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江戸戦場  作者: かわむら
4/9

侵略開始

その日は平凡な朝のはずだった。

しかし、江戸の町には、怪異が訪れていたのだ。

江戸八百八町の町人は、朝外に出ると空にとんでもない物が浮かんでいるのを発見した。

それは天を覆い尽くす程の大きさの、巨大な円盤だった。

「何じゃ、あれは~?」

外にいる住民は皆、空を見上げ、仰天した。

その巨大な円盤の下だけが影になり、薄暗くなっているのだ。

皆がポカンと宙を見つめていると、何の前触れもなく、巨大円盤が動き出した。

ゆっくりだが、前に進んでいるのだ。

「おい、動いているぞ!」

円盤は本所・深川から移動し、江戸城目指して進んだ。

   ― ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸城、二の丸庭園。

十兵衛との約束通り、千代姫は野点と琴の演奏会を催した。

千代姫を筆頭に、腰元の女も琴を弾かせての大演奏会である。

琴など触りたくなかったが、愛する十兵衛のために弾くのなら、話が違う。

千代姫は演奏している途中、チラッと十兵衛の方を見た。

十兵衛は座して、何か絵を描いているようだった。

演奏が終わると、次はお茶会である。

真っ赤な野点傘の下、十兵衛は千代姫の煎れた茶を、うまそうに頂いた。

「どうじゃ、十兵衛、わらわの煎れた茶は?」

「姫のお手前、いやはやこの十兵衛、感服つかまつりました」

「何を熱心に描いておったのじゃ、十兵衛?」

千代姫は先程の十兵衛が描いていた絵を見た。

てっきり付近の日本庭園の風景を、模写しているのかと思った。

しかし、絵に描かれていたのは、風景画などではなかった。

それはゾッとするような、妖怪の画が描かれていたのである。

「ひっ!」

恐ろしさに、千代姫は顔をのけ反った。

十兵衛は倒れようとする千代姫の体を支えた。

「十兵衛、そちはこの世に妖怪などと言う物が存在すると思うか?」

十兵衛に体を支えられたまま、千代姫は聞いた。

「そんな物はございませぬ。そもそも妖怪など、人間の心の弱さが生み出した空想の産物に過ぎませぬ」

「ほう、断言するのか?」

「はい。怖い怖いと思っておりますれば、木の枝も動いて襲ってくるように見えるものです」

千代姫の飼っている犬・雷音丸(らいおんまる)がいきなり、ワンワン!と吠え始めた。

「どうしたのじゃ、雷音丸?」

千代姫は走る雷音丸を、追いかけた。

急にカンカン照りの空が、薄暗くなってしまった。

顔を上げた千代姫は、目を見開いた。

雲が太陽の光を遮ったのかと思ったが違う。

とてつもない程の大きな物体が、上空に鎮座していたのだ。

千代姫は驚愕の眼差しで、上空の巨大円盤を見た。 

「十兵衛、十兵衛!」

千代姫は走って、十兵衛に近づいた。

「どうなされたのです?」

「上を見てみい!」

千代姫に言われるまま、十兵衛は空を見上げた。

空を覆い尽くすかと思う程の、飛行物体が飛んでいるではないか。

「十兵衛、あれは何なのじゃ?」

「皆目見当がつきませぬ・・・」

雷音丸が円盤に向かって、威勢よく吠えまくった。

たちまち、江戸城ではてんやわんやの大騒ぎである。

江戸城の真上まで飛来したのは束の間で、またもや未確認の飛行物体は動いていった。

全員が呆気に取られて、移動する巨大円盤を見上げている。

ついに、巨大円盤は江戸城から去って行ってしまった。

雲の彼方に消えると、千代姫は我に返った。

「十兵衛、あれは妖怪の乗り物なのか・・・?」

「決して妖怪ではありませぬ・・・」

    ― ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸中が、パニックになった。

この驚天動地の事件は、すぐに江戸城幕府内部に知れ渡る事になった。

江戸城大広間、通称『詮議の間』・・・。

