2話 生まれ変わっても推しは聖女
翌日。許可を得た影虎はリハビリを終えた後に、ご褒美感覚で病院の外を散歩していた。
(そういえば、先輩が美味いって言ってたパン屋さんはこの辺りだったような……。夕方に面会くるって言ってたし、母上にお土産を買っていこう。美味かったらまた買うし。大学の近くの病院に入院してて良かったぜ)
角を曲がったところにそのパン屋があった。春にオープンしたての店で、1階で購入したパンは2階のテーブル席で食べられるらしい。
「いらっしゃいませ」
扉を開けると甘やかで澄んだ声が聞こえた。
レジの方を見ると、愛らしい女性が笑顔でこちらを見ていた。
(か、可愛いええええぁ!!)
彼女の隣に黄色い鑑札を指先でキツく掴み、胸に聖書を大切そうに抱きしめた透明な外国人の小柄な女の子の姿を彼は幻視した。ベールを被りボロボロの服を身に纏っていて、そこからのぞく手足は折れそうな細さだったが、目は清く澄んでいて、静かに笑みを浮かべていた。
(お、推しが現代日本に顕現されたのか!?いやいや、そんなはずは……)
(目が浄化されて溶け落ちそうだ…)
顔や耳を真っ赤にした影虎は、見つめすぎたら怖がられるという現世での教養をフル稼働させてトングとトレーを手に取り、手前から1種類ずつパンを載せ始め、山盛りになるとレジへ向かった。カウンターへ載せると、トレーに乗らなかった食パン一斤も取ってカウンターへ優しく置いた。
(あの時は『デカい上に行動が雑だから好きな子に話しかける前に怯えられたんじゃないの?』と姉上に指摘されたからなあ。これで、良いのか?)
彼は小学生の頃の初恋女子に怯えられてからは、学校のグループ学習くらいしか家族以外の女性と話していなかった。
「こんなにたくさん、ありがとうございます。全てお持ち帰りでよろしいでしょうか?」
「は、はい……。紙袋もお願いします」
(うわあああ!なんかお花みたいないい匂いがするぞ。見つめすぎるな、パンを見るんだ。俺!)
店員さんは優しい手つきでレジの仕事をこなしていく。白魚のような指先や桜貝のような爪を見て、彼の情緒は今日も重傷だった。
(『彼女の全てを手に入れるためなら、いくらでも出してやる…』)
(うわああああ!?なんか前世の俺みたいな言葉が無意識に浮かんできたっ。ここは現代だ、そんなことしたら悪い意味で有名人になっちまうぞ!?ニュースで放送されたくねええぇ!!)
彼は脳内でその言葉に向かって連続タックルで綺麗さっぱり弾き飛ばしていく妄想を繰り広げた。
スマホ決済で支払うと、店員さんは影虎を見上げて目線をを合わせて笑顔を浮かべた。
「ありがとうございました。またお越しくださいませ」
(煩悩まで、浄化されそうだ……!)
影虎の心は羽をつけて店内を飛び回っていた。
なんとか店内を出た影虎は、帰り道に窓に映る自分の隣に、刃物を持ちギラギラとしたヘドロのような執着心の瞳をしたガタイの良い前世の姿が映るのを見た。
(ぎゃあああああっ!?これ、他の人には見えてないよな!?そうであってくれーー!!)




