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江戸戦場  作者: かわむら
3/9

江戸は異星人に侵略された

「何を言い出すかと思えば、そのようなたわけた事を・・・。そんな事は子供だましです。絵空事です」

断固として妖怪の存在を拒否したお喜乃はまた新右衛門に背を見せて寝てしまった。

妻を怒らせてしまった新右衛門は添い寝している内にいつの間にかウトウトして、眠ってしまった。

  ― ― ― ― ― ― ―

江戸城。将軍の居城であり、また江戸幕府の執政の場所である。

正に、日本の中心と呼べる場所だ。

「姫様はいずこにおられる?」

千代姫の側近である、乳母の鏡原は慌てた。

侍女たちに聞けば、(かわや)に長時間入ったままで、出てこないので中を覗いてみると、消えてしまったというのだ。

四代将軍家綱の息女・千代姫が忽然と消え、皆が狼狽した。

「千代様?!どこにおられまするか?!」

鏡原を筆頭に、侍女たちも千代姫探しに奔走した。

フスマを開けると、そこには壁にもたれて逆立ちしている千代姫がいるではないか。

「姫!何という浅ましき姿に!」

「鏡原、そなたもどうじゃ?世の中、違った観点から見えるようになるぞ」

「お止め下さいまし!仮にも将軍家ご息女ともあろうお方が・・・。」

「何故じゃ?気持ちよいぞ」

千代姫はおてんば娘として、江戸城内外に知れ渡っている。

千代姫は逆立ちするのを止めると、畳に座り込んだ。

「姫君、何故目を離した隙に、お逃げあそばされるのです!?」

怒る鏡原。

千代姫失踪事件は、今回が初めてではない。

「わらわはただ、琴の練習をするのが面倒だから逃げただけじゃ。あんなうざったらしい楽器、触りとうもない」

千代姫の言う通り、もうじき琴の師匠から手ほどきを受ける時間だ。

「姫君、ダダをこねるお年頃ではありませぬ。琴の練習を受けさせるのも、娘に教養をつけさせたいと願う父君家綱公の深い愛情あっての事。どうか、家綱公のお取り計らいを無にしてはなりませぬ」