ここでは緊急に、対策のための評定が開かれる事になった。

徳川家綱以下、幕府要職の人物たちが、一同に召喚された。

たちまち、大広間では侃々諤々(かんかんがくがく)の論議になっている。

「あれを何だと思う?皆の忌憚(きたん)なき意見を聞きたい」

徳川家綱が言うと老中の一人、阿倍忠秋が口を開いた。

「さよう、あれは妖怪の乗る船にございます」

皆が笑った。

「バカバカしい。妖怪など、おるものか。あれは正に異国人の乗った船にござる」

筆頭老中・松平信綱が言う。

「船だと?船とは海を走行するものぞ。あれは空を飛んでおるではないか」

大老・酒井忠勝が言う。

「それこそ、異国人が極秘裏の開発した空飛ぶ船でございます」

松平信綱が言い返す。

「ご同意にござる」

「それがしも」

皆が口々に、松平信綱の意見に賛同した。

「ふむ、宙に浮かぶ異国人の開発した船、という見立てに相違あるまい。しかしなぜ、異国人が日本国内部に断りなく侵入したのであろうかな?」

家綱も右腕と呼べる松平信綱の意見に賛同だ。

「知れた事にございます。日本人を奴隷にし、日本国を植民地にするため」

大目付・柳生但馬守宗矩が言った。

将軍家剣法指南役であり、また柳生十兵衛の父である。

「誰ぞどこの異国の船が分かる者はいないか?」

家綱が問うたが、誰も知る(よし)もない。

「上様に進言いたしまする。エゲレスだかメリケンだか知りませぬが、勝手に日本国領土内に入りましたからには、放ってはおけぬ一大事。速やかに引き取らせるか、さもなくばその国と合戦となります事に相なりましょうや」

大老・酒井忠勝が言う。

「無論、合戦は最終手段じゃ」

家綱は、深く考え込んだ。

「ところで、あの異国船、どこに消えたのじゃ?」

松平信綱が問うた。

「はっ、あの空飛ぶ船は雑司が谷の荒れ地まで飛行し、そこに着地したとの報告が入っております」

若年寄りの一人が答えた。

今まで飛行していた船が着地したとの報を受けて、皆がどよめきたった。

「船が地面に降りたという事は、いよいよ侵略が開始されるのか

?」

家綱がつぶやいたが、誰も答えられる者はいない。

「仮にそうであっても、指をくわえて見てる分けにはいきませぬ。我々が先手を打ち、異国人の侵略が始まる前に日本国から追い出すのです」

柳生但馬守の自信たっぷりな顔に、家綱はこの男に、任せておけば万事間違いなし、と感じた。

「のう、但馬よ・・」

「はっ」

「そなたが指揮し、異国の野蛮人どもの船へ出張(でば)ってもらえぬか?万一に備え、合戦の用意はしておけ」

家綱はこの大事変の解決のための専任を、柳生但馬守に任せたようだ。

戦術にかけては長けており、家臣の中では一目置く存在なのである。

「はっ、それがしにお任せ下されい!」

    ― ― ― ― ― ― ― ― ―

翌日。

百人程の柳生但馬守率いる異国人討伐隊は、雑司が谷に陣取る円盤のすぐそばまでやってきた。

先頭の者たちは鎧や甲冑に身を包み、刀や槍を持ち、いつでも応戦出来る大勢だ。

柳生但馬守は次男である左門と、三男である又十郎をお供に連れて行った。

草原にはスモイダ星人の乗る円盤が、デンと居座っている。

「何という大きさじゃ・・・」

次男の左門がつぶやいた。

誰もが圧倒されるだけのスケールだからである。

「私語するな」

柳生但馬守は次男に叱咤した。

皆が円盤から少し離れた場所に馬を止め、応戦態勢に入っている。

柳生但馬守は深呼吸すると、未知との相手との対話の腹をくくった。

「手前は第四代征夷大将軍、徳川家綱公に仕え申す柳生但馬守宗矩と申~す!」

柳生但馬守が威勢よく、馬上から名乗りを挙げた。

「同じく柳生左門友矩と申~す!」

「柳生又十郎宗冬と申~す!」

「お手前方の日本国領土内無断立ち入りにおいて甚だしく迷惑なれば、先の四代将軍家綱公直々に立ち除かせよとのご命令つかまつった!誰ぞ、出て参られーい!

そちらの頭領と合いまみえ、一対一の話し合いがしたい!

