120話 ダークナイト・ジェラシーシャボン
【ホーリーウッド・レグルス(女の子)視点】
全てが眠りにつき静寂に包まれた空の下、ボクはルーシーの部屋を目指した。
今夜は月が姿を見せてはくれなかったが、瞬く星たちの幽かな光が夜空を埋め尽くしていた。
何も言わずに君の前から消える選択肢もあった。
でもルーシーは、そんな不実な少女”レグルス”をどう思うだろうか?
3週間後の式典でボクは”妖精王の第一王子レグルス”として紹介される。
その名を聞き、黙って姿を消した不実な少女”レグルス”と同じ名のボクを、君は不審に思わないだろうか? いや、思うだろう……
疑義の眼差しでボクの前に立つ君の姿を想像しただけで、空恐ろしくなる。
ルーシーと過ごした美しい思い出が泡となり消え、ボクはまた暗い森で感情も感覚も無くし、荊棘の殻に閉じこもる日々に戻るのだろう……。
今日こそ、ちゃんと”さようなら”と、告げないと……。”理由あってもう会うことができない”と伝えないと…。
今夜こそ、男としてのケジメをつけるんだ!
※女の子の姿です!
ジャスミンが咲き誇る明かりの消えた窓辺に降りたち、そっと中に入った。
キィ…
眠ってる。
フフッ……まったく、寝相悪いな。
いつもの半そで短パン姿で何も被らず、大の字でうつ伏せに寝るルーシーを、よいしょとひっくり返した。
「(小声)わ…」
フワ…といい匂いがした。宿の石鹸とは違う、心地よい甘い香りが鼻をくすぐった。
ん!?
よく見ると、ルーシーの水色のTシャツがめくれ、暗闇に白い肌が浮かび上がっている!
「(小声)うわ!? お、お、おへそ!?」
慌ててTシャツの裾を引っ張りお腹を隠し、足元にクシャクシャになっていた毛布をかぶせた。
「(小声)君は本当に無防備だなあ」
焦るボクのことなんてお構いなしに、ルーシーは気持ち良さそうに寝息をたてて眠っている。
それにしても……。
君の部屋には、あの虫は入らないようにしているのに、なんでこんなにぐっすり眠っているんだ?
「(小声)ねえ、ルーシー。起きて」
肩をゆすると「ん、……フフ」と小さく笑った。
「(小声)か、」
かっわいいーーーっ!
もう起きなくてもいいから、このまま見つめていたい気持ちになる。
ギザギザのふわふわの花びらの白や赤やピンクのディアンサス(ナデシコ)の花弁がボクの髪から湧きだした。ボクはもう夢見心地で、花に囲まれ眠るルーシーの顔を見つめた。
いやいや……違う違う!
首を横にぶんぶん振り冷静さを取り戻し。もう一度、ここへ来た目的を思い返した。
起こして、伝えないと……でも、一向に起きない。目覚める気配すらない。
ふと書き物机の上に、光る物を見つけた。
なんだろうと近づき見てみると、それは、花を模った銀細工で装飾されたヘアピンと、二つ折りにされたノートの紙に”レグルスちゃんへ”と大きく書かれた、ボクへの手紙だった。
白いカンパニュラを髪から取り出し発光させ、手紙を開いた。
”こんばんは! レグルス!
この手紙を読んでいるってことは、私が爆睡している時に来てくれたんだね。来てくれて嬉しい。でも、寝相があまり良くないので恥ずかしいから、あまり見ないでね。
この前は植物学の勉強に付き合ってくれてありがとう。すごく助かりました。
この手紙と一緒に置いているヘアピンは、そのお礼です。
よかったら使ってくれるとうれしいな。
ちなみに私とお揃い!
レグルスちゃんには私の髪の色と同じレッドで、私のはレグルスちゃんの髪の色と同じエメラルドグリーン。
テスト結果は、今度会ったときに教えるね。
あと、近いうちに部屋を移動するかもしれません。次に来るときは別の子がいるかもしれないので驚かないでね。
※移動したら、私の部屋とわかるように目印になるものを窓辺に置いておきます。
アクアラグーンには、あと2週間いるので、レグルスちゃんの都合のいいときでいいから、一緒に下のカフェのパンケーキ絶対食べようね。
いつでも待ってる。約束だよ!