鏡原の口説きを無視し、千代姫は両手を上に突きだし、大きなあくびをした。

「姫!そのような振る舞いがはしたないと申しておるのです!」

いきなり千代姫はすっくと立ち上がり、鏡原を驚かせた。

「わらわに女らしゅう振る舞えと申すなら、諦めた方が懸命じゃぞ。そんな事より鏡原、わらわは是非習いたい物があるのじゃ」

「日本舞踊の習得でござりますか?」

「剣法じゃ。ではこれより鏡原、後は任せたぞ。わらわは柳生に剣法の指南を受けに参ろうぞ」

千代姫は琴の練習をすっぽかし、柳生十兵衛に剣術を教えてもらいに、部屋を出ようした。

「いけませぬ、千代姫!琴の師範は奥に待たせたままなのです」

「帰ってもらえ」

去ろうとする千代姫を止めようと、鏡原は前に出て両手を広げて通せんぼをした。

「邪魔するでない、鏡原」

「なりませぬ」

「ならば、こうしてやろう」

千代姫は乳母・鏡原のみぞおち目がけ、鉄拳を食らわせた。

「ううっ」

苦しくて、鏡原は床にうずくまった。

邪魔者がいなくなった所で、千代姫は浮かれ調子になった。

いつも引っ付いてくる金魚のフンにはウンザリしていたからだ。

   ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸城、将軍家剣法指南道場。

ここでは将軍に剣法を手ほどきする場所である。

柳生家にとって、ここは正に聖域と呼べる場所であった。

その道場に、一人の男が正座して書物を執筆していた。

将軍家剣法指南役・柳生但馬守宗矩(やぎゅうたじまのかみむねのり)の長男、柳生十兵衛(やぎゅうじゅうべえ)である。

十兵衛は柳生新陰流の兵法書を執筆している最中だった。

道場の扉が荒々しく開き、千代姫が入ってきた。

とまどいながらも、十兵衛は両手をついて平伏した。

「十兵衛、わらわに剣術を教えてたもれ」

「何と申されました、剣術でござりますか?」

「いかにも、剣術じゃ」

「お戯れを」

十兵衛は千代姫がふざけていってるのだと思い、退いた。

その十兵衛の後を、千代姫が追う。

「十兵衛、わらわは本気だぞえ」

千代姫は去り行く十兵衛の前に出ると、立ちふさがった。

「千代の頼みが聞けぬ、と申すか?」

「聞けませぬ。姫君に剣術指南など、お父上が許されようはずがありませぬ」

「おのれ、十兵衛!小娘だと思ってナメておるのか!?」

千代姫は道場の刀掛けにある刀を、つかんだ。

ゆっくり鞘を引くと、刀身を出した。

「十兵衛、わらわの本気がどれ程のものか、よく見るがよい」

千代姫は今にも十兵衛に斬りかからんばかりである。

しかし、十兵衛は余裕の態度で笑っている。

「これはこれは姫君。こ冗談が過ぎますぞ」

「何を抜かすか、十兵衛?!小娘が剣などまともに扱えぬと申すか!」

「姫君のなすべき芸当は剣ではなく、お琴にございます」

「言うたな、十兵衛!」

千代姫は斬りかかったが、十兵衛にひらりとかわされた。

「腰の刀はオモチャか?!早う抜くがよい!」

「姫君に刃を向けるなど、この十兵衛、先祖の霊に誓って出来申さぬ」

「またしても愚弄するとは!刀を抜かなかった事を後悔させてやろうぞ!」

千代姫は今度は突きで、十兵衛を狙った。

だがこれも十兵衛が右、左、と身体をよけて難なくかわした。

「失礼ながらこの十兵衛には姫の剣は、止まって見えまする」

「こしゃくな!」

千代姫は十兵衛のわき腹をざっくり斬ろうとしたが、十兵衛が刀をつかんで止められてしまった。

「ぬぬう~」

十兵衛から千代姫は刀を奪い返そうと力をいれたが、びくともしない。

十兵衛が力を入れると、簡単に刀は千代姫の手から離れた。

「この差料(さしりょう)は姫さまが持つと危険ゆえ、手前が預からせて頂きます」

十兵衛は千代姫が投げた鞘を拾うと、刀身を納めた。

十兵衛が目を反らした隙に、千代姫は十兵衛を押し倒し、馬乗りになった。

千代姫は十兵衛と至近距離で見つめ合うと、いきなり接吻をした。

十兵衛の唇に、千代姫の乾いた唇が重なる。

「いけませぬ、姫」

「何故いかんのじゃ?愛してる男と接吻するのが悪い事なのか?

