最後の戦い
大敗北を喫したその日の夜・・・。
生き残った浪人たちや百姓は皆、恐れをなし、離散してしまった。
おそらく、戻ってくる事はあるまい。
柳生邸に逃げ戻った十兵衛は、一人でスモイダ星人の待つ陣地へ帰るつもりだった。
今度の戦いは、自分だけの個人的なものだ。
明け方、誰にも知られずコッソリ行こうと、馬の手綱を引っ張った。
「十兵衛、どこへ行くつもりじゃ?」
背後から、千代姫の声が聞こえた。
見つかってしまったようだ。
千代姫だけではない。
又十郎、兵庫ノ助までもが、こっちへきた。
「妖怪と、最後のケリをつけに行きます」
「自分のザマをよく見てみるがいい。立っているのも、やっとではないか」
「姫、茜の面倒をよろしくお頼み申し上げます」
千代姫は、十兵衛に抱きついた。
「行ってはなりませぬ。お前まで失う分けにはいかぬ」
「姫、私には妖怪を倒す使命があるのです」
十兵衛は抱きついている千代姫を、体から離した。
「十兵衛、命は惜しくないのかえ?」
「悪を倒すためなら、命は惜しみません」
十兵衛は馬に跨がった。
「十兵衛兄ぃ、まだ目の傷が!」
兄を敬愛する又十郎が心配する。
「手傷を負おうとも、戦い続けるのが柳生一族だ。お主も柳生の血が流れておるならば、こい!」
十兵衛が馬の腹を蹴ると、一目散に駆け回って消えてしまった。
後に残った千代姫、兵庫ノ助、又十郎は顔を見渡した。
「どうします、兵庫ノ助?!」
「十兵衛の言う通りだ。柳生ならば、命ある限り、戦わねばならん」
兵庫ノ助は厩舎に行き、馬を出した。
甥の十兵衛だけに、手柄を横取りさせるつもりはない。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
馬をかける十兵衛は森を抜け、スモイダ星人の円盤の陣地へと戻ってきた。
ちょうど夜が明け、朝日がまぶしく映えている。
十兵衛は馬を降り、木陰から円盤の周囲を観察した。
数匹のスモイダ星人が、円盤の前の草むらで腰を下ろしているのが見えた。
何やら、酒盛りの真っ最中のようだ。
その数、十匹。
不意をつけば、一人で斬れる。
出ていこうとする十兵衛の肩を誰かがつかんだ。
振り返った十兵衛は、後ろに兵庫ノ助と、又十郎がいるのを見た。
「十兵衛、死ぬ時は一緒じゃ」
「十兵衛兄ぃ、私もです」
死への片道に、どうやら道連れが出来たようだ。
「よし、今日は死ぬのに持ってこいの日だな」
―― ― ― ― ― ――
十兵衛の馬、兵庫ノ助の馬、又十郎の馬が、草かげから飛び出してスモイダ星人は奇襲かと思った。
手に光線銃を構えたが、飛び出したのは馬だけだ。。
安堵したスモイダ星人は、光線銃を下ろした。
撃つのは馬ではなく、人間だけだからだ。
三匹の馬は、こっちへやってきている。
実は馬の横腹に隠れ、十兵衛、兵庫ノ助、又十郎はスモイダ星人に近づいていた。
この状態では馬に乗っているのではなく、馬にしがみついていると言った方が正しい。
出し抜けに十兵衛、兵庫ノ助、又十郎はしがみついている馬の腹から地面に落ちた。
鞘から剣を出しつつ立ち上がり、スモイダ星人に突進していく。
十兵衛は背後から、勢いよく馬が駆けてくる音を聞いた。
「妖怪め、推参!」
馬に乗った千代姫が駆けてきたではないか。
額にはハチマキ、手には槍を持って。