ルーシーより、私の大事なお友達レグルスちゃんへ”
ルーシーの踊っているような可愛いらしい文字がじわりと歪んだ。
はらはらと髪から湧き出るピンクのスイトピーが、手紙に、机に、床に、いくつも零れ落ちた。その言葉の全てに胸を締め付けられながら、感情のままに咲き散らばる花と、その甘い香りが部屋を満たしていく。
偽りの姿を捨て去るためにここへ来たのに、叫びたいほど嬉しくて、苦しい。
「ボクだって、グスッ……こ……このまま…ずっと……ルーシーの……傍に…いた…い」
”私の大事なお友達レグルスちゃんへ”
「ルー……シー。ボク……」
寝息を立てるルーシーに近づき、右手を握り顔を近づけた。
中指に光る契約の指輪から、悪魔の気配を僅かに感じた。
ボクと結婚したら、こんな指輪の契約からすぐに君を解放してあげるのに…。
それにしても、いい匂い。手のひらから漂う甘美な香りに誘われ、そのか細い指先にそっと口づけをした。
唇に伝わる柔らかな温度と、理性をかき消すフェロモンのような魅惑的なその芳香に、もう、ただ一心に君を手に入れたいと願わずにはいられなかった。
このまま、君に”誓いの口づけ”を……ルーシーの頬をそっと両手で包み込んだ。
顔を近づけ、高貴な香り漂う無防備な唇を凝視した。
!?
「ん……んんっ……」
突然ルーシーが切なそうに顔を顰めた。驚き手を離すと、首にまとわりついた髪をむず痒そうに払い、くるんと寝返りをうちボクに背を向けた。
!?「あ……」
正気に戻った直後、途方もない罪悪感に襲われ、手紙とヘアピンを握りしめ窓から飛び出した。
いま、ボクはなにをしようと……
「…っ、あ、あああっ」
ボクはなんて最低な奴なんだ!
眠っているルーシーに、キ、キ、キスを、”誓いのキス”をしようとするなんて。
ただ一目散に草原を駆け抜けた。
空には満天の星が輝き、夜風にさざめく湖を一気に飛び越え。そして、樹海の入り口で寝ている弟アークトゥルスを見下ろした。
もう少しの辛抱だ。
ボクは正々堂々と、アークトゥルスからルーシーを奪い取る!
「ごめん、アークトゥルス」
相変わらず、口をポカンと空け幸せそうに眠る弟の口を閉じてあげようと顔に手を付けると、フワ…と知っている香りが鼻腔を刺激した。
「え?」
クンクンと何度嗅いでも、ついさっきまで部屋にいたルーシーと同じ匂いがする。
「なんで……これって……」
後ずさりし、振り返り彼女の宿を見、もう一度弟を見下ろした。
”もしかして。この二人、こっそり逢瀬を重ねている!?”
いつの間に!?
ルーシーは、そんな素振り、全く、無かった!
ボクの知らない間に、二人はどこかで……!?
あんなにいい香りの石鹸そうそう無い。そもそも石鹸なのか…? 香水とか? 魔力で調整したハーブ? それともアークトゥルスが、変な虫が近寄らないように香りを付けて、”俺のモノ”だってマーキングみたいなことしてるのか!?
ルーシーは、ボクの……
「アークトゥルス! ボクのルーシーに、これ以上手を出すな!」
耳元で怒鳴った。だが、それをあざ笑うかのように、アークトゥルスは幸せそうに寝息を立てている。
「アーク……トゥル……ス…、いつからおまえは、そんなに、憎たらしく……
こいつは騎士で、ルーシーの傍にいて、いつでも会えて、話も出来て、そして婚約だって、結婚したらいつだってキスもできる、人目を憚らず抱きしめることだって……暗くドロドロとした感情が湧き上がる。
お前はいつもそうだ。あの時も……
ボクから……もう、奪わないでくれ!!!!
「うわああああああああっ!!!!」
抑えることのできない黒い激情が全身を貫き、イバラの蔓で弟を取り囲み、その喉元へ鋭い棘を突き付けた。
「うわああああああああ!!!!」
憎い……
でもできない……アークトゥルスを……殺すなんて!
でも、憎い!
そんなことしたら、ルーシーに嫌われる!
でも、憎い!
憎い!
憎い!
憎い!
「あ、ああああああ……ああああああっ!!!!」
頭を抱えのた打ち回っても、その憎悪の念は増していく。
「ゔぁああああああああああ!!!!!」
狂気を含んだどす黒い怨念が全身から噴き出し、樹海の入り口に広がる草原をルーシーの髪色に似た真っ赤なアキレアで覆い尽くした。
一面に咲いた燃えるような赤い情花が、闇に浮かび上がった。
「アークトゥルス。こっからが……勝負だ!」
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