第13話 溢れ出る想い
"ずるいよ"のたった一言に、全てが詰まっているようだった。
憎しみや軽蔑の眼差しを向けられると思っていたのに、彼女の瞳はただひたすら慈愛に満ちているものだった。
心がぎゅっと締め付けられる。
「レイルはずるい人だよ」
本当にその通りだ。言い訳の余地もない。
「ごめんじゃないよ」
そう言われても、ごめんとしか言いようがない。
「だから違うって。攻めてるんじゃないって」
どこまでも慈愛に満ちた瞳で、シェイラは続ける。
「わたしね。『審判』のとき。みんなが拍手するってわかってたけど、ちゃんと覚悟してたんだけど。……あぁ、わたし死んじゃうんだなって思ったら、急に怖くなっちゃったの」
シェイラの言葉を、俺は黙って聞く。
「それでね。泣きそうになっちゃって、まだ死にたくないなって……"誰か助けて"って思ったとき。あなたがわたしの前に現れた」
…………。
「わたしにはあなたが、王子様に見えたんだよ」
「それは……」と反論しようとする俺に、
「わかってる。……けどさ、それでいいんじゃん」
「へ……?」
「あなたがわたしを助けてくれたって結果があるのなら、過程は重要じゃないって、わたしの王子様が教えてくれたの」
「ぁ……」
『俺はきみを助けた。その結果がありゃ、過程なんてさほど重要なことじゃないだろ』
これはいつか俺がシェイラに言った台詞だ。まさかこんなふうに返されるとは、思ってもみなかった。
「だから、大丈夫だよ。罪悪感とかそういうの、背負わなくてもいいんだよ。ちょっとショックだけど、それでも、わたしはあなたに助けられたから。わたしはそれだけで、充分だから」
やめてくれ。そんなふうに笑わないでくれ。そんな目で見つめないでくれ。
俺はきみが思ってるような人間じゃないんだ。
『きみの言いたいこともわかるし、きみが納得できないってこともわかるよ。でも、あんまり深く考えすぎないほうがいい』
いつかの台詞が楔となって俺の首を締め付ける。
「……納得、できっかよ。だって俺は嘘ついて、騙したんだ。お前の心を利用したんだぞ!? それなのに……」
「――あなたが嫌い。もう顔も見たくない」
「あ、ぅ……」
心が張り裂けそうなほど、シェイラの言葉は俺の心に深く突き刺さる。
「そう言われたら、満足するの?」
「ちがッ……」
咄嗟に言葉が出てこなかった。シェイラの言う通りだったから。
彼女に嫌われることは覚悟していたが、べつに嫌われたかったわけじゃない。
じゃあ、なんでだ――――?
「……そうじゃなくて、俺にはもう生きる意味がねぇ。生きる資格がねぇんだ。生きる目的だって、なくなった。だから俺の人生の終着地はここで終わりなんだ。多分初めから決まってて……だから、その……俺は」
頭が真っ白になり、気づくと俺は余計なことばかり、関係のないことばかり口にしてしまっていて……。
「――復讐のために死ぬとか生きるとか、そんなの人生損してるよ。大損だよ!」
うつむく俺の頬がなにか温かいモノに挟まれた。
それが掌だとすぐにわかった。細くて白くて柔らかくて、とても優しい掌だった。
見上げると檻ごしに、息があたる距離にシェイラの顔があって、
「意味がないなら作ればいい。目的がないなら探せばいい」
シェイラの言葉は、何層にも張った俺の心の壁を突き破り、
「だからね。生きる資格がないなんて、そんな悲しいこと言っちゃダメだよ」
心の最も深く暗い場所に、突き刺さった。
「私だって死ぬつもりだったけど、こうして生きてる。みんなの前であんなに恥ずかしいこと言っちゃったけど、ちゃんと生きてるんだから」
恥ずかしそうにちょっぴり頬を紅潮させるシェイラに気づけぬほど、俺の心に余裕はなかった。
心の壁にヒビが入り、今まで溜めてきた吹き溜まりが、今にもすぐ崩壊しかけている。
「でも、でも……!」
まるで言葉を忘れてしまったかのように、繰り返す。
「でもじゃないよ。もしレイルの生きる目的がないなら、……わたしのために生きてよ!」
シェイラの口から素直にでたそれが、決定打となった。
彼女も意識せず、頭に思いついた言葉をそのまま口にしてしまっただけかもしれないが、もう手遅れだ。すべてが遅い。
「――あ、いや、誤解しないでね。違くないけど、違うの。わたしのために生きてって言うのは例えであって、レイルが生きる意味を探すまでの……」
シェイラの言葉尻が段々と薄くなっていく。
今シェイラがどんな表情で俺を見つめているのか、目の前がぼやけてよくわからな……、
「え――?」
目元が熱い。目の中にナニか熱いモノが込み上げてきて、器の許容量を超え、外に溢れだしていく。
「……あ、れ? おかしいな。あれ? なんで、俺……」
10年前。父さんと母さんを失ったときに、死ぬほど泣いて、もう枯れ果てたものだと思っていたのに。それなのに。
「……なんで、止まんねぇんだよっ」
いくら目元を拭えども、留ることを知らぬソレは次から次へと溢れていって、
「レイル……」
「――見んなっ!!」
くるりと俺はその場で後ろを向いた。そうして両の手の平でゴシゴシと拭うが、一向に止まらない。止まってくれない……。
あぁこれは。10年間心に蓋をして、自分の想いを隠し続けたツケなのだろうか。
「とまれよ、とまれって……ッ」
みっともない声にならない声を漏らし、激情に必死で抵抗する。
繕え、心と表情を――。
しかし、自力じゃどうにもなる様子はない。
突然だった。
「――もう、あなたは1人じゃない。わたしが側にいるから」
ぎゅっと。
「大丈夫。なにも見てないよ。見てないから。今は、泣いてもいいんだよ」
包まれた。
「辛かったでしょ。苦しかったでしょ。寂しかったでしょ。心細かったでしょ」
「俺は、俺は……ッ!」
「わかってる。わかってるよ。レイルは今までよく頑張ったよ。だからもう、これからはあなたのために生きていいの。あなたの幸せのために、生きていいんだよ」
背中越しにかけられる言葉の1つ1つが、俺が今まで望んで止まなかったモノだった。
復讐と言う名の目的を作り、生き続ける意味を見いだした。
それでも俺は、心のどこかで願っていたのかもしれない。誰かに止めて欲しかったのかもしれない。
でなければ、こんなふうに、
「かっちょわりぃなぁ、おれ……」
「ううん。泣くことはかっこ悪くなんかないよ、全然」
心に蓄積してきたモノが外に出ていくにつれ、心が綺麗に洗われていくのがわかる。軽くなっていくのがわかる。満たされていくのがわかる。
ああ。今だけは、甘えていいだろうか。この腕に、包まれていていいだろうか。
だってこんなにも、暖かいんだ――。
※恋愛小説ではありません笑