千代姫は馬上から、スモイダ星人を、次々に刺していった。
「危ない、十兵衛!」
千代姫は叫んだ。
スモイダ星人の一匹が、十兵衛を背後から襲ってきたのだ。
十兵衛が振り向くよりも早く、スモイダ星人は光線剣を振り上げた。
千代姫はつかんでいた槍を、槍投げのように投げた。
槍はそのまま一直線に飛び、見事にスモイダ星人の背中に刺さった。
倒れたスモイダ星人の腹に十兵衛は刀を突き刺して、絶命させた。
スモイダ星人は暴れる千代姫に標準を合わせ、光線銃を発射した。
光線が曲がりくねりながら、千代姫に近づく。
姫は馬から、飛び降りた。
光線は馬に当たり、馬は焼けて骨だけになって倒れた。
千代姫は草むらに身を伏せたまま、懐から短刀を出した。
見つからぬよう、スモイダ星人に近づいて行く。
そして気づかれぬまで背後まで近寄ると、立ち上がった。
「妖怪め、覚悟!」
スモイダ星人の背後から、千代姫は刺し殺した。
形勢不利と見たスモイダ星人は、人間に恐れをなして大挙して円盤に向かって、退却した。
スモイダ星人がツルツルの円盤の表面に手を触れると、そこが扉となって、階段が降りてきた。
階段を我も我もと、押し合いへし合いで登って行く。
十兵衛と兵庫ノ助は、逃げるスモイダ星人を追って円盤までたどり着いた。
スモイダ星人が逃げて行ったまま、階段はそのままの状態である。
扉から、円盤の内部が見える。
階段を上がる前に、十兵衛と兵庫ノ助は互いに顔を見合わせた。
「ここが、妖怪どもの本丸って分けだな」
「参るぞ、兵庫ノ助。妖怪どもに我ら柳生新陰流の極意、とくと見せてやるのだ」
「おおう!」
十兵衛と兵庫ノ助は勇み足で階段を駆け上がり、スモイダ星人のいる円盤内部へと入って行った。
「待て、十兵衛!わらわを置いていく気か?!」
「兄上、私も!」
千代姫と又十郎が二人に続いて階段を駆け上がろうとしたが、寸前で階段は円盤内部へと戻って行ってしまった。
扉もスライドして閉じてしまい、中に入るのは不可能になった。
「十兵衛~!」
「兄上!」
取り残された千代姫と又十郎は、閉じてしまった円盤の外壁を何度も叩いた。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
扉が閉じる音がしたので、十兵衛と兵庫ノ助は振り返った。
入ってきた扉が閉じてしまい、出口は無くなったようだ。
しかし、それで良かったのだ。
二人は元々、死ににきたのだから。
又十郎と姫まで死なせる分けにはいかない。
妖怪どもは、どこに逃げたのだ?
二人は円盤内部の狭い通路を、ゆっくり進んだ。
スモイダ星人は一旦退却し、体裁を整え直してから再度、地球を侵略するつもりだった。
そのためには母星に戻り、仲間を引き連れて戦力を増強せねばならない。
何匹かのスモイダ星人は円盤内部の操縦席に入り、離陸準備の態勢を準備した。
ボタンを押すと、気流が噴出し、円盤は垂直に上昇し始めた。
― ― ― ― ― ― ― ― ―
「あっー、姫様、妖怪の船が変です!」
又十郎に言われて千代姫は、異変に気づいた。
円盤が揺れまくり、千代姫と又十郎は危険を感じて遠ざかった。
「あっ!」
二人は同時に声を上げた。
妖怪の船が浮かんでいる!
ゆっくりとだが、妖怪の船は真っ直ぐ上に上昇しているではないか!
