
「はい」
行方不明ってマジ!?
この”テレポートリング”は、まさに慎重を期して扱わなければいけないものだと、さらに気を引き締めた。
「次に、この”リング”は魔力の消費が激しい。この訓練では、自身の魔力で展開できる魔方陣の大きさ、使用限度回数を確認してもらう。20回を超える場合は、そこでストップだ」
「はい」
「よし。今から、魔方陣を展開し自身で決めた場所へ正確に移動する訓練を始める。ルーシー、君はそうだな……はじめは5%ぐらいの魔力で試してみろ、場所はグラウンド中央」
「はい」
「では、集中!」
ブラッド隊長の掛け声に合わせ左手に魔力を込めた。
ブワッ……
私の足元を中心にして、半径10mほどの青く輝く魔方陣が一気に広がった。
「わぁぁぁぁぁ! すっごいきれい!」
大きく展開された魔方陣の”アクアラグーンの温泉水”のような青い輝きに、訓練中ということを忘れ歓喜した。
声をあげてから、焦って2mほど先に立つブラッド隊長を見ると、魔方陣を見渡しながら「フッ、そうだな」と、こっちを見て僅かに微笑んだ。
おおっ、お、怒られると思ってたのに”笑顔”だなんて……。
青い光に包まれ微笑む”漆黒の騎士隊長 (シュヴァルツパラディン)”。
あまりにも非日常的な光景に、少し見とれてしまった。
「だがやはり大きい。もう少し小さくできないか?」
「は、はい、小さく……あれっ」
キュイィィィィーーン!
小さくしようと考える間もなく、魔方陣がグルグル回転し青い光が私たちを包み込んだ。
「………ん?」
湯気が立ち上るアクアブルーの風景に、足元のなまあたたかーい湿った感触。
チャップン……水の音。
私とブラッド隊長は訓練場北の、温泉の泉の中央に立っていた。
やってしまった!
謝罪しようと口を開けたが気が動転し声が出ない。それに、とてもじゃないがブラッド隊長の顔を見る事なんて無理で、とにかく頭を下げた。
「す……す……すいませんでした」
やっとの思いで出した声は小さく震えた。
ああ、何やってるんだろう私。”アクアラグーンの温泉水”みたいだな……って考えてしまうなんて……。
「ルーシー……。クっ……グラウンド中央と指示したはず、だが……」
怒りを抑えたようなブラッド隊長の声のトーンが低く静かで怖い。
「も、申し訳ありません。青い光を見て、アクアラグーンの温泉のようだと考えてしまって……おそらくそれで…。大変、申し訳ありませんでした!」
とにかく謝った。
自分だけならまだしも、隊長まで一緒に着衣のまま温泉に移動するなんて、しかも、よりによって王国騎士団第1部隊ブラッド隊長。汚名返上どころではない!
ズボンは腿の辺りまで濡れ、もちろんブーツは壊滅状態。きっとブラッド隊長も同じ状態だろう。
ああ、一番ダメなことしちゃうなんて。
「ブッ……ハハハッ」
「!?」
びっくりして顔あげると、ブラッド隊長が口を手で押さえ笑いながら、ジャブジャブと泉の中を歩いて目の前で止まった。
「ハハハハハハッ……ルーシー、気にしなくていい。フッ、まったく、オスカーそっくりだな」
「え!? 兄さん?」
「フッ……ああ、オスカーは、見習合宿で巨大な魔方陣を展開させ、グラウンドにいた上官3名と騎士見習20名全員、泉に移動させた」
「え!? 全員!?」
兄さんが!?
「これくらい……可愛いものだ。フッ……クク」また破顔し肩を震わせた。
一瞬、釣られて笑いそうになったが、ブラッド隊長の膝上あたりまで浸かり色が変わったズボンとブーツが視界に入る。
「ですが、隊長がずぶ濡れに……大変、申し訳ありませんでした!」
自分の不甲斐なさに、また頭を下げた。
どこにもぶつけようのない悔しさがこみ上げた。いっそのこと自分を殴りたい。
「ルーシー。今から俺に対し、謝罪は一切禁止する」
「へ?」
急に強めた口調と、その言葉の意味に戸惑いを隠せなかった。
ブラッド隊長を見上げると、穏やかな眼差しで真っ直ぐに私を見つめ、おもむろに口を開いた。
「そして訓練中、俺には気を遣うな」
「え!? でも……」
「君程度の魔力で傷などつかん」
「……」
それでも、”傷つけてしまったら”と考えただけで息ができなくなるほど怖くなる。泣きたくなるのを我慢し唇を噛みしめ俯いた。
「はぁーーーっ」と、ブラッド隊長の深いため息が聞こえた。
きっと、自身の魔力の制御すらできない、王国の勇者のとんでもない”ポンコツ”具合に呆れてるに違いない。
「ルーシー、よく聞け」
ブラッド隊長は静かに言い、膝に手を付き身を屈め、私と目線を合わせた。
見開かれたその瞳は、黒の瞳孔と輝くような金色の虹彩のグラデーションのアーモンドアイ。
失敗してしまった負い目もあり、吸い込まれそうなほどに煌めく視線から逃れるように目を逸らした。
「目を逸らすな! これは命令だ!」
強い口調で言われ、仕方なくその瞳を見つめ返すと、隊長はフッと微笑み深呼吸した。
「(大声)いちいち小さなことを気にするな! 失敗を恐れるな! ここでの失敗は、これから先の未来の糧となる。むしろ、ここで多くの失敗をし、そこから学ぶことを大切にしろ!」
隊長は私から目を逸らすことなく、張りのある低い大きな声で優しく諭すように叱咤した。
「失敗から学ぶ……でも、怖いんです!」
シャルルで吹き飛ばしたアンフェール城の訓練棟や、神殿の柱、氷の城、ブラッド隊長まで……私は、この強大な魔力で実際に少なからず、いいや、ガッツリ建物や誰かを傷つけてしまっている。
思い返すだけでいたたまれない……どうしても怖い。
結局は、この堂々巡り。
なのに、そんな私の気持ちなんてお構いなしに、ブラッド隊長は白い歯を見せ爽やかに微笑んだ。
「安心しろ、君の失敗など取るに足りぬ。少ないくらいだ」
少ない!?