早々に立ち去らねば是非もなし!この柳生但馬守、貴国と決戦も辞さぬ覚悟であーる!」

通訳の与力たちが、但馬守の口上をそれぞれ英語、ポルトガル語、オランダ語に通訳して喋った。

静まり返っている円盤からは、何の返答もない。

「ひょっとしたら、誰も乗っていないのでは・・・」

弟の又十郎が言う。

「そんな事があってたまるか。必ず中に人がおる」

兄の左門が言った。

円盤には、どこにも出入口らしき物は見当たらない。

固唾を飲んで見守る中、当然扉らしき物が開いた。

扉がスライドして完全に開き終わると、中から階段状のステップが地面へと降りてきた。

その階段を、異常な足が降りてきた。

その足とは、人間の足ではない。

円盤の中から現れたのは異国人などではなく、スモイダ星人だったのだ。

人間と同じ両手両足に胴体があるが、

衣服を着ておらず全身がシワだらけのピンク色である。

目は犬の様に真っ黒、口は耳まで裂け、猛獣のごとき鋭い歯が並んでいる。

「バカな、あれは異国人などではない!あれは鬼じゃ!」

柳生但馬守宗矩は叫んだ。

スモイダ星人は一匹だけでなく、大量に円盤の外に出てきた。

手には銀色に輝く光線銃を持っている。

「あれは何じゃ?」

皆はスモイダ星人の持っている細長い物が、銃だと気づく由もない。

数十人のスモイダ星人は、光線銃を人間に向けて発射した。

銃身からはオレンジ色の光線が発射され、その光線は曲がりくねりながら、こっちへ飛んできた。

「退却ー!」

柳生但馬守は馬上から叫んだ。

光線に当たった物は、全身が一瞬にして焼けただれ、骸骨だけになって死んだ。

草原にはおびただしい程の数の焼け焦げた骸骨死体で、すぐに一杯になった。

柳生左門は馬で逃げる途中、隣の家臣の者に光線が当たり、骸骨死体になったのを見て身震いした。

今は逃げるしか、手立てがない。

光線ビームは人間だけでなく、地面や周りの木々をも焼き尽くした。

草原は炎上し、逃げる場所も少なくなった。

何人かは爆発で、吹き飛ばされている。

慌てふためいて逃げる左門と又十郎は馬から落ちてしまった。

主人らを残し、馬だけが駆けて逃げて行った。

「こら、待て!」

又十郎が追いかけたが、馬の方が速い。

百人ほどいた軍勢は、半分ぐらいに減ってしまっていた。

地面に倒れている二人は、スモイダ星人が続々と円盤から出てきたのを見た。

「ひいいい!」

どんどんスモイダ星人との距離は、縮まるばかりだ。

「兄上、逃げよう!」

「腰が抜けて動けんのじゃ~!」

又十郎は立ち上がれないでいる左門の両手をつかむと、後ろ足で逃げ、スモイダ星人から遠ざかった。

周りを見ると、生き残った者はごくわずかになっていた。

何て事だ、妖怪相手にブザマさらすなんて。

情けないが、妖怪の方が優勢だ。

「兄上、このままでは二人共死にます!立ち上がるんです!」

「わしには出来ん~!」

「死にたいのですか!?」

又十郎は迫っているスモイダ星人を見た。

このままでは、追いつかれて殺される。

こんな所で、死んでたまるか。

又十郎に引きづられていた左門は、勇気を奮発し、立ち上がった。

「さあ、早く!」

左門は又十郎と共に、走った。

又十郎は逃げる先から、親父の柳生但馬守が馬を駆け、こっちへ

引き返してきたのを見た。

「バカ者たちめ!柳生の名を汚しおって!」

「親父殿こそ!一番最初に逃げたのは、親父殿ではありませぬか!」

怒る又十郎。

「早く乗れ!」

柳生但馬守は息子二人を、馬の後部に乗せた。

「はいやっ!」

馬を駆けたが、三人乗りでは速度は遅い。

だが走って逃げるよりかは、速かった。

「親父殿!これからどうするのです!?」

後ろから、左門が聞いた。

「対策の立て直しじゃ!妖怪が乗っておるとは想像すらせなんだ!」

逃げる討伐隊の数は、わずか30人になっていた。

   ― ― ― ― ― ― ― ― ―