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
突然の激しい揺れに、十兵衛と兵庫ノ助は壁にもたれかかった。
床が揺れまくっている。
「十兵衛、どうなっておる!?」
「わしにも分からぬ!もしかすると、妖怪の船が宙を飛んでいるのやも知れぬ!」
「何?!空を飛んでおるのか、この妖怪の船が?!」
兵庫ノ助には信じられなかった。
こんな巨大なものが、軽々と宙に浮かぶという事が。
「妖怪め、どこに行くつもりなのじゃ?!」
「そんな事はわしらには構わぬ。さあ、一匹でも多く斬りにゆこうぞ!」
「うむ!」
通路を進む、十兵衛と兵庫ノ助。
妖怪の足音が聞こえる。
斬りに行こうと焦る兵庫ノ助を、十兵衛が止めた。
勝手知らぬ妖怪の船の中、様子を見てからでも遅くはない、と思ったのだ。
二人は物陰に隠れ、スモイダ星人の様子を伺った。
歩いてきたスモイダ星人は、通路の壁に手を触れた。
すると生体認証されてドアが開き、スモイダ星人は操縦室へと入った。
「あの扉、どういう仕掛けじゃ・・・?」と兵庫ノ助。
「妖怪が扉に手を触れれば、開いた。妖怪の手があれば開く」
話していると扉が開き、今度は反対にスモイダ星人の方が出てきた。
出た所で扉は閉まり、人間が侵入してきているのに気づかないスモイダ星人は、そのまま通路を歩いて行った。
十兵衛と兵庫ノ助は背後から斬るつもりでスモイダ星人に気づかれぬよう、足音を立てずに忍び寄った。
だが聴力が人間の数倍するスモイダ星人は、ほんのわずかな足音も聞き逃さなかった。
咄嗟に振り向いて、兵庫ノ助に、飛びかかってきた。
兵庫ノ助とスモイダ星人は、至近距離で殴り合いの決闘を始めた。
十兵衛は必死になって、引き離そうとする。
ついに引き離されたスモイダ星人は、今度は十兵衛に遅いかかってきた。
十兵衛は飛びかかられる前に、スモイダ星人を斬った。
床に倒れたスモイダ星人の腹を刺して、最期のトドメをさした。
「危なかったぜ・・・」
スモイダ星人と格闘した兵庫ノ助は動揺している。
もう死んでいるスモイダ星人の腕を斬り落とすと、十兵衛はその腕を持った。
「行くぞ。この腕さえあれば扉が開く」
十兵衛はさっきスモイダ星人が扉から出てきた位置で、立ち止まった。
その位置で、さっき斬ったスモイダ星人の手を当てた。
すると扉は生体認証されて自動で開き、操縦室の中が見えた。
操縦室へズカズカと乗り込む、十兵衛と兵庫ノ助。
二人はこの室内が操縦室である事を、知らない。
突然人間たちが操縦室に乱入してきたのに、スモイダ星人は驚いた。
「くたばれ、妖怪!」
兵庫ノ助は恨みを込めて、スモイダ星人を斬っていった。
十兵衛も加勢し、操縦室にいたスモイダ星人は全員斬り殺した。
操縦室に、緑色の血が飛び散った。
「やったな・・・」
二人は満面の笑みを浮かべたが、操縦室の全員を斬ってしまったので誰も円盤を操縦する者がいない。
円盤は徐々に失速し、大揺れした。
激しい揺れに、十兵衛も兵庫ノ助も、何かにつかまっていなければ立っていられない状態だ。
「十兵衛!どうなったのじゃぁぁぁ~?!」
「これはわしの勘じゃが、もしやここで妖怪の船を操っていたのかも知れん!」
「何い!?ではそれでは舵を切る者がいなくなったと言う事か!?」
「そうに違いない!この船、沈むぞ!」
「たわけ、宙を飛んでおるのに沈没か?!」
「衝撃に備えろ、兵庫ノ助!」
「お主もしっかりと、つかまっとれ~!」
そのまま地面に落ちていく円盤には、凄まじい重力加速度が加わった。
中にいる十兵衛と兵庫ノ助は失神し、床に倒れた。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
「あっ」
上空を眺めていた又十郎は、声を出した。
円盤が地上に向かって、落ちてきたのを見た千代姫は度肝を抜かれた。
「何をしておる?!逃げるのじゃ!」
千代姫に腕を引っ張られ、我に返った又十郎は走った。
あんな巨大な妖怪の船が軽々と浮かんで大空の彼方に消えていったかと思ったのも束の間、今度は落下してきた。
早く逃げなければ、押し潰され、ペシャンコになってしまうだろう。
走っても円盤が大き過ぎて、間に合わない。
