4話 今世のロージャはナスターシヤ様の期限付きヒモになる
影虎がソニャ子さんにベタ惚れしている一方で、今世のラスコーリニコフ(罪と罰の主人公)は何をしていたのかというと……。
(もうダメだ、この世は理不尽で出来ている。響き渡る怒声や、それを受けて恍惚としている丸目主任……。意味が分からない)
コールセンターのバイトで、その繊細な神経を破壊されて道端に落ちていた。
「小森くん、大丈夫かい?まあ、電話対応も慣れてくると気持ち良くなってくるから安心してね。じゃあ、僕は三つ子のお迎えがあるから。お疲れ様〜!」
その横を丸目主任は駐車場まで駆け抜けて行った。
(人は社会人になると電話対応で気持ち良くなるように改造されていくのか……!?理不尽だ…)
彼がアスファルトに横顔をめり込ませていると、カツコツとヒールの足音が聞こえてきた。
「酔っ払い?……違うみたいね。急病人でもないのに、何してるのよ、みっともない」
(また理不尽がやってきたのか……?)
ゆるゆると声のする方を見上げると、夕日を背に不敵に微笑むパンツスーツ姿の美女がいた。
「ぼーっとしてないで立ちなさい。荷物がカバンから落ちてるわよ?……小森秀一、○橋大法学部二年生。ふーん?」
(が、学生証を見られた!?)
「返してくださいっ」
「誰も盗らないんだから、慌てずに立ちなさいよ。…ほら」
彼女は口角を片方だけ上げて小森へ片手を差し出した。彼がその細く滑らかな手を取り立ち上がると、2人で散らばっていた荷物を片付けた。
「小森くん、アスファルトの跡が付いてるわよ?…良かったら私の家に来て?」
「え?」
(これは、噂に聞くハニートラップか?でも俺に仕掛けるメリットはないぞ……?)
2人はタクシーに乗って高そうなマンションの前まで来た。そして、謎の美女に手を引かれたままエレベーターに乗り、801号室に入った。
「洗面所はそこだから、手と顔を洗ってきなさい」
「は、はい…」
小森が促されるままに手と顔を洗い、リビングへ向かうと、ローテーブルの上には高級カップアイスとアイスティーが2人分置かれていた。
「今日は暑かったし、一緒に食べましょう?」
「受け取れる理由がありませんから…」
「アスファルトにめり込んでた学生さんが不憫だったから。ではダメなの?はい、あーん」
彼女はバニラ味のアイスを手に取り、ソファーから立ち上がるとひと匙すくって小森へ差し出した。身長差で奇しくも上目遣いになっている。
「ち、近いですよ。お姉さん」
「早く食べてよ、溶けちゃうじゃない」
「〜〜っ!?」
小森は目を閉じて、彼女のあーんを受け入れた。彼の表情や両耳が赤く染まっているのも、下からは丸見えだった。
「食べられたわね、いいこいいこ。それじゃあソファーに座って食べましょうね?このまま完食するまで私に食べさせて欲しいならそうするけど……」
「座らせていただきますっ、そうさせてくださいっ!」
アイスを置いて背伸びをして頭を撫でる彼女に、小森は目を閉じたままぷるぷると震えていた。
ソファーに並んで座り、黙々とアイスを口に運ぶ彼を、彼女はアイスを口に運びながら微笑みを浮かべて見つめていた。
「貴方可愛いわね。このまま家で暮らさない?部屋は余ってるし、学校にはここからでも通えるでしょう?」
(やはり美人局だ。デレデレしたが最後っ、屈強な男性陣に連行されて、肉体的・社会的にボコボコにされるんだぁー!?)
「そ、そんなっ……。こんなに綺麗な方の彼氏さんに申し訳ないです!」
「もちろん、ここに住んでもらうからには単位を落とす事も授業をサボる事も許さないわよ?来年、司法試験の予備試験を受けなさいな。学業に専念する学生さんは、私は好きよ?」
(どういう意味なんだぁー!?)
「来年合格したら、そうね……。同居継続と、ご褒美をあげるわ?」
きょとりと首を傾げながらも慈愛の眼差しで微笑む彼女に、小森は陥落した。
「ぼ、ぼくっ…。教科書とか必要なものを取ってきます。貴女みたいな素敵な人にふさわしい人間になりたいっ」
「私、椎名百合子って言うの。よろしくね?」
こうして小森秀一は、椎名百合子の期限付きヒモ(犬?)になった。数日後、妹からの怒りの電話をスピーカーにして答えているところ、『勉強に専念してくれるなら、それで良いのよ?……もしも落ちたら捨てるけど』発言を耳にして血眼で参考書に齧り付く日々を送ることになるとは、この時の彼は思いもしなかった――
※本作の百合子ちゃんは、トーツキーからの被害に遭わずにすくすくと大人になったので、このような性格になっています。




