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江戸戦場  作者: かわむら
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逆襲

急いでお喜乃は琴を風呂敷で包むと、外に出た。

「どこへ行く気だい、お喜乃さん!?」

お藤は慌てて、お喜乃の後を追いかけた。

「妖怪退治に」

風呂敷の琴を背負っているお喜乃は本当に、妖怪が琴の音に弱いのか、試してみたくウズウズしていた。

「あんな妖怪の言う事を、本気で信じてるのかい?!」

「少なくともあの妖怪は己の命を犠牲にしてまで、我々に弱点を教えてくれた。妖怪の中にも、善良な妖怪がいたのであろうな」

数歩歩いたお喜乃の足は、ピタッと止まった。

「どうしたんだい?」

お喜乃の顔を覗きこむ、お藤。

「早速現れたぞ、妖怪の奴ら・・・」

お喜乃は前方に、スモイダ星人が五匹、背を向けて歩いているのを見つけた。

どこかへ行くつもりに、違いない。

スモイダ星人の背後には、宙に浮かぶ鉄の板に何人もの人間が捕虜として連行されていた。

逃げようにも電流が格子状態に流れ、逃げれない状況だ。

お喜乃はスモイダ星人に見つからぬよう、ソッと琴を出した。

「自分が何をやってるか、分かっているのかい・・・?」

お藤はどうにかして、お喜乃に妖怪退治などという真似をやめさせたかった。

こんな策略が、うまくいくはずがない。

「引き返すなら、今のうちだよ」

「命が惜しければ、お前が引き返すがいい」

お喜乃はお藤の言う事に、耳を貸そうともしない。

五匹のスモイダ星人たちは、一軒の長屋の前で止まった。

長屋では中に数人おり、スモイダ星人に抵抗を続けている。

お藤とお喜乃は物陰に隠れ、様子を伺った。

妖怪の奴らめ、あの長屋の住民も捕虜にするつもりか。

スモイダ星人たちは、光線銃を取り出し、長屋に向けて構えた。

「鉄砲で脅せば出てくると思ったのか、妖怪!」

叫ぶ長屋の住民は、徹底抗戦するつもりだ。

業を煮やしたスモイダ星人たちは、長屋めがけ、光線銃を放った。 

たちまちに、長屋が炎に包まれる。

数名の住民が、外へ飛び出した。

中にいれば、焼け死ぬだけだ。

逃げた住民たちは、スモイダ星人に捕らえられた。

「放せ~、妖怪の奴隷なんぞになるかよ~!」

暴れて抵抗する住民たちを大人しくさせようと、スモイダ星人は何かの器具を取り出した。

棒状の器具を、暴れる住民に向けてスイッチを押すと、住民たちは苦しみ始めた。

「うげぇぇぁ~!」

地面に倒れてのたうち回り、しまいには誰もが口から泡を吹き出した。

大人しくなった所で、スモイダ星人は長屋の住民を連行しようと、鉄の板に乗せようとした。

このままでは、あの人たちも妖怪にさらわれてしまう。

そうはさせるものか。

お喜乃は風呂敷から琴を取り出すと地面に置き、演奏し始めた。

「何やってんだよ、逃げないと二人とも殺されてしまうよ~!」

「うるさい、黙れ!」

制止するお藤を、一喝した。

お喜乃の弾く琴の音色が辺りに響き、スモイダ星人はこっちを向いた。

ここにいるのが、バレてしまったのだ。

近づいてきたスモイダ星人を見て、お藤は生きた心地がしなかった。

お喜乃とお藤を捕虜にしようとしたスモイダ星人は、突如苦しみ出した。

頭に手を当て、苦しがっている。

お藤には、この状況がよく理解出来なかった。

苦しむスモイダ星人の頭はモコモコと波打ち、全員破裂してしまった。

地面には頭部の無くなったスモイダ星人の死体が、散乱した。

スモイダ星人がくたばったのを見て、鉄の板の捕虜たちが歓声を上げた。

お喜乃は琴を弾く手を止めた。

これではっきりした。

妖怪の奴らは、琴の音色で頭が破裂して死ぬのだ。


    ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