スモイダ星人の侵略が開始された。

侵略するための乗り物は、地面から反重力で浮かぶ鉄の板である。

地面に浮かぶ銀色の鉄の板は、草原に何十台も並んだ。

その鉄製の板に、スモイダ星人が数十人乗ると、操縦する者もいないのに勝手に進んだ。

江戸の町を目指し、猛スピードで進んで行った。

   ― ― ― ― ― ― ― ― 

江戸・八丁堀。

円盤騒ぎが収まり、庶民は普段の生活に戻ろうとしていた。

その最中、スモイダ星人の大軍団が到着した。

生まれて初めてスモイダ星人を見た江戸庶民は、我が目を疑った。

真っ昼間から妖怪が大挙して、襲ってきたと思ったからだ。

一匹だけでなく、数えられないぐらいの軍勢である。

「妖怪じゃあ~!」

皆がどう対応してよいか分からず、逃げようとした。

妖怪が地面から浮かぶ鉄の板に、大勢乗っている。

スモイダ星人たちは鉄の板から降りると、手に持っている銀色の銃を派手にブッ放した。

放たれた光線は、家屋や通行人を、ことごとく破壊した。

人に当たれば焼け焦げた骸骨死体になり、家屋に当たれば爆発炎上する。

道には足の踏み場がない程、焼け焦げた死体が転がった。

スモイダ星人の殺戮に、庶民はあたふたと逃げ回るしか手立てはなかった。

瞬く間に、八丁堀は火の海になった。

もはや、火の手が回っていない家屋の方が少ない。

火は逃げる人々の衣服に燃え移り、進路をふさいだ。

数人が火に包まれ、悶え苦しんで死んだ。

また何人かは燃え移った火を消そうと、運河に飛び込んだ。

火事の騒動で、逃げる民衆は逃げ場を失った。

進もうにも戻ろうにも、火が回って動けないのである。

道には逃げれない人々で押し合いへし合いになり、八丁堀の運河へ落っこちた。

当たりは火事になり、運河に飛び込んだ方が安全になった。

右往左往している人々の前に、スモイダ星人が近づいた。

「ひえええ!」

逃げ惑う町人目掛け、スモイダ星人ほ今度は気絶させる銃をブッ放した。

その銃からの光線は、何重にも円を描き、町人に当たると気絶した。

通りには、気絶した町人の山が出来上がった。

スモイダ星人は気絶した町人を、銀色の板に乗せていく。

畳六畳分の大きさの鉄の板の端から電流が流れ、それは鉄の板を格子状に取り囲んだ。

まるで、電流の檻だ。

ひとりでに鉄の板は円盤近くの草原目指し、自動で戻って行った。

   ― ― ― ― ― ― ― ― ―

「だっ、旦那~、てえへんだ~!」

直助が血相を変えて、名取邸に押し行ってきた。

「何事じゃ、騒々しいぞ」

新右衛門とお喜乃は、朝の食事の最中だった。

「今すぐに、お逃げになってつかあさい!」

「何が起こったというのじゃ?」

「理由は後で説明しやす!とにかく一刻も早く逃げるんでさ!」

直助の言ってる事は本当らしく、塀の外からは悲鳴の飛び交う声が何度も飛び込んできてるのだ。

一人や二人の悲鳴ではない。

新右衛門とお喜乃は容易ならぬ事態が起こったと確信し、箸をお膳に置いた。

いきなり塀が大砲の玉にでも当たったかのごとく、崩れ落ちた。

崩壊した塀から、数匹のスモイダ星人が名取邸に乱入してきた。

「ひえっ!」

「鬼じゃ、あれは!」

全身が桃色のスモイダ星人を見て、お喜乃と新右衛門は鬼かと思った。

「逃げやんしょう!勝ち目はありやせん!」

直助に言われるがまま、お喜乃と新右衛門は取るものも取り合えず逃げようとした。

「あっ、待って、大事な琴が!」

お喜乃が琴を取りに戻ろうとした。

「いけやせん、奥様!琴よりも命の方が大事でございます!」

直助は戻るお喜乃を羽交い締めにして、止めさせた。

「は、放せ~!」

スモイダ星人が近づいてきた。

お喜乃と直助は、顔が青ざめた。

どんどん近寄るスモイダ星人は二人を捕獲しようと、手を伸ばした。

その手をいきなり、新右衛門が刀で斬り落とした。