又十郎は乗ってきた馬まで、全速力で走った。
そして馬に股がると、まだ後ろで走っている途中の姫まで引き替えした。
「姫、さあ早く!」
又十郎は姫の腕をつかむと、馬上に引っ張り上げた。
「すまぬ、又十郎!」
「しっかり、つかまっていて下さい!」
千代姫は後ろに乗り、又十郎の腰をしっかりつかんだ。
又十郎は馬を駆け、何とか円盤の下敷きにならない場所まで脱出した。
馬を止め、後ろを振り返る又十郎と千代姫。
落ちる円盤は、斜めから地上へ突っ込んだ。
地面が揺れ、馬は倒れまいと、前後左右に体を揺らした。
辺りは円盤が地面に突っ込んだ衝撃で、砂塵が舞い、状況が視認出来ない。
又十郎と千代姫は馬から降りて、落下した円盤に近づいた。
ようやく砂塵が収まり、前方には半分が地面に埋もれた円盤が姿を現した。
斜め30℃のまま、円盤は半分を地面に埋めて立っている。
千代姫と又十郎には、こんな状態の中にいる十兵衛と兵庫ノ助が生きている、とは到底考えられなかった。
「十兵衛兄ぃ~!?」
又十郎は絶望感と共に、叫んだ。
― ― ― ― ― ― ― ― ― ―
十兵衛は肩に激痛を感じ、目を覚ました。
見ると肩には鋭く尖った破片が、刺さっているではないか。
生暖かい血が肩から、ドクドクと流れている。
十兵衛は渾身の力を込め、刺さっている破片を引き抜いた。
激痛だが、ここでじっとしている分けにもいかない。
十兵衛は気力を振り絞って立ち上がり、甥の兵庫ノ助を探した。
辺りには何もかもが倒れ、足の踏み場がない。
「どこだ、兵庫ノ助?!聞こえたら返事をしろ!」
十兵衛は床に倒れている機械類を持ち上げ、兵庫ノ助を捜索した。
「わしの声が聞こえるか~?!」
片っ端から大型の機械類を持ち上げていた十兵衛は、気絶している兵庫ノ助を見つけた。
「兵庫ノ助?!」
兵庫ノ助は転倒した機械に、下半身を押し潰されていた。
「聞こえるか、兵庫ノ助?!」
「十兵衛か・・・」
兵庫ノ助は、目を覚ました。
「片足が・・・、骨折したらしい・・・」
「今、助けてやるからな!」
十兵衛はタンスぐらいの大きさの機械を持つと、ありったけの力を出し、持ち上げた。
「早く、這い出ろ~!」
十兵衛が持ち上げている隙に、兵庫ノ助は何とか這い出す事に、成功した。
兵庫ノ助が無事に這い出た事を確認すると、十兵衛は手を離した。
ドスン!とタンス並みの機械が、床に落ちる。
操縦室のあちこちから火花が散り、危険な状態になっていた。
十兵衛は兵庫ノ助の脇に手を回すと、引っ張って操縦室から脱出した。
落ちた衝撃で電気系統が故障し、全ての扉が開いているのだ。
「わしはもう歩けん・・・、わしを置いて逃げろ・・・」
「何を言う、兵庫ノ助。弱音を吐くな、貴様らしくもない」
「どの道、動けぬ。十兵衛、わしはここにいる。妖怪退治はお主に任せるぞ・・・」
「よし、分かった。お主はここにおるがいい。わしはこの船にいる妖怪を、一匹残らず斬って参る!」
十兵衛は兵庫ノ助を一人残したまま、妖怪を倒しに向かった。
暗くなった円盤内を進めども、一向に妖怪に出くわさぬとはどういう事だ?
十兵衛の顔に、焦りが生じてきた。
適当に歩くうちに、広い室内に入った。
十兵衛が入ったのは、生体実験室だった。
この室内で、捕らえてきた人間の体を使って、悪魔の所業がなされていたのだ。
電源の落ちた室内は薄暗く、ハッキリとは見えない。
非常電源からの光だけが、室内を照らしている。
その中には、無数の人体を入れた液体の容器があった。
どの液体の人体も、奇形である。
顔が半分に割れていたり、動物と合体した人間も入っていた。
十兵衛は好奇心から、容器の奇形人間を見入った。
頭は馬だが、首から下が人間。
食中植物との合成人間。
その他、クモ男、コウモリ男・・・。
数え上げたらキリがない。
静かに進む十兵衛には、誰かが名を呼んでいるのに気づいた。
「十兵衛・・・、十兵衛・・・」
聞き覚えのある声だ。
親父の声に違いない。
しかし、ここは得体の知れない妖怪の船の中だ。
油断出来ない。
「兄上・・・、再会出来たのは嬉しゅうございますぞ・・・」
確かに弟の左門の声だ。
てっきり妖怪に殺されたのかと思っていたが、無事に生きていたのか?