「このような淫らな姿を父上に見られたら・・・。姫にはご想像つきませぬか?」

「残念じゃのう」

ようやく千代姫は馬乗りになっている十兵衛の体から降りた。

「姫君~!」

千代姫取り巻きの侍女たちが、大挙して道場に入ってきた。

千代姫はため息をついた。

生まれてこのかた、一人で城内をうろついた試しがない。

もっと自由に生きられたら、どれ程素晴らしいだろうか。

「姫君!ご心配ばかりおかけあそばして!」

遅れて道場に入ってきた鏡原は、怒り心頭である。

「すまんな、鏡原。ちいとこの十兵衛と剣の鍛錬にいそんしんでおっただけじゃ。心配するような事ではないぞ」

「いけませぬ!仮にも女子たる者が、剣の鍛錬などと!」

「おなごが刀を持ってはならんと申すか、鏡原」

「なりませぬ!」

「どうしてもか?」

「断じて認める分けにはいきませぬ!」

恐ろしい顔をして怒っている鏡原に、ついに千代姫は屈服したようだ。

「そうか、鏡原がそこまで申すなら止めようぞ」

素直に言う事を聞くのは珍しい。

千代姫が道場からの去り際に、鏡原・侍女一同は両手をついて平服した。

しかし、千代姫には魂胆があった。

決してあきらめた分けではなかったのである。

     ― ― ― ― ― ― ― ―

その日の晩の深夜・・・。

千代姫は就寝についていた。

だが、眠ってはいなかったのである。

フスマの奥から誰かの足音が聞こえると、千代姫はつむっていた目を開けた。

「千代姫様。お品でございます」

隣の部屋で、侍女のお品がしゃべった。

「入れ」

千代姫が言うと、お品はフスマを静かに開けて、中に入った。

「さあ、これに」

お品は自分の着ている着物と同じ物を、千代姫に差し出した。

千代姫はその着物を着ると、お品と入れ替わった。

そして今度は逆に、お品が千代姫の寝着をまとった。

「頼んだぞ」

侍女になった千代姫がフスマを閉めると、お品はさっきまで千代姫が寝ていた布団に入った。

隣の部屋には柳生十兵衛が片膝をついて、頭を下げていた。

「ふふふ、十兵衛、任せたぞ。見事わらわを城外に連れ出してもらおうぞ」

「御意」

    ― ― ― ― ― ― ― ―

江戸城から郊外へ、お忍びで脱出した十兵衛と千代姫。

二人は馬に乗り、城から大分離れた草原へやってきた。

誰もいない、だだっ広い草原で剣術の練習が始まった。

二人は竹刀を構えている。

「十兵衛、遠慮はいらぬぞよ。参る!」

千代姫は十兵衛めがけて、踏み込んだ。

「えいやあああ~!」

千代姫の竹刀が、十兵衛の竹刀と十字に交わる。

千代姫は足を踏ん張り、十兵衛とつばぜり合いの競争をした。

しかし押し合いでは、十兵衛の方が強い。

千代姫は押し返され、地面に尻餅をついた。

「姫、おケガはありませぬか?」

十兵衛は千代姫に手を差し出し、立ち上がらせた。

いくら千代姫が遠慮するな、と言っても体にアザなど作れるものではない。

「おなごでも、一切容赦無用じゃぞ」

「姫は小柄ですから、力で勝とうとしてはなりませぬ。

逆に力を利用するのです」

「ほう、どのように?」

「先程のように、力で押し返そうとする事自体、叶わぬのです。力で押されれば、その分、下がる。姫は上半身よりも、下半身を狙った方がよいでしょう」

「へそよりも、下を狙えと申すか」

「さようで」

「わらわにそんな卑怯な真似をしろと申すか!そこまで落ちぶれておらぬわ!」

怒った千代姫は、十兵衛に向かってきた。

「でええ~い!」

大げさな振りで、千代姫の竹刀は空振りした。

「姫、大声を出せば当たる分けではありませぬ」

「気合いが肝要なのじゃ~!」

千代姫は大声で、竹刀を振り回しているに過ぎない。

姫のノロマな動きに呆れ果て、十兵衛は竹刀をはじき返した。

「姫、動きは最小限に留めて下さい。ムダな動きは体力を消耗するだけです」

「そうか、では実演してみせてみよ」

十兵衛と千代姫は、竹刀を構え合った。

十兵衛が踏み込むと、千代姫は腰をかがめてかわした。

千代姫は低姿勢のまま突進して、十兵衛の大腿部を強打した。

痛みで十兵衛が、前かがみになる。

「情けないのう、十兵衛。おなご相手では本気は出せぬか?」

千代姫は構えた。

大腿部をさするのを止めると、十兵衛も竹刀を構えた。

たかをくくっていたが、どうやら姫には剣の素質があるようだ。

「いやあああ~!」

千代姫と十兵衛の竹刀が交わり、またつばぜり合いになった。

今度は千代姫は押し返されぬよう、踏ん張っている。

千代姫の顔を見ると、恐ろしい顔つきで踏ん張っている感じだ。

十兵衛は踏ん張っているだけの千代姫の竹刀の柄をつかむと、奪い取った。

十兵衛に竹刀を取られてしまった千代姫は、あっけに取られている。

「おのれ、十兵衛!何という卑怯な真似を!卑怯な真似をするのが柳生新陰流か!?」

「姫、真剣勝負では一瞬の差が命取りです。合戦ではその事を肝に命じておいて下さい」

十兵衛は奪った竹刀を、千代姫に差し出した。

「わらわは卑怯な真似が嫌いじゃ。マジメにかかってこい、十兵衛」

ふてくされた千代姫は、再び十兵衛に竹刀を構えた。

    ― ― ― ― ― ― ― ― 

それから数日後・・・。

深夜での隠密剣法修行も、数回が過ぎた。

今ではもう、千代姫の剣の腕は上段に達している。

十兵衛の攻撃をことごとく、封じているのだ。

千代姫の凄まじい攻撃に、十兵衛は防戦一方になった。

十兵衛の木刀をはじき返すと、千代姫は間合いに入った。

十兵衛は後ろ足で、遠ざかる。

千代姫は素早い動きで、十兵衛ののど元に突きを入れた。

寸止めに終わったが、寸止めしなければ、十兵衛は喉を突かれていたかも知れない。

千代姫は木刀を、草むらに捨てた。 

「お見事!降参にございます」

「嘘をつけ、わざと負けたくせに。今日はこれまで、としようではないか」

疲れた千代姫は草むらに寝転び、両手を伸ばして屈伸した。

「姫、お疲れになられましたか?」

千代姫を起こそうと、十兵衛は手を差し出した。

「そちもどうじゃ、十兵衛?夜空の星が輝いて見えるぞ」

千代姫は差し出された手を握ると引っ張り、十兵衛を草むらに倒れさせた。

起きようとする十兵衛の体に、千代姫は乗っかった。

二人は至近距離で、見つめ合った。

「十兵衛、わらわのために大分骨を折ってくれたな。礼を申すぞ」

「この十兵衛、姫様のためなら命をも差し出す所存にございます」

「それにしてもわらわが剣術を習得して、何かの役に立つ時があるのかのう?」

「いつか必ず役に立つ時が来ます、いつか」

「具体的にいつか、分かるか?」

「さあ、そこまでは・・・。この十兵衛にも分かりかねます」

「のう、十兵衛。そなたに剣術を教えてもらった礼がしたい。何が望みじゃ、申せ」

「望みなどと・・・。手前は姫様にお仕え出来ただけで嬉しゅうございます」

「嘘をつけ。わらわの体か?」

千代姫は稽古着を脱ごうとしたが、十兵衛が静止した。

「姫様はすぐに肌身をあらわにしようとなされるのですな。手前は色欲には興味はありません。それよりも野点(のだて)を開いてもらい、姫様の琴の音色を拝聴したく存じます」

「そうか、そんなにわらわの煎れた茶が飲みたいか?そんなにわらわの引いた琴の曲が聞きたいか?」

「ぜひ、姫様のお手前を拝見したく」

「では、明日はわらわの腰元も呼んで、盛大に野点を催そうぞ」

    ― ― ― ― ― ― ― ―




 





















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