歩き疲れ、千代姫は森の中で休憩する事にした。

ここまで逃げ切れば、妖怪の奴らは追ってこないはずだ。

眠っている茜を、地面に置いた。

千代姫はしゃがんで、木にもたれかかった。

太陽が昇るまで、ここで休もう。

東西南北も分からない状況で、無事に江戸に戻れるのだろうか。

それよりも、腹が減って動く気力がない。

四日間、何も食べてはいないのだ。

あの妖怪め、日に一度の飯も食わさぬとは。

恨めしい妖怪を考えている内に、千代姫は意識が疲労で薄れていくのを感じた。

寝てはダメだ。

ちゃんと起きて、茜の介抱をせねば。

意識がそう思っていても、体が言う事をきかない。

いつの間にか、千代姫は茜のそばで眠ってしまった。


   ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

ウトウトとしていた新右衛門は、目を覚ました。

辺りは、すっかり明るくなっている。

枝の上で眠ってしまったが、運よく落ちなかったのは幸いだ。

新右衛門は下に誰もいないのを確かめると、ソロリソロリと大木から降りた。

晴れて、自由の身だ。

身代わりに死んでくれた直助の行為を、ムダにする分けにもいくまい。

新右衛門は固い決意の下、森から抜け出して走った。

妖怪からの束縛を逃れられただけでも、足取りは軽い。

あと数歩で森を抜けられるという所で、新右衛門の足は硬直した。

森の出口には、光線剣を持った鉄蔵が、仁王立ちしていたのだ。

先回りして、待ち構えていたのか。

「やっと会えたな。逃げ切れるとでも思ったのか?捕虜は死なない限り、自由にはなれん」

鉄蔵は光線剣を新右衛門に向け、迫ってきた。

「話せば分かる・・・」

「問答無用!」

鉄蔵は光線剣を振り回し、襲ってきた。

新右衛門は森に戻り、全速力で逃げた。

「待てぇぇぇ~い!」

鉄蔵は光線剣で、周りの木々を切り倒した。

何本も木が倒れ、その中を鉄蔵が追いかける。

とっさに新右衛門は木の陰に回り、身を隠した。

「どこに隠れた?!必ず見つけ出してやるぞ!」

鉄蔵は光線剣で木を一本ずつ、切り倒していってる。

新右衛門の隠れている木まで近づくのも、時間の問題だ。

新右衛門は下に、腕の太さぐらいの枝が転がっているのを見つけると、拾った。

これを何とか、武器の代わりにするのだ。

ついに鉄蔵は、新右衛門の隠れている木に近づいた。

「ここだな!神妙に観念するがいい!」

鉄蔵が光線剣で木を切り倒すと同時に、新右衛門は躍り出た。 

新右衛門は光線剣を身をかがめてかわすと、握っていた枝で後頭部を殴った。

よろける鉄蔵。

容赦なく、新右衛門は二度三度と、後頭部を殴り続けた。

こいつには、生きてもらっては困るからだ。

鉄蔵の頭から血がピューッと噴き出すと、倒れて死んでしまった。

新右衛門は怖くなり、命からがら森から逃げてしまった。

九死に一生を得た命は、大事にせねばなるまい。


   ― ― ― ― ― ― ― ― ―


朝になると、千代姫の周りで鳩が数羽歩いていた。

その内の一匹が、千代姫の頬をクチバシでつついた。

千代姫は目を開けた。

自分は茜の身をかばうように、寝ていたのか。

茜はまだ、意識は戻っていない。

上半身を起こした千代姫は、前方に白馬が寝そべっているのを見た。

四肢を折り畳んで、地面の上で休んでいる。

千代姫は立ち上がり、白馬のそばまで歩いた。

まるで、姫様どうぞお乗り下さい、と言っているかのようだ。

「そんなにわらわの役に立ちたいのかえ・・・」

千代姫は馬の頭を撫でると、茜を馬の背中にうつぶせに乗せた。

そして自分も馬にまたがり、当てのない旅を続けた。

生きて十兵衛に会い、必ず妖怪に報復する。

その思いが、千代姫に気力を奮い立たせていた。


    ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