手が畳に落ち、緑色の血の海が広がった。

腕を斬られて痛がるスモイダ星人は、三人を残して退散した。

「妖怪を斬ったのは初めてじゃ・・・」

人さえも斬った事がなく、呆然とする新右衛門。

万が一に備え、新右衛門は刀を鞘にしまうと、帯に差した。

「さあ、早く!逃げないと奴らがまた、襲ってきやす!」

直助は新右衛門とお喜乃をうまく誘導し、避難させた。

「こっちです!」

直助は裏口から、二人をうまく脱出させた。

お喜乃の新右衛門は周りの光景を見て、身震いした。

通りは多数のスモイダ星人が銃を放ち、人々は逃げ回っていたからだ。

三人は戦場と化した通りを、走った。

「どこへ逃げるのじゃ、直助?」と新右衛門。

「分かりません!とにかく、あの妖怪がいない場所まで逃げましょう!」

    ― ― ― ― ― ― ― ― ―


各番所、奉行所、あらゆる方面から妖怪退治の討っ手が着いた。

同心、与力、火付け盗賊改め方など、総動員である。

「妖怪の分際で、生意気な~!」

ある勇猛果敢の岡っ引きが十手を持って、スモイダ星人に突撃して行ったが、あっさり光線銃で骨だけにされた。

馬に乗っている数名の与力は、妖怪たちが銃らしき者を持っているのを見て、驚いた。

馬に乗っている中でも、火付け盗賊改め方筆頭・木村彦佐エ門は動じなかった。

「木村様!あの妖怪は捕縛しますか?」

同心が聞く。

「捕まえている余裕はない!一匹残らず、殺すのじゃ~!」

「合点です!」

同心たち一同が刀を抜いてスモイダ星人に向かって行ったが、一人残らず光線銃で骨にされた。

「この醜い怪物め!貴様らごときに・・・」

スモイダ星人の放つ光線銃が仲間の同心や与力たちを、次々に骨だけにしていくのを見た木村彦佐エ門は、小便を漏らした。

勝ち目がないと悟った木村彦佐エ門は、馬の手綱を引っ張り、逆方向に向けて逃げようとした。

逆方向も道は、スモイダ星人の軍隊で埋まっている。

その中を縫うように、木村彦佐エ門は無我夢中で馬を駆ける。

「お頭!助けて~!」

同心たちが、馬で逃げる彦佐エ門に群がってきた。

一緒に馬に乗せてもらおうと、馬に手をかけた。

「バカ者!貴様らは命ある限り妖怪と戦うのじゃ!」

木村彦佐エ門は足で、馬に乗せてもらおうとする同心をことごとく蹴飛ばした。

しかしスモイダ星人の間隙から逃げるのは、容易ではない。

スモイダ星人は、駆ける馬の手綱をつかんだ。

馬は急停止され、乗っていた彦佐エ門は落っこちた。

落ちた彦佐エ門の周りを、スモイダ星人の大群が取り囲む。

「ひええええ!命だけはお助けを!」

火付け盗賊改め方筆頭・木村彦佐エ門は完全に恐れをなし、地面に土下座して命乞いした。

「貴方がたがいくら無法をなそうが、いくら人を殺そうがご自由です!その代わり、私の命だけは助けてもらえませんか!?」

妖怪に人間の言葉が通じるのだろうか?

木村彦佐エ門の額は、汗でにじんだ。

妖怪たちは殺そうかどうか、悩んでいる様子だ。

「私を生かしておけば、必ず役に立ちます!」

必死の命乞いも空しく、木村彦佐エ門の額に光線銃の銃口が向けられた。

一分後、地面に木村彦佐エ門だった骸骨が、転がった。

焦げた骸骨は、周囲に異臭を放った。

骨だけにされた同心、与力たちの骸骨を踏み潰し、スモイダ星人は進撃して行った。

    ― ― ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸城、牛込門。

門番たちは遠方から、討伐隊が逃げ帰ってきたのを発見した。

「門を開け~い!」

柳生但馬守が叫ぶ。

門が開き、半死半生の姿に変わり果てた討伐隊が帰還した。

     ― ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸城に命からがら柳生但馬守が帰った知らせを受け、幕府閣僚の物は急いで出迎えにきた。

