3話 内面を磨くってなんですか?
情緒が重傷なままパン屋から病室へ戻った影虎は、固定具にビニールを被せてから手を洗った後、ソニャ子さん(仮名)の声を思い出してリピート浄化をしていた。
(尊かった…。明日も外出できるように申請しよう)
そう思っていると、病室の扉が開き、影虎の母が入ってきた。
「トラちゃーんっ。調子はどう?」
「母上、お疲れ様です」
「やだー、昔みたいにママって呼んでよー!」
「それはちょっと……」
影虎は紙袋を母に手渡した。食パン一斤の他には上から順に甘いデニッシュやクロワッサン、真ん中にはあんぱんやクリームパンやカレーパンなどの柔らかめのパン、底には明太フランスやエピなどのハード系のパンが合計20個入っていた。
「なにこの山盛りのパン!?何日分買ったのよ…」
「タカ先輩のおすすめのパン屋さんで買ったから、面会中いっしょに食べる分とお土産分です」
2人は面会中に食べるパンを2つずつ取り出した。
「…食パンは冷凍するとしても。お土産分、多くない?パパは接待や会食も多いし、今はほぼママと紗良ちゃんしか家にいないんだから」
「面目ない……」
影虎の父は三男だったが、43歳の時に一族からグループ会社の1つを受け継いでから経営者をしている。姉は大学卒業後に入籍して、先月新居に移っていた。
心なしか困り眉になった影虎を見て、母はピンと来た。
「もしかして、新たな恋の予感?」
「……ちがう」
影虎の顔がみるみる赤くなっていく。
「良いじゃない。お話出来るように少しずつ頑張りなさいよ」
「う…」
「家としては、お兄ちゃんが結婚して初孫も生まれたし、パパの後も継いでくれそうだからトラちゃんは好きな人と結婚しても独身でも好きにしていいのよ?」
(そ、ソニャ子さんと、、結婚んんん!?)
「母上ぇっ!あの方にそそんな恐れ多いことっ」
「あら?想像しちゃうほど好きなのね?」
影虎は布団を被って縮こまったが、巨体のため足が見えている。
「からかいすぎたわね、ごめんごめん。パン食べましょ?」
「食べる…」
影虎の母はブルーベリーデニッシュを、影虎はクリームパンを食べ始めた。
「あら、温めなくても美味しいわね」
「うん、うまい」
「お茶飲むー?」
「うん」
母は差し入れの紅茶のペットボトルを影虎に手渡した。
「そういえばトラの従姉の友佳子ちゃん、婚活始めたんですって」
「え?まだ24だよな?」
「そうよー。なんかね、自分が結婚したい年齢の時に5歳下のピチピチお肌の可愛い子がライバルになるとしたら、内面を磨いておかないと競り負けるだろうけど私には無理だから今から同時並行でやるんですって。近々お見合いするそうよ。何か嫌なことあったのかしら?」
影虎はベーコンエピを取りながら口を開いた。
「へー。……そういえば高校の時、お嬢様軍団も恋愛結婚したいなら高校か大学の時点で相手を捕まえておかなきゃ、知らない人と縁談組まれちゃうって燃えてたな。俺の友達が何人かその子達に捕まってたぞ。タカ先輩は親に決められた婚約者と仲良いらしいけど」
「あら…。社会人でパパを捕まえたママは運が良かったのね……」
影虎の母は庶民から登りつめた裁判官の娘だが、法学部には進学しなかったらしい。
「それは母上が女子アナしてたからでは…」
「ふふふー」
当時社会人なりたての母にゲストで来ていた父が猛アプローチをして、2年目で寿退職したそうだ。
(内面磨きか…。それをすればソニャ子さんに怖がられずに話が出来るようになるのか?
何をしたら良いんだ……!?)