見事スモイダ星人を琴の音で撃退したお喜乃は、行く先々で琴を演奏してスモイダ星人の頭を破裂させていった。

恨み重なる妖怪に、ようやく報復の手段が与えられたのだ。

江戸の町を進むお喜乃の後には、スモイダ星人を一緒に倒そうとする同志が、いつの間にか大群衆に膨れ上がっていた。

百人余りの群衆を従えて歩くお喜乃は、道端に一人の(サムライ)が倒れているのを見た。

その侍は、片目にケガをしている。

「頼む・・・、助けてくれ・・・」

柳生十兵衛は通りがかったお喜乃に、救いの手を向けた。

お喜乃はいたたまれなくなり、十兵衛のそばにしゃがむと、竹筒に入れた水を飲ませてやった。

水をゴクゴクと飲んだ十兵衛は、少しは体力が回復した。

「お藤さん、このお侍さんに食べ物を」

お喜乃に言われたお藤は、倒れている十兵衛におにぎりを食べさせてやった。

「お侍さんどう?何日も食べてないようだけど、一度に食べると体によくないよ。少しずつ胃を慣らしていかないともたないよ」

十兵衛を気づかうお喜乃。

おにぎりを三つ食べた十兵衛は、何とか立ち上がった。

よろけて立ち上がろうとする十兵衛を、お喜乃とお藤が支えてやった。

「助かったよ・・・」

「お侍さん、まだ寝てなきゃダメじゃないか」

「心配無用。この柳生十兵衛、そんなヤワな体ではあり申さん」

「へえ、お侍さん、根性あるねえ」

感心していたお喜乃の元に、仲間が血相を変えて飛んできた。

「お喜乃さん!妖怪が後方からこっちへきやす!」

お喜乃の顔が変わった。

「お侍さん、あんたは隠れていなよ」

「何を申す。妖怪と戦うのは庶民ではなく、武士の仕事・・」

二、三歩歩いた十兵衛はよろけて、地面に膝をついた。

まだ、戦える状態ではなかったのだ。

「お侍さん、よく見てなよ。妖怪はこうやって退治すんのさ」

お喜乃は十兵衛に背中を向けると、風呂敷から琴を出した。

立つ事が出来ない程衰弱した十兵衛は、スモイダ星人の大群が迫ってきたのを見た。

対する江戸の庶民は棒切れや鎌で、応戦の姿勢を見せている。

お喜乃は道端で、琴を演奏し始めた。

十兵衛には何故お喜乃が妖怪と戦う構えを取る分けでもなく、琴を演奏しているのか理解出来なかった。

今は琴など、弾いている場合ではないのだ。

「何のつもりだ・・・?」

お喜乃に近づこうとしても、疲労で足が動かない。

仕方なく、十兵衛はお喜乃の奇妙な行動を傍観する事にした。

お喜乃の弾く琴の音は武器と化し、スモイダ星人の耳に伝わった。

人間を攻撃しようとしたスモイダ星人は、頭を抱えて苦しみ出した。

持っていた光線銃を落とし、地面に倒れてしまった。

十兵衛にはなぜ、妖怪たちが苦しんでいるのか、さっぱり分からなかった。

お喜乃の琴の音色のせいだとは、露ほど思っていない。

三十匹ぐらいいたスモイダ星人の頭は波打ち、膨張してスイカのように破裂してしまった。

地面にはスモイダ星人の死骸が折り重なり、緑色の血で染まった。

「奇跡だな・・・」

十兵衛は、お喜乃に脱帽した気分だった。


   ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


一日中千代姫は馬に乗り、重症の茜を乗せ、柳生邸を目指していた。

江戸の町は大半が火事になり、原型をとどめていない状況だ。

前方は霧で、視界不良である。

「十兵衛兄さま・・・」

気絶している茜は、馬上でうわ言を言った。

「茜、もうしばらくの辛抱じゃ。必ずやお前を、愛しい兄の元に届けてやる」

荒れ果てた風景になってしまったが、柳生邸までの道のりは覚えている。

あと、もう少しだ。

ふいに馬が倒れ、茜と千代姫は地面に投げ出された。

千代姫は馬を見た。

一日中、乗りつぶしたのだ。

馬も極度の疲労で、動けない状況だ。

「馬よ、ご苦労であった。この恩は忘れぬ」