「少ないですか!? 結構失敗してるはずなんですが!」
ブラッド隊長は、また大声で屈託なく笑った。
「ッハハハハハ……全然、問題ない。失敗を恐れ、何もできなくなる事のほうが厄介だ」
「……」
それはわかってる。
だけど、誰かを傷つけてしまうのが怖い。
王国の勇者として、この国を守らなければいけないのに。
ブラッド隊長は黙り込む私を見つめ、低い穏やかな声でゆっくりと語りかけた。
「ルーシー、もっと俺を、いいや俺たち上官を信じて、思い切りぶつかってこい。君は勇者である前に、アンフェール城騎士団の大事な一員だ。もう残り僅かだが、ここにいる間は勇者としての責務など気にせず、騎士見習として様々な経験を積んでほしい。……だから、泣くな」
泣くよ!
勇者としての重圧半端ないし、隊長からそんなふうに優しい言葉かけられたら、涙腺ゆるッとしちゃうじゃん!
「…うっ、ズッ……ううう……」
勇者なんてなりたくなかった。
この訓練が終わったら、王国の勇者として休暇の半分は、南の防衛軍の視察の仕事も入ってる。べリアスとイフリート殿下が何かと揉めそうで怖いし……。
堰を切ったように涙が湧き水のように流れ出た。
「ああっ、ルーシー泣かせてすまない。……困ったな……」
ブラッド隊長はハンカチか何かを探すそぶりを見せていたが、何も持っていなかったのかその手を頭に持っていきワサワサ短い黒髪を掻いた。隊長、そんなに気を使わなくていいのに……と、思いながらも涙は止まらない。
もちろん私もハンカチは持ってきていなかった。ハンカチ代わりのタオルは、シャルルと一緒にグラウンドのベンチの上にある。
「…ううう……グスッ……」
「(大声)ルー!!!」
突然、訓練棟の方向から聞こえたレイ兄さんの声に振り向くと、凄い勢いでこちらに駆けてくる姿が見えた。
このままじゃ、服のまま湖に飛び込みそう!
「(大声)レイ! そこで待ってろ!」
ブラッド隊長の声に、レイ兄さんは訓練棟近くで立ち止まり大声で叫んだ。
「(大声)ルー、大丈夫かーーー!」
「(大声)兄さーん、大丈夫! ちょっと待っててーー!」
不思議なことに突然のレイ兄さんの登場で、涙は一瞬で引っ込んでしまった。
泣き止んだ私を見て、ブラッド隊長がホッとしたような表情で微笑んだ。
「ルーシー、とりあえず、レイのいる場所まで移動しようか。できるか?」
「は、はいっ!」
キュイィィィィーーーーン!
今度は問題なく、先ほどの半分の大きさの魔方陣を展開しレイ兄さんのいる訓練棟近くに移動できた。
「よし、いいだろう」
「ルー、心配したぞ」
レイ兄さんが私の頬を両手で包み、ついでにムニュムニュした。
「ごめん、失敗しちゃって」
いつもは嫌なレイ兄さんのムニュムニュが、今日は少しだけ気持ちを軽くしてくれた。
ブラッド隊長は訓練棟の中へ入り、医務室からタオルを取ってきて「これで涙を…」とそっと手渡した。
「ありがとうございます!」
その後、3人で着替えのためブラッド隊長の”テレポートリング”でホテルホーリーウッドへ向かった。
カフェで出迎えてくれたターナーさんが、下半身ずぶ濡れの私とブラッド隊長を見て「まさか、やったのか!?」とめちゃくちゃ笑っていた。
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午後の防御訓練も順調で、脚に関してはだいぶ魔力を調節できるようになった。
「これで、多少は攻撃の幅が広がるだろう。来週からジュード団長補佐が戻ってくる。魔力を纏えば怪我はある程度防げる。だが、あの人は魔力を纏った相手に容赦はしない。十分に用心して挑んでくれ」
ブラッド隊長が、穏やかに微笑んだ。
「え……」
今、なんて言った?
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いつもお付き合いいただきありがとうございますm(__)m
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並びに、感想誤字脱字報告お待ちしております。お気軽にどうぞ!
※2021/10/21 さっそく、読みづらい箇所訂正しました。