十兵衛は奇怪な声の持ち主が、前方にいるのが分かった。
暗くて気づかなかったが、前方には手術台があるのが見えた。
その手術台に寝ていた人物が、ゆっくり起き上がり、こっちに近づいてきた。
暗いので、まだ誰かは分からない。
「何者じゃ、名を名乗れ!」
近づくごとに、そいつの全貌が明らかになっていく。
ついにハッキリと見えた時、十兵衛は我が目を疑った。
衣服は着ていないが体の左半分は弟の左門、もう右片方は親父の柳生但馬守だったのだ。
全身の筋肉が発達し、筋骨隆々とした体つきに変わっていた。
「おお、十兵衛・・・さすがは我が息子・・・、ついにここまで辿り着いたか・・・」
「兄上、その目は妖怪にやられたのですね・・・」
柳生但馬守と左門が、一つの口で代わる代わるしゃべった。
「妖怪め、断じて許さん・・・」
もはや死んだと思っていた左門と親父と再会出来たのは嬉しいが、身の毛もよだつ怪物に変形されていようとは。
「何じゃ、十兵衛。
まるで化け物でも見るかのような目付きは?
わしはお前の父親じゃ、もっと敬意を示せ」
「兄上、私はあなたの弟なのですよ、化け物ではありません」
どんどん、親父と弟との合体生物は近づいてくる。
十兵衛が鞘から、刀を抜いた。
「寄るな、化け物!貴様らはもう人間ではない!」
有無を言わさず、十兵衛は斬りかかった。
しかし合体生物はひらりと宙を飛び、天井にしがみついた。
「ワグォォォ~!」
天井から十兵衛を見下ろし、怪物は吠えた。
「化け物め、降りてこい」
信じられない身のこなしに、十兵衛は焦りを生じた。
合体生物は天井を、虫のように身軽に這っている。
「兄上、我々は妖怪どもに捕まり、改造されましたが、このように代わりに強大な力を得たのです。
兄上も、この素晴らしい力を共有しようではありませんか」
「わしらは化け物ではない。人間以上の存在になったのだ。
居心地は悪くないぞ」
怪物は天井から、十兵衛に誘いをかけた。
「笑わせるな。俺もお前らと同じ、怪物になれと言うのか」
「なら、断ると申すか」
「無論だ」
「では兄上、死んでもらいます」
天井を這っていた化け物は、床に降り立った。
十兵衛が斬ろうとしても、動きが素早くとても斬れるものではない。
今度は化け物は逃げるのではなく、攻撃を仕掛けてきた。
フッと消えたかと思うと、いつの間にか目の前に立ち、ぶん殴ってきた。
意識が朦朧とし、十兵衛は刀を落とした。
前後不覚になってよろける十兵衛の顔を、再度怪物が殴る。
人間以上の力で殴られた十兵衛は、壁までぶっ飛んだ。
よろめきながら立ち上がった十兵衛の前に化け物が立ちふさがり、首をつかんできた。
ものすごい力で首を絞められ、十兵衛の足は宙に浮いた。
「断るなら本当に殺すぞ、十兵衛」
「私に兄上を殺させないで下さい」
最期の勧誘だが、十兵衛は仲間になるつもりはない。
「化け物になるなら、死んだ方がマシじゃ。早うくびり殺すがいい」
「では、死ぬがいい」
十兵衛の首を絞めていた化け物は、腕に力が入らないのに気づいた。
十兵衛もさっきまで首を絞めらていた力が弱まり、息が出来た。
「どうなっておる・・・?」
焦る化け物。
「親父殿、やはり兄上は殺せません・・・」
体の半分の左門が、十兵衛を殺すのをためらっていたのだ。
「左門、どうやら貴様にはまだ人間の心が、少しは残っていたようだな・・・」
十兵衛は足で怪物の体を蹴り、床に倒れて絞殺から逃れた。
柳生但馬守の体半分が、十兵衛を追いかけてきた。
「逃がすか!」
「そこまで堕ちたか、親父殿!」
左門が嫌がっているらしく、先ほどのような目にも止まらぬ動きではない。
やるなら、今だ。
十兵衛は刀を拾うと、怪物の体中心をめがけて突き刺した。
「ワグォォ~!」
化け物は耳をつんざくような悲鳴を上げると、倒れた。
ピクピクと痙攣している化け物を、十兵衛は見下ろした。
「兄上、殺してくれ・・・」
左門が最期の願いを、十兵衛に託してきた。