馬は静かに、息を引き取った。

茜のそばに寄ると、茜は昏睡状態から覚めていた。

「姫・・・」

茜の目から涙がこぼれ落ちるのを、千代姫は見た。

「歩けるか、茜。歩けなければ、ここで死ぬまでじゃ」

千代姫は茜の肩に手を回し、二人三脚で歩いた。

茜にとっては、千代姫に助けられて歩くだけでも精一杯だった。


    ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


十兵衛はお喜乃率いる庶民兵に付き添われ、無事に柳生邸まで戻る事が出来た。

戸板に寝かされた十兵衛は、屈強な男四人に、担ぎ上げられていた。

百人からなる庶民兵が柳生邸にきたので、邸宅にいた柳生又十郎、兵庫ノ助が飛んできた。

「十兵衛?!」

「兄上!?」

二人は戸板の十兵衛の顔を、のぞきこんだ。

十兵衛の片方の目は、潰れていた。

「おいたわしや、兄上!」

又十郎と兵庫ノ助の顔を見た十兵衛は、笑みを浮かべた。

「まだ生きておるぞ・・・。お主らと再びあいまみえた事に神に感謝せねばならんな・・・」

「何を申す、十兵衛。お主は無神論者ではなかったのか?」と兵庫ノ助。

「親父や左門、茜は?それに姫はお帰りあそばれておるのか?」

姫の安否が気になる十兵衛は、戸板から上半身を起こした。

「十兵衛さん!まだ寝ていた方がいいよ!」

お喜乃が気づかう。

「この方は?」

又十郎が聞く。

「これはお喜乃さんと申すお方じゃ。わしが空腹で道端で倒れたていた時に通りがかり、助けてくれたのじゃ」

「では十兵衛の命の恩人でござりますな。このわしからも、厚く御礼申し上げる」

兵庫ノ助と又十郎は、十兵衛の命を救ってくれたお喜乃に礼を言った。

「それよりも姫は?!」

はやる十兵衛は兵庫ノ助の肩に手をかけ、問いただした。

「残念じゃが、お戻りになっておらぬ。姫だけではない。親父や左門も茜もじゃ」

兵庫ノ助は言いにくそうに、言った。

落胆した十兵衛は、兵庫ノ助の肩から手を放した。

「てっきり死んでいたと思っていた兄上が無事ご生還出来ただけでも、嬉しゅうございます!」

「すると姫は・・・妖怪の手にかかったと言うのか・・・?茜め、あれほど姫の命を守れ、と申しのに役立たずめ・・・」

十兵衛には、姫が死んだとは認めたくなかった。

「死体を見た分けではないのだから、まだ望みはある。

十兵衛、お主が生還したようにな」

「兵庫ノ助、又十郎・・・、ついに妖怪の弱点が判明したぞ!」

戸板に寝直した十兵衛は、天を見て言った。

「なんと申した?!」

驚く兵庫ノ助と又十郎。

「妖怪を倒す鍵は、このお喜乃さんが握っておる。今から詳しく説明してやろう」


   ― ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―


その晩ー。

兵庫ノ助と又十郎は、妖怪が琴の音に弱いという驚愕の事実を知った。

琴の音色を聴いただけで苦しみ、頭が破裂するというのだ。

「ウソではない、わしはちゃんとこの目で見た。お喜乃さんが琴を鳴らし、妖怪どもの頭が次々に爆発していったのを」

布団に寝かされた十兵衛が、説明した。

「あの妖怪、琴の音に弱いと申すか?それは傑作じゃのう」

兵庫ノ助は笑った。

「それではもっと琴を集めねばなりませんな」

又十郎が口を挟む。

「琴だけではない。琴の演奏者もじゃ。又十郎、そちは駿府へ赴き、上様に妖怪の弱点発見せり、との報告をせよ。全国から琴と演奏者を集めねばならん」

「はい、承知いたしました!」

又十郎は早速、準備に取りかかった。

十兵衛兄ぃの申す事が事実ならば、打倒妖怪も決して夢ではない。

劣勢を挽回する、絶好の機会と言えよう。

又十郎は、そばに控えている従者に言った。

「馬を!速い馬がいい!すぐ用意いたせ!」


     ー ー ー ー ー ー ー ー


翌日。朝早くから、柳生邸では霧が立ち込めていた。