その他には、父と弟たちを心配する柳生十兵衛の姿も混じっている。

「親父殿!左門、又十郎?!大事ないか?」

心配した十兵衛だったが、奇跡的に三人はかすり傷一つ負っていない。

「わしらは大丈夫じゃ!」

「それよりも兄上!奴らは・・・、奴らは、異国人ではありませんでした!」と左門。

「何!?」

「奴らは、妖怪だったのです!」と又十郎。

「妖怪?!何をバカな事を?死の恐怖のあまり、気が錯乱したのか!?」

「十兵衛!嘘ではない!事実なのじゃ!」

柳生但馬守が信じようとしない十兵衛を、たしなめる。

「そんな妖怪など・・・。信じられませぬ」

帰ってきた連中は誰しもが、あれは異国人ではなく妖怪だったと口々に言っている。

十兵衛だけでなく、幕府閣僚の者もにわかには妖怪など信じられなかった。

    ― ― ― ― ― ― ― ― ―

午後、徳川家綱は逃げ帰った者の証言を元に、緊急対策を講じる事にした。

大広間では、幕府要職のお歴々が重い表情で柳生但馬守の話を聞き入っている。

「・・・その桃色の妖怪は鉄砲のような物を取り出し、それに当たった者は肉が溶け骨だけになってしまったのでございます」

皆、信じられない顔だ。

「・・・なす術もなく、逃げ帰り申した」

柳生但馬守が報告し終わると、皆がザワザワと口を開いた。

「本当の話か?」

「妖怪など、もっとまともなウソはつけんのかのう?」

「但馬守殿の妄想ではあるまいか?」

「子供だましの作り話じゃ」

好き勝手な雑言は、但馬守の耳にも届いている。

いきなり、妖怪が攻めてきた、と言っても誰も信じてくれないのは致し方ない。

フスマが開き、近習(きんじゅう)の者が入ると、徳川家綱に耳打ちした。

近習が言い終わると、家綱も驚いたようなしかめっ面をした。

「静粛に!話しをやめ~い!」

家綱の一喝によって、ざわめきはピタリ、と止んだ。

「皆は但馬の話を疑っておるようじゃが、残念ながら事実と判明した。目下、本所・深川において妖怪の軍勢が押し寄せ、殺戮と破壊を繰り返しておる。但馬の言う通り、実際に妖怪はおるのだ」

今度は誰も、口を開く者はいなかった。

上様が妖怪の存在を認めた以上、この世に妖怪がいると思わざるを得ない。

「これより先、妖怪がおる、おらぬの論議は無用!実際に妖怪が暴れ回っておるのだからな!」

皆が静まり返った所で、家綱は口を開いた。

「これより妖怪退治に全てを集約する!」

家綱は妖怪退治のため、どう戦うかを幕府閣僚と話している。

そんな中、いくら何千人で戦おうが勝ち目がない事は、柳生但馬守自身がよく分かっていた。

この妖怪との戦い、強力な助っ人が必要だ。

「茜は国許か?」

柳生但馬守は隣に座っている十兵衛に聞いた。

「はっ」

「すぐ早馬を出し、江戸に参らせるのじゃ。容易ならざる火急の要件あり、そなたらの助力乞う、とな。信じがたき事に奇怪な妖怪出現せり、その数あまたなり、太刀打ち相ならず。

戦える者は総出で江戸へ参られたし、と。頼んだぞ」

「親父殿、柳生の里のみならず、尾張柳生にも援軍を頼んだ方がよろしいかと」

「何、兵庫ノ助か」

「はい」

「うむ、兵庫ノ助も相当の剣の手練れ、呼んで損はあるまい。

兵庫ノ助当てにも、一筆頼む」

「はっ、心得ました」

   ― ― ― ― ― ― ― ― ―

その頃、日本橋の旅籠・松葉屋では二人の旅客が朝飯を食べていた。

その内の一人は製粉職人の鉄蔵。

連れのもう一人は、人形加工職人の五平。

その二人は信州から、成田詣でに参る途次である。

旅籠の女中が、鉄蔵にご飯のお代わりを渡した。

「お客さん、朝っぱらからよく食べるねえ」

「どの旅籠でも、よく言われるよ」

「成田までは、あと何里ぐらいだ?」

五平が女中に聞いた時、街路では「キャーッ!」とか「うわ~!」とか言う悲鳴が一斉に聞こえてきた。

30人ぐらいの悲鳴である。

三人は障子戸を開けると、建物の外側にせり出している露台に立った。

そこには信じられない光景が広がっていた

皆が走り抜け、怪しげな光線が人を焼き殺し、建物を破壊したりしているのだ。

街路に面している家屋からは、火が燃え広がっている。

「何が起こったんだよ!?」

手すりに身を乗りだし、鉄蔵は街路をもっとよく見た。

光線がどこから放たれているのかと思ったが、放っているのは妖怪ではないか!