「ご免!」
十兵衛は刀を振り下ろし、化け物の首を斬り落とした。
床に柳生但馬守と左門の半分づつの首がコロコロと、転がった。
「親父殿、左門・・・許せ・・・」
唯一残った片眼から、涙がこぼれ落ちた。
怪物と化した親父と弟を斬らねばならないとは、何と言う皮肉な結果だろうか。
十兵衛は実験室から、煙が出ているのに気づいた。
何かの拍子に、火花が引火したのだ。
火はどんどん、燃え広がっていく。
すぐに兵庫ノ助を連れて逃げねば、ここは危険だ。
戻ろうとする十兵衛の背後から、何者かが床に飛び降りた音が聞こえた。
そいつは、妖怪しか考えられない。
振り向いた十兵衛は、驚愕した。
後ろにいたのは確かに妖怪だが、普通の妖怪の倍も身長があり、
腕が二本ではなく、四本あったのだ。
巨大な妖怪だった。
「どうやら、お前が妖怪の親玉らしいな」
鞘から刀を抜いた十兵衛は、スモイダ星人の頭領と戦う覚悟を決めた。
スモイダ星人の親玉も、手に光線剣を四つ持ち、身構えた。
なかなか襲ってこない妖怪の親玉に、十兵衛も焦りを生じた。
一歩踏み込み、妖怪の親玉が襲ってきた。
応戦する十兵衛。
四本の光線剣と、一本の刀では十兵衛が遥かに不利だ。
次第に後退していき、追い詰められていく十兵衛。
スモイダ星人の光線剣が、右腕をかすった。
「ウグッ」
十兵衛は痛みで、刀を落とした。
壁際まで後退した十兵衛は、もう逃げ場はなく、絶体絶命の状態になってしまった。
刀が無ければ、この先勝ち目はない。
「無念!」
死ぬ覚悟を決めた十兵衛は、スモイダ星人の親玉に、何か異変が起きている事に気づいた。
襲うのに躊躇しているのかと思ったが、実はスモイダ星人の背後では甥の兵庫ノ助が、刀でざっくりと斬っていたのだ。
背中には裂け目が出来て、緑色の血が床に広がった。
「ワグォォ~!」
スモイダ星人の親玉は、痛みで甲高い悲鳴を上げた。
「よくやったぞ、兵庫ノ助!」
兵庫ノ助がいなければ、今頃死んでいた。
重傷なのに助けてくれた兵庫ノ助に、十兵衛は感謝した。
「十兵衛、受け取れ!」
兵庫ノ助が投げた刀を、十兵衛はうまくつかんだ。
怒ったスモイダ星人は後ろを振り返り、四本の刀で兵庫ノ助を串刺しにした。
「あがうげえっ!!」
兵庫ノ助は口から血を吐き、串刺しにされたまま、天井近くまで持ち上げられた。
「兵庫ノ助?!」
持ち上げられている兵庫ノ助は、何かを言いたいように十兵衛に顔を向けると、絶命した。
まるで、後は任せた、かと言ったかのように。
スモイダ星人の親玉は、四つの腕で、持ち上げていた兵庫ノ助の体を壁際に放り投げた。
人形のように、兵庫ノ助の体が床に無造作に転がった。
「許せん~、外道の妖怪め~!」
十兵衛は怒りに震えながら、刀を構えた。
今度こそ、手放すものか。
刀を手にした十兵衛は水を得た魚のごとく、スモイダ星人の四つの腕を斬り落としていった。
床に落ちた腕はまだ死んでおらず、そこら中を跳びはねまくっている。
三つの腕を、斬り落とすと、残るは一本の腕だけである。
一本の腕なら、勝てる。
踏み込んだ十兵衛と、スモイダ星人の親玉との激しいつばぜり合いが始まった。
しかし力では、巨体のスモイダ星人の親玉の方が上だ。
押し返された十兵衛は、床を滑って転がった。
起きようとした十兵衛は、刀をつかんでいる右腕をスモイダ星人の親玉に、踏みつけられた。
「うがっ!」
痛みで叫ぶ十兵衛の右腕は折れてしまった。
もうこれで、刀で妖怪を斬る事は出来なくなってしまった。
スモイダ星人の親玉は、残る一本の腕で、十兵衛を斬ろうと光線剣を振り上げた。
妖怪にやられて死ぬのか。
踏まれている右腕に激痛が走り、十兵衛は顔を歪めた。
天井を見ると、壊れた機械が今にも落ちそうになっていた。
その機械は大型で、もし下に落下すればスモイダ星人を下敷きにしてしまうだろう。
意識が遠のいていく中、十兵衛は刺し殺そうとするスモイダ星人の親玉が、大型の機械が落下して直撃したのを見た。