又十郎は馬を駆け、夜が明けると同時に飛び出した。

柳生邸ではスモイダ星人との戦いで傷を負った者たちで溢れ、さながら野戦病院の様相を呈していた。

その内のあふれた数十人が、柳生邸の門の前で腰を下ろして休んでいた。

スモイダ星人との戦闘で片腕を失った柳生忍びの一人は、ちぎれた片腕をつかんだ。

いくら斬られた箇所に腕をつけようとも、元には戻らない。

このまま死を待つしかない柳生の忍びは、前方の霧の中に何やら人影を見た。

最初は疲労で、幻覚を見ているのかと思った。

目を凝らしてよく見ると、幻覚ではない事がはっきりした。

人が二人、寄り添ってこっちへきている。

二人の顔が、鮮明に見えてきた。

一人は柳生茜、そしてもう一人は・・・、女であるが何者かは知らない。

「茜殿?!」

「茜は重傷じゃ!誰ぞ、呼んでくれぬか!?」

叫ぶ千代姫の切迫さに慌てた柳生忍びは、屋敷内にいる兵庫ノ助を呼びに行った。

兵庫ノ助は布団に寝かされた十兵衛の隣で、うつらうつらと座ったまま、寝ていた最中だった。

「兵庫ノ助様!それに十兵衛様!お喜び下さい、茜殿が戻りましたぞ!」

「何!?」

兵庫ノ助の眠気は吹き飛び、廊下に飛び出した。

「茜が?!姫も一緒か?!」

寝ていた十兵衛は、起き上がった。

妹と姫の無事な姿を、一刻も早く確めねば。

十兵衛、兵庫ノ助の二人は、急いで門のそばまで走った。

「姫君!」

茜をおんぶしていた千代姫を見ると、曇っていた十兵衛の顔に安堵が戻った。

「十兵衛?!片眼はどうしたのじゃ?!」

十兵衛の片眼には、不気味な傷痕が覆っていた。

「妖怪にやられましたが、こんなものはかすり傷です。お怪我はありませぬか?!」

「わらわは無事じゃ!それよりも茜が・・・」

十兵衛は、千代姫におんぶされている茜を見た。

「茜、しっかりせい!」

茜の左肩はえぐれ、骨が見えていたのだ。

「ひどい裂傷だ!」

十兵衛は意識不明の茜を抱きかかえ、屋敷内に運びこんだ。


    ー ー ー ー ー ー ー ー ー


その日の晩。

布団に寝かされた茜は、まだ意識が戻っていない。

寝ている茜の周りを、十兵衛と兵庫ノ助が取り囲んでいる。

「姫はどうしたのじゃ、十兵衛?」

兵庫ノ助が聞く。

「奥の部屋で休ませておる」

千代姫は五日間何も食べておらず、まともに動ける状態ではない。

「まあ、姫君と茜が戻ったので、一安心でござるな・・・」

と十兵衛。

「茜の容態は?」

「それが、思わしくない。医者によると、片腕切り落とさねばならんとの事・・・」

「それは酷い話だな・・・」

十兵衛は深刻な顔をして、兵庫ノ助に返答した。

「茜は柳生の女。片棒失ったぐらいで押し潰されるような者ではない」

潰れてしまった片眼に、刀の(つば)を当て、眼帯代わりにしたいる十兵衛の顔を兵庫ノ助は見た。

「ところで十兵衛。その眼帯、よく似合うぞ」

「まあ、こんな物しか有り合わせが無かったのでな・・・」

十兵衛は眠っている茜の顔を見た。

ぐっすりと眠っている状態だ。

姫をよくぞここまで(かば)い、生きて連れて戻ってきてくれた。

妹の茜には、感謝しても仕切れないぐらいだ。

その時障子戸が開いて、千代姫が入ってきた。

「姫!今はまだ安静に・・・!」

「わらわの心配など、無用じゃ。それよりも、茜は助かるのか・・・?」

千代姫は十兵衛の心配をよそに、寝ている茜を見つめた。

「腕を切り落とせば、命は助かるとの見通しでございます」

「そうか・・・、命は助かるのだな・・・」

片腕を失うであろう茜に、千代姫は精一杯の同情をかけた。

「ものは相談じゃが十兵衛・・・」

言いながら 千代姫は畳の上にあぐらをかいて座った。

「何でしょう?」

「そちの話によるとあの妖怪、琴の音に弱いとか・・・。それは誠か?」

「誠の話にございます。私ははっきりとこの片眼で、琴の音を聞いた妖怪たちの頭が異様なまでに膨らみ、破裂するのをしかと観ました」

