第12話 真実
父さんは、なんでもやればできる人だった。いわゆる『天才』という分類に入る人だった。
子どもみたいに喜怒哀楽が激しく、負けず嫌いで。自分より20も年が離れている息子に対し、良くも悪くも同じ目線で遊んでくれる人だった。
俺は何でもできる父さんに憧れた。人望厚く、村のリーダー的存在だった父さんに憧れた。大きくなったら父さんみたいな男になりたいと思った。そんな俺に、父さんは言う。
『なに、俺みたいな男になりたい? 残念ながらお前にゃむりだ。むりむりむり。だって俺天才だし』
素直に本気で殴りかかり、笑顔で返り討ちにされた。泣きべそを掻きながら憤慨する俺に対し、父さんは最後にこう付け加える。
『でもよレイル。世の中天才の俺でもできないことはいっぱいあるんだぜ? だから、お前は俺ができないことをできる男になれ!』
母さんは美人で優しく、笑顔の絶えない人だった。村の老若男女皆から慕われ『理想の女性』とも呼ばれる人だった。
料理は美味しく、スタイルもいい。母さんはダメなことはダメなどと、頭ごなしに叱ったりはしない。それがどうしてダメなのか考えさせ、幼い俺の自主性を尊重してくれる人だった。
俺はそんな母さんが好きだった。才色兼備で、村のアイドル的存在だった母さんが大好きだった。大きくなったら母さんみたいな女の人と結婚したいと思った。そんな俺に、母さんは言う。
『お母さんをお嫁さんにしたい? それはだめよレイル。だめだめだめ。だってお母さん、お父さんのお嫁さんだもの』
この世に生を受けまだ7年目にして、初めて女の人にフラれる経験を味わった。泣きながらスねていじける俺に対し、母さんは最後にこう付け加える。
『だからねレイル。あなたは、あなたのことを心から愛してくれる人をお嫁さんになさい。お母さんね、将来レイルがどんな女の子を連れてくるのか、今から楽しみで仕方ないのよ?』
「――――2人は俺の誇りだった。2人は最後まで、俺の自慢の両親だった」
語り終えるまで、シェイラは黙って俺の話を聞いてくれていた。
「最後まで……」
目の潤んでいるシェイラを見て、俺は軽く苦笑する。
「そう。父さんと母さんは、殺されたんだ」
「――――、」
シェイラは息を呑んだ。
ここまで言い切ったからには、やはり最後まで嘘偽りなく真実だけを伝えたかった。この子には、シェイラにだけは聞いて欲しかった。
と言っても、ここから先が事の本題なのだけれど。
「10年前。俺の村に、とある司教がきたんだ。ソイツに父さんと母さんは異端者だと非ぬ疑いをかけられて、俺の目の前で、首を落とされた」
「そんな……」
唇を結び、シェイラは目を落とす。
「そんな顔すんなって。こんな話、どこにでもよくある話さ」
そう。こんな話はどこにでもよくある話だ。笑いかけ、俺は続きを語る。
「俺も。村の人たちも。何もできなかった。何一つできなかった。恐怖に身体を支配され、ただ呆然と理不尽を見守ることしかできなかったんだ」
あのときを後悔しない日はない。
誰かが助けてくれる、父さんを慕っていた誰かが……。
きっと、みんなそう思っていたんだと思う。
かく言う俺自身も、隣の家の叔母さんに口と身体を押さえつけられながら最後の最後に少しだけ思ってしまった。願ってしまった。
――――誰か、と。
武器を握りながら最後まで他人任せにした大人連中共と、そいつらと同じ思いを抱いた俺を、恐らく俺は一生外許せないだろう。
「……それに比べて。ここの奴らはすげぇな、ほんと」
話が重くなりすぎないよう、わざと明るく作り笑いを浮かべる。
「誰も下を向いてる奴なんていなかった。全員が全員で戦ってた。すげぇよ、ほんとにさ」
素直にすごいと思った。俺の村とは大違いである。今まで旅してきた町々でも、ここまで強い街を見たのは初めてだったから。
なんとか俺を励まそうと、言葉を探しながらシェイラが口を開く。
「レイルだって、わたしを助けてくれたじゃない。だから……」
それを俺は、
「10年前。俺の街にきた司教が、――マルクス・セイクリッドだ」
上から強引に掻き消した。
「…………」
シェイラの口が小さく開き、ゆっくり閉じていく。
「俺の目的は、父さんと母さんを殺した司教マルクス・セイクリッドを殺すこと。その目的のために、俺は旅人になったんだ」
「………………」
「ごめんな。俺、嘘ついてたんだ。理由がなきゃ助けちゃだめなのかー、とかカッコつけてたけどさ。実はちゃんとした理由があったんだ」
唇を噛み締め、大きく一度深呼吸してから、真っ直ぐシェイラを見つめた。心臓が爆発しそうだった。
嘘だと言って欲しい。ここから先は言わないで欲しいと。今にも溢れだしそうな彼女の藍緑色の瞳は、不安でいっぱいに見えた。
だから、俺は。
彼女の瞳を見つめて、力なく、優しく笑った。
「俺は君を助けたんじゃない。マルクスを断罪するために、君を利用したんだ」
そう言って、俺はシェイラの視線から逃げた。
あーあ。言っちゃった。
器から溢れるほどに溜まっていた毒が、行き場を失い身体を侵食していく。
今の気持ちを言葉で言い表すのならば、心にぽっかり穴が空いたような、そんな感じ。
嫌われただろうなぁ、と思う。
軽蔑されただろうなぁ、と思う。
でも、――後悔だけはしていない。
心の奥深くに刺さっていた嘘という名の楔を、ようやく抜くことができたから。
「…………」
しばらく沈黙が流れた。
死にたくなるほど長く静かな静寂が、このままずっと続けばいいと思った。
嫌われることはわかっていたし、それを覚悟したつもりでいた。
しかし、時間が経過していくごとに、
怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い――――。
怖かった。ひたすら恐怖があった。恐怖しかなかった。
あの耳心地の良い鈴の音が、鋭いナイフとなって俺の心を抉ってくる。想像しただけで恐ろしかった。胸が痛い。吐き気がする。
今すぐにでもこの場から逃げ出したかった。
「――――ずるい」
ぼそりと、呟かれた。
恐る恐るゆっくり顔を上げると、そこには――。
「……ずるいよ」
「――っ」
弱々しく微笑む、シェイラがいた。
こんな父と母の元に生まれたかったぜい