その拍子に、十兵衛の腕を踏みつけていたスモイダ星人の足が離れた。
ドスン!という鈍い音と共にスモイダ星人の親玉は機械の下敷きになった。
十兵衛は生きるために、気力を振り絞り立ち上がった。
近づき過ぎた十兵衛は、倒れているスモイダ星人の親玉を見た。
下半身は大型の機械に、押し潰されている。
虫の息、と言った感じだ。
「なんて汚いつらだ」
十兵衛は間近で、スモイダ星人の顔を見た。
そのスモイダ星人の親玉は、腕に取り付けてあるコントロールパネルを開いた。
これで円盤を、遠隔操作出来るのだ。
十兵衛には、スモイダ星人が何をしているか、さっぱり分からない。
スモイダ星人が何かの操作をすると、ディスプレイに意味不明な文字のような字が浮かんだ。
もはやこれまでと諦めたスモイダ星人は、円盤の自爆スイッチのタイマーを押したのだ。
象形文字のような字が、カウントダウンされていく。
「フォっホッホッ」
なぜか分からないが、妖怪が笑っているらしい。
まるで、勝ったとでも言わんばかりに。
不気味な笑い声は、十兵衛には「危険」の二文字にしかとらえる事が出来なかった。
何か、妖怪の悪だくみが始まろうとしている。
心の胸騒ぎが、十兵衛に逃げろ、と催促した。
こうしてはいられない。
十兵衛は空飛ぶ妖怪の円盤から逃げようと、元きた通路を引き返した。
_ _ _ _ _ _ _ _ _
空を飛ぶ妖怪の、舟の様子がおかしい。
轟音と共に、あちこちから煙が吹き出し、亀裂がはいっている。
「姫!」
又十郎は円盤を指差した。
指差した方向を見ると、開いている扉から、誰かが姿を見せたのだ。
その誰かとは、柳生十兵衛である。
「十兵衛兄ぃ!」
又十郎が叫ぶ。
扉から、十兵衛がヨロヨロと出てきた。
「逃げろぉ~!」
出血している肩を押さえている十兵衛は、恐ろしい形相で叫んだ。
爆発しようとする妖怪の船から、少しでも姫と弟を遠ざけねばならない。
又十郎と千代姫は、分けが分からぬまま、言われた通り円盤から遠ざかった。
十兵衛も、満身創痍のまま走った。
急がなければ。
あの妖怪の船は、きっと爆発炎上する。
背後で十兵衛の予想通り、円盤は大爆発した。
凄まじい爆風に、十兵衛の体は押し上げられ、宙を飛んだ。
「おわあぁぁぁぁ~!」
初めて宙を飛ぶ感覚を味わった十兵衛は、死を覚悟した。
十兵衛は爆風によって、先を走る又十郎と千代姫よりも前に飛ばされてしまった。
地面に落ちた十兵衛はゴロゴロと転がり、大木にぶつかってとまった。
ぶつかった衝撃で、十兵衛は気絶してしまった。
「十兵衛!?」
「兄上!」
千代姫と又十郎は、気絶した十兵衛を介抱した。
後ろを見ると、妖怪の船は跡形もなく炎上していた。
いつも、十兵衛の読みは正しい。
「十兵衛、しっかりするのじゃ!」
十兵衛の頭を膝枕にしてやっている千代姫は、がなり声を立てた。
その脇で、又十郎が不安げにのぞきこむ。
十兵衛の唯一残った片眼が開いた。
千代姫に膝枕にされたまま、十兵衛は円盤が炎上しているのを見た。
「妖怪に勝ったのか・・・?」
意識を取り戻した十兵衛に、千代姫と又十郎に笑顔が戻った。
「これも全て、兄上のご尽力の賜物にございます!」
「一番の功労者はそなたぞよ、柳生十兵衛・・・」
_ _ _ _ _ _ _ _
妖怪全滅!との吉報は、またたく間に江戸から全国に広がった。
全国のお触書に、江戸を妖怪から奪還したと書かれたのだ。
妖怪を撃滅いたせし、との報は駿府にも伝わり日本中がお祭り騒ぎになった。
早速駿府から、使者として松平信綱が様子を見に江戸に参った。
荒廃した江戸の街を見て落胆した松平信綱は、江戸柳生邸に到着した。
奥の座敷に通された松平信綱は、そこで十兵衛、茜、又十郎に状況を説明された。
松平信綱の気がかりなのは一点、千代姫の安否である。
「すると、姫は・・・」
「はい。姫は妖怪どもの魔手にかかり、みまかられました」