いきなり、千代姫は「あひははは!」と大笑いして畳に倒れた。

「どうなされました?!」

倒れた千代姫を、十兵衛は起こした。

「琴の緒に弱いとは、誠にヤワな妖怪じゃのう。ならば、わらわの琴を用意いたせ。琴の演奏の名手は十兵衛、そなたの目の前にもおるぞ」


   ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


駿府城。

柳生又十郎は三日かけ、江戸から駿府へ到着した。

乗り潰した馬は、東御門に着くと同時に死亡した。

門番に用件を伝えると、すぐに老中・松平信綱を初め、幕府要職の人物たちが走ってきた。

「よくぞ駿府まで参られたな!して本当なのか、妖怪どもの弱点が見つかったというのは?!」

「はい、妖怪めは琴の音色に弱いのでございます!」

「何い、琴?!」

松平信綱は幕閣の仲間の顔を見渡した。

江戸をたった数日で占領した妖怪たちが、琴の音ぐらいで死ぬとは思わなかったのだ。

「はっ、すでに江戸の妖怪ども数百匹が琴の音によって殺されております!つきましては将軍家綱公にお目通りのお計らい願いたく存じます!」


   ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


妖怪の弱点は琴の音色にありー。

これは噂として、日本中に広まった。

柳生又十郎は妖怪征伐のために、全国から琴の名演奏者を集めてくれるよう、徳川家綱公に取り計らってもらえるよう注進した。

家綱公も妖怪が退治出来るのなら、断る道理もない。

こうして公儀から全国の大名へと、お達しが下った。

琴の演奏が出来る者を各藩から一人でも多く集め、江戸に参らせよ、とのお達しである。

こうして全国から琴の名手が集められ、一路江戸へと向かったー。


    ー ー ー ー ー ー ー ー


一週間後。

十兵衛、千代姫も体力が回復し、スモイダ星人への逆襲の機運は熟した。

スモイダ星人が陣取る草原のそばでは、人間勢が反撃の様子を伺っていた。

反撃の指揮を執るのは、柳生十兵衛率いる柳生一族。

十兵衛の背後では、琴の演奏者が四人乗れる神輿(みこし)が置かれてある。

その神輿には担ぎ棒が四つあり、四人が担いで持ち上げて移動出来るのだ。

十兵衛の隊には当然、千代姫も入っている。

「準備はよろしいですかな?」

十兵衛は千代姫に聞いた。

「いつでもいいぞよ。早く妖怪の頭が砕け散るのが見たくて、わらわもウズウズしておる」

「出陣じゃ。神輿を上げい」

「へい」

四人の人足が、神輿を担ぎ上げた。

いつもなら大井川の川越の人足をやっている連中が、狩りだされてきたのだ。

神輿の周りを十兵衛ら、武器を持ったサムライや浪人連中が取り囲む。

スモイダ星人から、琴の演奏者が乗っている神輿を守るためだ。

十兵衛を筆頭に、神輿はゆっくりと進んだ。

神輿は百余り作られ、それぞれに琴の演奏者四人が乗っていた。

兵庫ノ助は十兵衛の隊が動き始めたのを見た。

「よし、こっちも行くぞ」

兵庫ノ助は手を上げ、後方の味方に合図した。

隠れていた味方全員が立ち上がり、神輿を天高く上げた。

浪人勢だけでは手が足りず、百姓たちにもクワや鎌を持たせて武装させてある。

「出撃!」

神輿を担ぎ、人間勢がスモイダ星人の待つ草原へと向かった。

スモイダ星人の方も、人間勢が大挙してこっちへきたのを見た。

急いで人間を骨だけに焼く銃を取り出すスモイダ星人たち。

銃から光線が発射されたが、遠過ぎて人間たちには当たらない。

「姫!早く!」

十兵衛が言うと、千代姫ら琴の演奏者は弾き始めた。

千代姫も演奏するための琴爪を着けると、琴を奏で始めた。

琴を演奏しながら、神輿はスモイダ星人に近づいて行く。

まだ近づく手前なのに、スモイダ星人の光線銃に当たって全員骨だけにされた神輿もあった。