全身は桃色、衣服は身に付けておらず、体毛もない。

口は耳まで裂け、目玉は真っ黒、腕や足の太さは人間の倍以上である。

「何じゃ、ありゃ~?!」

「鉄砲を持つ妖怪だよ!」

「お客人、逃げるんです!」

3人は慌てて、部屋に引っ込んだ。

幸いして朝飯を食べたら出発するつもりだったので、準備は整っている。

「五平さん、行くで!」

「待ってくれよお、鉄蔵さん!」

鉄蔵と五平は階段を走って、駆け降りた。

女中の方は気が動転していたのか、階段から足を踏み外し、転げて一階に落ちた拍子に頭を打って気絶した。

構う事なく、土間で草履を履いていると、暖簾をくぐって例の妖怪が姿を現した。

「ひええええ!」

鉄蔵は目ん玉を見開いて、驚いた。

「こっちだ、二階へ逃げるんだ!」

五平は鉄蔵の手を握り、階段を駆け上がって二階に戻った。

逃げる二人を捕まえようと、スモイダ星人は二階に迫ってきた。「この化け物め!」

フスマを閉め、通さないようにする五平。

「何やってんだよ、五平さん?!」

「鉄蔵さん、逃げるんじゃ~!」

「ここは二階じゃ、どこに逃げる?!」

「隣の旅籠に飛ぶんじゃ~!」

 五平に言われ、鉄蔵は障子戸を開けた。

下は道があるが、建物と建物の間は狭く、飛べない距離ではない。

「早く逃げんと死ぬぞ~」

飛ぶのに躊躇(ちゅうちょ)している鉄蔵に力を貸すために、五平は障子窓に走った。

フスマを破って、スモイダ星人の腕が伸びてきた。

五平は鉄蔵の体をつかむと、一緒に空中をダイブし、隣の建物の屋根瓦に着地した。

衝撃で何枚かの瓦が、屋根から落ちた。

五平と鉄蔵は、泊まっていた宿の方を見た。

妖怪たちが露台に出て、こっちの様子を伺っている。

「どうしたんだ、なぜ追ってこねえんだ!?妖怪の野郎たちは高い所が苦手なのか?」

五平と鉄蔵は笑った。

もう妖怪たちが追ってこれないと、たかをくくっていたからだ。

露台にいるスモイダ星人たちは、光線銃を放ってきた。

赤や青のビームが曲がりくねりながら、こっちへやってきた。

そのビームは五平と鉄蔵のいるすぐそばの、屋根瓦を直撃した。

爆音と共に屋根瓦がぶっ飛び、屋根に大穴が空いた。

「逃げよう!」

一目散に逃げる鉄蔵と五平。

スモイダ星人は身軽にジャンプすると、隣の宿の瓦に降り立った。

振り向く鉄蔵は、スモイダ星人が余りにも身軽に屋根瓦の上を走るのを見て恐怖を感じた。

「あの妖怪ども!高い所でも全然平気じゃねえかよ!」

「読みが甘かったようだ!」

五平が振り向くと、一匹のスモイダ星人が足を踏み外し、屋根から街路に落ちたのを見た。

「妖怪も屋根から落ちるようだな!」

笑う鉄蔵の足元の瓦がずり落ち、こけた鉄蔵は屋根を滑り落ちていく。

そのまま地面に落下しようとする鉄蔵の手を、五平が危機一発でつかんだ。

鉄蔵は宙ぶらりんになり、かろうじて五平につかまれて落下しないでいる。

「鉄蔵さん、落とすもんか!」

踏ん張る五平のそばに、スモイダ星人の放つ光線が飛んできた。

瓦はふっ飛び、五平は鉄蔵を支え切れなくなった。














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