布団に寝たままの茜は、涙を流して当時の状況を答えた。
「そうか・・・、残念じゃ」
あれほど生きていてくれと、毎日願っていたものを。
「見事な最期だったそうですぞ、松平殿・・・」
十兵衛も残った片眼から涙を流し、千代姫の死を悼んだ。
その座敷の奥の押し入れの中では、生きている千代姫が隠れ、
老中・松平が悲しんでいる嗚咽を聞いて、ほくそ笑んだ。
これからは、自由に生きられるのだ。
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駿府城。
天守閣には朝日が差し込み、徳川家綱はまぶしさに、目を細めた。
富士山が朝日で、赤く染まったように見える。
駿府に越して来てからというもの、徳川家綱には赤色の富士を毎朝見るたびに心が安らぎ、しばしの間妖怪の行状を忘れる事が出来た。
江戸からは老中・松平信綱が戻り、無事に妖怪どもを撃滅したとの朗報を聞いた。
「そうか、ついに妖怪どもを殲滅出来たのか・・・」
肩の荷か降りた家綱は、立ち上がった。
「ですが、千代姫様は妖怪と戦って、討ち死にとの悲報が・・・」
千代姫を想うと、松平信綱は落涙し、涙を拭いた。
「それがどうした?あんな小娘が死のうが生きようが、余には関係あるまいぞ」
娘が死んだというのに、何の動揺もない。
松平信綱は徳川家綱の余りの非情さに、腹が立った。
「これから、江戸の再建が始まるのじゃな・・・」
家綱は朝焼けの富士を眺めながら、固く心に誓った。
焼け野原となった江戸を復興させるのは、並大抵の事ではない。
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「な~んも無くなってしまったねえ・・・」
お藤とお喜乃木は、両国に戻っていた。
どちらの家も跡形もなく燃えてしまい、骨組みだけが残っている状況である。
どの家屋も、無惨な焼け跡をさらしていた。
両国は、見渡す限り地平線が見える程になっていた。
「これからどうすんのさ、お喜乃さん?」
お藤が聞いたが、お喜乃木は途方に暮れて、地面にしゃがみこんだ。
「もう全て終わってしまった・・・、夫も直助も全員死んでしまった・・・」
「元気出しなよ、お喜乃さん・・・」
お喜乃の肩に手を置く、お藤。
「まだ終わった分けではないぞ、お喜乃!」
聞き覚えのある声が聞こえると、お喜乃の顔に笑顔が戻った。
お喜乃が振り向くと、背後には夫の新右衛門が立っていたのだ。
お喜乃は新右衛門に抱きつき、新右衛門もまた、妻を抱きしめてやった。
夫となら、これから先困難があっても生きていけれる。
お喜乃は暗闇に、光明が見えた気がした。
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江戸・柳生邸。
旅に出掛けようとする十兵衛は、しゃがんで草鞋の紐をきつく結び直した。
その十兵衛を見送りに、又十郎と茜が門まできている。
茜の片腕は切り落とされ、腕は一本だけになってしまっていた。
これから別れる妹を見て、十兵衛は憐れんだ。
「達者でな、茜」
「兄上こそ、私の事は一切心配いりません」
茜が下がると、次は又十郎が近づいた。
「これから十兵衛兄ぃは、どうされるのです?」
「俺は親父と違って、宮仕えはどうも性分に合わん。
また武者修行と称して、諸国をほっつき歩くさ」
「十兵衛、わらわを忘れて行く気かえ?」
そこには旅衣装に身を変えた、千代姫がいた。
「姫様?!」
又十郎と茜は、あまりの千代姫の変わり身ぶりに驚いた。
「こら、もう私は姫ではない。一介の庶民なのじゃ」
「では、千代姫。行きましょうぞ」
「十兵衛、もはや姫ではないと、何度申させるのじゃ。
これからは、お千代と呼ぶがいい」
茜、又十郎は二人が仲良く出立するのを見送った。
これから先、どんな苦労があっても、あの二人ならやっていける。
茜、又十郎はそう信じて疑わなかった。 〈完〉