スモイダ星人たちも人間に近づかせてなるものかと、ものすごい勢いで撃ちまくっている。 

辺りはひっきりなしに光線が飛び交い、手足が吹き飛ぶ戦場に変わった。

中には神輿の担ぎ手四人が逃げ出し、奏者が地面に投げ出されたのもあった。

百ある神輿のうち、半数がスモイダ星人の光線銃の餌食になってしまった。

演奏する千代姫も、もしかすると妖怪にたどり着く前に全滅されてしまうのではないかと、思い始めた。

しかし今はそんな悲観的な考えをせず、ガムシャラに前に進むべきだ。

「必ず殺せる、妖怪どもを、必ず、必ず・・・」

つぶやく千代姫は、スモイダ星人の乱射する光線銃の勢いが弱まってきたのを感じた。

さっきまでは息をもつかせぬ勢いで撃ってきたのに、今は時折にしか撃ってこないのだ。

千代姫は弾きながら、周りを見た。

近づくにつれて妖怪どもが、苦しんでいるのが見えた。

光線銃を手放し、頭を抱えて苦しんでいる。

千代姫はその光景を見て、してやったりと笑顔を出した。

だがまだここで、演奏の手を休める分けにはいかない。

完全に頭を吹っ飛ばしてやらねば。

さらに琴を弾き続ける千代姫。

神輿の周囲を固めて守っていた十兵衛は、スモイダ星人たちの頭が爆発するのを見た。

「よし、反撃じゃあ~!」

十兵衛が刀を上げると、皆が「おお~!」と歓声を上げ、スモイダ星人に突っ込んだ。

スモイダ星人の大半は頭が爆発しており、残りは頭を抱えて苦しんでいて、まともに戦える状態ではない。

十兵衛、兵庫ノ助、浪人、百姓たちはそれぞれの武器で苦しむスモイダ星人を片っ端から殺していった。

たちまち、草原にはスモイダ星人の死体の山が出来た。

人間の方が、形勢有利になった。

千代姫は演奏の手を休めず、十兵衛たちがスモイダ星人を殺していくのを見て満足した。

形勢不利と見たスモイダ星人は、雪崩を打って円盤内に逃げ込んで行く。

「奴らを一匹たりとも逃がすでないぞ!」

「おおう!」

十兵衛らは走って、逃げるスモイダ星人を追撃する。

追いついた所で、十兵衛はスモイダ星人の背中をバッサリ斬っていった。

しかしそれでも逃げるスモイダ星人の数が多く、全部を斬れるものではない。

5百匹いたスモイダ星人たちは人間に面白いように斬られ、半分になってしまった。

合計百匹ぐらいのスモイダ星人を取り逃がし、円盤内に退却してしまった。

円盤の入り口だった所は、スモイダ星人が逃げ込むと同時に壁になり、入れなくなってしまった。

扉を開けようと奮闘する、十兵衛と兵庫ノ助。

だがそれでも、扉は人間の力ではビクともしない設計になっているのだ。

「兵庫ノ助、惜しくも妖怪を逃がしてしまったな!」

「なあに、逃がしたとは言えたかが百匹。残りの数は知れておる」

「妖怪の残党も、一匹残らず斬ってくれよう!」

十兵衛と兵庫ノ助は、扉の前で顔を見合せた。

妖怪の大部分を殺せれて、気分は上々だ。

二人は力ずくで扉を開けようとするのを、諦めた。

周りでは円盤内に突入しようと、浪人勢や百姓勢がいきり立っている。

「一気にやっちまえ~!」

「もう、こっちの勝利は確実よ!」

「妖怪を一匹残らず殺すんじゃ~!」

百姓たちは歓声を出している。

「やはり、こじ開けるのは不可能だ!」

兵庫ノ助は、開けるのを諦めた。

十兵衛は扉の内部から何やら、ウィーン、ウィーンという音が鳴り響いているのに気づいた。

耳を扉に当て、音源を探る十兵衛。

「兵庫ノ助!開くぞ、扉が!」

十兵衛、兵庫ノ助は急いで扉から離れると、刀を構えた。

二人に合わせて、農民も農耕用具を構えた。

全員に扉の内側の異様な音は、聞こえていた。

誰もが、もうじき扉から妖怪が大挙して出てきやがる、と息巻いている。

今か今か、と待つ間緊張感で皆の顔は汗でぐっしょりとなった。

千代姫の乗る神輿も、円盤の近くまでやってきた。

妖怪が出てきたら、琴を奏でて頭を吹っ飛ばしてやるつもりだ。

ようやく静かにゆっくりと、扉が開き始めた。

「おおっ」

扉が開くと同時に、予想通りスモイダ星人が武器を持って出てきた。

しかしさっきまでと違い、スモイダ星人の耳には何かヘッドフォンのような物で覆われていたのだ。

このヘッドフォンが、琴の音を遮断してくれる。

千代姫を筆頭に、琴の演奏者は演奏を始めた。

しかし今度は、琴の音色がスモイダ星人の脳内に届かない。

スモイダ星人は苦しむどころか、逆襲に転じた。

光線銃をブッ放し、人間を骨だけに焼いてきたのだ。

円盤を取り囲んでいた人間勢は退却し、陣形が崩れた。

琴の奏者は弾けども弾けども効果はなく、スモイダ星人の光線銃に次々に餌食にされていく。

神輿の上で琴を演奏していたお喜乃は、様子がおかしいと感じた。

先程までは苦しんでいたのに、妖怪が頭に何かを被ってからはピンピンしているからだ。

スモイダ星人の一匹が、お喜乃の乗っている神輿めがけて光線銃を発射した。

その瞬間を見たお喜乃は、このままでは妖怪にやられると判断した。

あの異様な光線に当たれば最後、焼けただれた骸骨になるのはよく分かっている。

お喜乃は咄嗟に、担ぎ上げられている神輿から飛び降りた。

地面にぶつかったお喜乃は、神輿の担ぎ手、琴の演奏者ともども、光線を浴びて骨だけになっていくのを見た。

担ぎ手のいなくなった神輿が、ドスンと地面に転がった。

降りた時に足をくじいたが、骨だけにされるよりかはまだマシだ。

お喜乃は足を引きずりながら、必死になって戦場を駆け回った。

そんな中、千代姫は必死になって琴を演奏していたが、神輿の担ぎ手が光線銃で焼かれ、神輿が倒れてしまった。

「あうっ」

千代姫は神輿が倒れた拍子に、地面に投げ出されてしまった。

琴は弦が外れ、使い物にならなくなってしまった。

妖怪どもが頭に変な物をかぶってからは、琴の音色が通じない。

どうやらあの被り物には、琴の音色を遮断しているのか。

千代姫は琴を演奏するのを諦めると、戦死した浪人が持っていた(やり)をつかんだ。

槍を地面に倒れている浪人の手から奪うと、それでスモイダ星人を突き刺していった。

「えいっ!」

千代姫は槍でスモイダ星人を二匹、まとめて串刺しにした。

槍を引き抜き、スモイダ星人が倒れた。

千代姫は周りを見渡した。

琴の奏者が乗っている神輿は、全て全滅していた。

うまく妖怪どもを撃滅出来る、と予想していたが事態は覆された。

再び、妖怪どもが優勢になったのだ。

スモイダ星人が光線剣を振り上げ、襲ってきた。

千代姫は咄嗟に槍で、光線剣を防いだ。

しかし槍は光線剣で、真っ二つになってしまった。

千代姫を光線剣で斬ろうとする、スモイダ星人。

武器の無くなった千代姫は、スモイダ星人に殺される覚悟を決めた。

その時十兵衛が千代姫の前に踊り出て、スモイダ星人を斬った。

「姫!お怪我はありませぬか?!」

「わらわは大丈夫じゃ!それよりも十兵衛、琴の音が奴らに効かぬぞえ!」

「退却するのです!」

劣勢になって打つ手なしと見た十兵衛は、皆に聞こえるよう、怒鳴った。

「退却じゃ~!」

琴が全部妖怪の手によって焼かれた以上、とどまっていてもいたずらに死傷者を増やすだけだ。

「退け、退け~い!」

兵庫ノ助も、皆に退く指示を出した。

士気は瞬く間に下がり、我も我もと誰もが逃げ出した。

完全に人間側の敗北である。

走って逃げる中、十兵衛は千代姫を無事戦場から生きて連れ戻す事だけを考えていた。

最後尾を逃げる連中には、次々にスモイダ星人の光線銃の餌食になっていく。

「十兵衛、どうすればいいのじゃ?!勝ち目は無くなったのか?!」

千代姫が逃げながらも、十兵衛に聞く。

「今は生きて生還する事だけを考えるのです、姫!」

人間が走り去った跡には、焼け焦げた死骸で草原が埋め尽くされた。

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